化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

21 / 45
007

 僕はマットにログハウスの二階の一室を案内してもらい、そこで二つあるベッドのひとつに腰掛けていた。

 どうもログハウスの部屋はすべて二つ部屋らしく、この部屋にもベッドが二つある。

 ほかの部屋はそれぞれサリバンとマット、メアリーとレミリアの部屋であるようで、そのどの部屋とも隣り合わせてはいない。

 僕は片方のベッドに座り、またその向かいにはいつのまにか人影があった。

 それはさきほどまで僕の影に潜んでいたもと吸血鬼の幼女、忍野忍である。

 忍は僕の向かいのベッドに座り、足をブラブラとやっていた。

 

「どうじゃお前様、存在移しは見つかりそうか? カカカ」

 

「カカカって、お前ずいぶんのんきでいられるよな」

 

「そうかの? まぁワシはもともとあまり人間関係がありはせんからのう。あのこぞうと、お前様くらいじゃ。あのこぞうだってむしろせいせいするくらいじゃわい」

 

「お前はまぁそうか。でも僕はそうはいかないんだよ。高校だって普通にあるし、戦場ヶ原だっているし」

 

「まぁまぁ、よいのではないか?」

 

「よいって、よくねぇよ」

 

「このまま、存在移しを探すのをやめて西欧の地を二人で旅するのも、わしには悪くないのう。あの女も忘れて、家族もわすれて、わしと二人で、いつかそうなることじゃろう?」

 

「冗談はよしこちゃんだぞ忍」

 

「またしょうもないことを言うのう」

 

 僕が仮に不老不死じゃないにしても、これから数百年生きるとしても、だとしても、やはり僕は阿良々木暦として生きたいし、生きるべきなのだ。

 僕がこのまま消えれば、目の前にいたとしてもそれが認識できなければ、戦場ヶ原は僕を探すだろうし、羽川も黙っちゃいない。忍野に借金もあるし、まぁそれはチャラになっていいかもしれないけど。 

 僕を探すあいつらをそばで見続けるなんてごめんだ。

 

「カカカ、まぁええじゃろう。どうせワシは400年生きておる身よ。しかしお前様よ」

 

「なんだよ」

 

「存在移しがワシらの存在を奪った目的じゃが、金銭目的というのはどうかのう」

 

「金銭目的か」

 

 そんなものは、存在を移せる存在なら、どうにでもなりそうなものだが。

 

「ん~金銭というか」

 

 忍が考えながら、ベッドの隣の僕の足にブラブラさせた足をバシバシぶつけてくる。

 

「この街では今大規模にオークションをやっておるじゃろう。いわくつきの品物も多いそうではないか? カカ、ならばその中の何かを狙っておる、と言う可能性はないのかのう」

 

「うーん。といっても僕はここでどんなものが扱われてるかって全然知らないし、知りようもないんだよな」

 

「まぁそうじゃろうのう。この街の内部にでもはいらんかぎりはの」

 

「そこはおののきちゃん待ちだな。あの子が自警団に入ればそこらへんのことが何かわかるかもしれないしな」

 

 ガチャリ

 そこでドアの開く音が聞こえた。

 僕と忍がそちらをサっとみると、部屋のドアを開いて、レミリアが顔を出していた。

 

「ねぇあんた、クアッズの見学のことなんだけ……」

 

 何気なく顔を出したレミリアの視線が固まる。

 そのレミリアの視線の先には、黙ったままでレミリアに顔をやる金髪幼女、忍がいた。

 

 パタン

 

 扉が閉まる。

 そしてパタパタと足音が遠ざかる音が聞こえて、またすぐパタパタと足音が近づいてくる。

 

 ガチャリ

 

 再び扉が開いて栗色の髪をのぞかせ顔を出したのは、やはりレミリアだった。

 しかし先ほどには何も持っていなかった手に、ドーナツを3つつかんでいる。

 

「あ、レミリア、この子は、あれだ、あの……」

 

 説明に窮する僕をよそに、レミリアは忍にドーナツを持ってちかずき、ドーナツをチラチラとやると、一発で忍がレミリアに飛びかった。

 入れ食いかよ。チョロすぎだろ忍。

  こいつ本当に元怪異の王なのか?

