やる夫とクラスメイトがバトロワに参加させられたようです 作:MASUDA K-SUKE
ハーメルン学園3年β組45名 名簿
○→生存、●→死亡
● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式
【生存者 残り21人】
74
「そうか…やはりかつてのクラスメイトを甦らすために参加しただけではなかったようだな…オルガ・イツカ…!」
「はっ!」
黒服の一人、計からの報告を聞いた利根川幸雄は特に動じる事無く、煙草を取り出してくわえた。
オルガが二人の生徒と共にビル周辺で奇妙な行動をしている――か。
利根川は部屋でモニターに向かっている黒服らに、オルガを映すよう命じた。
部屋にある大きなモニターにオルガを含めた三人の姿が映る。これはオルガがドラコ・マルフォイ、木之本さくらと筆談をしていた時の映像であった。映像の角度やピントが調節され、オルガらが地面に書いた文字がはっきりとモニターに映し出された。
オルガらがビルの東側に爆弾を投げ込み、その隙に警備の手薄な西側からビルに侵入するという作戦は、全て委員会に知られる事になった。
「礼を言うぞ、計。お前達のおかげで、こうしてオルガの作戦を事前に知ることが出来た。引き続き監視を行え。それと、慈英にも良く言っといてくれ」
「はっ!ありがとうございます、利根川先生!」
計は利根川に頭を下げ、持ち場である屋上へ戻っていった。
「我々がしているのが盗聴だけな訳がないだろうが…。音声だけではvipの皆さまを満足させられん。衛星や島内の隠しカメラで貴様ら生徒全員の行動は常に監視している。詰めが甘かったな…オルガ・イツカ」
利根川は笑みを浮かべた。
利根川はこのオルガの作戦を潰すため、西棟の入り口に警備を増やす事を命じようとマイクに手を伸ばした。
それよりも速く蓮実聖司がマイクを奪い取った。
「兵士たちに告ぐ。西棟入り口警備のA班、ビル内警備のG班は至急、東棟入り口の警備に向かうように。西棟入り口警備のB班、C班の内、B班はその場で待機、C班はビルの内部に入り、西棟入り口からの侵入者に備えよ」
それを告げると蓮実はマイクを切った。
は…?
利根川は蓮実の命令を聞いて唖然とした。今の蓮実の命令は西棟入り口を警備しているA班、B班、C班のうち、B班以外の警備を外すというものであった。
「――オルガの作戦を見ていなかったのか…蓮実…!?ビル内警部の班を東棟に向かわせて警備を固めるのは良いが、なぜ西棟の警備を手薄にする?これではここから入ってくれと、生徒共に言っているも同然…!」
「利根川先生、そうやって警備を固めては彼らも進入するのを躊躇ってしまうかもしれませんよ。むしろ彼らをビルに招き入れるのです。彼らが東棟とは違って警備の手薄な西棟を見た場合、『なんか静かですね…。西棟には見回りもいないし、東棟とはえらい違いだ』、『ああ、委員会の戦力は軒並み東棟に回してんのかもな』等と思うかもしれませんよ。そうすれば、彼らも希望を抱き、西側からビルに突入しようとするでしょう。ご安心を、突入してもすぐに対処できるよう、C班を内部に待機させてありますから。希望を抱いた生徒らがむなしく倒れるのはvipの皆様が見たいものだと思いますが?」
「うむ…確かにそれも一理ある…」
この男――唯一神様やvipの皆様を挙げる事で説得力を増そうとしている。そして、ワシの仕事に手を出し、自分の思うように動かしている――黒服と兵士を!確かにそれで唯一神様らに好評ならばさほど問題はあるまい――。しかし、その手柄は蓮実の物…!全て…!挙句、ワシの采配にケチをつけるかの如き態度…!気に入らん…実に…気に入らん!だが、プログラムの成功と同時に、皆様を楽しませることも不可欠…!
苛立ちながら、利根川は煙を口から吐き出した。
75
ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタは後方に気を配りながら歩いていた。
確かに先ほど、声が聞こえたし、気配も感じた。この私をつけているのか――。誰だか知らないが、ラピュタ王に対して無礼な奴だと思わんかね?
その時、離れた茂みの中で何かが動く音がした。それをムスカは聞き逃さなかった。
ムスカは数枚のゾリンゲン・カードを茂みへと投げつけた。カードは草を切り開きながら、茂みの中へと入っていく。
茂みの中から悲鳴が聞こえた。
フっ、誰だか分からないが、この私に見つかるとは不運な奴だ…。
その時、茂みから先ほどムスカが放ったゾリンゲン・カードがムスカ目がけて飛んできた。
何だとっ!?
