化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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「どういうことなのじゃ? はように説明せんか、ワシらが存在を奪われたというのは」

 

 そうえらく上から尋ねたのは僕ではなく、だからといっておののきちゃんでもなく、ついさきほどまで僕の影に潜んでいた元吸血鬼の金髪幼女、忍野忍(おしのしのぶ)である。

 この部屋のリビングルームの中央に置かれた3つのうちのひとつにすわり、大仰に足を組んで軽く見下すような顔の角度でそうのたまう様は、かつて世界最強の怪異殺しといわれた吸血鬼の異様をかすかに残している。

 今は幼女だけど。

 

 かつて冷血にして熱血、鉄血にして豪血といわしめたこの元吸血鬼の幼女は、しかしある事件を経て僕と一心同体になるにいたり、というか転落したといったほうがいいかもしれない、その力の99.99%くらいを失っていた。

 今ソファに座る金髪幼女は、以前はそれなりの大人ボディにすさまじい力を秘していたらしい。

 でも今は幼女だけど。

 

 別のソファに座りながらそう思っていると、忍が横目でこちらをにらんできた。

 しまった考えが読まれたか?

 

 忍は僕のほうを軽くにらみ、しかしすぐさま忍が座っているソファの対面のソファにちょこんと座るおののきちゃんに視線を戻した。

 

「で、ワシらが存在を奪われたというのは?」

 

 今は部屋の中心におかれた3つのソファに、ひとつに僕、ひとつに忍、そしてもうひとつにおののきちゃんが座る格好になっていた。

 僕もまた、忍と同様の問いをもって、無言のままおののきちゃんに視線を向けていた。

 

「存在を奪われたというのは、言ったままの意味さ。鬼のお兄ちゃん。今の僕と鬼いちゃんは、僕と鬼いちゃんであって、しかし僕と鬼いちゃんではない。以前の僕たちとしての存在を別に移されているんだよ」

 

 おののきちゃんが言う、その表情は無表情のままだった。まぁおののきちゃんが無表情以外の顔を見せたことはないのだが。

 そこで忍が口をはさんだ。

 

「おい貴様。何を二人で世界を作っておるのじゃ。貴様に質問をしたのはワシじゃろう。ワシの存在を無視するでない」

 

 おののきちゃんが、顔は僕のほうを向けたまま、目線を忍のほうに向け、右手を目にやり。

 

「いぇーい」

 

 と横ピースした。

 

「ほう?」

 

 忍はそれを挑発ととったらしく、じりと身構えた。

 

「おい。今はやめてくれよ忍。ただでさえわけがわからない状況なんだから、これ以上こんがらせないでくれ」

 

 忍はこちらに目線だけやって、再び赤いソファに深く座った。

 

 あれから、あれからというのはおののきちゃんに貸してもらった携帯電話でここオランダのホテルから地球の反対側の日本にいる火憐ちゃんと通話しているときだが、火憐ちゃんに僕のことをしゃかりきに伝えたが、しかし火憐ちゃんが僕を阿良々木暦と認めることなく、最終的に少々の憐憫の色をこめてあやまられながら電話を切られてしまった。妹に。

 

「無駄だよ」

 

 僕が電話越しに火憐ちゃんに説明しているときにも、おののきちゃんは僕にそう言い加えていた。

 

「鬼のお兄ちゃんの存在は、別の存在に移されてるんだよ。だから今までの鬼いちゃんの存在を知っている人は、その存在として鬼のお兄ちゃんを認識することはできないんだよ」

 

―――幸か不幸か。おののきちゃんはそういっていたが、これは普通に考えて幸せということにはまずならない。

 もしかして戦場ヶ原や羽川も、僕を僕と認識してはくれないのだろうか? 

 電話をかけてその事実を確認したい欲求にかられたが、だがしかしあいつらに「あなた誰ですか?」と言われてはあまりにショックが大きく、火憐ちゃんに十分にそれを証明された後となっては加えて電話をかけようという気にはなれなかった。

 「あなた誰ですか?」ショッキングな言葉である。まぁ戦場ヶ原にはたまに言われてるけど、それはあくまでジョークだということを前提として言われているからまだ心の捻挫ですんでいるのであって、本気でそういわれてはちょっとした致命傷だ。

 

「ちょっと待ってくれおののきちゃん」

 

 そこでこちらを見ているおののきちゃんに、さっきのおののきちゃんの話でひっかかったことを確認してみる。

 

「おののきちゃんは、僕たちの存在を移されたっていったよな? 移されたってことは、僕たちの存在を移した主体がいるってことか?」

 

