空気に赤い色が付いたような、奇妙な感覚。身体をねっとりと覆う不快感と倦怠感。令呪による強制転移で強引に喚ばれたセイバーを迎えたのは、そんな情景だった。
「何この···え? これ宝具じゃね?」
サーヴァントを相手に効果を持つレベルの結界。魔術だとすれば、陣地内でのキャスタークラスにしか再現できない芸当だ。だが宝具であれば、どのクラスのサーヴァントであっても可能。特に、学校には一度ライダーが出現しているらしい。
「マスター様、排除致しましょうか?」
「あー、いや、まだ大丈夫。こっちの手の内を明かすのは早い。」
まだ全クラスのサーヴァントと遭遇すらしていない現状で、しかもこの結界がライダーのものという確証すらない状態では、流石にこれ以上魔剣を見せるのは得策ではない。境界を切り裂く魔剣ティナ=エンプレスなどという特級の切り札は特に。
「いいよな、士郎?」
「···いや、セイバー。この結界を壊す手段があるなら、直ぐにやってくれ。まだ大勢の生徒が閉じ込められてるんだ。桜も危ない。」
マスターからのオーダーに、セイバーは少しだけ嫌そうな顔をした。が、すぐにその右手に黄金の大鎌を顕現させた。
「エンプレス、やってくれ。」
「はい、マスター様。」
即座に、空気に付与されていたあらゆる事象が消滅する。空間隔離の効果も、弱体化も、魔力吸収も、全て、結界ごと斬って捨てられた。士郎と凛が安堵の息を漏らすと同時に、階下で大きな気配が揺らいだ。
「ライダーか? ···いや、違うな。」
セイバーが呟いた直後、廊下のタイルから滲み出るように、カラカラと乾いた音を立てながら、骨でできた人形が這い出した。
「竜牙兵か、カモだな。」
「えぇ、その通りね、マスター。」
魔剣グラム。竜種の頂点にほど近い厄龍ファフニールを打ち倒した剣。最上級の龍殺し特性を持つ彼女にとって、龍の牙を元にしたクリーチャーなど、的としてすら不十分。鴨撃ちより容易い。
「問題はキャスターの方なんだが···」
キャスターの宝具、『
「まぁ、気配遮断なんてないだろうし、あったとしても──お。」
カラカラと音を鳴らしながら、竜牙兵が突撃してくる。骨で出来た剣を持った怪異が、合計二十以上。
「いっせーの!!」
セイバーはグラムをフルスイングし、その尽くを一撃で滅ぼし尽くした。
──だが、如何に敵が的以下の存在とはいえ、ここは敵地のど真ん中。ライダーのものと思しき結界を解いているとはいえ、キャスターが介入している現状では、油断するべきではなかった。
「っ、セイバー!!」
士郎が叫ぶまでもなく、セイバーはその気配に気づいていた。だが、フルスイングした大剣を消すより、姿勢を戻すより、士郎がその人影に殴りかかるより、凛がガンドを撃つより、セイバーの背後に現れたキャスターが、手にした短剣を降り下ろす方が早い。
「
真名が解放され、手にした毒々しい色の短剣が怪しく煌めき──セイバーの背中へ吸い込まれた。
「っ、愚かなことをしたわね、魔術師。」
セイバーの横に顕現した銀髪の少女──魔剣少女形態のグラムが、波打つ刃の大剣で以てキャスターを切り伏せる。
刃が肩口までを切り裂き、キャスターの霊核に致命の一撃を与えるその寸前で、グラムの動きが止まった。
「マスター?」
「──戻れ、グラム。」
士郎たちに背を向けたまま、セイバーがこの場に相応しくないほど明るく指示を出す。振り返った顔には、微笑が浮かんでいた。これ幸いとキャスターが姿を消すが、誰も追撃しない。キャスターも士郎も凛も、セイバーから漏れ出る異質な空気を感じ取っていた。目を背けてはいけないと、直感していた。
「令呪の縛りが消えた。聖杯の軛も。」
「そう···それじゃ、マスター。」
「あぁ。」
「
「