ムスカは華麗に飛んできたカードをかわし、かわしきれなかったものは手に持ったカードで払いのけた。
「おはよー!おはよー!そこにいるの?」
茂みの中からひらりマントを持ったうさみちゃんが姿を現した。大きく見開いた眼でムスカをじっと見ている。
「これはこれは、うさみちゃんではないか。どうした、私と戦うつもりか?」
「その通りよムスカ君。私の推理が正しければ、貴方は少なくとも二人はそのトランプで殺してるわね」
「ほう…」
日吉とまっちょしぃの死体を見たのだろう。私の武器はバレているな、だが煙玉についてはまだバレていないだろうな。流石うさみちゃん――戦う相手に関しての下調べは怠らないか――。
ムスカがカードをうさみちゃんへと放った。うさみちゃんはひらりマントを振ってそれらを跳ね返す。だが、ムスカもそれを予測し、瞬時に横に跳んでカードをかわした。
「なるほど、そのマントで飛び道具を跳ね返せるという訳か。先ほどのカードを跳ね返したのも、同様の手口だな」
「ご名答。流石ムスカ君ね」
「礼を言う。だが、名探偵であるうさみちゃんがそんな事を私にばらしていいのかね?」
「いいのよ。だって今は名探偵の謎解きの時間よ。私が持つ全ての情報を犯人に示さないといけないの」
「私を犯人扱いしているのが気に喰わないが、流石は名探偵といったところか。だがいいのかね?君の武器は飛び道具を跳ね返すようだが、私がカードを投げるのを止めれば、君は何も出来なくなるのではないのかね?」
「あら、私を心配してくれるのね、ありがとうムスカ君。でも心配は無用よ」
うさみちゃんは懐から多数の石ころを取り出し、高く放り投げた。石ころをひらりマントでムスカのいる方向へ振るうと、石ころはムスカ目がけて飛んでいく。
なんだと!?
ムスカは石ころに驚きながらも、冷静に石ころをかわす。
ならば――これをくらえ!
ムスカは煙玉をうさみちゃんへゆっくりと投げつけた。
うさみちゃんは油断することなく、煙玉の様子を窺いながらひらりマントで振り払おうとする。
だがそれよりも早く、ムスカがゾリンゲン・カードを煙玉へと投げつけた。
煙玉がひらりマントに触れるよりも先にカードが煙玉を切り裂く。中から煙が噴き出し、辺りは煙に包まれた。
うさみちゃんはひらりマントを構え、煙の中からの攻撃に備える。
その時、うさみちゃん目がけ、一枚のカードが飛んできた。うさみちゃんは野生の本能でそれを察知し、的確にマントを振るってカードを跳ね返した。
それと同時に、うさみちゃんは周囲の煙をひらりマントで振り払う事となった。うさみちゃんの周囲の視界が晴れた。
「そこだ!」
煙の中からムスカが姿を現し、カードを放った。
マントを振るった直後で手を伸ばしていたうさみちゃんは再びマントを振るうのにわずかな隙が生じた。ムスカの手から離れたカードは綺麗な弧を描いてひらりマントを切り裂き、うさみちゃんの体に突き刺さった。
うさみちゃんの口から悲鳴が漏れる。
痛みでうさみちゃんは目を大きく見開いた。普段以上に大きくなった目から血涙が流れ出ている。
「どうやらそのマント、跳ね返す時にはマントをひらりと振らねばならないようだな。一見無敵のようだが、ただ構えていては、跳ね返すことが出来ない。同様に、マントを振って、手を伸ばし切った状態からでは、再びマントを振るのに、わずかな時間差が生じる。そのマントは、何かを跳ね返した直後が隙という訳だ」
「あらあら――この名探偵うさみちゃんの目をもってしても見抜けなかったわ…」
「名探偵である君に勝つには、まずはその目を何とかしなければならないと思ったが――うまくいったようだ」
「ええ、私の完敗よ」
うさみちゃんは半分の大きさになったひらりマントを持ったまま、仰向けに倒れた。
「本当は畳の上で死にたかったのだけれど――仕方ないわね」
「随分と潔いな。それとも、この私を油断させようとしているのかね?」
「そんなんじゃないわ。名探偵とは常に死と隣り合わせ。そしてミスを犯せば名探偵としての人生も終わり。私もミスを犯したからここで死ぬのよ。恨むなら自分の脳力の無さを恨むわ」
「素晴らしい――名探偵だな、うさみちゃん」
ムスカは一枚のカードをうさみちゃんへと放った。
【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ】
【身体能力】 A 【頭脳】 S
【武器】 ゾリンゲン・カード、煙玉
【スタンス】 優勝してラピュタ王となる
【思考】 誰かが私をつけているな
【身体状態】 正常 【精神状態】 正常
【女子01番 うさみちゃん 死亡】
【生存者 残り20人】
76
ドラコ・マルフォイ、木之本桜、オルガ・イツカの三人は遠くから本部ビル西棟の入り口を見ていた。西棟入り口周辺は綺麗に舗装されている。ここの警備をしているストームトルーパーの数はオルガが言う通り、東棟の入り口にいたものと比べて少なかった。