「察しがいいね。そうだよ。存在移し、あるいは、存在使い。それがそいつの名前だよ。僕たちの界隈ではそう呼ばれてる」

 

 忍がその言葉に反応した。

 

「存在移し? そいつがワシらの存在を奪ったやつの名前か。で、そいつは人間なのか? それとも怪異か?」

 

「……」

 

「おいちょっとまて貴様。貴様さっきからワシを無視しておるじゃろう? 主様のほうばかり見るな。こっちを向けわらべ」

 

「それでだよ鬼のお兄ちゃん」

 

「おいこら小童」

 

 忍の声を、まったく聞かないように、しかしその質問には応えておののきちゃんが話を続けた。

 僕に向かってだけど。

 

「その存在移しだけど。実は人間なのか、それとも怪異なのか、それともそれ以外の何かなのか。実は僕たちにもわかっていないんだ」

 

「わかっていないって、それは影縫さんでもそうなのか?」

 

「そうだよ。お姉ちゃんも、かわいい僕もそれがなんなのか知らない」

 

 おいそれは危ない発言だぞ。いや、影縫さんはかわいいというより、美人なお姉さんだけど。

 まぁ、今はその発言を影縫さんに認識される心配もないわけか、おののきちゃんの存在もまた、他人にはおののきちゃんとして認識されていないのだから。

 

「でも存在移しっていう主体としてはわかってるんだろ?」

 

「まぁそうだけどね。実を言うと、その存在移しは何回も、いや何十回もつかまってるんだけど、でも一回もそれがなんなのかわからなかったんだよ」

 

「んん? 捕まえたんだろ? その存在移し」

 

「捕まえたよ。聞いた話だけどね。いぇーい」

 

 そこで横ピースがガッツポーズのノリで加えられる。

 

「ピースピース」

 

 そのピースをこちらにズームさせてくるが、しかし僕は何も見ていないようにじっとおののきちゃんを凝視し続ける。

 しばらくするとおののきちゃんは何もなかったように話を再開した。

 

「つまり、捕まった存在移しは、存在移しではなかったんだよ。その姿は、毎回人間ではあったんだけど、その人間もまた、存在移し自身の存在を『移された』まったくの他人だったんだ」

 

「な……」

 

 その把握に数瞬を要してしまう。

 

「ってことは、全員冤罪だったってことか?」

 

「そういうことだよ。しばらくして、それはかなり時間がかかることもあるけど、結局そいつが存在移しではない誰かだってことがわかるんだよね。そういう意味ではお手上げだよ」

 

 急に、無実の人間が、存在移しなる罪状で捕まる。

 正直、ゾっとする話である。

 自分が捕まったことはわかるが、なぜ捕まったのかもわからない。

 しかも、自分が別の存在として、過去の知り合いにもまったくの他人として扱われる。

 

「その」

 

 そういう僕の口は、軽く乾いてしまっていた。

 一度つばをのみこむようにして再び口を開いた。

 

「その奪われた僕たちの『存在』は、どうやったら元に戻るんだ?」

 

「さぁ?」

 

 おののきちゃんは、あっけらかんとした様子で、無表情でそういうだけだった。

 しかしおののきちゃんは常に表情がないので、それがどの程度の緊迫感を持って発せられている言葉なのかはわかりづらい。

 

「その存在使いが僕たちの『存在』を手放せば、それはたぶん僕たちに戻ると思うよ。明日かもしれないし、もしかしたら1年後かもしれない、もしかしたら、存在使いが死ぬまで、このままかもしれないけどね」

 

―――存在移しが死ぬのだとしたら。おののきちゃんはそう付け加えた。

 これは、自分の「存在」を失ったこの状況は、状況を自覚するにつれて半端のない孤独感を招来していた。

 世界に自分だけしかいなくなってしまったような感覚。いやもっと悪い。

 まるで自分だけが透明人間になって、あたりではみんな日常を送っているかのような、孤独感。

 

「問題はそれだけじゃないんだよ。鬼のお兄ちゃん」

 

「おいおいまだあるのか」

 

「というか、こっちのほうがむしろ問題だと思うよ。つまり、なぜ存在移しが僕たちの『存在』を奪ったのか、ということだよ」

 

「そういえば……」

 

 そういえば、そうだ。僕たちの存在を奪ったというその存在移しは、今僕やおののきちゃん、阿良々木暦や斧乃木余接として認識されている、ということになるのだろうか。

 