グラムは自身そのものである大剣を振りかぶり、セイバーはそれとよく似た色違いの大剣を構える。
二つの切っ先が向けられた
「衛宮くん!!」
「あら、いい勘ですこと。」
二人の背後から横薙ぎに首を狙った剣戟を繰り出した少女は、凛と同じ黒髪のツーサイドアップだった。しかも凛の全体的に赤いコーディネートとは真逆の白ベース。
「折角、刃を血に染めようと思いましたのに。」
うふふ、と、少女が長剣を提げて笑う。挟まれた形の二人は素早く姿勢を立て直すと、士郎がセイバーたちに向かい、凛が白い少女を背中合わせで警戒する。
「へぇ、不意打ちを外したのか、ダイン。」
「申し訳ありませんマスター様。背中に気を配り過ぎましたわ」
少女────ダインスレイフがそう言うと、凛が小さく舌打ちをした。
「アーチャー、気づかれてる!!」
言いながら宝石を投擲し、さらにガンドを連射する凛。
対して士郎は、唐突な変貌を遂げたセイバーに言葉をぶつけ────る間もなく、グラムに肩口から腰までを袈裟斬りにされていた。
「衛宮く────」
倒れた士郎を捨て置き、正面のダインスレイフと背後の士郎、意識を二分され集中を欠いた凛にも二つの凶刃が迫る。
「赤原を征け────緋の猟犬!!」
矢と化した剣が飛翔する。それは防御行動に入ったダインスレイフ
「魔剣フルンティング!? ・・・いや、その模造品か!!」
セイバーが興奮を隠さず笑い、大剣を投擲した。
「アーチャーを殺せ、オルタ!!」
「は、はい。マスターさん!!」
その大剣はアーチャーの目前でグラムによく似た少女にキャッチされ、投擲と飛翔の勢いを乗せた斬撃が繰り出された。
「せ、いばー・・・どうして・・・」
士郎が掠れ声で言うと、セイバーとグラムが驚いたようにそちらを見た。
「え、グラム、殺し損ねたのか?」
「そんなはず────」
言いながら、グラムがもう一度士郎に剣を振る。今度は首を断ち切る軌道で。
「・・・そう。そういうこと。」
凜にも、アーチャーにも止められない一閃だった。
だが、確かに大剣の────グラムの刃は、士郎の首を落とせなかった。
「あぁ、僕は止めないよ? 勿論、どちらかが暴走しそうになったら別だけど。」
「えぇ、分かっているわ、マスター。」
「えー、いいんですかー? そんな余裕ぶっちゃってー。私たちに止められちゃいますよー?」
「それならそれでもいいんだよ、ジャガーノート。」
へらへらと気の抜けた笑顔でグラムの一撃を受け止めたのは、戦斧を携えたナース服の少女。
「そう。なら、マイマスター。最終戦争ね。」
「あぁ。やっぱりお前はそっちだよな、レヴァンテイン。」
「い、一応言っておくけど、私たちは貴方のために────」
「そんな心配してないよ。全力で来い、ブリューナク。タスラムもそっちだろう?」
「ん・・・」
士郎の負っていた傷は最早ない。リヴァイヴか、或いは他の蘇生系魔剣が士郎を癒したのは明白だった。
「戦力比が悪すぎるなぁ・・・他にあっち行く奴いる? ・・・オーケィ。」
「配下の魔剣に裏切られたか、セイバー。」
顕現しているだけでも4人の魔剣が、セイバーから士郎を庇うように立っていた。
グラムたちを消したセイバーは、アーチャーの皮肉そうな笑みにへらっとした笑みを返すと、唐突にその姿を消した。
「ッ消えた!?」
しばらく警戒していた凛とアーチャーだが、数分しても何の動きもないことと、置いて行かれた、どうやらセイバーと敵対しているらしい4人の魔剣が警戒もしていないことから「逃げた」と判じた。
「・・・それで、どうする、凛?」
「・・・どうもこうも、まずはこの子たちでしょう。」
その場に残された魔剣たちは、なにも言わずに二人を見返していた。
魔剣たちが魔剣使いを裏切るわけないんだよなぁ・・・