化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 目を覚ますと、僕はベッドの上に横たわっていた。

 目を開けると、部屋の天井が目に入ってくる。

 よくわからない細工がほどこされた、しかしそこらへんの機微に関してまったく素人でしかない僕にも、それはおそらく立派なものであろうということくらいは推察できるものだった。

 かなり高いその天井は、しかし僕の部屋でもないし、また今まで見たどの天井にも該当しないようだ。

 

―――どこだろう?

 

 記憶をたどって見る。そもそも僕が意識を途絶えさせる直前には何があったんだっけ。 

 そうそう、僕は人気のいない公道で童女に抱きついていたのだった。

 

 その文面だけ見ると、すぐさまお上のお世話にならなければならないような、のっぴきならない事態であるように思われるかもしれないが、この場合はそうではない。そうではなく、僕がその童女にそう頼まれて、そうしたのである。

 齢7、8歳の童女に抱きついてくれと請われては、それはもう抱きつかなければ礼を失するというものではないか?

 むしろそれを断るほうが、僕の中では罪が重いように思われる。だから僕は童女に抱きしめろといわれたら、もう選択の余地なく抱きつかざるをえなかったのだ。そこらへんの法解釈については諸説あろうと思うのでここでは割愛しよう。

 

 その童女、おののきちゃんが僕が抱きついた瞬間に、僕の筋肉に言及し、そして次に『アンリミテッド・ルールブック』なる彼女の、まぁ必殺技のようなものを発動したのだ。

 おののきちゃんがそうつぶやいた瞬間、彼女は、その外見7,8歳の童女ははるか上空に急上昇したのだ。

 具体的にはそれは彼女の脚部を巨大化することによる爆発的な跳躍力によるものだが、それは跳躍なんてレベルではなく、ドラクエでいうところの『ルーラ』のような、それはもうバビュンバビュンとSEがついてもなんの不思議もないほどの大跳躍なのである。

 

 その跳躍時の衝撃は、いわゆる式神であるおののきちゃんには造作もないことに違いないようだった。

 しかし、おののきちゃんに抱きついた僕は、まごうことなき人間であり、人間であるがゆえにその衝撃はまったく破壊的なものだった。

 僕の身体はそれに耐えられず、僕は自分の意識を保つことができずに失神したのである。

 

 鼻の下を伸ばしながら……

 考えて見ればずいぶんと情けない気の失い方だった。

 

 まぁそれはそれとして、そのおののきちゃんはどこにいるのだろう。そしてここはどこだ?

 

 僕がベッドから身体を上げてあたりを見回すと、そこは広い寝室だとわかった。

 

 ベッドはキングサイズで、えらく高さのあるものだった。

 僕の下半身は、半分ほどベッドに沈んでしまっている。

 

 これ、すごい高いやつなんじゃないかな……

 

 その寝室は寝室で、またえらく広い。

 間接照明が壁面を柔らかく照らしており、ベッドの横にはソファーが置かれ、その向こうには暖炉がある。

 

 ん? 暖炉?

 

 あまりにナチュラルにそこにあったので違和感に気づくまでにしばらくかかったが、暖炉である。

 暖炉というと、日本発祥のものではなく、西洋、それもおうおう気温が低いことが多い北国のものである。

 

 旅行と聞いて、僕はホテルにでも泊まるのだろうと思っていたのだが、暖炉のあるホテルというのはなかなか聞いたことがない。

 いや、まったく聞いたことがないではないが、一部のホテルのほとんど最上階あたりに調度品として、しかしながら実際に使うこともできるように備え付けられているといったようなものしか知らない。

 ではそのスイートルームに放り込まれているか、あるいはどこかの一軒家にでもいるのかということになるのかな。

 

 部屋の端っこには、気づかれない程度に外に出る扉があった、バスルームへと続く扉以外は、その扉しかない。

 僕がベッドから降りて、それも高さがあるので少し気をつけなければならなかったが、その扉まで歩いていってドアノブを開くと、そこは先ほどの寝室よりも、さらに広いリビングに続いているのがわかり、そしてそのリビングにある巨大な窓からは広い空が開けていたので、それはかなり高い位置にあり、今僕がいる部屋が地上一階の一軒家ではなく、高層ホテルの上のほうであることがわかった。

 

