Side-Yuzuki
この地獄のようなデスゲームの開始から今日で13日。
未だ第一層の迷宮区は攻略されるに至らず、増えていくのは死者の数ばかり。
気になってとある人物に数えてもらったところ、現時点での死亡者数は895人。開始からの経過時間を考えるとあまりにも早く、このままのペースでプレイヤーの減少が続けば半年も経たないうちに全プレイヤーがこの世界からいなくなる。
そんな状況ではあるが、俺はキリトと二人での旅を続けている。
彼のテスターとしての知識は正確かつ莫大で、ここまで大きな事故もなく生きてこれたのはひとえに彼のお陰と言って差し支えない。
とはいえ、何もなかったかと言われればそんなことはない。俺達は一度殺されかけている。そのことについて軽く触れておこう。
始まりの街を飛び出した俺たち二人にあのあと何があったかと言えば、まずはキリトがとあるクエストを受けた。
クエスト名は『難病の少女』。次の街、ホルンカの一軒家にいるクエストNPCの娘(確か名前はアガサだったはずだ。)が熱でうなされており、それを治す薬を作るために「ネペントの胚珠」というアイテムが必要なので取ってくる、という内容のもの。
これの報酬が『アニール・ブレード』というそこそこ強い片手剣で、キリトの目当てはこいつだった。
近隣の森には3種類のネペントがいる。ざっくり分けると、花つき、実つき、何もついてないやつ。このうち胚珠をドロップするのは花つきのみで、ドロップ率はそこそこなもののエンカウント率がそこまで高くない。
さらに厄介なのは実つきで、その実を攻撃すると、あたりに特殊な匂いを撒き散らす。これは半径20メートルくらいの範囲から仲間のネペントをおびき寄せるもので、そうなってしまえば苦戦は避けられず、最悪の場合死に至る。
こんな感じの説明をキリトから受けて俺達は、ホルンカの森に入った。俺がクエストを一緒に受けるメリットはないからわざわざ来る必要はない、とキリトは言ってきたが、二人でやった方が効率がいいという俺からの提案をキリトは受け入れ、二人での探索となった。
それから一時間ほど経ったころだろうか。その時点では胚珠は一つもドロップしておらず、精神的には少し疲れが来ていた。
「うらぁっ!」
威勢のいい掛け声とともに、実つきのネペントの実を割らないよう、水平軌道のソードスキル《ホリゾンタル》でその胴体を切り裂いたキリト。次の瞬間、ネペントは四散し、ポリゴン片へとその姿を変えた。彼は疲れというものを知らないのか、随分と生き生きとしていた。デスゲームで生き生きと、なんて表現はおかしいと思われるかもしれないが、本当にそんな感じだった。
パチパチパチ
どこからか、乾いた拍手の音が聞こえてきた。音がした方を向くと、そこには片手剣を携えた一人の少年がいた。
「いや、お見事お見事。凄い戦いっぷりだったね。今ここでネペント狩りをしてるってことは、君は元ベータテスター、ってことでいいのかな?」
その少年は、嬉しそうに語りかけてきた。口ぶりから察するに相手も元テスターなのだろう。というか実際にそうだった。
「そうだけど、お前もか?」
「うん、そうだよ。僕の名前はコペル。よろしくね。」
コペルと名乗ったその少年は、握手をするつもりなのか、手を差し出してきた。キリトは少しビクビクしながらも、その手を握る。
「僕も『難病の少女』クエストを受けたんだ。だから、せっかくだし協力しない?」
「それはこちらにどんなメリットが有る?」
反射的にそう言っていた。今思えば、意地悪な質問だったようにも思える。デスゲームと化したSAOで生き延びるために、必要ならば他人をも切り捨てる用意をしていたのであろう彼への質問としては。そんな質問に対し、少し考えたあとにコペルは口を開く。
「僕は自分の分がドロップしてもそっちのがドロップするまで協力する。見た感じ背が高い方は主武器が槍みたいだし、そっちの必要数も一個ってことで大丈夫だよね?」
「それで間違いない。それに、そういうことなら、こちらも手伝おう。コペルの分もこいつの分もドロップさせる。それで構わないな?」
「うん、ありがとう。ええっと…」
「そういえばまだ名乗っていなかったな。俺はユズキ。で、こっちがキリトだ。」
「そっか、ありがとう、ユズキ。キリト。それじゃ、暫くの間よろしくね。」
「ああ、よろしく頼む。」
と、こうしてキリト抜きで交渉は完了。俺達は三人でネペントの乱獲を再開した。
程なくして、キリトのストレージに胚珠が一つドロップした。約束はしていたので、コペルの分も狙うために次の獲物を探すと、真後ろに何かの気配を感じた。
振り返って見たところ、花つき、実つき、ノーマルが各一体ずつポップしていた。花つきは少し離れたところにいるので、そいつは胚珠を狙うコペルに叩かせようと考え移動しようとすると、コペルが言った。
「手伝ってもらってる二人に危ない実つきの相手をしてもらうわけにはいかないから、僕がそっちをやるよ。二人は残りをお願い。」
そう言われれば仕方ない。俺はさっさとノーマルのやつのところに向かう。ネペントは槍のような刺突攻撃よりも片手直剣の斬撃攻撃の方が通りがいいのは、さっきまでの戦闘でなんとなく察していたので、キリトに胚珠のドロップを狙ってもらうことにしたからだ。