マルフォイとさくらはこの事に喜んだ。
「――妙だな」
だがオルガの反応は異なっていた。兵士らを睨みながらオルガはつぶやいた。
「俺がさっき見に来た時よりも兵士の数が減っている。半分――いや、それ以下だな…」
「警備が減ってるという事は、東棟やビル内部に人数を割いたという事かい?」
「分からねえ。ドラコの言う通りか、それとも罠か――用心だけはしておこう。それよりも俺達は爆弾を持った生徒を探さなきゃならねえ。さくら、レーダーに反応はあるか?」
「ダメ、近くには誰もいないみたい」
「そうか――やはり今はここで待機とするか」
三人はストームトルーパーに見つからないよう、本部から少し離れた場所で身を隠す事にした。
77
水銀燈と泉研は遠く離れた物陰から、ムスカがうさみちゃんにとどめをさすのを見ていた。
「ねぇ、見たでしょ?ムスカはうさみちゃんを殺したのよ。ね?私が言ったように、ムスカはジュラル星人よ」
「でも――うさみちゃんが襲い掛かって来て、ムスカ君が仕方なく戦ったのかもしれないよ。いや、うさみちゃんがジュラル星人で、ムスカ君がジュラル星人を倒したという事も考えられる!」
「くぅだらない。それはあり得ないわ。ほら、貴方の狂気の瞳でうさみちゃんをよく見なさい。何が見える?」
「鰹と昆布の合わせ技」
水銀燈は研を殴った。
「うさみちゃんの遺体が残ってるわ。ジュラル星人は死ぬと消滅するんでしょ?でもうさみちゃんは消滅してないじゃないの。つまり、ムスカに化けたジュラル星人が、罪の無いうさみちゃんを殺したのよぉ。分かった?さあ、チャージマン研の出番よぉ。早くムスカに化けたジュラル星人をそのマシンガンで倒してらっしゃい」
研は決意を固め、マシンガンを手に立ち上がる。
「銀ちゃん――」
「何よ」
「トイレ行きたいんだけど、行っていいかな?」
「巫山戯るのもいい加減にしなさいよぉ!そんなの、貴方が一人でヤクルト10本も飲んだからでしょ、このお馬鹿さぁん!本当なら、その内の1本は私のものになる筈だったのに…。ああ、思い出すだけでイラつくわぁ…」
「トイレに行けないなら――今ここでするしか」
「それこそ止めろって言ってるじゃないの、このジャンク!貴方は何を考えてるの?やっぱり脳がジャンクじゃない!いいえ、これは脳だけじゃない、貴方は全身がジャンクね!貴方の体を流れているのは血液じゃなくて、工場廃液なんじゃなぁい!?」
「いや、血液だよ。工場廃液が流れている生命なんているもんか」
「ああああ――本当に面倒くさいわぁ…!」
苛立ちながら水銀燈は顔を押さえた。
「そこでごちゃごちゃと話している二人――そろそろお休みの時間だ!」
その場で瞬時に振り返ったムスカは、ゾリンゲン・カードを水銀燈と研が隠れていた場所へと放った。
「バ、バレた!?完璧に隠れていたと思ったが――やるなムスカ君!」
「あれだけ五月蠅く喚いてれば、バレるに決まってるでしょぉ!って、なんかトランプみたいなのが飛んでくるじゃない!」
「やあああああっ」
研は、常日頃からジュラル星人との戦闘経験を活かし、華麗な側転を披露しながらカードをかわした。
「きゃあっ!」
一方で水銀燈は悲鳴を上げながら横に跳んでカードをかわした。だが、その時に尻もちをついてしまった。
いったぁい――。
尻を擦りながら水銀燈は立ち上がった。顔を斜め上に上げ、見下すような姿でムスカを見る。この様な状況でも水銀燈から気品は失われていない。
「あらぁムスカ、お久しぶり。でもねぇ――出会って早々にトランプを投げつけてくるなんて、物騒、いえ――野蛮じゃなぁい?それにぃ、ムスカ、貴方はトランプで戦ってるのかしらぁ?フフッ、優雅ねぇ…。それとも、マジシャンにでも転向したの――?」
水銀燈に煽られても、ムスカは顔色を変える事無く、手にゾリンゲン・カードを持ち、構えた。
「私の後を追っていたのは水銀燈さんに研君か。珍しい組み合わせだな。二人はそんなに仲良かったのかね?」
「えへへ、そんなぁ、照れちゃうなあ」
研は照れくさそうな顔で自分の頭を掻いた。
「私とこのジャンクが仲良いですってぇ!?冗談もいい加減にしなさいよ!あと、ジャンクもなに嬉しそうな顔してるのよ、ぶっ殺すわよ?」
怒鳴り散らす水銀燈を見てムスカは高笑いをした。
「ハッハッハッ。これはおっかない女王様だ。本当なら、優雅にお茶会でも開きたいところだが、今はそんな事も言ってられなくてね。そろそろ鬼ごっこは終わりだ!」
ムスカはカードを水銀燈に投げつける。
水銀燈は持っていたパラソルを前に構えた。カードがパラソルに当たるが、パラソルを突き破る事は出来ず、はじき返された。はじかれたカードは水銀燈の足元に散らばった。
「なんと…。そのパラソル、相当丈夫なようだな」
ムスカは驚きの表情を浮かべている。
「ふん、お茶会なんてくぅだらない。そんなの、どっかのお馬鹿な五女がやってればいいのよ。私には合わないわ。でもねぇ――紅茶の代わりにヤクルトを出すなら考えてもいいわよぉ?」