 リビングルームは、これまたえらく広かった、部屋の中心にはソファがいくつもおかれ、高い天井からシャンデリアがおろされている。

 小市民である僕はその光景を見ただけで少し薄らざむくなってしまった。

 

 窓辺のソファには、いくつもの人形が置かれていた。

 毛むくじゃらのクッキーモンスターみたいなやつや、くちばしのとがった巨大なペンギンのようなやつや、頭に目玉プリントの帽子をかぶった子供のやつや、まぁいろいろだった。 

 そこでちょっと目がかすむ。それはついさっき失神した際の衝撃による後遺症ではなく、単に起きぬけだからである。

 

 また部屋を見回して、奥手にまたたいそうな洗面場があったので、そっちに歩いて顔を洗った。

 顔を洗って目の前の鏡を見ると、いつもの僕の顔が映る。少々陰気なようにも思えるその顔は、しかしいつもどおりだった。

 つまり大ジャンプによるダメージを特段負ってはいないようだった。いや、大ジャンプの大ダメージから回復したのかもしれないけど。

 

 とにもかくにも、おののきちゃんが言っていた、二人の旅行というやつの宿泊先に、今僕たちはいるようだった。

 

 そこでちょっと考えが飛ぶ。おいおい、ちょっと展開が速いんじゃないのか?

 もっと言葉遊びとか羽陽曲折、各論踏まえるアンビグラミィな文豪が書けば、このくらいでも100Pはいくはずだ。

 それがどうだ、今ページに直したら2Pとかそこらなんじゃないのか?

 ハードボイルドと内容の薄さを混同してはならない。分量と内容を適度な尺度で解釈しても、どう考えても早すぎる、これでは急展開のそしりを免れないではないか。

 おまけに旅行先っていうくらいだから、僕の住んでいる町からかなりの距離があるはずである。で、あるならば、それは自然、戦場ヶ原や羽川ともそれと同じ距離にあるわけで、あいつらとの絡みも起こりえないということである。

 おいおいおいおい、これは嘆息混じりに蛇足であると、大仰に、声高に宣言せざるをえないではないか、しかし、事実そうなのだから、それはそれで仕方がないのである。

 事実は小説よりも奇なり。あまりに奇怪な急展開もまた、むしろリアリティを増すといえるのではないだろうか?

 そのあたりの小説解釈には諸説あると思うのでここでは割愛しておこう。

 

 旅費をおののきちゃんの、というかおそらくおののきちゃんの使役主であるところの影縫さんが持ってくれるということだったので、思わず安請け合いしてしまったが、それでとまる部屋がこんな半端のないグラシアスな部屋なのでは、むしろ僕にはデンジャラスなのである。危機感を抱かずにはいられない。

 本当にいいのか? 何か裏があるんじゃないか?

 そういう邪推を、小市民的な哀愁を伴って、してしまうのだ。

 

 そもそも、明日からの2泊3日、家を留守にするということをまだ妹に伝えてすらいないのだ。

 とりあえずあとで電話ででもそこらへんのことを伝えておかなければならないだろう。

 

 僕は顔を洗い終えて、心なしか顔面をすっきりさせると、再びだだっぴろいホテルのリビングルームへと引き返し、そして巨大な窓に向かっておかれているソファーへと向かった。

 

 そのソファには、先ほどと同じ大小さまざまな人形が置かれていた。

 

「おののきちゃん。いろいろ聞きたいことはあるんだけど、とりあえずまずひとつ、僕たちは今どこにいるんだい?」

 

 僕が言うと、そのソファの上の大小さまざまの人形、その中で同じように人形然としていた、憑喪神人形、斧乃木余接が表情をそのままで、目線をこちらにやってその口をひらいた。

 

「遅いよ、鬼のお兄ちゃん。僕はまた、このままずっと無視されるんじゃないかと内心冷や冷やしていたよ」

 

 

  

  #

 

 

 おののきちゃんは、人形ばかりのソファから、ピョコンと降りてリビングルームの床へと降り立つと、クルっとまわって僕のほうを見た。

 不死専門の怪異退治師、影縫余弦の憑喪神人形、斧乃木余接が僕を見て、次に右手を彼女の小さな身体の中ほどに上げて、ピースにした。

 

「イェーイ」

 

 しかしながら無表情で、おののきちゃんはそういった。

 僕はそれを、上から、冷ややかに、冷淡に、何の感情も交えない目線でもって見下ろしていた。

 

