前回と今回はまだ詠唱ポイントはないはず。感想と評価をおくれ。
(多少グロテスクな絵面を見せる羽目になるか···いや、跡形もなく吹き飛ばせば、逆に生首や臓物の類いを見せずに済むな。よし。)
セイバーは士郎の精神衛生に気を配り、そんな判断を下した。
(そうと決まれば、良いね? グラム。)
『えぇ、構わないわよ。
セイバーが脳内で発した問いに、セイバーにだけ聞こえる声が答える。
「さて、お前が何のクラスの英霊かは知らないけど···アサシンか? 武器、短剣だし。」
「私のクラスを気にしている余裕があるとは、随分と余裕じゃないか。セイバー。」
サーヴァントには、それぞれのクラスに応じた武装というものがある。セイバーであれば禍美な刃の大剣や、兎の意匠の施された白銀の長剣。先のランサーであれば、深紅の魔槍。だが、この赤黒の男は、二振りの短剣しか持っていない。セイバーがここにいる以上、あり得そうなのは
「まぁ、クラスなんて関係なく、ここで吹き飛んで貰うし?」
「ッ──リン、下がれ!!」
セイバーが大剣へと魔力を流し込む。大剣の腹に埋め込まれた宝石の青い輝きが明度を増していく。
「『完全世界──』」
セイバーの男声に混じり、女性の──否、少女の声も聞こえてくる。出所を探るような余裕は、赤いサーヴァントにもマスターの少女にも無かった。
(何よ、あの魔力···!!)
少女は地面に座り込んだ──いや、先のセイバーの突撃を、サーヴァントが迎撃した余波で吹き飛んだ姿勢のまま、目を見開く。自分の持つ切り札たる宝石と、守りに秀でたサーヴァント。残り一画──厳密には二画だが──しか残っていない令呪を総動員して、やっと互角。それを理解した時点でようやく、少女の脳が本格的に稼働し始める。『どのようにこの窮地を打開するか』という命題を解決するために。
だが、その答えが導き出されるより早く、状況は変化した。いや、停滞したと言うべきか。
「やめろ、セイバー!!」
ようやく無駄に大きい屋敷を突っ切り、門に辿り着いた士郎が叫ぶ。その声は、翳した左手の熱と痛みを対価として、セイバーに枷として絡み付いた。
普通、戦士としても生物としても英霊に劣るマスターがサーヴァントを制御するための、三回限りの絶対命令権。『令呪』。命令が単純であれば単純であるほど効力を増すその魔術は、ただ止まれと命じた士郎の言葉を反映し、セイバーの戦闘行動を速やかに停止させた。
当然、「獲った」と感じていたセイバーにしてみれば堪ったものではない。
「士ろ──おっ、ちょ、落ち着けって···。」
怒声を上げかけたセイバーが、まるで自分の別人格を静止するかのような奇妙な様子で声を潜める。士郎はどうしたのかと問いかけようと近付き──その前に、この場にいるもう一人の「マスター」に声を掛けられた。
「面白いサーヴァントを引き当てたわね。」
心中の動揺など微塵も見せず、スカートを叩いて砂を落としてから一言。
「こんばんは、衛宮くん?」
──数分の後、赤い少女と士郎は、士郎の屋敷の今で机を囲んでいた。士郎の斜め後ろには、疲労困憊といった風情で、ぐでーっと伸びた少年がひとり。壁にだらりともたれかかり、開いた口から「もう無理疲れた寝よう寝たいそもそもなんで士郎から魔力が来ないんだよまたこいつらの分の馬鹿みたいな量の魔力を自己負担するのかよ勘弁してくれよそうださっさと終わらせて帰ろうよしそうと決まればさっさと全員殺してあぁいやそれがまず面倒だなぁもう無理疲れた(始めに戻る)」という句点も読点もない、呪詛じみた魂の叫びが垂れ流されていた。
セイバーが瀕死になっている横で、少女と士郎の情報交換──いや、少女から士郎への教義が続く。
「サーヴァント、聖杯戦争···っていきなりそんなこと言われたって信じられるか!!」
「あら、衛宮くんも見たでしょう? 私のアーチャーと貴方のセイバーの戦い。人外の域だっていうのは、なんちゃって魔術師の貴方でも分かったはずよ?」
(疲れたぁばばば···ば? あいつアーチャーなのか!?)
弓兵と剣技が互角程度と知り、ぐったりしたまま横臥するセイバー。それを一瞥して、士郎と同じ高校に通う少女──遠坂凛はため息をついた。皮肉屋のアーチャーに、やたらと好戦的なランサー。いまいち掴み所のないセイバーと、どうも雲行きがよくない。戦士としての強さは、自分の把握しているセイバー、アーチャー、ランサーの三騎士クラスは目を見張るが、性格面には目を覆いたくなる。
「はぁ···詳しいことは、もっと詳しい奴に聞いた方がいいわ。ほら、行くわよ。」
「行くってどこへ? 第一、俺は参加するとは一言も──。」
「ストップ。貴方、ここで降りたりしたらセイバーに殺されるわよ。」
「ころッ──!?」
完全に話を聞いていなかったが、カクテルパーティ効果で呼ばれた事には気付いたセイバーが体を起こす。士郎は驚愕を顔に貼り付けてセイバーを凝視していた。
(うん? なんだ?)