「残念だ。私と君は相容れないようだ」
「あらそう。まあいいわぁ。さあ研、さっさとムスカに化けたジュラル星人を倒しなさいよぉ」
「でもぉ、まだジュラル星人だと確認出来てないのに、ムスカ君を撃つ事なんて出来ないよ」
研は躊躇いがちにそう言った。
「はぁ?貴方ねえ、今までに相手がジュラル星人の姿を現す前に撃ち殺した事、何度もあったでしょ!?何で、今に限って撃たないのよお!?」
水銀燈は研に怒鳴る。この光景を見たムスカは口元に軽く笑みを浮かべ、研に話しかけた。
「研君、君は私を――ジュラル星人か何かと勘違いしているのではないのかね?」
「うん。銀ちゃんがムスカ君はジュラル星人だって言ったんだ」
「ちょっとぉ!なにチャージマン研がジュラル星人の話を真面目に聞いてるのよ!」
ムスカは水銀燈を意に介さず、研に話を続ける。
「研君、話がある。私と手を組まないか?」
「何だって!?」
「私はジュラル星人ではない。そして、ジュラル星人が憎いのは私も同じだ。どうだね、君がジュラル星人を倒すのに私も協力しようではないか」
「その話――嘘じゃないな!?」
「騙されるんじゃないわよ!ムスカが言ってる事なんて、ジュラルの魔王とそっくりじゃない!やっぱりムスカがジュラル星人よ、研!耳を傾ける事無く、さっさとやっちゃいなさい!」
声を荒げる水銀燈を見て、ムスカは小さく嗤った。そして、水銀燈に話しかけてくる。
「水銀燈さん、なぜ君は私をジュラル星人と見なしているのかね?見たところ、君の武器はその丈夫なパラソルで、カメラや鏡は持っていないようだが――」
「銀ちゃんは水たまりにムスカ君の姿が映らなかったって言ったんだ」
ムスカの質問に研が答えた。
それを聞いて水銀燈は舌打ちした。
ムスカは高笑いをした後、水銀燈を向いて、話しかけて来た。
「水たまりか。それは不思議な話だな。私はこの島でそんなものは一回も見ていない。仮に前日に水たまりが出来るほどの雨が降っていたとしたら、地面はもっとぬかるんでいる筈だがね」
ムスカは足で地面を蹴った。砂埃が舞い上がる。
「これを見たまえ。見ての通り、地面は乾いている。この島で前日に雨が降ったとは考えにくい。それなのに水たまりとは――奇妙な話もあるものだな。ハッハッハッハッハッ」
ムスカの話を聞いて、水銀燈は苦虫を噛み潰したような顔になり、研は驚きに目と口を大きく開いている。
「どうだね、研君。これで分かっただろう、私がジュラル星人というのは、水銀燈さんの真っ赤な嘘だ。何故、彼女がこのような嘘をついたか――考えるまでもない、彼女がジュラル星人だからだ!」
「な、なんだってー!?」
「ま、待ちなさいよ!」
水銀燈は慌ててムスカの考えを否定するべく、研への説得を試みた。だが、研の返事は歯切れの悪い物であった。その事が水銀燈を一層苛立たせる。
「ああもう、何なのよ!何で私がジュラル星人にされてるわけ!?委員会め、せめて鏡の一枚ぐらい支給品に入れてくれたっていいじゃないのよぉ!女心が分からない奴らね!」
「ハッハッハッ、追い詰められたジュラル星人というものは醜いものだな」
「何ですってぇ!?この私に醜いだなんて――ジュラル星人の分際で偉そうに――!」
水銀燈はムスカを睨みつけ、ムスカは水銀燈を見下している。研だけは顎に手を当てて考え事に耽っていた。
「銀ちゃんとムスカ君の意地のぶつかり合いか、果たしてどっちがジュラル星人なんだ――!?ん、の意地――のいじ――のいぢ――いとうのいぢのイラストっていいよね」
「貴方、何がどうなってそういう発想になる訳ぇ!?ねぇ、ジャンク、説明しなさいよ。私もムスカも理解できるように説明しなさいよ。いえ、工場廃液ジャンクの説明なんて聞いたって理解出来ないわねぇ――」
「それは研君の説明力よりも水銀燈さんの理解力に問題があるのでは無いのかね?」
ムスカは水銀燈を煽る。水銀燈は黙って歯を食いしばる。それを受け、ムスカは研に話しかける。
「研君、君の意見には私も同感だ。ハルヒ、シャナ、ななついろ★ドロップス、Another――私にも多大な影響を与えてくれた」
「うん、僕も大好きSA☆」
「フランシス・ベーコンの絵みたいな顔したジャンクが何言ってるのよ」
研はシュルレアリスム作品の様な顔をして水銀燈を見やると笑った。
水銀燈が苛立つ中、研とムスカは話に花を咲かせていた。その内容は水銀燈の耳にも入っていた。
Anotherねぇ――クラスの鳴に言ったら喜ぶんじゃなぁい?いえ、鳴の名前はもう放送で呼ばれてたわね。でもアレは良かったわぁ。まずねぇ、作中に登場する人形の雰囲気が最高なのよぉ。やっぱり球体関節はいいわねぇ。私の語彙力じゃあ、美味く説明できないけれど。そしてオープニングがALI PROJECTなのが素晴らしいわぁ。禁じられた遊びや聖少女領域なんてとても素敵よぉ…。
はっ!