「そうだよ。かわいい僕だと認識されていることだろうね。存在を奪われた僕たちからは、だからこそ僕は鬼のお兄ちゃんを鬼いちゃんとして認識できるんだけど、それをそうだと認識できないから余計にたちが悪いんだけど、ただの一般人の存在を奪ったのならともかく、僕と鬼のお兄ちゃんの存在を奪ったということは、目的があるんだと思う。たぶんこの街の、ハーレンホールドの商工会に食い込もうとしてるんだと思う。それから何をしようとしてるのかは、さすがにわからないけどね」

 

「ちょっと待ってくれよ。そういえば、僕とおののきちゃん、二人分の存在が奪われたんだよな。ということは、存在移しは複数いるのか?」

 

「いや。たぶん存在移しは一人だと思う。でも協力者がいる可能性はかなり高いね。だから二人以上で商工会、たぶんその自警団に入り込もうとしてるんだと思う。僕がそこに一時的に配属される予定だったから」

 

「おののきちゃんが?」

 

「いぇーい」

 

 肯定する代わりに横ピース。若干うざかったけど続きを促す。

 

「まぁ具体的には商工会の自警団の上位組織の山犬部隊ってところに組み込まれる予定だったんだよ。ハーレンホールドっていう場所が世界有数の霊脈の集合地点だってことはさっき言ったけど、それに比例して怪異の事件がかなり強いレベルで発生するんだよ。だからそれを解決するためにハーレンホールドの商工会がその財力に物を言わせて自警団を組織しているんだよね」

 

「なら、その商工会に行けばいいんじゃないのか? 僕たちがそこに行って、阿良々木暦や斧乃木余接として扱われてる人間を見つければ、そいつが存在移しか、その関係者ってわかるだろ?」

 

 そいつらを捕まえることができれば、少なくとも存在移しへの手がかりになる。

 それなら今すぐその商工会へ向かいたかった。

 

「それは難しいだろうね。鬼のお兄ちゃん」

 

 しかし、おののきちゃんがそれを否定して続けた。

 

「商工会の自警団は、僕を組み込めるくらいそれなりにちゃんとしてるんだ。特に山犬部隊は、僕と同レベルの人材で占められてるんだよ。あ、それはかわいさではなく、単純な戦闘力という意味でだけど」

 

「わかっとるわ。いいから続けてくれ」

 

「連れないなぁ。それでそのくらいの部隊だから、当然秘匿性もそれなりに強いんだよ。そこに正体不明の高校生と、かわいい幼女が来て、すいませんそこの部隊にこれこういう人たちがいませんでしたかって聞かれて、どうなると思う?」

 

「……素直に教えてはくれないかな。やっぱり」

 

「下手をすれば捕まるよ。自警団の平均的な団員なら僕が実力行使で捕まるとは思えないけど、山犬部隊が複数いたらどうなるか未知数なんだよね」

 

「そりゃあ本当かい? じゃぁちょっと難しそうだな」

 

 おののきちゃんは、不死専門の怪異退治師というだけあって、かなり強い。

 この子の必殺技、「アンリミテッド・ルールブック」なら、一般的な人間として、僕の上半身を簡単に丸々消失させるくらいの威力がある。

 自分を尺度にするのもなんか気が引けるけど。

 

「特に山犬部隊の隊長は、お姉ちゃんくらい強いかも」

 

「ああ、じゃぁ絶対やめとこう」

 

 さっきまでそのハーレンホールドの商工会にダッシュで突っ込みたいくらいの気持ちだったが、もう絶対に近寄りたくないくらいの気持ちになっていた。すりこみって恐ろしい。

 

「じゃぁどうするんだ? 存在移しは、この街の自警団に入り込もうとしてる、もしかしたらもう入り込んでるかもしれないんだろ?」

 

 それも僕とおののきちゃんの存在を使ってである。正直いい気はしない。

 

「うーん。そこなんだけど、一から自警団にもぐろうと思うんだよね」

 

「え? やっぱり自警団にいくの? でも一からっていうのは?」

 

「うん、つまり僕、斧乃木余接としてではなく、一般人、まぁ流れ者の怪異退治とでも言おうかな、そういう人間として自警団に入り込めないかと思ってるんだよ」

 

「うーん」

 

 頼りがいのある、自信に満ちた口調である。

 だがそれを話すおののきちゃんの姿は、誰がどうみても8歳そこらの幼女だった。

 これはどうなんだろう?

