「なぁ、セイバー。歩きながらでいいからさ、さっき言ってた、セイバーの宝具の説明をしてくれないか?」
穂群原学園へと続く坂道で、士郎は弁当片手にこう言った。セイバーは微かに苦笑し、グラムは呆れたようにため息を吐いた。
「士郎、さっき言っただろ? 宝具は切り札だ。こんな誰が聞いてるとも知れない場所で、おいそれと話せることじゃない。」
「え? でも、周りに人は居ないぞ?」
「見える範囲には、な。士郎、サーヴァントのクラスに、キャスターってクラスがあるんだが···魔術に秀でたキャスターのサーヴァントなら、昨日のバーサーカー戦からずっと、俺たちの事を監視しててもおかしくない。」
セイバーが言うと、士郎は驚いた様子で周囲を見回した。
「そ、そうなのか!? じゃあ、家で話すのも不味いんじゃ···。」
「いや、あの屋敷の結界は意外と強固だからな。単なる「耳目」は入れないだろうよ。だが、街中は危ないな。昼日中に仕掛けてくるような度胸は無いだろうが、夜中は不味い。1人では絶対に出歩くなよ? 学校から帰るのが遅れるようなら、俺が迎えにいくから。」
セイバーはそう言い切って、空を仰ぐ。
『確かに、視られていますね。どうしましょうか、マスター?』
『遠見の魔術? 妨害できる?』
『妨害は容易ですが···手の内を明かすのは不味いのでは?』
『そうだな。ついでに言えば魔力もない。諦めて見世物になってやろうじゃないか。』
セイバーの脳内で会話が交わされる。サーヴァントとマスターの念話にも似た会議は、結局、「現状維持」という結論で終着を迎え、ちょうど良いタイミングで穂群原学園へと到着した。
弓道場へと消えた士郎は放って、魔力の残滓に引かれたセイバーは校舎へと入っていく。
「どう、マビノギオン。この魔力は凛のじゃないと思うんだけど···。」
数多の魔剣を従え、異なる魔力パターンに晒され続けたセイバーにとって、魔力の識別は会話する上で必須の技能だ。だが、殆ど知らない者の魔力と、全く知らない者の魔力の識別は流石に難しい。そのため、なんだかふんわりとした聞き方になる。だが、返ってきた答えは。
『はい、マスター。確かに、凛さんの他にも三人ほど、魔術を行使した形跡がありますね。』
「と、なると、士郎と···あと二人か。」
下足室を通り過ぎ、そのまま廊下に出ると、セイバーはまず左側を確認し、次いで右側に視線を向け──凍りついた。
「···へぇ。」
セイバーの細められた目は、すぐそこの扉──職員室から出てきたであろう男に釘付けとなっていた。
長身痩躯という言葉が、その男を言い表すのに最適か。身長は180センチに届いているだろうが、筋肉が付いているようには見えない。最低限、というよりは、研ぎ澄ます過程で削げ落ちてしまったかのような、引き締まった身体。何よりセイバーを驚かせたのは、その佇まい。自然に過ぎる、自然と同化しているかのような呼吸と脈拍。魔力感知のために神経を尖らせていたセイバーをして気付かなかったほどの、「初めからそこにいた」とすら思わせないほどの、自然さ。
「セイバーっ!!」
凄い。面白い。そんな感想を抱いたセイバーは、その身に宿す魔剣を呼び覚ま──そうとして、その機先を、士郎の大声によって制された。
「あ、く、葛木先生。えっと、こいつ···この子は、うちで預かってる親戚の子で。えーっと、今日は藤村先生の弁当を届けるついでに色々と買い物しようと思ってたので、えっと、その。」
弓道場から走ってきたのか、息を切らせてセイバーの元まで辿り着いた士郎が、男を見て硬直する。先生、という呼び方を聞いて、セイバーは密かに安堵した。
(一般人かよ。魔力の気配もないし、勢いにまかせて戦わなくてよかった···。)
「衛宮。」
「は、はい。」
硬質な、内心の窺えない声で、葛木が士郎を呼ぶ。
「校内は土足厳禁だ。校内を見せて回るつもりなら、応接室の来客用スリッパを使え。」
◆ ◆ ◆
──結局、学校の中を見て回ったセイバーは、肩を落として帰る羽目になった。
「何もなかったな···。」