水銀燈はまたも研のペースに乗せられている自分がいる事に気づいて、頭を抱えた。顔を上げ、研を指さして叫んだ。
「いつまでジュラル星人と話してるのよ、チャージマン研!さっさとその子を殺しなさい!」
「う~ん、そう言われても僕困っちゃうなぁ~。どっちがジュラル星人かも分からないし、もういっそ、二人共ジュラル星人として撃ち殺せばいいんじゃないかな」
「終に本性を見せたわね、このサイコジャンク!」
「サイコジャンクって何だい、サイコ・ショッカーの仲間かい?」
研に怒鳴る水銀燈を見て、ムスカはため息をついた。
「そろそろ尺稼ぎの為の不要な会話にも飽きて来たところだ――水銀燈さん、いやジュラル星人、さっさと正体を見せたらどうだ!」
ムスカがゾリンゲン・カードを水銀燈へと放った。水銀燈はパラソルを持ったままその場にしゃがんだ。
パラソルで自分の体を上から覆うようにして水銀燈は身を守った。またも、ゾリンゲン・カードはパラソルによってはじかれた。
「ふふ…ムスカのおバカさぁん。そんな宴会芸では私を殺せないわぁ」
パラソルの中から水銀燈の声が聞こえて来た。ムスカは悔しそうにパラソルを睨みつけている。
「ムスカ君、何て酷い事を言うんだよ!」
「えっ」
突如、研がムスカへ怒りをぶつけて来た。ムスカにとっても予想外の事であった。
「研君、どうしたというのかね、そんなに大声を出して」
「僕との会話を尺稼ぎの為の不要なものと言ったのは、聞き捨てならないね!」
「いや――実際に尺稼ぎか文字稼ぎだろう!私も皆もうんざりしているぞ!」
「他愛のない会話や冗談を楽しんでいるのを丁寧に描写する事で、後半の凄惨な展開に、より勢いが増すんじゃないか!」
研はイングラムM10をムスカに向けた。
ムスカの顔に同様の色が濃く表れた。
研が自分の味方をしたという事で、水銀燈は勢いづいた。
「そうよ研。か弱い女の子に刃物を投げつけた極悪非道のムスカなんて、そのマシンガンで蜂の巣にしちゃいなさい!」
「水銀燈さん、君は辞書でか弱いという単語を引いてこい!」
「あらぁ――あんな失礼な事言ってるわよ。ジュラル星人でなくても、あんな事言う奴は生かしておいちゃ駄目ねぇ…」
「私をあまり怒らせない方がいいぞ――」
ムスカは水銀燈へあっかんべをした。
「もすかう!?」
研が反応した。
「研君、君のアホ面には心底うんざりさせられる。実質三千円のピザは無いが――君たちにはこれをプレゼントだ!」
ムスカが煙玉を勢いよく投げつけた。煙が辺り一面を覆い隠す。
「あ~あ~、目がぁ~目がぁ~!」
研の悲鳴が聞こえた。
「何で貴方がそれを言うのよ!それはムスカのセリフでしょうが!」
水銀燈はパラソルの下でうずくまりながら叫んだ。
「ふう…閃光弾ではなくて良かった――」
煙の中、かすかにムスカの声が聞こえた。
水銀燈はしばらくうずくまって防御態勢に入っていたが、煙の中からムスカが攻撃を仕掛けてくることは無かった。次第に煙が晴れていき、視界も良くなってきた。
「はぁ…。大変な目にあったわぁ――。これもあのジャンクがさっさとムスカを殺さないからよ。それに私の嘘もばれちゃったみたいだし――ほんっとにつっかえないジャンクねぇ!」
水銀燈の怒鳴り声が周囲にこだまするが、それに対する研の返事は無かった。
水銀燈は疑問に思い、立ち上がって周囲を見回した。
ムスカの姿は無かった。煙に乗じて逃げたのだろう。だが、研の姿も無かった。
水銀燈は首を傾げた。
*
研は走っていた。
ヤクルトの飲みすぎで研の尿意は限界に達していた。流石の研といえども、水銀燈のいる側で排尿とはいかない。煙玉で視界が悪くなったのをこれ幸いと思った研は、水銀燈から離れるべく走り出した。
うん、ここならいいだろう。それにしても、銀ちゃんとムスカ君、どっちがジュラル星人なんだろう?銀ちゃんは違うね。じゃあムスカ君か?いや、まだ分からない。でもこの島のどこかにジュラル星人がいるのは間違いない。ジュラル星人め、僕がこの手で殲滅してやるぞ!
78
ドナルド・マクドナルドとフランドール・スカーレットは最初の放送を聞いた後、時々休憩を挟みながら島を歩いていた。
フランにとって、遊び相手を探すのが目的であった。だが、その相手は一向に見つからなかった。故に、フランは不機嫌であった。
退屈で死にそう…。
だが、フランにとって不愉快な事は遊び相手が見つからない事だけでは無かった。
フランは自分の少し先を歩くドナルドを見た。
道化師さんったら、遊ぶのが大好きなんじゃないの?それなのに全然遊び相手になってくれないじゃない!ああ、ホントに退屈。やる気のない相手と遊んでもつまらないけど、暇潰しぐらいにはなるよね?
そう思って何度後ろから飛びかかろうと思ったか。だが、ドナルドの手にある丸太の存在がフランにとって非常に煩わしかった。
なんで、よりにもよって道化師さんの見つけた武器が丸太なのよ!吸血鬼相手に木の杭、ましてや丸太なんて相性最悪よ!日没から夜明けまで開いてるバーでも、死に包囲された村でも、そして何より彼岸花咲き誇る島でも――吸血鬼相手に丸太は効果抜群なの!
