「逃げて、衛宮くん!!」
(クソ···ッ!!)
叫び声を上げた凛と、無言で疾走するセイバー。言葉だけの凛と、実際に行動したセイバーを比べたとき、動いていない凛の「士郎を助けなければ」という気持ちがセイバーに劣っていたのかといえば、全くもってそんなことはない。二者を分けたのは、単なる実戦経験の差だ。幼い頃から、魔術の何足るかを魔術師の有り様と共に叩き込まれてきたとはいえ、凛にとってはこの聖杯戦争は「初陣」だ。対するセイバーは、その素性こそ謎だが、剣士として英霊になるほどの戦士。両者の気持ちに然程の差異はなくとも、その意思を反映する思考と肉体が違いすぎるのだ。
移動しながらでも可能な筈の発声すらせず、一切の無駄を切り捨ててセイバーが走る。
「らぁッ!!」
間一髪で、セイバーが士郎とバーサーカーの間に割り込む。セイバーは己の身長を優に超す大剣で以て、己の身長の倍はあるバーサーカーの豪躯から繰り出された、跳躍による重力加速と体重、さらに腕力と武器の重量を乗せた破壊の一撃を受け止めた。
「うわっ!?」
「ぐッ──!?」
セイバーを受け止めた士郎が驚愕の声を上げ、セイバーが苦悶の声を漏らす。そのまま二人は10メートルほど地面を転がってから、漸く止まった。
「っと、助かるよ。アーチャーのマスター。」
体を起こすセイバーに、バーサーカーからの追撃はない。凛の投げた宝石が、普段の数十倍の重力をバーサーカーに課していたからだ。両膝と両手を地面に付けてなお、バーサーカーの殺意は衰えない。遥か彼方から無数の矢が飛来し、バーサーカーの背中を穿って爆発する。小規模ながらキノコ雲すら伴うそれは、しかし、風が爆煙を晴らした後には、全く無傷のバーサーカーを残していた。つまり、何の効力も示していなかった。
「おい、マジかよ···。マスター、治癒をくれ。」
平然と斧剣を構えるバーサーカーを一瞥し、セイバーが苦笑する。歪めた口角からは、どろりとした血液が流れ出していた。
「え? いや、俺、治癒魔術なんて使えないぞ。」
「は? 本当に? お、おーけー。じゃあこのまま行くしかない、か。」
セイバーが声を震わせる。引き攣った表情からは、「ヤバいかも」という内心が見て取れる。流石に見かねた凛だが、アーチャーへ流す魔力を考えれば、セイバーに治癒を掛ける余裕はない。今はバーサーカーに指示を出すだけのイリヤスフィールが、いつマスター対マスター戦に興味を示すかも分からないのだから。
『マスター。平地でやる気なら、私が出ないと厳しいわよ?』
「分かってるよ···あ、教会に引きずり込むのはどうだ?」
『屋内だと、アーチャーの援護が受けられないわ。ある程度遮蔽物があって、なおかつ射線が取れる位置だと···あの丘の辺りね。』
「墓地を──更地に──変える──羽目に──なりそう──だな。」
セイバーだけに聞こえる声に、セイバーは言葉の合間にバーサーカーの連撃を躱し、受け流しながら、頭を整理する意味を込めて、実際に口に出して答える。脳内に響く声は、アーチャーの潜伏位置と、その射線、さらには射角までもを正確に把握した上で、戦術具申をしていた。セイバーの行いは、傍目に見れば頭がおかしくなったと思われる行動だが、鳴り響く金属音がヴェールとなって、セイバーの声は一番近くにいる──理性のないバーサーカーは論外として──凛にすら聞き取れなかった。
「■■■■ーーー!!」
「げぼっ···!!」
バーサーカーの大振りな一撃に隙を見出だし、セイバーが反撃しようと構えたその隙をバーサーカーが衝き、丸太のような剛脚でセイバーを蹴り飛ばした。
「あ···っ···ぐ···。」
「アーチャー!!」
セイバーが空中で吐血し、今度は20メートルほど地面に血の筋を残して転がる。凛が叫び、流石に不味いと判じたのか治癒を掛けた。生じた隙は、アーチャーの狙撃がカバーする。
「ありがとう、アーチャーのマスター。」
「凛、でいいわ。···それにしても──」
「あぁ。アイツ、ホントにバーサーカーか?」
