Side-Aoi
新しく私達のパーティに、メンバーが増えました。アスナさんというそうです。
フードを被っているので顔はよく見えませんが、多分、かなりの美人さんです。私の勘がそう告げています。フードの中からこぼれる栗色のロングヘアーは手入れが行き届いているし、その一挙手一投足に気品を感じるような、そんな気がします。
で、件の彼女が今現在何をしているかというと、ものすごい剣幕でキリト君に迫ってます。キリト君とお兄さん(なんだか呼びやすいのでユズキさんのことはこう呼ばせてもらってます)の会話に食いついていったので、まあ多分あれのことでしょう。
「お風呂、よかったら使いませんか?私もよく使ってますよ」
そうアスナさんに言うと、目を輝かせてこっちを見てきます。ですが、言ってはみたもののそのお風呂がある宿屋、お兄さんとキリト君が貸し切っているので、私の一存ではどうしようもありません。
ですが、そこまで心配はいりませんでした。お兄さんは私達にお風呂を貸すことに特に抵抗はなく、すんなりと要望は通りました。そしてお二人は何やら別な用事があるようで、暫く宿に戻らないそうです。
なので、少し経ってから宿に向けて女の子二人旅の開始です。キリト君曰く宿の鍵はパーティメンバーなら誰でも解錠可能とのことなので、お二人の同行はありません。
アスナさんはどうやら話し相手に飢えていたようで、たくさん話を聞きました。自分が(アスナさんの)お兄さんのナーヴギアでログインしていること、SAOがデスゲーム化してから今日までの話などなど。宿までそこまで遠くはないので、話していたらすぐについてしまいました。
何度かお邪魔している都合で宿の内装はあらかた把握していたので足早に目的地に向かいます。アスナさんも待ちきれないようです。部屋の鍵を開けて中へ入り、お風呂まで来たところで脱衣。装備解除のボタンを手早く三回押して着衣を全部ストレージにしまって、早速入浴です。
二人で使うには少々狭いので、一番風呂はアスナさんに譲って隣のスペースで体を流します。すぐそこで「ふにゃああああ」と可愛らしい悲鳴のような声が聞こえますが、まあ仕方のないことですね。私が初めてここでお風呂をお借りしたときもこんな感じでしたもん。
「もういつ死んでもいいかも…」
湯船からものすっごく不穏な発言が出ました。そこまでお風呂に飢えてたんでしょうか…?
「これで明日のボス戦で死んだら洒落になりませんから、しっかり生きてくださいよ?」
半分くらい冗談のつもりで言いましたが、アスナさんがこちらを向いてとっても真剣な眼差しをしてます。
アスナさんの顔をしっかり見るのはそういえば今が初めてですが、見れば見るほどにその美貌に引き込まれるような、やっぱり綺麗な人でした。日本人にしてはやや茶色がかった明るい瞳に、整った顔立ち。体のラインもとっても綺麗で、なんだか同じ女の子なのにドキドキしてしまいます。いやいや、私は彼氏持ちですから。百合とかではないですよ、ええ、もちろん。
誰に言い訳してるのかわかりませんが、ひとまずはアスナさんが何か言うのを待ってみます。
すぐにアスナさんは口を開きました。
「当たり前じゃない。こんなところで死んだらやりきれないわ。…現実世界に帰りたいかは、ちょっと怪しいけどね」
微妙に、返答に困るような発言でした。なんなんでしょう、帰りたくないんでしょうか。私はもう今すぐにでも帰りたいです。家族にも大輝君にも、はやく会いたいです。ひとまずは冗談だと伝えることにしましょう。
「冗談ですって。別に、そんなにすぐ帰れるわけでもないですし、とりあえず明日を生きましょう」
なんでお風呂でこんな会話をしてるのかはわかりませんが、そんな感じで妙な静寂が続きました。お風呂は結局、つめて二人で入りました。ちょっと狭いですね、二人だと。
Side-Kirito
アオイとアスナさんとやらと離れて別行動になってから、ユズキは後ろに声をかけた。
「いるんだろ?出てこいよ、アルゴ。」
まあ、俺も気づいてはいた。索敵スキルに、何かがちらちら引っかかってたからな。
別に隠れるつもりはなかったのか、そいつはひょっこりと姿を現した。
「にゃはハ、バレてたカ。おねーさんのハイディングを見破るとは、流石だナ、ユー坊」
「自分で言ってて白々しいと思わないか?」
「マ、白々しいに決まってるヨ」
アルゴのやつ、どうやらハイディングは手を抜いていたらしい。
「それで?また例の件か?」
「そんなとこだナ。」
例の件。その言葉で、俺は軽く身構える。すると、アルゴが急にメッセージを開く。内容を読み終えると、俺達を人通りの少ない物陰へ誘い、こちらを向いてこう言った。
