化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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第二話 こよみサムライ
001


 

 

「ねぇ阿良々木君、サムライってなんなのかしら?」

 

 ちょっと突拍子もない質問だった。サムライとはなんぞや。日本に生活していながら、しかし日本のどこにも接点はなく、さりとて世界中で日本の代名詞のように扱われるサムライ。その概念について、いやに神妙な顔つきで僕に問いかけているのは、エルザ・フォン・リビングフィールドだった。

 

 僕はこのイギリスからの転校生に、先ほど帰り際の廊下でつかまり、ちょっと気にかかることがあるといわれて、いったい何事かとにわかに構えてエルザの教室へと連行されて今そういう話になっているのであった。

 

「ていうか、気になることってそれだったの?」

 

「え、なにが?」

 

 エルザに質問した僕に、エルザはきょとんとした様子で聞き返す。

 夕日に差し込まれたエルザのその表情すらも、人心を虜にしてしまうようなこわくてきな魅力を備えていた。

 

「いやエルザお前、気になることがあるって僕を呼んだじゃん」

 

「ああ、それについてはもういいのよ。ドント、マインドよ」

 

「もしかして僕釣られた?」

 

 彼女は鈴がなるようにコロコロ笑った。

 一杯食わされた。僕はまたエルザがやけに神妙だったから、何か突拍子もない事態でも発生しているのかと正直肝を冷やしていたのだ。

 たとえば陰湿なストーカー被害にあっているとか、クラスでいじめにあっているとか、文房具を紛失したとか。

 それならまだいいくらいで、エルザがその身体に宿した怪異、ヴィゾープニル、和名で言うところの金光鳥が再び暴走しはじめたとか、そのエルザの尋常ならざる戦力を狙って、よくわからないふざけた、本人たちはまじめなようだが、エクソシスト集団に襲われているとか、そういうことなんじゃないかと思って僕は人知れず腹をくくってさえいたのだ。

 だからそのエルザに神妙な顔つきで「気になることがある」とか言われたら、僕はもう話を聞かざるをえないのである。

 その言葉はさながら、ドラクエでいうところの霜降り肉、ポケモンでいうところのマスターボールの如し、である。いやいや誰がモンスターなんだよ。僕は半分人間だ。

 半分は吸血鬼だけれど。

 

「フフフ、いいじゃない。それとも私に呼ばれていやだった?」

 

「いや、いやじゃないけど」

 

 ていうかうれしいけど。

 その様子を見るエルザが楽しそうに目を細めた。

 なんだか居心地が悪くなってちょっと居住まいを正してしまう。

 

 それで、サムライである。

 

「といっても、サムライなんていうのは400年前くらいの江戸時代のことだから、その400年後に生まれた僕にはもう別の世界のものといっても存外差し支えはないんだよな」

 

「じゃぁニンジャは知らないの?」 

 

 言ってエルザが両手を組んでニンニンとやっている。それあんまり人前でやらないほうがいいぞ。

  

「ニンジャもたしか同じくらいの年代のものだから。見たことはないな。どこかに観光事業としてそれっぽいのが残ってるらしいけど」 

 

「そうなの。一口に日本文化といっても、いろんなものがあるのね」 

 

 エルザが少し寂しそうな表情になった。

 まるで僕がそうさせたみたいじゃないか。知らんぞ僕は。僕が自国の歴史についてよく知らんということは僕の過失とはいえないはずだ。

 

「じゃぁきっとスシも知らないのね。日本に来たら食べて見たいと思っていたんだけど」 

 

「いや、それなら昨日食べたけど……」 

 

 安いパック寿司みたいなやつだけど。

 

「たとえばサッカー選手のチームなんかだと、サムライジャパンなんていうじゃない? ということは、彼らはサムライの集団ということなの?」

 

「うーん、どうなのかなぁ」 

 

 それならナデシコジャパンはナデシコの集団ということになる。なるだろうが別に本人たちには自分たちがナデシコであるという自覚はないどころか、下手をすれば僕と同じようにナデシコとはなんぞやということにすら興味はないだろう。

 

「たとえばさ、イギリスにも中世に騎士って概念があっただろ? それの日本版がサムライってことだってのはどうかな?」

 

「武装していたというところは類似点かもしれないけれど、それでもイギリスではナイトという概念がサムライと同格に扱われてはいないはずだわ」 

 

