Side-???
「仮想世界」というものを、初めて知った。
それは私にとって何もかもが未体験で、新鮮なものだった。
この世界のことを教えてくれた彼には、お礼を言わなければならないだろう。そう考えた。
私は、この世界を楽しもうと思った。ここなら、今までよりもっと楽しいことができるかもしれないと感じたから。
この世界を、もっと知りたいと思った。楽しむためには、この世界のことを知らなさすぎるから。
彼とこの世界で、過ごしたいと思った。私にとって彼は、大切な人だから。
でも、いつまで待っても彼はこちらの世界にやってこないままで、私は何をするでもなく歩き回って、戦って。
気がつけばその世界は、ソードアート・オンラインは、『デスゲーム』へと変わってしまった。
怖かった。泣き出したかった。
味方なんてどこにもいなくて。誘ってくれた彼はいつまで経っても迎えに来てくれなくて。
死んでしまおうとさえ思った。一度は自殺を図ってアインクラッドの外周に向かった。そこから飛び降りれば、苦もなく死ねるだろうと思った。
どこかで聞いた言葉に、死ぬ覚悟より生きる覚悟のほうが難しい、というものがあった。なら、死ぬほうが楽なんだろうという安直な考えだった。
でもだめだった。死ぬのは怖かった。生きることより死ぬことのほうが怖かった。
だから私は生きる道を選んだ。でも、元々活動的な私が街にこもるなんてできるはずもなく、武器を持って圏外へ向かった。
倒せる限りの敵を倒した。レベルを上げて、技術を磨いた。使えるものはなんでも使って、今日という日を生き延びるのに全力を賭した。
溜まったお金は全部武器や防具の強化に費やした。だからご飯は最低限。寝る場所も野宿が多かった。
そんな無理無茶無謀がたたってか、この世界にとらわれて10日ほど経った日。もう日付を数える余裕すらなくなっていたその日。
圏外の草原エリアで、私は目の前が真っ暗になった。これから倒れるのが直感的にわかった。
こんな場所に野ざらしになっていたら、きっと死んでしまうだろう。私の命もここで終わるんだ。
そうやって諦めた。諦めて、自分が倒れていくのにその身を任せた。ここまで生きてこれた奇跡に感謝した。
最後にもう一度、彼に会いたかった。そんな感情とともに、私は意識を手放した。
Side-Yuzuki
これはいったい、どうすればいいんだろう。
第一発見者(仮)である俺とその相棒、キリトは、圏外エリアの草原フロアで立ち尽くしていた。
何せ、こんなフィールドのど真ん中に、人が倒れてるのだ。しかも女の子が。
周囲を通りすぎるプレイヤーの誰もが自身の経験値稼ぎで手一杯なのかは知らないが、彼女のことを見て見ぬふりをして、そそくさとその場を立ち去るものばかり。
このまま放置されれば、新たにポップしたmobによって殺されてしまうだろう。
たちの悪いことに、彼女が目覚める気配はない。気絶してしまった可能性すらある。
俺達も他のプレイヤーのように置いていってしまってもよかったのだが、残念ながらキリトは根っからのお人好し。こんなところで誰かがぶっ倒れてたらあいつが動かなくなってしまうのも仕方ない話だ。
ここで死なれても寝覚めが悪いし、どうせキリトが留まりそうなので、とりあえずキリトと二人で護衛紛いの周辺警戒を始める。
ここのモンスターは大して経験値効率がいいわけでもないが、この草原によく湧く蜂モンスターがドロップする素材が槍の強化に必要なので、ここに留まる意味は無くもない。
そんな誰にしてるのかわからない言い訳と共に、目の前に現れた蜂を貫く。
片手槍カテゴリのソードスキル《ソニック・チャージ》。
熟練度が50になってアンロックされたこのスキルは、ほどよい火力と短めのクールタイム、貫通性能の高さも合わせて使い勝手のいいスキルだ。
キリトも次々と敵をなぎ倒していく。この調子ならまあ、死ぬことはないだろう。
ペースがつかめてきたので、後方の少女に気を配りつつ、俺とキリトは狩りを続けた。
Side-???