その時、笑顔のドナルドが振り返った。
「フランちゃん、まだ歩けるかい?」
「歩けるに決まってるでしょ。むしろジッとしてたら死にそう。あー、でもお腹減ったな、道化師さんの事食べていい?」
「ドナルドマジック!」
ドナルドが指を鳴らした。だが何も起こらない。そのドナルドの姿を呆れた目でフランは見ていた。
「――何してんの?」
「いやあ、いつもならドナルドマジックでハンバーガーやナゲット、フライドポテトにハッピーセットぐらい出せるんだけどなあ。んー、やっぱりこの島じゃあ、こういう能力は使えないみたいだね。残念だなあ、調子狂っちゃうよ」
「今更何を言ってるの?それに私、ハンバーガーよりも、ねるねるねるねやヴェルタースオリジナルが食べたいんだけど。持ってない?」
「はあ?フランちゃん、言葉遣いには気をつけなくちゃ駄目だよ。言ってはいけない事もあるからね。もう一度悪い事を言ったら、マックシェイクの代わりに発毛剤飲ませるぞ」
「はいはい、私が悪かったわ。じゃあ、モスバーガーやバーガーキングで我慢するから。別にケンタッキー・フライド・チキンでもいいけどね」
「アラーッ!フランちゃん、一度口から出た言葉は取り消せない、言葉には気をつけないとって言ったよね?ドナルドも今回ばかりはちょっと怒ってペニーワイズになりそうだよ」
「へー、いいじゃん。ペニーワイズって子供にしか見えないんでしょ。つまり私は道化師さんを見る事が出来なくなるんでしょ?このイライラも解消されるね」
「いやいや、フランちゃんは子供でしょ?ドナルドの事が見えるに決まってるさ」
「は?私、こう見えて495歳ですけど」
「子供というのは、年齢、身長、肉体、顔つきといった外的要素ではなく、精神という内的な――」
「オーケイ、分かった。道化師さん、私をバカにしてるでしょ。それだけで、遊び相手になってもらうには十分すぎる理由ね」
道化師さんの真っ白な顔をそのアフロと同じくらい真っ赤に染めてあげる。
――あれ?
突如、フランは違和感を持った。フランは目を細め、ゆっくりと周囲を見回した。
ふーん、なんだか嫌な感じ。
「ねえ道化師さん、支給武器の中に自分の姿を隠したり、相手から気づかれなくしたりする武器ってない?」
「んー、それに当てはまるのは透明マントかな。支給されたのはこいしちゃん――」
ドナルドは口元を押さえ、目を見開いた。その顔には冷や汗が浮かんでいる。
「ありがとう。それだけ分かれば十分」
フランは口元に笑みを浮かべた。目も楽しそうに輝いている。
ドナルドも丸太を手に持ち、周囲に気を配る。
「道化師さん、後ろ!」
フランが叫んだ。ドナルドは「フッ!」という掛け声と共に、自分の後方を丸太で突いた。
だが丸太が標的を捉えた事は無かった。
「んー、逃したかな?」
「何やってんのよ!」
フランは叫んだ後、再び周囲の気を窺う。だがそれは非常に困難であった。ドナルドも同様に辺りを見回していた。
「もしもし、私、メリーさん。今貴方の後ろにいるよ」
ドナルドの後ろから声がした。
空中に突如火炎放射器が現れ、ドナルドの頭を目がけて火が噴き出した。
「道化師さん!」
ドナルドは咄嗟に身を屈めて、火をかわした。
「おっとっと――危ない危ない。熱っ!」
側頭部に手を触れたドナルドは熱さで手を離した。
噴き出された火が直撃する事は避けたドナルドだったが、側頭部を火が掠めていた。火が掠めた為、ドナルドの髪の毛の一部が焦げていた。ドナルドの手には焦げた髪の毛が付着していた。
「アラーッ!ドナルドの自慢のアフロヘアが――焦げちゃった――」
ショックでドナルドは地に崩れ落ちた。
「元々アフロヘアなんだから多少焦げても違い無いって。気にするな!」
フランはドナルドをなじった。そして、すぐさま視線を移した。
その先には、透明マントを脱いだ古明地こいしが立っていた。その手には火炎放射器が握られている。
「妙な気配がしたと思えば――やっぱりこいしね。普段の貴方なら一切関知出来ないけど、この島では違うから」
「久しぶりフラン。残念ながら元気そうね」
「そう見える?遊び足りなくて欲求不満なんだけど。それよりも――こいし、貴方のその手にある火炎放射器、永沢の武器でしょ。永沢を殺して奪い取ったのね」
「心配しないで。ちゃんと永沢君は水葬に処しといたから」
「はぁ!?こいし、永沢のこの島での変化を知らないの?今の永沢は水葬なんかしたって喜ばない。ちゃんと鳥葬にしなさいよ!」
「二人共、ドナルドの髪の毛を気にしてはくれないのかい!?」
「だから――元からチリチリアフロヘアなんだから、変化無いって言ったでしょ!」
「その髪型も似合ってるよドナルド君」
二人の女子の非情な対応を受け、アラーッと言いながらドナルドは後ろに倒れた。倒れたドナルドの事を一切気に掛ける事無く、フランとこいしは向き合った。
「こいし、私今とっても退屈なの。遊んでくれるよね?」
「面倒だから嫌」
瞬時にフランはこいしへと飛びかかった。フランは手を伸ばし、こいしの首を爪で引っ掻こうとする。
こいしは冷静に後ろへ跳んでフランの攻撃をかわした。すぐさまこいしは火炎放射器をフランへ向け、火を放った。フランは素早く地面を転がって火をかわす。