とりあえずニコッと笑って誤魔化してみるセイバーであった。
(よく分からんけど、どうしてこうなった?)
セイバーは考える。目前には金属製の大きな門。その奥には、尖塔と十字架の立派な教会。焦った様子の士郎に連れられて夜中の街を行き、辿り着いたのが此処だった。言葉少なに教会へ入っていく士郎と凛に付いて歩きながら、セイバーは視線を流す。
(なんか面白いのが居るなぁ···)
口角を微かに上げる。まだ早い。
──士郎に聖杯戦争の何足るか、そのルールと心構えを説き、最後に参戦の意思を問うた神父に、士郎は"是"と、つまり、「参戦する」と答えた。それを聞き届けたセイバーは、小さく安堵の息を漏らす。
(いやー、良かった良かった。魔力源としては無意味だけど、現界の楔としては大事だからね。)
元来た道を、今度ものほほんとした表情のセイバーがマスター二人の後を付いて戻っている。すると、不意に凛が立ち止まった。
「ごめん、衛宮くん。ここからは一人で帰って?」
「え? どうしてだよ、遠坂?」
(ぬーん? 敵対する気なら今始めればいいんじゃね? いや、油断させる為──背後を取るためか?)
セイバーが僅かに身構える。全方位に気を配りながら、徐々に体内の魔力を活性化させていく。
「貴方をここまで連れてきたのは、まだ貴方が敵でも味方でもなかったから。リングにも上がっていなかったからよ。」
「だが、凛。倒しやすい敵が居るなら、さっさと倒すべきだと思うがね。」
凛の前にアーチャーが現れ、腕を組んでこちらを一瞥する。
(ほーん、"倒しやすい"と。ほーん···。)
セイバーは「喧嘩を売られた」と感じた。それはセイバーの内に在る数多の存在も同じ。結果、セイバーからは無数の存在が一斉に放った膨大な殺気が巻き上がった。アーチャーが身構え、凛が一歩下がる。士郎は慌ててセイバーを静止し、
「良いサーヴァントを引いたみたいね、お兄ちゃん。そろそろ良いかしら?」
凛が、アーチャーが、士郎が、そしてセイバーが一斉に振り向く様子は、そこだけ見ればギャグのように見えただろう。警戒を露にしたセイバーが、大剣を構えていなければ。そして、振り向いた先に、巨岩の如き体躯から圧倒的なプレッシャーを放ち、岩をそのまま削ったかのように武骨な斧剣を持った存在が居なければ。
「バーサーカー···!?」
凛が呟く。断定的な言葉だが、間違いないだろう。
「こんばんは、お兄ちゃん。リン。私はイリヤ···。イリヤスフィール·フォン·アインツベルン。"アインツベルン"と言えば、分かるでしょう?」
「ちィ──アーチャー、貴方は下がって、本来の戦い方に徹して。いくら貴方が芸達者とはいえ、あの怪物を相手にするのは厳しいでしょう?」
「良いのか? 私が下がれば、君が
士郎とセイバーを計算に入れない二人の会話は、普通に考えれば正しい。最終的に勝者は一人しかいないこの聖杯戦争において、同盟すら組んでいない二組が、強大な敵とかち合ってしまった。そうなれば、「臨時の共同戦線」か、「相手に擦り付けて自分は逃げる」かの二択。第三の選択肢「敵と手を組んで相手を滅する」という手は、残念ながら無理そうだった。
だが、今、この状況では正解ではない。相手は「士郎」と「凛」を殺す気でいる。つまり、どちらかが逃げ、どちらかが戦うという選択肢は、敵の手で握り潰されているのだ。
故に。
「いいや、無理だよ。アーチャーのマスター。お前じゃ1分かそこらで潰れて終わる。」
「じゃあどうしろって言うのよ!!」
不吉極まる、そして至極妥当な予言を受け、凛が激昂する。セイバーはそれを涼しく流して、一言。
「俺がやる。お前とアーチャーには援護を頼む。」
「···お願い。」
凛は「いいの?」と問うのを堪えて頷き、懐から幾つかの宝石を取り出した。
セイバーのマスターであるところの士郎だけが、いまだに状況を理解できていない。
「お話はお仕舞い? じゃあ、やっちゃえ、バーサーカー。」
「■■■■■■ーーーーー!!」
巨岩の傍らに佇んでいた、バーサーカーのマスターと思しき銀髪の少女が歌う。
巨岩は応えて咆哮し、ランサーとは違い、石畳を砕いて初動とし、巨体に似合わぬ素早さで駆けた。
大剣を構えたセイバーを素通りし、宝石を構えた凛を無視し、呆然と立ち竦む士郎へと跳躍したバーサーカーは、その斧剣を振りかぶる。