「ユー坊との交渉は決裂だそうダ。キー坊の分は増額で、39800コルまで上げるとのことダヨ。」
ううむ。俺は声にならないうめき声をあげてしまった。ユズキはさして驚かず、腕を組んで立っている。
そもそも「例の件」とは、何日か前からアルゴが持ってきている依頼で、俺の《アニール・ブレード+6》とユズキの《ダーク・ランス+5》を買い取りたいというものだ。もっともこれはアルゴが買うわけではなく、彼女はあくまで仲介者。すると当然、依頼主を知りたくなるわけだが、実際はそこまで簡単に知ることは出来ない。
それを知るためにはまず、依頼主の情報量として1000コルあるいはそれ以上のコルを支払う必要がある。しかしそれでも、依頼主がそれ以上の金額を提示し支払うならば、本人の情報を知ることは出来ない。そこで今度は向こうが提示した金額より更に多く金額を積むか決断を迫られる。これがいつまでも続けば、結論としてこちらが依頼を受ける側なのに損することもあり得る。つくづく面倒だが、これも秩序を守るためには仕方のないシステムだ。
それにしても、流石に39800コルともなると、相手の真意がわからない。俺の持っている《アニール・ブレード》は初めて入手するときこそ『難病の少女』のクエストクリアが必要になるが、今頃であれば街のNPCショップに売られているはずだ。未強化の店売りで相場は4000コル。素材をしっかり使って+6まで強化しても、39800コルもあればお釣りが来る計算だ。
つまり、相手方の目的は自身の強化ではないのかも知れない。悩んでいると、隣でユズキがアルゴに
「アルゴ、お前の依頼主に1500コル払う。名前の開示を頼めるか?」
と要求。アルゴは頷くと、猛スピードで手元のディスプレイを操作。手早くメッセージを送り、返信を待っているようだ。メッセージボックスとにらめっこのアルゴを横目に、ユズキに問う。
「なあ、なんで名前を訊いたんだ?」
「これで予想通りの名前が返ってきたら、この依頼の真意がわかりそうだったからな」
これまでの間に、ユズキは正解に辿り着いたかも知れないらしい。相変わらず頭の切れるやつだ。このデスゲームで一ヶ月戦ってきて、その発想にはいちいち驚かされてばかりだった。
「交渉成立だヨ。名前を教えても構わないそうダ。と言っても、もうユー坊はわかってるンじゃないカ?」
「キバオウ、もしくはディアベルだろうな。前者のほうが濃厚と見ている」
「お見事。キバオウであってるヨ」
ユズキが答え、アルゴが肯定したそいつは、先程の会議で元ベータテスターを批判したもやっとボール頭のプレイヤーだった。しかし、なぜわかったのか。それはすぐにユズキが解説してくれた。
「このタイミングで『俺だけが』交渉決裂になったことが気がかりでな。それで、俺とキリトの共通点が、今日どこかで覆されなかったか考えてみた。そしたら、答えは案外、すぐそこにあったんだ。」
そう言って、先程まで俺達がいた円形劇場を指す。確かに、あそこでユズキが「テスターの残骸」発言をしたことは、俺とユズキを明確に区別するきっかけになるはずだ。
そこまで考えて、ようやく俺は状況を理解した。
「要は依頼主の魂胆は、テスターである俺達の戦力を削ることだったわけだ。そして、なんでそんなことをするのかは、テスターのお前が一番よく知ってるはずだ、キリト」
「フロアボスのラストアタックボーナス…か」
ユズキが頷く。どうしてこいつがそのことを知っているのかは謎だが、確かにありえない話ではない。
ラストアタックボーナス、通称LABは、ボスモンスターに最後の一撃を与えたプレイヤーに与えられるアイテムで、そのどれもがゲームバランスを少し逸脱する程度の強力なものになっている。
俺と(ベータ時代の)ユズキはコンビを組んで、各層のLABの多くを奪い取ってきた。そのやんちゃが周囲に認識されてからは俺達は、「薄汚いLA(ラストアタック)取り」だった。
「前に弟から聞いたことがあったんだよ。二人してボスのラストアタック取りまくった話は」
それだとしても疑問は残る。そこまでしてラストアタックを取ることになんの意味があるのかが、まだわからない。
「ま、その辺は帰りながら話そう。それより、お前の方の交渉も、そろそろケリをつけたほうがいいんじゃないか?」
「ああ、そうだな。アルゴ、キバオウに伝えてくれ。俺はこの剣を売るつもりはないってな」
「りょーかいだヨ」
「っとと、忘れてた。これをキバオウに払ってくれ」
そう言ってユズキはストレージから500コルのコインを3枚取り出すと、アルゴに向かって放る。「毎度あり」と例を言うと、アルゴは去っていった。