「フランちゃん!武器の事もあるし、君は火に気を付けてー!」
「分かってるって!道化師さん、これ持ってて!」
フランは持っていたバッグをドナルドへ投げつけた。ドナルドは慌ててそれを掴んだ。中を開き、入っていたスマートボムが無事である事を確認し、ため息をついた。
それからフランとこいしの戦いが始まった。フランは素早く手や足でこいしを狙う。だが、こいしの体を捉える事は無い。一方のこいしは火炎放射器でフランに火を放つが、フランもそれを華麗にかわし続ける。
このままでは埒が明かないのか、二人は転がっていた石や枝を投げつけ合う。だが、常日頃から弾幕遊戯に勤しんでいるフランとこいしにとって、この程度の石ころをかわす事など造作もなかった。お互いにグレイズを稼ぎつつ、飛び道具をかわしていた。
「アハハハハ!楽しいね!楽しいよね、こいし!」
「そう?」
フランの真紅の瞳は喜びに満ちていた。一方でこいしの無機質な瞳は何の感情も表していない。
その時、遠く離れた場所で煙が立ち上った。
フラン、こいしの二人共動きを止めて煙を見た。それはドナルドも同様であった。
「煙玉――ゴローちゃんか?」と、ドナルドが呟いた。
「あーあ、もう飽きちゃった。フラン、全然攻撃当たらないんだもの」
「私はようやく面白くなってきた所なんだけど。それに遊戯は難しい方が面白いじゃん。Easyモードじゃつまらない、やっぱりLunaticモードじゃないとね」
「それ、Extraの私達が言うと違和感あるよ。じゃあねフラン」
そう言うと、こいしは火炎放射器から火を放った。フランは後ろに跳んでそれを避けた。
炎が晴れた時には、こいしの姿が無くなっていた。
「あー!!いない!こいしの奴、逃げやがった!何よ、折角面白くなって来たのに!」
苛立ち気にフランは地団駄を踏んだ。
「ああもう――行くわよ、道化師さん!」
「ええっ、行くってどこへ?」
「あそこの煙が上がった所に決まってるでしょ!あそこに誰かいるのは間違いないし、こいしもそれであっちへ行ったんでしょ!」
「ええ…まあ、それも考えられるかな」
「でしょ!さあ立ってよ道化師さん、こいしを追うわよ。遊びの途中で逃げ出すなんて許せない。それに他の子が見つかるかもしれないでしょ。遊び相手は多ければ多いほど楽しいもの!」
そう言うと、フランは煙の上がった方へと走り出した。
「フランちゃん、バッグ忘れてるよ」
ドナルドもフランの後を追うべく立ち上がった。
【女子10番 フランドール・スカーレット】
【身体能力】 A 【頭脳】 C
【武器】 スマートボム
【スタンス】 楽しく遊ぶ
【思考】 こいしを追って遊びの続きをする
【身体状態】 かすり傷あり 【精神状態】 正常
【男子18番 ドナルド・マクドナルド】
【身体能力】 A 【頭脳】 A
【武器】 全参加者武器シート、丸太
【スタンス】 生き残る
【思考】 困ったなあ
【身体状態】 正常 【精神状態】 正常
【女子05番 古明地こいし】
【身体能力】 B 【頭脳】 B
【武器】 透明マント、鱧切り包丁、火炎放射器
【スタンス】 皆殺し
【思考】 お家に帰りたいなー
【身体状態】 正常 【精神状態】 正常
79
ふぅ…。
水銀燈はため息をついた。水銀燈は今、非常に心地よい気分だった。まるで、長年煩わされてきた問題が解消したかのような心地よさであった。
やっとあの邪魔くさいジャンクから解放されたのね。ああ、肩の荷もおりて肩が軽いわぁ…。
笑みをたたえた水銀燈は嬉しそうに左右の肩を回した。心理的なストレスで凝り固まった体をほぐすかのように、水銀燈は両腕を高く上に伸ばした。
なんていい気分!ああ、あのジャンクがいなくなるだけで、こんなにも違うものなのね!ああ――目に見える木々、体を打つ風、大地を踏みしめる感覚、これら一つ一つがこんなにも美しいなんて!最高よ!一つ問題点を挙げるとすれば、未だくぅだらないプログラムの渦中って事ね。でも、もういいのよぉ。冷静に考えれば、うちのクラスにはムスカみたいに進んでプログラムに参加する子ばっかり。そういう子達が勝手に殺し合えばいいのよ。そしたら生き残るのは、隠れて戦おうとしない臆病な子ぐらい。そんな子達、私でも簡単に殺せるわぁ!それに私にはこれがあるの。
水銀燈はパラソルを見た。先程のムスカのカード攻撃から水銀燈を守り切った武器である。ムスカのカードを受けながらも、パラソルには傷一つついていない。
パラソル――貴方は本当に優秀で立派ねぇ…。どっかの頭ジャンクとは大違い。貴方さえいれば、私は無敵よ。剣も銃も、貴方を傷つけることは出来ない。貴方が私を守ってくれれば、私は最後まで生き残れるのよ――。
水銀燈はパラソルを閉じて抱きしめた。
ガコン。
軽い音と共に、水銀燈の頭に痛みが走った。
痛っー!
水銀燈は殴られた頭を両手で押さえてしゃがみ込んだ。そして、ゆっくりと首を回して後ろを見た。
そこには両手にアメリカン・バトルドームを持った佐天涙子が立っていた。佐天の体には緑色の妙な液体が付着していた。
へぇ…。佐天涙子、貴方がプログラムに乗って――そして私を襲うなんてねぇ――!