狂気に呑まれているにしては、やたらと理性的で技術的な戦い方だ、と、セイバーはそう感じ取っていた。確かに、戦闘スタイル自体は単純な暴力──圧倒的な筋力に物を言わせたモノだが、それは決して単調ではない。こちらの動きを数手先まで読み、攻撃に虚と実を織り交ぜ、時にはわざと隙を見せて誘い込みまでする。
「いったい、どこの英雄なのやら。」
『それを考えるのは後よ、マスター。こちらが更地になる前に移動しましょう。』
「そうだな···凛、移動する。アーチャーにも連絡を。」
「オッケー。」
セイバーが徐々に移動し、バーサーカーがそれを追う。その後をイリヤスフィールが追い、最後に凛が続く。士郎はひとり、所々陥没した"戦場跡"に残され──その場に膝を付いた。
即座にセイバー達の後を追わないからといって、誰にも士郎を責めることはできないだろう。少なくとも、この戦闘に参加した者の中では、誰ひとりとしてバーサーカーに決定打を与えられないのだから。この場において最善とは、いかに戦闘を避けて生還するかに尽きるのだから。
「なんだよ···こんな···こんなのなら、もっと早く言ってくれよ···。」
士郎の口から後悔の言葉が漏れる。だが、未だに士郎の身体の芯には、微かな痛みが残っていた。つい数分前に、バーサーカーに吹き飛ばされたセイバーを受け止めた時の衝撃と、痛みが。
「軽かった、よな。それに···。」
士郎自身も、童顔だのチビだのと言われて来たが、それでも高校生としてなんとか"見える"程度には成長しているし、体だってそれなりに鍛えている。だが、セイバーの身体は、どこにあの大剣を振るうだけの力があるのかと思うほど細く、華奢だった。···いや、士郎の自称保護者や後輩と、それから凛のように、体躯と筋力が比例しないパターンも多々あるのだが、この時の士郎には、そこまで考えが及ばなかった。
「駄目、だよな。···俺は、マスターなんだから。」
一度しかそう呼ばれていなくとも、「しっくり来ない」とか言われていても、士郎は「そう在る」と──マスターとして聖杯戦争に参加すると、決断したのだから。
「くそっ!!」
彼我の戦力差を思い出して膝が震え出すより早く、士郎はセイバーを追って駆け出した。
「ごぶっ···」
士郎と別れ、凛もイリヤと魔術戦になり、セイバーが単身で──凛の援護に回ったのか、アーチャーの援護がない──バーサーカーを相手取ってから、既に数分。セイバーの大剣はバーサーカーの豪躯を幾度となく打ち据え、けれど一条の傷も付けられず。逆にバーサーカーの斧剣は、セイバーの防御に悉く阻まれながらも、その運動量で以て弾き飛ばし、既にセイバーの肋骨を数本砕いていた。
「おいおいおいおい···こりゃアンロックしないと不味いんじゃないのか?」
呼吸する都度に喀血し、身体を動かす度に内蔵を傷付けながら、セイバーは未だに戦っていた。血が入ったのか毛細血管が破裂したのか、片目を赤く染め、白いTシャツを深紅に染めてもなお、戦意は衰えていない。
『そうね。マスター、せめてアンロックだけでもしないと···私達が出るわよ?』
「と、いうか、通常武器だとどんな攻撃でも無効っぽいし、やるしかないよね、これ。」
口から血を流し、不自然に膨らんだTシャツから血を流し、頭から血を流し、身体中を赤く染めて、セイバーが笑う。
「魔力結晶体···は、構築済みだし。行くよ、グラム?」
『えぇ、良いわよ、マスター。』
「魔核の稼働を開始。第一から第十三拘束具、解放。」
セイバーの周囲のマナが渦巻き始める。本来、魔力的な働きしかしない筈のマナは、最早暴風すら伴ってセイバーに纏わりつく。髪が靡き、Tシャツが翻る。巻き上げられた砂塵をすら一瞬で吹き散らした魔力の竜巻は、始まりと同じく唐突に晴れた。
それもその筈だ。今のは、ただセイバーの持つ大剣が
「さて、おはよう。グラム。」
『えぇ、おはよう。マスター。』
彼の剣の
神々が暮らす天界、人々が暮らす人界と、もうひとつ。この世界という枠には、『魔界』と呼ばれる領域が存在する。そこには"心を持った兵器"、『魔剣』が存在する。