そして俺達は、俺達が部屋を借りている農家へ向かった。
Side-Yuzuki
宿に着くと同時くらいにアスナとアオイが風呂から出てきた。流石に前回の失敗は繰り返さなかったようで、今回はしっかり服を装備してきていた。
すぐに帰ろうとしたアスナを引き止め、明日の予定について共有する旨を伝える。アスナは了解し、部屋に2つしかない椅子にちゃっかり腰掛ける。
元テスターで、このメンバーの中では一番知識のあるキリトが、この場を仕切る。
「とりあえず明日は、アスナにパーティプレイに慣れてもらうことと、コボルトの動きの対策をしに、午前中から迷宮区に行こうと思う。スイッチとかポットローテとか、そういうのを覚えてもらいたいからな」
前半については俺の入れ知恵。今日の様子を見る限り、アスナはMMO初心者かつパーティプレイは今回がはじめてのはず。だからこその考えだ。案の定アスナは、スイッチやポットローテという言葉の意味がわからないようで、何やらぶつぶつと呟いている。
「細かい説明は明日、実際に見せながらでいいか?アスナが希望するなら、今から口頭で概要だけ話すが」
「…手短に説明をお願い」
「だそうだ。キリト、よろしく頼む。」
説明をご所望とのことなので、キリトに振る。「俺!?」とでも言いたげな目をこちらに向けるが気にしない。
「ええっと、スイッチは戦うプレイヤーを変更する技術、って感じだな。敵の攻撃をこっちので迎え撃って相殺して、相手がノックバックしてる間に後方で控えてるプレイヤーと交代するんだ。」
「それにはどんなメリットが?」
「単純に疲労の問題とか、あとは武器の相性とか。システム上俺達は疲れることはないけど、それでも人間である以上数値化出来ない疲労は貯まるからな。武器の相性は、まあ文字通りだな。敵によってダメージの通りやすい武器が違うから、それによって戦い手は変えたほうがいい。」
「なるほどね。それで、もう一つ…ぽっとろーて、だったかしら。そっちは?」
「スイッチを利用するときの理由に、戦い手のHP減少を後方に下げて回復したいっていうのがあって。そうやって後ろに下がってる間、他のパーティメンバーで戦闘を繋ぐ必要がある。それを回すのがポットローテだな。この場合のポットは、回復ポーションのことだと思ってくれていい。」
流石にテスターなだけあって、要点のまとまった説明だったように思う。余談だがSAOにおける回復ポーションのシステムは少々厄介だ。一番安いポーションは自分のHPを最大値の30%分回復するのだが、一瞬で完全回復するわけではなく、3分かけてじわじわと
だからこそ、その回復で動けない間、キリトの言う通り他のパーティメンバーが戦闘を維持する。そのメンバーのHPも辛くなったら、後ろで控えているさらに別のパーティメンバーなり回復が完了したメンバーなりが出ていって応戦する。そういうシステムだ。
「えーと、一応ボスのことを確認したいんですけど、大丈夫ですかね?」
そう言ったのはアオイ。確かに、元ベータテスターのキリトには実際にボスを見てきた経験がある。そのキリトに情報の真偽を確認しながら話をするのはいい案だ。
「俺も賛成だ。んでキリト、攻略会議で言ってたあれは、ベータの情報横流しにしてる、って解釈で間違いないよな?」
「ああ。HPの総量は怪しいが、それ以外は間違いない。俺達が相手する《ルインコボルト・センチネル》はボスの取り巻きとはいえ一層ではボス部屋にしか出てこない強力なモンスターだから、その動きの対策が必要なんだ」
「…ボス部屋にしか出てこないのに、対策なんてできるの?」
「ああ。結局そいつらもコボルトだからな。動きを覚えるくらいなら迷宮区に湧く《ルインコボルド・トルーパー》で練習可能だ。」
「了解。それじゃ、明日は午前でそれを終わらせて、午後からボス戦に行けばいいのね?」
「そうなりますね!ええと、明日は、どこかに集合してから行きますか?」
「現地集合でいいんじゃないか?練習は多分2時間もいらないだろうし、街に戻る時間と飯を考慮して、9時に迷宮区タワー前集合でどうだ?」
「私はそれで構わない」
「私も異存ないです!」
「…俺も、それでいい」
キリトだけ若干不服そうなのは、この際置いておこう。これで明日のことは決まったので、アオイとアスナはそのまま自分の宿に帰っていった。
「…で、ユズキ。帰りのあの話、もし本当なら…」
「ああ。明日
SAOで発生した、一つの陰謀。
その終着点は、まだ誰も知る由もなかった。
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