頭の痛みに耐え、ゆっくりと水銀燈は立ち上がり、佐天を睨みつけた。
「ひっ――こ、こんにちは、水銀燈さん」
「あらぁ…。面白いわねぇ、全身緑色のその姿。貴方がプログラムに乗ってるなんて想像もつかなかったわぁ」
「アハハ…ご、ゴメンなさい」
「謝る事なんて無いわよぉ――。だって――この島ではこれが生きる為のルールだもの!」
「ひぃっ!」
水銀燈は痛む体に鞭打ち、パラソルを握って振り上げた。
その瞬間、水銀燈の後ろから美樹さやかが飛び出し、水銀燈に体当たりを仕掛けた。水銀燈が前のめりに倒れた。倒れた水銀燈の上にさやかが飛び乗ってその体を押さえつけた。さやかの体にも佐天と同様に緑色のものが多く付着していた。
「さやか――貴方達、二人で組んでいたのね。フン、弱い奴程群れたがるって訳ね――。それに――貴方達の体に付いた緑色のそれ、一体何よ!?汚くて、醜くて、滑稽ったらありゃしない――」
「ああ、これ?」
さやかは明るい声で懐から、緑色のソース、新感覚ソース・大草原を取り出した。それを見せびらかすように手で回した。
「これはソースよ、緑色だけどね。こんな色だから美味しいだけじゃなくて、別の使い道があったんだ。緑色のソースをあたしと佐天さんの体に塗りたくって自然と同化するってワケ。その名もステルス作戦。効果は覿面、あのムスカですら、森の中で隠れたあたし達を見つける事は出来なかったんだから!」
「へぇ――でもぉ、そんな事をベラベラと喋っていいのかしらぁ?」
「自分で考えた名案ってのは、どうも人に話したくなっちゃうんだよね。それにさ――今から死ぬアンタになら話したって問題ないでしょ。冥途の土産って奴よ」
さやかは倒れた水銀燈から体を上げる。すぐさま、水銀燈を仰向けにし、その腹の上に乗っかった。
このぉ――!
水銀燈は手に持ったパラソルでさやかを殴ろうとするが、パラソルはあっさりとさやかに掴まれた。さやかはパラソルを掴んだ手を回し、水銀燈からパラソルを奪い取った。さやかはパラソルを遠くへと投げ捨てた。
水銀燈は憎らし気にさやかの目を見た。さやかの目は普段とは異なった暗い目をしていた。
「ふっふっふー。さあ水銀燈さん、念仏でも唱えたらどう?佐天さん、例のモノを!」
「えっ!?本当にアレをやるんですか!?」
「やると言ったらやるよ!やらないとあたし達がやられるからね!」
「は、はいいいい!」
佐天は慌ててバッグを開けた。その中から、アメリカン・バトルドームに付属した大量のボールを取り出した。
「そ、そのボールで何をするつもりよ!」
水銀燈はさやかを払いのけようとするが、手足を押さえつけられていて出来なかった。そんな水銀燈に跨ったまま、さやかは佐天から大量のボールを受け取った。
「このボールで何するかって?こうするのよ――ボールを相手の口へシュゥゥゥゥゥーッ!」
さやかは掴んだ数多のボールを水銀燈の口元へ押し込んだ。
むぐっ!?ごほっ!?もごっ!?
水銀燈は悶えながら必死にボールを吐き出そうとする。
「超!エキサイティン!」とさやかが叫んだ。
水銀燈は必死に頭を振って口からボールを吐き出した。未だ口の中にはボールが残っているが、辛うじて呼吸は出来た。
「はあ――はあ――貴方ってほんとバカじゃないのぉ!」
「――知ってるよ!」
さやかは水銀燈の頭を押さえつけた。そして水銀燈の口を無理やり開いてボールを流し込む。先ほどの様にしてボールを吐き出せない水銀燈の意識が遠ざかっていく。
「佐天さんも手伝って!ボールを水銀燈の鼻にシュゥゥゥゥゥーッ!するのよ!」
「ご、ご、ごめんなさい、水銀燈さん!」
さやかに命じられた佐天は水銀燈の鼻の穴にボールを押し込んだ。さやかも絶えず水銀燈の口にボールを押し込み続ける。
く、苦しい――。何よ――これで死ぬってワケぇ?バッカみたい…。イかれたあの子に付きまとわれ、ようやく振り切ったと思えば、次はこんなお馬鹿さん達にバカな殺し方されるなんて――冗談じゃないわぁ――。
息苦しくなった水銀燈の意識は次第にかすれていった。鼻と口に無数のボールをシュゥゥゥゥゥーッ!された水銀燈の呼吸は止まった。
【女子08番 水銀燈 死亡】
【生存者 残り19人】
80
水銀燈は口と鼻にバトルドームのボールを大量に詰め込まれた状態で動かなくなっていた。
さやかは水銀燈が動かなくなったのを確認した後に立ち上がった。
佐天はさやかの側で震えていた。さやかは佐天に近づいて肩を叩いた。驚いた佐天の体が跳ね上がる。
「お疲れ佐天さん、ステルス作戦成功だよ!」
「何言ってるんですか!そんな――あたし達、突然の事とはいえ、何てことを――」
「仕方ないって。こうでもしないと、あたし達が殺されていたんだから。見たでしょ、水銀燈が傘で佐天さんを殴ろうとしたのを」
佐天は何も言えなかった。
さやかは先ほど投げ捨てたパラソルを拾い上げた。
「傘だね、こりゃ。水銀燈も外れ武器だったのか。これじゃあ佐天さんとの決着もまだ先だね」
さやかは振り向いて佐天に話しかけた。だが佐天の返事は無かった。佐天はただ一点を見つめていた。
「何々?何かあったの?」
声を弾ませてさやかは佐天に近寄り、佐天の見ている方向を見た。
そこにいたのは人だった。
イングラムM10マシンガンを手にした泉研がいた。
ハーメルン学園3年β組45名 名簿
○→生存、●→死亡
● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式
【生存者 残り19人】