人界における名刀も名剣も、天界における神剣も神刀も、全ては魔界の『魔剣』が発祥であり、原典だ。···いや、中には『逆輸入』したものもあるが、そもそものベースは、魔界においても存在そのものが謎とされる、『原初の六魔剣』だから、やはり魔界が発祥といえよう。
そして、もはや何百では済まない膨大な魔剣の中でたった一振り、その名に「魔剣」の名を冠するモノ。それが、彼の大剣である。魔界の評定機関である魔剣機関において、『
魔剣は、普段は普通の武器である。
グラムの場合は前者。特筆すべき特異能力などない。しかして侮ることなかれ。ただ
『用意は良いかしら、マスター。Get Ready?』
「あぁ──いいぞ。この魂、君の為に燃やそう。」
セイバーが囁く。美麗な蒼の宝石は、その輝きを鮮やかな緋へと変えた。
爆音。先に動いたのはバーサーカーだった。"アレは不味い"、と。沈黙した理性が叫んだのか、それとも滾る野性が悟ったのか。どちらにせよ、その危惧は正しい。
「■■■■■■■■■■!!!!」
「ッ···っそい!!」
遅い。と、自分で発したその言葉すら置き去りに、セイバーが迎撃する。相互不可避の距離までバーサーカーを近付け、手にした大剣を一閃する。
「ふッ!!」
回避など不要。既に、バーサーカーの斧剣は右腕諸共に撥ね飛ばした。先ほどまでは、いくら突き立てようと刃の通らなかった大剣は、まるで紙でも裂くように豪腕を切断した。
防御を捨ててさらに一撃。今度は逆袈裟に左腕を切り落とす。
しかし、バーサーカーは、理性を失ってなお"技術"を行使する稀代の英傑。両腕という人体の中でバランスを取るのに重要なパーツを失った状態でも、蹴撃は可能。岩盤すら踏み砕く右脚が、風を巻き上げてセイバーを襲う。
「言ったぞ。遅い。」
地面を舗装していた石畳を砕いた震脚は、セイバーにはかすりもしていない。セイバーはとうにバーサーカーの正面から逸れ、背後を取っている。バーサーカーが振り向き様に再度の蹴撃を繰り出す──が、遅い。現状のセイバーであれば、背後を取った時点で勝敗は決している。
「じゃあな、バーサーカー。」
湿った音に続く、硬いものが地面を転がる音。
「···凄まじいな。いや、尊敬するよ。バーサーカー。」
両腕と頭部を失ってなお。心臓も呼吸も脳機能も停止して、なお。バーサーカーは倒れない。斃されども、けして地面に臥せりはしない。
──というか。
『まだよ、マスター!!』
「え? バーサーカーならもう···って、おぉ!?」
「■■■■■■ーーー!!!!」
バーサーカーは、別に斃れてなんていなかった。撥ねた筈の首も、両腕も、しっかりちゃっかり元通り。隆起した筋肉も、殺意を宿して燃える双眸も、ほんの数秒前まで止まっていた心拍も呼吸も、完全に「傷付く前」に戻っていた。
「不死身の宝具か···!?」
セイバーが叫ぶ。それは、この場において優勢なのは、先ほどバーサーカーを討った
「···は?」
数十分前、アンロックする前までと同じように、しかし確実にアンロックされている魔剣を弾き返され、セイバーの思考に空白が生じる。その空白は、「何故弾かれたのか」「どういう理屈なのか」という疑問が入るための空隙
そこに入るのは、自分の最も信頼する武器が、自分が至高と信ずるモノが、裏切られた──否、その信頼をバーサーカーによって
「おい、バーサーカー。お前は何故、生きている!!」
不条理な光景に向けて理不尽な言葉を発したセイバーが、手にした大剣へと更に魔力を流し込む。だが。
『マスター。今すぐ離脱しなさい。』
「完全世界──」
「マスター!!」
今までセイバーにしか聞こえなかった筈の声が、遂に明確に大気を震わせ、音となった。
「ちょっ···グラム!?」
セイバーは唐突に真横に出現した銀髪の少女に手を引かれ、即座にバーサーカーの元から離される。その少女に押さえられたセイバーが地面の窪みへと身を伏せるが早いか、バーサーカーが
「アーチャー···か?」