「さて」

 

 おののきちゃんは、僕の無言の反応を確認すると、右手のピースサインをそのままに

 

「それじゃぁ鬼のお兄ちゃん。ニュースが二つ、あるんだけど。ひとつはいいニュース、もうひとつは悪いニュース。どっちから聞きたい?」

 

「え、ニュース?」

 

「そう、ニュース。何度も言わせないでよね。鬼いちゃん。それで、どっち?」

 

「どっちって、うーん」

 

 いいニュースはまぁいいんだけど、悪いニュースがあるというのが気になりすぎた。

 そもそもおののきちゃんと旅行に来て、目が覚めてすぐ悪いニュース、である。

 それなら、早めに聞いておきたいというのが人情というものだった。後回しにしておきたい気もするけど、とりあえず先にすませてしまいたい。

 

「それじゃぁおののきちゃん。ここは悪いニュースのほうから教えてくれよ」

 

「ご意見は承りました。それじゃぁいいニュースのほうから言うね」 

 

「おいちょっと待て、僕悪いニュースのほうからって言ったよな。なんでいいニュースを話しはじめてるんだよ、ていうかなんで僕に意見聞いたんだよ」 

 

 とりあえず抗議してみたが、しかし、というかやはりその抗議はむなしかった。

 おののきちゃんは、ピースサインのまま話を進め始める。

 まぁ結局どっちのニュースも聞くんだからいいか。

 

「とりあえず二人の旅行の行き先なんだけど、実は日本じゃないんだ」 

 

「え?」 

 

「それでたぶん鬼のお兄ちゃんは、もしかしたら鬼いちゃんが気絶してから目覚めてすぐだと思ってるかもしれないけど、実はすでに一日たった朝、つまり連休の初日なんだよ」 

 

「んん?」 

 

 話を飲み込むのに数瞬かかる。ここは日本ではなく、そして一日たっている。

 ということは、僕はおののきちゃんの超ジャンプで気を失ってから、そのまま一晩気を失い続けていたということになる。

 

「それじゃぁおののきちゃん。今日が連休初日だっていうのはわかったけどさ。それなら僕らはどこに来てるんだよ?」

 

 おののきちゃんは僕の質問を受けて口を開いた。おののきちゃんの右手は以前ピースを作ったままだ。

 

「端的に言うと、オランダだよ。鬼のお兄ちゃん。僕たちは昨日空港に飛んで、そのまま飛行機にのって飛んできたのさ」 

 

「えええぇぇぇっ!? オランダって、あのオランダ!? ヨーロッパの!? 内陸の!? あの長靴みたいな!?」 

 

「そう、そのオランダだよ。ちなみにオランダは内陸じゃなくて、海洋に接してるし、長靴みたいな国はイタリアなんだけどね」 

 

 くっ。あまりの驚きに地理の弱さを露呈してしまった。

 しかしこのおののきちゃん。昨日僕が気を失ったのを、心配するどころかむしろこれ幸いとそのまま飛行機に放り込んで地球を半周してきたというのだ。

 

 なんか急にむちゃくちゃ怖くなってきた。

 オランダといえば、標準言語は、何になるのだろう? 少なくとも、もちろんのことだが日本語では絶対にない。

 異言語の、地球の裏に、僕とおののきちゃんの二人、ともすればそのまま消え入りそうな、漠然とした危うさが僕の身体を弱く蝕んでくる。

 

「まぁ使ったのは自家用機だから、細かいことは気にしなくても大丈夫だよ。鬼のお兄ちゃん。むしろ運びやすかったといってもよかったから、気絶させる手間が省けたよ」 

 

「ていうかどっちにしろ気絶させる前提だったのかよ……」 

 

「場合によっては、ということさ。ほら、窓の外を見てみなよ」 

 

 言われるままに、人形だらけのソファの面した窓に歩き、足のほうから高い天井まで続く巨大ガラスを覗き込んだ。

 

 すると、はるか眼下に巨大な街のだいたいの姿を見ることができた。

 どうも海に面しているらしく、そこそこ近代的なその町は、しかし古風な町並みもところどころに残しており、それはまさしく西欧風の町並みである。

 その近代と中世の入り混じる街並みを、何十階はあろうかという高所から見下ろしているのだった。

 