『なにもありませんでしたね···。』
魔術の痕跡は確かにあった。が、既に意味を無くされた刻印なぞ、なんの役にも立たない"よごれ"にしかならない。こびりついたガムの方が、取るのが厄介なだけ面倒なくらいだ。
「そういば先輩、あの子は···?」
「学校からずっと着いてきてるわよねー。士郎、知り合い?」
落胆から下を向いていたセイバーの耳に、二つの声が届く。片方は、紫色にも見える色素の薄い髪をした、穂群原学園の制服を着た少女。もう片方は、士郎と少女の歩くペースに合わせてスクーターを押す女性。
「えーっと···長くなるから、詳しい話は帰ったらするけど···今日からあいつ、うちで暮らすから。」
「···え?」
「···は?」
片や小さく、片や素頓狂に、「何言ってんの、お前」とでも言いたげな声を漏らす。
やべぇな、口裏合わせとか全くしてないじゃん。そう思ったのは、きっとセイバーだけではないはずだ。
──そして、静かな夕食を終えて。
「さぁ士郎、キリキリ吐いてもらうわよー。一体全体、その子はダレさんちのナニ男くんなのかッ!!」
食卓に士郎と並んだ女性が片腕を士郎の首に回して、口に出した擬音に劣らぬ勢いで締め上げている。小声で為された尋問は、士郎の向かいに座ったセイバーには聞こえていない。ただ「食べたばっかりで元気だなぁ、この女の人。」という感想を抱かせただけだった。
「あの、すみません。」
「ん?」
横から掛けられた声に、セイバーが視線を流す。セイバーの横に座っていた少女が、今はセイバーの方を向き、正座していた。釣られて、セイバーも居住まいを正す。
「私は、間桐 桜と言います。えっと、あなたのお名前は? どうして、衛宮先輩のおうちに?」
穏やかに問われ、セイバーが士郎を一瞥する。答えが気になるのか、もう一人の女性も、士郎の首を締めたままこちらを見つめている。つまり、士郎とのアイコンタクトは失敗した訳だが。
「ご丁寧にどうも、桜。俺の名前はセイバー。えっと、父さんと母さんが海外出張なんで、昔の知り合いのキリツグって人の所に預けられるはずだったんだけど──。」
「切嗣さんの知り合い···の、息子さんなんだ。あー···。」
ようやく士郎を放し、なにやら考え込む女性。桜はそれ以上に気になったことがあるようで。
「セイバーくん···は、ハーフなの?」
と聞いてきた。瞬間、士郎の顔に「しまった」という文字が書き込まれる。それに二人が気付くより早く、セイバーが口を開き──爆笑した。
「あっははははは!! うん、いや、違うよ、桜。みんなそう聞くんだけど、アレだよ、流行りの"キラキラネーム"ってやつ。」
「そうなんだ、カッコいい名前だね。」
「ありがとう。褒められたのは初めてだよ。」
「どんな漢字を書くの?」
「刀剣の"剣"に、士郎とおんなじ"士"だよ。」
口調まで変えたセイバー渾身の演技に、士郎が愕然とする。見た目が士郎より少し年下ということも相俟って、桜とは全く似ていないのに、何故か姉弟のように見えた。
「まぁ、悪い子じゃなさそうだし···ねぇセイバー君、ご両親はいつ帰ってくるか分かる?」
「えーっと、3週間もすれば帰ってくると思う。」
うーん、と、再び黙考モードに入る女性。セイバーの目に悪戯っぽい輝きが灯るのを、士郎は見逃さなかった。
「
ぴし。そんな音を立てて、食卓の空気が凍りついた。
数秒が経過し──女性が口を開く。
「セイバー君。三週間、お姉さんがきっちり面倒見てあげるからね。」
はい、お疲れ。そんな目でセイバーが愕然を通り越してドン引きしている士郎を見る。へへへ、と、悪びれることなく笑ったセイバーは、だめ押しの一手を、すなわち、名前を尋ねて、「よろしくお願いします、○○お姉さん。」と言い放つ即死コンボを放とうとする。が。
「藤ねえの許可も降りた事だし、セイバー、部屋に案内してやるよ。藤ねえは、帰るなら桜を送ってやってくれ。」
と、食卓から出されてしまった。