「えぇ。超遠距離からの狙撃に、爆発する矢。面倒な相手ね。」
爆煙によってバーサーカーは目視出来ないが、大剣による斬撃とは格の違う、狙撃を超えて「爆撃」とすら形容すべき攻撃を受けては、流石のバーサーカーとて四散しよう。セイバーと、その横に寄り添う銀髪灰眼の少女は、ひっそりと安堵の息を漏らした。
「セイバー!! 大丈夫か!! ···って、えーっと?」
「···あぁ、この子のことは気にしなくていい。それより、お前の方は大丈夫なのか? バーサーカーのマスターとやり合ってたんだろう?」
「あぁ、いや、そっちは遠坂が···って、気になるだろ、やっぱり!!」
まぁ確かに、命を懸けた戦闘の最中に別れて数分後に合流したら、銀髪灰眼で「絶世の」とか頭に付いちゃうレベルの美少女と一緒でした。とか、それなんてラノベ? と聞きたくなる展開だ。セイバーはそう考え、そこからどういう思考を巡らせたのかは不明だが、セイバーは右の脇腹を気にしながら、少女を背中に庇った。彼女の纏う白と黒で構成されたドレスが、かなり大きく胸元を開いたデザインであることとは、きっと無関係ではないだろう。
「ダメだぞ。グラムは俺のだぞ。いくら士郎が俺のマスターとはいえ、そこは譲れないな。」
「ばっ···そんな場合か!!」
士郎に"その気"があろうがなかろうが、セイバーの血染めの背中に、こちらは別の理由で赤く染まった顔を押し付けている少女を見れば、誰だって"脈がない"ことに気付くだろうが、残念ながら、その様子はセイバーも含めて誰にも見えないのであった。
「は? おい士郎、その反応は···?」
「マスター、本当に"そんな場合"じゃないわよ?」
詰め寄ろうとしたセイバーの背中を少女が引く。少女が残った手で指した先では完全に煙が晴れ、
「化け物め···。」
「クソ、セイバー。どうする?」
「衛宮くん、セイバー!! ···その子誰よ!?」
凛が合流し、やっぱり同じリアクションを取る。未だに炎が残る墓地の中では、バーサーカーが、いつからそこに居たのか、墓場の反対側に佇むイリヤの元へと歩いていた。
互いの戦力は再度集った。仕切り直しでもう一戦か、と、誰もが──否、セイバー·アーチャー陣営の誰もが身構えた。だが、緊張の糸が張り切る前に、イリヤが歌う様に言葉を紡ぐ。
「今夜はこれでお仕舞い。お兄ちゃんのセイバーも凛のアーチャーも、どっちも面白いね。」
「何よ、逃げ──むぐ」
条件反射なのか、煽りそうになった凛の口をセイバーが押さえる。このまま継戦するのは無理だからだ。
「また遊ぼうね、お兄ちゃん。凛。」
楽しげに立ち去るイリヤを見送り、漸くセイバーが凛を解放する。
「ちょっと、何するのよ!!」
「待て、頼むから俺のことをよく見てくれ···。」
「ッ!? セイバー、貴方、それ···」
「それって···なっ!? セイバー!?」
凛が即座に、士郎が少し遅れて、セイバーの来ているTシャツの不自然な膨らみに気付く。脇腹の辺りの生地が、内側から何かに押されているかのような、なるべく見たくない類いの膨らみ方。
既に全身血まみれだが、セイバーが庇っているのはそこだけだった。
「凛、魔力の残りは? できれば早急に治癒を頼みたい。」
セイバーがゆっくりと捲り上げたシャツの中では、
「ごめんなさい、私も立っているのが限界なの。魔力自体はそのうち回復するから、衛宮くんの家で取り敢えず応急手当だけでもしましょう。魔力が回復したら、真っ先に貴方に治癒を使うことを誓うわ。」
「セイバーは俺が···背負うのは、傷的に無理か。よし。」
「は? おい、士郎。正気か?」
「うるさい。怪我人は大人しくしてろ。」
──斯くして、セイバーは生涯·死後問わず初めて、女性二人に見られながら男にお姫様抱っこされるという屈辱体験をする羽目になったのだった。
今話のみどころさん
·恥じらうグラム。妄s···想像してごらん。萌えるゾ。死ゾ。
·お姫様抱っこ(男&男)。想像してごらん。···誰も得しないゾ。
·文字数。ななせんもじ。すごい(当社比)。