目が覚めた。
そう、
おかしい。なぜ私はまだ生きているのだろう。
それとも、もう既に死んでいて、ここは死後の世界なのだろうか。
でも、上を見てもそれは見慣れたアインクラッドの天井。そしてあれはおそらく第二層の地面でもあるのだろう。
つまり私はまだ生きていて、フィールドに野ざらしの状態のままだったわけだ。
自分がいるのは先程倒れた草原のまま。誰かが運んでくれた、なんて親切なことは流石になかったようだ。
まあ最も、ここのプレイヤーの中に、そんなことをしている余裕がある人なんていないはずなんだけれど。
そんなことはともかく、野ざらしになっていたはずの私は、どうやら呑気にも生き延びていたらしい。
こんな餌を放っておくなんて、システム様も随分お粗末な感じに仕上がっている気がしてならない。
あるいは、誰かが私を守って見張りなりなんなりをしていた可能性。限りなく低いが、まあ有り得なくはない。
それに気付いた私はゆっくりと体を起こす。そして周囲を見渡す。
すると、こちらを見ている二人の男性と目が合う。
背が高くて気だるそうな人と、顔立ちが女っぽい心配そうな様子の人だった。
「ようやく起きたか。」
背が高い方にそう言われ、やっぱり私は護衛紛いのことをされてたようだと認識。ひとまず
「わざわざありがとうございました。」
と、礼だけでも言っておく。
そして、気付く。この大きい方の人、彼のお兄さんじゃなかっただろうか。確認しておこう。
「あの、もしかして、大輝君のお兄さんですか?」
Side-Yuzuki
大輝。ここでその名前を聞くのは想定外だった。
たしかに俺の弟の名前はその名前で間違いないが、なぜ目の前の少女がその事を知っているのか。
疑問の答えはほどなくして彼女の口から聞くことができた。
大輝の彼女、恋人、交際相手。そんな感じの間柄なのだと、彼女は言った。そういえば、そう言って大輝が一度、家につれてきたことがあったかもしれない。
顔を見たときに感じた既視感の正体に納得した俺は、街に戻りながら話すことを提案して歩き出した。
彼女の名(もちろんプレイヤーネーム)が「アオイ」であるということ。主武器が両手棍であること。無理して戦い続けて、いつの間にか倒れていたこと。
道中の会話でこの少女『アオイ』について分かったのは以上。まあ別に分かったところで名前を呼ぶことが可能になった程度なのだが。
あとついでに、彼女をSAOへ誘ったのは他ならない大輝だったことも判明した。
あいつも余計な責任感を抱えていなければいいんだが。根が素直で自虐的なところがあるあいつは、俺達二人のことに罪悪感を抱いてしまっている可能性が高い。
そんな感じで考え込んでいると、いつの間にやら街に到着していた。
キリトと二人で泊まっている宿に風呂があると話したら物凄い勢いで食いついてきたので、そのまま彼女を招待して風呂を貸す流れになった。
Side-Aoi
最初は耳を疑った。
SAOにお風呂があるなんて、思いもしなかった。
そこまで好きという程でもないがお風呂は好きだし、女の子だから、というのもなんだけどやっぱりお風呂に入れないのはちょっとした悩みでもあった。
こんな命がけの状況でお風呂のことなんて考えてるあたり結構な楽観主義者だな、と自分でも思う。
そんな中でお風呂の話が上がったので、交渉してお風呂を貸してもらうことになった。交渉、と言ってもお願いしたら了承されただけなんだけど。
脱衣場に入っても装備解除ボタンを3回タップ。1回目で防具、2回目で下着以外の服。3回目で下着まで完全に脱げる設定なのは少しいらっとするけど、まあ普通に服を脱ぐよりは早いので我慢する。
特に体を洗ったりする必要はないし、第一まずシャンプーの類いのものはなかったけど、癖で体を流した。
手持ちの布切れ(タオルの代わりだ)で体をこすり、それからゆっくりと湯船に浸かる。
途端、体の力が抜けるような、不思議な感覚を覚えた。
肌に触れる水の質感とかに違和感を感じなくはないけれど、そんなことこの際どうでもいい。
それから小一時間、お風呂を楽しんだ。
お風呂に満足した私が、服を着るのを忘れて脱衣場を出るというハプニングがあった。
ユズキさん(大輝君のお兄さんはここではそういう名前らしい)がこちらに背を向けながらキリトさん(もう一人の女の子っぽい人)の目をふさぎ、ポカンと突っ立っている私に向かって服のことを指摘。
大慌てで脱衣場へ駆け込んで装備をつけ直す、というとても恥ずかしい体験だった。
ずぼらにもほどがある。まさか父親が単身赴任中な上に兄弟がいない家庭環境がこんな形で返ってくるとは思わなかった。
私が戻ってから少し気まずい雰囲気だったけど、ユズキさんがうれしい提案をしてくれた。
私をパーティに入れてくれる、というのだ。知り合いがいるのは嬉しいし、何より仲間がいるメリットは私も感じていた。
なので私はそれを快諾。3人目のパーティメンバーとなった。
夜も遅かったのでそのまま自分の宿に帰った。明日の集合は9時に迷宮区前だそうなので、支度を済ませて11時過ぎには床についた。
一人称視点書きやすいからしばらくこのままで。
それ以外でもなにかご意見あればメッセなり感想なりにどうぞ。
そのうち活動報告も開いておきます。
感想、評価、誤字報告など、お待ちしてます。