「セイバー、藤ねえ──あ、えっと、藤ねえって言うのは本名じゃなくて、藤村 大河ってのが本名なんだけど。いいか、藤ねえで遊ばない方がいい。あんまりやってると、消えないトラウマを植え付けられる羽目になる。」
俺のように──。とでも言いたげな、真剣な表情で、真剣な声音で、士郎がいう。士郎の隣、空いた一室にセイバーを案内すると、士郎は押入れから布団やら何やらを出してきた。
「使い方は分かるよな、セイバー。」
「あぁ。大丈夫だ。」
「じゃあ、食卓に戻ろう。片付けもしなくちゃいけないし···それが終わったら、セイバーの宝具についてとか、今後の方針とか、いろいろ話し合おう。」
◆ ◆ ◆
結論から言って、無理だった。二人が食卓に戻ると、大河も桜も二人仲良くテレビを見ていたからだ。「なんで帰ってないの?」と士郎が問えば、二人揃って「今日から泊まるから」と答える始末。
結局、何も話し合えないまま夜が開けてしまった。
つつがなく、士郎の日常が過ぎていく。登校し、授業を受け、友人と共に生徒会室で昼食を摂り、また授業を受ける。欠伸がでるような、いつもの風景。
なのだが。
「どんな感じ、ティンダロス。」
『はい、ご主人様。今のところ、監視対象は鬼ごっこに興じております。』
はぁい、ご主人様ぁ。今のところぉ、監視対象はぉにごっこに興じておりますぅ。正確に言い表せばそんな感じの、甘ったるく間延びした、媚びるような声が、セイバーの脳内に反響する。
セイバーが士郎の護衛にと潜ませた魔剣少女、『ティンダロスの猟犬』からの報告である。ちなみにティンダロスの猟犬は、その特性として、「絶対追尾」が挙げられる。90度以下の鋭角が存在するのなら、何処へでも、世界すら跳躍して無制限に転移可能。ついでに言えば物理攻撃に耐性を持つ。護衛として、と言うよりは、
「鬼ごっこか。放課後はすぐ帰ってこいって言ったのに···そのまま監視を続けてくれ。何かあったら報告を。」
畏まりましたぁ。と、やはり媚びるような声を最後に聞き、セイバーが念話を遮断する。そのままセイバーは玄関へと向かい、靴を履いて外へ出る。宣言通り、士郎を迎えにいくつもりなのだろう。
「に、しても鬼ごっこか···。ティンダロス、相手は誰だ?」
この質問に、おそらくセイバーは大した意味を持っていなかった。強いて言えば、「高校生でも鬼ごっことかするんだ。誰とだろう。やっぱり彼女かな。」という思考を経て、「士郎の彼女か。ついうっかり殺さないように気を付けなきゃな。顔と名前の把握しとこ。」という結論に至ったからだが。
『ご主人様もご存知の、遠坂凛でした。』
「凛と、か。···ん?」
『はい、今はマスター不明のサーヴァント···アサシンか、或いはライダーと思われるサーヴァントと交戦中です。』
「···お前も参戦して時間を稼げ。俺もすぐに向かう。詳しい場所は?」
はぁぁぁ···と、ため息を吐き、頭を抱えるセイバー。そうだ、そう言えばそうだった。セイバーの心中には、深い後悔があった。
すなわち。
俺の思う──一般で言う"脅威"と
セイバーの従える魔剣たちは、それぞれ性格などがまるで違うが、共通項もある。例えば、「凄まじいまでの強力な武器である」ということ。脅威と言うものは主観で判断されるものであり、強者として遥かな視座から睥睨する彼女たちにとっての脅威とは、己のマスターを、つまり、「セイバーを打倒し得るかどうか」に尽きる。この原則に従って言えば、魔剣による攻撃を無効化してみせたバーサーカーくらいしか、彼女たちは"脅威"として見做さない。常識を弁えた魔剣も居るには居るが、護衛には不向きだと断じ、別の魔剣に任せたのが仇となった。
『敵サーヴァントの撃退に成功しました、ご主人様。』
「ありがとう。そして帰ってこいティンダロス。言っておくが、ご褒美なんてないからな。」
「そ、そんなぁ···ご主人様ぁ···。」
取り敢えず士郎が帰ってきたら説教して、その後で魔剣たちに「鉄則」というものを教え込もう。
セイバーはそう決意した。
──のだが、結局、士郎が帰ってきたのは、夜も更けてからだった。
地震きた。こわ。