 おののきちゃんの実力は確かなものとしても、正直5分5分なんじゃないかって気になってくる。

 

「あと鬼のお兄ちゃんに頼みたいことがあるんだけど、鬼いちゃんにはハーレンホールドの高校にもぐりこんでもらいたいんだよ」

 

「え? 僕が?」

 

「うん。というのも、もともとそのつもりだったんだけど、鬼いちゃんが楽しいかなと思って、こっちのレメンタリー・クアッズっていう高校の、といっても場所が場所なだけにエクソシストの養成校でもあるんだけど、そこに体験入学してもらおうかなと思って手続きはすませてたんだよね。授業の参加は完全に自由なんだけど、こっちは可能性はそこまで高くはないにしても存在移しかその関係者が入り込んでるって可能性があるからね」

 

「そうだな、僕はかまわないよ。存在移しがいる可能性があるんだったらそっちにはむしろいますぐ乗り込みたいくらいだよ」

 

 と、僕はおののきちゃんの提案を快諾したのだった。

 エクソシストの養成っていう言葉もちょっと気になるし。

 それに、すでに僕ではない阿良々木暦という存在が入り込んでいるかもしれないとなればさらにだ。

 

「鬼いちゃんについては申し訳ないと思うよ」

 

 そこでおののきちゃんが、居住まいを正してそういった。

 

「実際ちょっとした旅行を楽しんでくれればいいと思ってたけど、こうして鬼のお兄ちゃんを巻き込んでしまった。それに関しては僕のミスだよ。ごめんなさい」

 

 それはさきほどまでと打って変わって殊勝な態度だった。

 

「おののきちゃん。いや、いいんだよ。気にすることないとはいわないし、僕がいえたことじゃないかもしれないけど。でも僕はこれでよかったんだと思うぜ? こんな異国で、しかも一人で存在を失っちゃったらもうやってられないだろ。僕たち存在こそ失ったかもしれないけどさ、存在を失ったもの同士二人でいれるっていうのは、怪我の光明っていうか、ちょっとマシだと思うぜ」

 

 実際にそれは本心だった。

 おののきちゃんが、この式神の少女が、たとえ式神の少女でも、異国の地で一人存在を失うことを思えば、存在価値そのものがマイナスみたいな僕だってそばにいることくらいはできる。

 

 おののきちゃんは、僕がそういうと、少し視線を天井あたりに泳がせて。

 

「まぁ、それもそうだよね。かわいい僕と一緒にいられるんだし。鬼のお兄ちゃんにはむしろごほうびだよね」

 

 と言った。

 いや、まぁいいんだけどさ。

 

「いぇーい、ピースピーブフッ」

 

 おののきちゃんが横ピースをしてそういっている途中で、横からクッションが飛んできておののきちゃんの顔にポフっと命中した。

 

「お主ら、ワシを無視するんじゃないっ!」

 

 クッションを投げたのは、おののきちゃんが座る向かいのソファに座っている忍だった。

 ていうか気持ち半泣きになっていた。すげぇかわいそう。

 

「あのさぁ、今僕と鬼のお兄ちゃんが二人の世界を作ってたんだから、後期高齢者は引っ込んでてくれないかな?」

 

 うわ、クッション投げを食らったからか、かなり刺のある言葉をおののきちゃんが返した。

 

「年齢は関係ないじゃろうが! ぶち殺すぞわっぱ!」

 

「やれるもんならやってみなよ。ていうかそんだけ年とってたら、もう存在がどうとかどうでもいいんじゃないのかな。存在とかあってないようなものでしょ」 

 

「やかましい! ワシと主様は一心同体なんじゃっ!」 

 

「ならいいんじゃないの。僕と鬼いちゃんが二人の世界を作ってれば。一心同体ならいいでしょ?」 

 

「うっ…… うぐぐっ……」 

 

 見かねて僕も口を挟む。

 

「わかりやすくどもってんじゃねーよ。忍もおののきちゃんも、別にいいじゃないか三人で」

 

「僕は8歳、鬼のお兄ちゃんは17歳、あなたは?」

 

 おののきちゃんが忍に尋ねる。

 

「わ、わしも8歳っ!」

 

 と忍は間髪要れずに答えた。

 

「いやいや、サバを読むのも大概にしなよ。読んでも200歳とかでしょ、いやそれも200歳以上サバを読むのもどうかなと思うけどね」

 

「うがーっ!!」

 

 忍が叫んでソファに立ち上がり、向かいのおののきちゃんに飛び掛った。

 その忍の殺気すらこめられた突進は、おののきちゃんの右手でポフっととめられ、忍はそのまま頭をおさえられながら腕をグルグル振り回していた。

 その光景に、僕は不覚にも少しなごんでしまうのだった。

 

「まぁあれだ。指し当たって予定がないのなら、とりあえずはここの祭でもぶらついて見るのはどうかな?」

 

 と、少々気の抜けた質問ができるくらいには。

 

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