「うーん、サムライの定義かー」 

 

 考えて見るとなかなか難しい。戦士でも、ナイトでもない、サムライをサムライたらしめる構成要素。ちょっと面白い思考に思われた。

 そこでちょっと気になったことをエルザに聞いて見る。

 

「ところでエルザ。お前なんでそんなこと気になってたんだ?」

 

「え? なんでって、阿良々木君と話がしたかったからよ」 

 

「そんだけ!?」 

 

 身も蓋もなかった。

 

「単なる話の種だわ」

 

「さっきの話の高尚さはなんだったんだ!」 

 

 日本の精神の中核、日本の魂といわれたサムライの心。

 それが今では単なるにぎやかしの種となっていた。

 まぁ、そんなもんなのかもしれないけど。

 

「よく考えて見ると、この状況はよくない」

 

「フフフ、何がよくないのかしら?」 

 

 エルザがコロコロ笑ってたずねる。

 この状況とは、なにあろう放課後の教室で僕とエルザが話しているというこの構図である。教室の前を通り過ぎる人間など、この時間帯まずいないだろうから。発見されることを心配する必要はないのかもしれないが、さはさりながら、可能性としてやはり誰かに見られることがありえないとはいえないのである。

 

 これが僕と戦場ヶ原ならさしたる問題はない。僕と戦場ヶ原がお付き合いをしているということは、直接聞かれることはないにしても、僕のクラスのやつらはそれとなく察して、ああ、あの影の薄い、ええと誰だっけあの男子と、誰とも口を聞こうとしなかった深窓の令嬢がなんの拍子か気があって類が友を呼んだ結果、つまり類友的に付き合ったんだなくらいの、生暖かい察しようはあった。

 だから放課後僕と戦場ヶ原が話し込んでいるところを誰かに見つかったところで、それはその目撃者に基本的にはなんの感想も抱かせない。

 

 しかしそれがエルザとなれば問題だった。ていうか大問題だった。

 戦場ヶ原と付き合っている僕が、別の女と教室で話している、これだけであらぬ邪推を招きそうな上に、エルザがイギリスからの留学生で、イギリス社交界の星といわれるような容姿とスキルを兼ね備えそのノリでペロリとこの高校の頂点に立ってるみたいになっているから始末ができない。

 いや、そのエルザと僕が二人っきりで仲良く話しているところがたちの悪い男子にでも見つかれば、下手をすれば始末されるのは僕である。

 

「フフフ、それは過分な心配というものじゃないかしら? この学校の人たちはみんな公平で優しいわよ」

 

「そりゃエルザから見たらそうかもしれないけどさ。日本人がみんな勤勉で優しいなんて一面的な見方ってもんだぜ。裏ではけっこう湿っぽかったりするのが普通だと思うけどな」 

 

「それは阿良々木君が隠れて遠くの本屋でパンチラ写真集を買ってるみたいにかしら?」 

 

「ちょっと待ってなんでお前それ知ってるの!?」 

 

「フフフ、ヴィゾープニルの眼で偶然に見えちゃったのよ」 

 

 始末の悪すぎる怪異だった。

 

「私は気にならないことだわ。阿良々木君がどんなにスケベでも好ましいと思うもの」

 

「やめろ! なんか二重に恥ずかしいから!」 

 

 褒めながらなじられる。新たな扉が開かれそうだ。全力でその扉を押さえておかないと味を知ってしまってからでは遅い気がする。

 なんとなく。

 

 とはいえ、ヴィゾープニルの目は千里眼のようにそこらじゅうをみまわせるらしい、実にやっかいな能力である。

 僕は知り合いに見咎められないように毎回がんばって遠出をしているのに、それすら見破られては僕はエロ本すら買うことができないではないか。

 そういう意味では、エルザがヴィゾープニルとすっきり融合できて、眼にまつわるヴィゾープニルの領分らしい能力が使えなくなったということは、まことに慶賀すべきことだった。

 

「まぁそういうわけなんだよ。だからエルザと話せるのは正直楽しいけど、場所を気にする必要はやっぱりあると思うぜ。僕が暗殺される可能性があるじゃないか」

 

 ないしは闇討ちにあうか、敵意を向けられる。

 

「それならいっそのこと、私も阿良々木君の彼女になれば解決だわ」 

 