「なかなかいい街でしょ? 実はこの街でしばらく5年大祭っていうお祭りが開かれるんだよ」

 

「お祭り?」 

 

 おののきちゃんのほうに振り返って尋ねる。

 

「そうそう。でもただのお祭りなら、こうして僕が呼ばれるということもないんだよ。実はこの街は、ハーレンホールドっていうんだけど、それはまぁいいか。とりあえずここは、ヨーロッパでも有数の霊脈の集合地なんだ」

 

「霊脈っていうと、うちの街みたいなもんかい?」 

 

 霊脈、霊的な力の流れる道のようなものである。僕の街もそうらしいが、霊脈の集合点とは、少々やっかいなものらしく。それはときとして人間にも有利に働くのだが、しかしながら同時に怪異についても効力を発揮するらしい。

 京都や江戸城もそういう場所にあるらしく、陰陽道や風水的な処理を街全体にほどこしているのだと、忍野が言っていたことがある。

 

「あの街どころの騒ぎじゃないよ。それで今やってる5年大祭だけど、実はこのお祭りは霊脈の周期的な励起に連動して、それにあわせて開かれているそうだよ。僕もおねえちゃんに聞いた話なんだけどね」

 

「へぇー」 

 

 そういえば、この高所から眺めるとはるか下方の街のとおりはえらくにぎやかで露天のようなものが連なっている。

 

「じゃぁおののきちゃん。もしかして影縫さんももうこっちに来てるのかい?」 

 

「いいや。そこが鬼いちゃんを連れてきた理由でもあるんだけど、実は最近こっちの業界でもいろいろ怪情報が出回っててね」 

 

「怪情報っていうと。つまり怪異に関することのことでいいのか?」 

 

「普通はそうなんだけど、今回はもうちょっと作為的だね。いや、人為的な痕跡がある、ってお姉ちゃんは言ってたかな。それでこっちもいろんなところに人員を配置する必要があって、このハーレンホールドには僕が振り分けられたってわけさ」 

 

「このかわいい僕がね」とおののきちゃんが続けたセリフは無視しておく。

 

「イェーイ、ピースピーふにゅっ」 

 

 しゃべる途中のおののきちゃんの頬を僕が右手でわしずかみにした。

 それでおののきちゃんはしゃべりきれずに恥ずかしい語尾を発することになったわけだ。へっざまぁみろ。

 おののきちゃんは僕の手を振り払って表情そのままに言った。

 

「……やめてよね。鬼のお兄ちゃん。かわいい僕の顔をさわりたいのはわかるけど、お触りは厳禁だよ。現金をとるよ」

 

「うるせぇよ。いいから話を進めてくれ」 

 

「仕方がないな。まぁいいよ、今回は鬼いちゃんには同行してもらってることだしさ」 

 

 おののきちゃんが警戒するように僕から一歩下がって話しを進める。

 

「でもいくら僕がかわいくても、さすがにこの姿で一人小旅行をするには、いささか都合が悪いというものなのさ、だから誰かもう一人ついてきてくれる人が必要だったんだよ。それで鬼のお兄ちゃんに頼んで見た次第なわけだよ。快諾してくれてよかったよ」 

 

「まさか気絶させられるとは思わなかったけどな。まぁ大体のことはわかったよ。今日が一日経過した連休の初日だってことも、ここが昨日一晩飛行機を飛ばしてオランダのよくわからん街につれてこられたってことも。今日から3日、幼女と二人っきり仲むつまじく一緒にすごせるってこともわかった」 

 

「いや、一応行動はともにするけど、鬼いちゃんが期待するほど距離が近いかは同意しかねるよ」 

 

「僕たちが一緒のベッドで眠るってこともわかったよおののきちゃん」 

 

「いや、僕人形だから。寝る必要ないし」 

 

 連れない童女だった。

 しかし実際のところ、半ば強引だったにせよ、こうしてえらく豪華なホテルに宿をとってもらって5年大祭だかの祭の街で三日すごせるというのは貴重というか、少々、一高校生である僕の身に余る旅行である。

 ならば、とりあえずは楽しませてもらおう。

 そういえば宿題は、カバンの中にあるか。

 連休ということでそれなりの分量の宿題が出ていたが、しかしながら家でやっても空いた時間ができないほどではない。

 ならばさっさと済ませてしまえればいいんだけどな。でなければ戦場ヶ原にしかられてしまう。

 