目論見通り、キリトが花つきを叩き出したのを見て安心し、いそいそとこちらの相手も削っていく。
槍はその形ゆえ、切るよりも突く方が幾分やりやすく、その攻撃主体でやっているためあまりダメージが与えられない。ソードスキルも頻繁に使えばスキル後の硬直が長引いて厄介だし、そもそもクーリングタイムが設定されている時点でそこまで連続で出すこともできない。
あまり慣れていない槍の扱いに少しずつ体をならしていく。このまま2年から3年くらいはこれで生きていく必要があるだろうし。
と、そんなこんなしているうちにキリトは花つきを撃破。運のいいことに再び胚珠がドロップしたようで、コペルの方に駆け寄ろうとした。
その時、俺達は見てしまった。コペルが
理解が追い付かなかった。なぜ、元ベータテスターであるはずの彼が、こんな初歩的なミスをやらかしたのか。そして、この直後に何が起こるのか。
果たして、匂いに誘われたかのように次々とネペント達が現れる。次の瞬間、微かな声が聞こえてきた。
「ごめん…」
コペルの声だった。しかし、その姿はどこにも見当たらない。
このままネペントの群れのなかに居続けることは危険を伴う。しかし、俺たちの方へ向かってくると思われたネペント達の大半は、何もないように見える空間へ突撃。攻撃を始めた。
何が起きていたのかわからず呆然としていると、同じ場所から破砕音が聞こえ、ポリゴン片が発生する。まさか、あれが…
「そっか。コペル、お前は知らなかったんだな。こいつらに隠蔽スキルが効かないってことを。」
隠蔽スキル。策敵スキルと共に初心者用のスキルとして選ぶ人が多いスキルだ、と道中でキリトから聞いていた。
そもそも、レベルがまだ多くても4から5くらいの俺たちにはスキルスロットが二つしかなく、武器のスキルを取ったらあと取れるスキルは一つだけ。
だからこそ、後にも使えて初期には最重要とされるこの二つのスキルはほとんどのプレイヤーが最初にどちらかを選ぶのだそう。
スキルスロットの数は、初期数が2でレベルが6、12になるとそれぞれ一つずつ増え、それ以降は10の倍数レベルになるごとに一つずつ追加される、という方式らしい。
策敵スキルは一定範囲内の生体反応(敵性CPUも含む)を探るスキルで、隠蔽スキルはステルスで身を隠すスキル。
どちらも熟練度を上げることで効果が強くなる。策敵スキルは生体反応がモンスターかNPCかプレイヤーかの判別ができるようになったり効果範囲が広がったりするし、隠蔽スキルは見破られにくくなったり効果時間が延びたりする。
あとからキリトに聞いた話だと、このときのコペルは「MPK」と呼ばれる行為をしようとしていたと彼は推測していた。
MPKはモンスタープレイヤーキルの略で、要はモンスターを呼び寄せて自分がその場を離脱することで、そのモンスターの処理を他のプレイヤーに押し付ける、あるいはモンスターにプレイヤーを殺させる、というもの。
そのためにコペルはその場を離脱する必要があり、敵から逃れるために隠蔽スキルを取ったのだろう。
しかし、キリトが「ネペントには効かない」と言った通り、この隠蔽スキルには一つ弱点がある。
隠蔽スキルはあくまで『視覚的に』認知しにくくなるだけ。ネペントは視覚が発達しておらず、標的の確認はすべて嗅覚で行っている。ゆえに、隠蔽スキルを使っても容易に発見されてしまうのだ。
と、ここまで話した隠蔽スキルの欠点は事件後にキリトからきいたもの。そんなことをつゆほども知らない俺には、目の前で起きたことがあまりにも不可解だった。
しかし、そんなことに気をとられている場合ではなかった。気がつけば俺たちの周りにもネペントがパッと見20匹ほど。一瞬のミスが命取りになる状況で、俺達は各々の武器を振るった。
小一時間ほど経ち、なんとかネペントの大群を退けた俺達は、相当に疲弊していた。倒しているうちに新たなネペントが集まってくるため、いくら倒しても終わる気配がなく、二人がかりでようやく、といった感じだった。
手元にドロップした胚珠は二人合わせて4個。キリトはそのうち一つを、コペルがいたところに置いた。
「これはお前の分だ、コペル。」
「あの時お前が実を割ってなけりゃ、一緒にクエストクリア出来たんだがな。」
やはり、それだけが心残りだった。彼が実を割る直前に、確かにキリトは胚珠をドロップしていたのだから。
落ちている片手剣、スモール・ソードは武器の耐久値が刻一刻と減っており、そのうち無くなってしまいそうだった。
「…戻るか。」
「だな。」
帰り道、俺達は終始無言だった。
その後クエストは特に滞りもなくクリアされ、キリトはアニール・ブレードを手に入れた。
病気の少女・アガサは、少し元気を取り戻したように見えた。ただ、次のプレイヤーがこのクエストを受ければ、彼女はまた病気に苦しむことになる。そこにどこか納得できないような感情を抱いて、その日は終わった。
ここまでが、俺達がMPKにより殺されそうになった話。しかしこれ以降は、本当に何もなかった。
そして今現在に至る。俺達の目の前に広がるのは、一面の草原。ところどころにモンスター達の姿も見える。
そして、その草原の中央に、一人の少女が横たわっている。
次回はちょっとSAO内から離れて、現実世界サイドの話を書いてみようと思います。
もしかしたら謎の少女の正体にも触れるかも?