「それは前に説明したじゃないか。エルザ、僕にはもう彼女がいるんだぜ」 

 

「なら側室ということにしましょう。それで阿良々木君の身はひとまず安全だわ」

 

「うーん」

 

 エルザの提案に、僕はいろいろ思案して、とりあえず重要な問題点をポツリと言った。

 

「一夫多妻制は滅びた制度とか、問題点はいろいろあるけど、第一にそれだと僕とエルザが二人とも戦場ヶ原に殺されると思うぜ?」

 

「それもそうね。フフフ、でも私が阿良々木君に好意を向けること自体はかまわないのでしょう?」

 

「えーと、それはまぁ、うん」 

 

 というわけでこの問題は保留となった。

 戦場ヶ原は僕がほかの女子と楽しくしゃべるくらいなら、むしろ勧めるくらいだろうが、本気になることは許さない。

 戦場ヶ原は許さないし、僕もそうする気はないわけである。

 

 ちなみにこのときエルザが気にしていたサムライとはなんぞやという、いわく茫漠たる根源的な問いは、この話とは、実はまったく関係がない。

 関係がないし、というかサムライすらでてこないし、僕がサムライになるわけでもまったくない。

 まぁあえてサムライになぞらえるとするならば、その昔本当のサムライが振るったとされる日本刀を、僕が僕の手にとったというそれくらいのことである。ようは単なるこじつけだ。

 

 ではなぜ僕がそんな物騒な装備を一瞬だとしても手に取らなければならなくなったのかというと、それは一人の童女の誘いに端を発することになる。

 

 

 

 #

 

 

 

「イェーイ。鬼のお兄ちゃん。かわいい僕が登場したよ」

 

 その声が僕を呼んだのは。僕がちょうど横断歩道の信号が赤から青に変わるのを待っていたときである。

 普通は、鬼のお兄ちゃんといわれて自分のことかと思うことはないだろう。むしろなんだろうと振り向くだけのことである。

 しかしながら、それは僕には心当たりのあることで、僕を鬼のお兄ちゃんと呼ぶ「もの」についての心当たりも、また「ひとつ」しかなかった。

 

「イェーイ。鬼のお兄ちゃん、ピースピース」

 

 僕の隣で、真顔で目の横にピースをかぶせて僕に呼びかけているのは、見た目は7~8歳の童女だった。

 僕は彼女を知っている。名前を斧乃木余接(おののき よつぎ)という。

 彼女は少々ファンシーな格好に、頭に目のプリントのついた帽子をかぶっている。

 どこからどうみても童女。童女オブ童女ズ。

 

「どうしたのかな? 鬼のお兄ちゃん。もしかして僕のこと忘れちゃってるのかな?」

 

 しかし彼女を一般の童女と分けるのは、彼女が式神であるという点である。

 このおののきちゃんは、怪異の専門家である影縫余弦(かげぬいよづる)という女性が使役する式神なのだ。

 人間に似て人間と非なる存在。

 

「それともかわいい僕に会うことができて、言葉もでないのかな? だとしたらそれは仕方のないことだよね。だって僕はかわいいんだもん」

 

 そして今は人間より若干うざい存在のようだった。

 

「いや、なんていうか。突然のことになんてリアクションしていいのかわかりかねていただけだよ。おののきちゃん、それにしても久しぶりだね。今日はあの人とは一緒じゃないのかい?」

 

「うん、今日はおねえちゃんは一緒じゃないんだ」

 

「じゃぁ今日は幼女がこんなところを一人で歩いているのかい?」

 

「その物言いはずいぶんと剣呑に思えるけれど、そういうわけなんだよ」

 

 この童女。おののきちゃんの言うお姉ちゃんとは、影縫さんのことを刺す。どうやら今日は一人でいるらしかった。

 しかし幼女が一人出歩いているという言葉を剣呑とは、あまりに無作法である。無作法であると言わざるをえない。無作法と言わせていただきたい。

 誘拐事件と物騒な話題がニュースに上る昨今である。幼女とは貴重なのである。

 

「なんだよあぶないなぁ。ここら辺だってもしかしたらあぶないやつがいるかもしれないんだぜ?」

 

「うんそうだね。それは今しがたヒシヒシ感じ始めている気がするよ」

 

「よかったよおののきちゃん。そりゃ重畳ってもんだ。んじゃここで立ち話もなんだし、うちに来るかい? 一緒に部屋で遊ぼうよ」

 