「あ、そうだおののきちゃん。一応妹に3日間家を留守にするって伝えておかないと。電話ってどうなってるのかな、国際電話でもいいから使わせてもらえると助かるんだけど」

 

 僕が訪ねると、おののきちゃんはしばし考えるような間をあけて小さくうなずいた。

 

「うん、かまわないよ。一応こちらから手紙で伝えてはいるハズなんだけど、一応そうしてもらったほうがいいだろう。説明の手間もはぶけるし」 

 

 おののきちゃんはそういって、僕に携帯電話を手渡した。

 

「これを使ってくれていいよ。お姉ちゃんが持たせてくれたんだけど、地球のどこでも衛星経由で電話できるんだってさ」 

 

「ありがとうおののきちゃん」 

 

 そういって、携帯電話を手にとって、自宅の電話番号をかける。

 僕の妹たち、火憐ちゃんと月火ちゃんは、こういうことに意外とうるさいからな。

 自分たちは好き勝手やるくせに。

 

 自宅の電話番号を入力して、耳に当てるとプルルと呼び出し音が聞こえてきた。

 どうやら自宅の電話とつながって呼び鈴を鳴らしているようである。

 

 その僕の目の前で、おののきちゃんが右手にピースの指を二つたてたまま口を開く。

 

「それじゃ鬼のお兄ちゃん。もうひとつのニュースをお伝えするね。まぁ話半分に聞いておいてよ」

 

「ああ、うん」 

 

 同時に耳元で電話の呼び出し音。ふいにその呼び出し音が途切れ、携帯電話から声が聞こえてくる。

 

『はい。阿良々木です!』

 

 元気な声が聞こえてくる。この声は僕の大きいほうの妹である火憐ちゃんだろう。

 

「よくないほうのニュースだけど。よくないというか、ちょっと説明しにくいことなんだけど」

 

 僕の目の前でおののきちゃんが説明を続ける。

 それを聞きながら、火憐ちゃんにことの次第を告げる。

 

「火憐ちゃん? 僕なんだけど」

 

『僕? 僕ってだれですか!?』 

 

 僕で伝わらなかった。ちょっと恥ずかしいじゃないか。

 まぁオレオレ詐欺なんてある昨今だし、いいだろう。この程度の警戒感が、むしろ望ましいのであって。

 別に僕が気づかれなかったということではない。そういうことにしておこう。

 

「僕だよ。阿良々木暦。実はちょっと今日からの3日間家を留守にすることになってさ」

 

『え? お兄ちゃん?』 

 

 ちょっと恥ずかしい目にあった僕の目の前で、しかしまったくそれを気にする様子もなくおののきちゃんが説明を続けている。

 

「端的にいって。僕と鬼のお兄ちゃんは、僕と鬼いちゃんではあるけど、でも僕でも鬼いちゃんでもないんだ」

 

 ちょっと引っかかる。

 まぁそれは聞き続けるとして、とりあえず火憐ちゃんに留守を伝えておく。

 電話の向こうから火憐ちゃんの声が返ってきた。

 

『え? お兄ちゃん? 違う』

 

「んん?」 

 

 火憐ちゃんの声に、僕も聞き返してしまう。

 

『誰ですか? お兄ちゃんじゃない。あなた誰なんですか?』

 

 違和感に、にわかに僕の目が開いた。

 その僕の前ではおののきちゃんがなに食わぬ顔で続けている。

 

「僕と鬼のお兄ちゃんは、斧乃木余接でもないし阿良々木暦でもない」

 

『誰だ!? あ、わかったぞ! さてはオレオレ詐欺だな!? いや、ボクボク詐欺だろ!? 私はだまされないぞ!!』 

 

「ど、どういうことなんだよ。おののきちゃん」 

 

「うかつだったといってもいいだろうね」

 

 携帯電話から聞こえてくる火憐ちゃんの声を聞き流しながら、おののきちゃんに尋ねる。

 おののきちゃんは、あっけにとられたような表情をしている僕に、右手にピースサインをしたままで、無表情のままで言った。

 

「鬼のお兄ちゃん。僕たちは、もう僕たちとして存在していないんだ。すでに僕たちの存在を奪われてるんだよ」

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