「悪いけど遠慮しておくよ。鬼のお兄ちゃん。確かに僕はかわいいけれど、そう暇ってわけでもないんだ」

 

「そうなのかい?」

 

 横断歩道の信号が青になった。

 とりあえず立ちっぱなしもなんなので、横断歩道を二人で渡り始める。

 

「そうなんだよ。鬼のお兄ちゃん。といっても、鬼いちゃんの誘いの半分は、僕も考えていたことなんだ」

 

「誘いの半分?」

 

「そうなんだ。実は鬼いちゃんにお願いがあるんだよ。明日からたしか3連休なんだよね?」

 

「え? ああ、そうだよ」

 

「鬼のお兄ちゃんは友達がいないから、暇だよね?」

 

「ああそうだよ!」

 

「あ、ちなみに僕にも鬼のお兄ちゃんと同様に友達と呼べるものは決して多くはないけれど、僕はそれに関してまったく問題にすらしていないんだよ。僕はかわいいからね」

 

 なんだかまたちょっとキャラがかわっているおののきちゃんだった。

 

「それでものは相談なんだけど。鬼のお兄ちゃん、明日からの三日、ちょっと僕と一緒にあるところに旅行をしてほしいんだよ」

 

「旅行? そうだなぁ」 

 

 旅行というと、ツアー、トリップ。

 おののきちゃんと二人。幼女と二人。

 というか僕の影に潜んでいる幼女も含めれば幼女二人と僕一人である。

 どうしたもんだろうか。確かに明日からの三連休、予定はまったくたてていない、空白である。

 それが旅行という楽しげな単語でうまるというのは、正直やぶさかではない。

 

「かわいい僕との二人の旅行だよ? 鬼のお兄ちゃん」

 

「うーん。まぁ実際暇だから、それ自体はかまわないんだけど、それでおののきちゃん、旅行ってどこに行くんだい?」 

 

 遠出になれば、旅費だってかかるわけだし。

 

「それについては気にしないでくれて大丈夫だよ。旅費や食費は、こっちで持つから」

 

「まじで!?」 

 

 ずいぶんと太っ腹な話である。いや、この場合はおののきちゃんのお姉ちゃんであるところの影縫さんが、ということになるのかもしれないが。

 

「承諾、ということでいいのかな?」

 

「そうだな。そりゃあ僕だって望むところだよ。それで僕とおののきちゃんはどこに行くのさ?」 

 

「まぁまぁ」 

 

 おののきちゃんは、表情を変えずにそういった。

 まぁおののきちゃんが表情を変えたところなんて、見たことはなかったんだけど。

 

「それはおいおい話すことにしてもいいかな?」

 

「ああ、僕はぜんぜんかまわないよ。それじゃぁとりあえず家に帰ってから、準備して連絡するよ。連絡先とか教えてもらっていいかな? 僕の携帯電話の番号を教えておこうか?」 

 

「そうだね。鬼のお兄ちゃん。それじゃぁ、とりあえず僕の身体につかまってもらってもいいかな?」 

 

「おののきちゃんの身体にかい?」 

 

 7、8歳の幼女の身体に。

 公道で。

 

 おののきちゃんにそういわれて、僕は無意識にあたりを見回して見た。

 まっすぐの道には、僕とおののきちゃん以外誰もいない。

 

 そしておののきちゃんが必要だといって抱きつけといっている。

 これはもう、抱きつかざるを得ないではないか。

 

「こ、こうでいいかな?」

 

 僕は恐る恐る、おののきちゃんの後ろにまわって、彼女の両手のしたから腕を回しておののきちゃんの身体を抱きしめた。

 こうすることで、何か大事なプロセスを踏むことになるのだろうか?

 

「なぁおののきちゃん。これって必要あるの?」

 

「そうさ、大切なことだよ。ところで鬼いちゃんは、やっぱりいい筋肉をしているね。腕の筋肉も、胸板も」 

 

 おののきちゃんはそういって、おののきちゃんを抱きしめる僕の両手をつかんだ。

 

「それじゃぁ行こうか。『アンリミテッド・ルールブック・離脱版』」 

 

 人気のない公道で7、8歳の式神の童女、おののきちゃんが無表情でそういい、そこで僕の意識は途絶えた。

 

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