 

 ドーナツをバクバク食べる忍を抱きしめているレミリアが

 

「かっ、かっ……」

 

 とつぶやき。

 

「かわいいぃぃぃぃ」

 

 と感嘆した様子で忍に頬をこすりまくりはじめた。

 忍は気にせずドーナツをバクバクやっている。

 

「かわいすぎるうぅぅぅぅ!!」

 

 レミリアは顔を蒸気させて忍に顔を埋めているかと思うと、バッと僕のほうを向いていった。

 

「あんた、この子の名前は!?」

 

「あ、忍、だけど……」

 

 あと僕の名前はあんたではなく阿良々木暦なんだけど。

 

「忍! 忍ちゃん! かわいいぃぃぃ。私の妹になってよ!」

 

「おいふざけんなよ。忍は僕の……」

 

「何よ? 忍ちゃんがあんたの何なわけ?」

 

 僕の……

 金髪幼女、ロリ奴隷……

 

「僕の知人だよ」

 

 キリっとした表情でそういう僕だった。

 ていうか知人じゃ弱いだろ。

 

「じゃぁ問題ないわね。忍ちゃぁぁぁん」

 

 レミリアが言ってまた忍に顔を擦り付けるが、忍はドーナツを食べ終わって黙ったまま次はレミリアから離れようとじたばたしはじめた。

 

「どうしたの忍ちゃん? もしかしてドーナツがもっと欲しい? それならまだあるから後で私と食べようね」

 

 レミリアが忍にそういう言うと、忍はピタリと動かなくなりレミリアの抱きしめるに任せるようになった。

 こいつ、まじでチョロかった。

 忍はこんな食いしん坊キャラではなかったハズだ。僕の忍を返せ!

 

「ていうか、レミリアお前さぁ……」

 

「忍ちゃぁぁん。ん? なに?」

 

「もしかしてお前ロリコンなの?」

 

 信じられない。ロリコン、ロリータコンプレックス、日本語に直せば異常性幼児性愛、本来人間にあるべき愛感情がゆがんだ形で発現した業の深い変質性である、変態である。

 

「人のこと散々変態とか変態紳士とか言っておいて、お前も変態なんじゃねぇか。いやはやロリコンとはね、さすがの僕も驚かざるを得ないよ。僕も耳にしたことこそあれ、この世に本当にロリコンがいるなんてつい今まで見たことがなかったからな」

 

「はぁっ!? 違うわよ! 私は普通に小さい女の子が好きなだけよ! 普通のことじゃない!」

 

「いいや違うね。お前のその顔、完全に欲情してるじゃないか。ていうかレズだろ。レズビアンだろお前。レズビアンでロリコンとかクレイジーすぎるぞ。クレイジーサイコレズロリコンかよ。ほとんど怪獣みたいな字面じゃないか。ロリコンなんて業の深い病気は早めに直しといたほうがいいぜ。あとさっさと忍を返せ。嫌がってるだろ」

 

 言っている途中で忍が何か言いたそうにこちらを見つめているが、僕にはさっぱり見当がつかなかった。

 ともかく、忍の救出が先決である。このままでは貴重な幼女が簒奪されてしまう。

 

「うるさいわね。変態なのはあんただけでしょ! それに忍ちゃんは嫌がってない! ねぇ忍ちゃん?」

 

「……」

 

「ほら見ろ。無言じゃないか、怯えきってるじゃないか、怯えすぎて声も出せてないだろ」

 

「忍ちゃんドーナツ食べる?」

 

 聞かれた瞬間、ブンブンと激しくうなずく忍だった。

 

「ほら見ろ! 私と一緒にいれて喜んでるじゃない!」

 

「どこがだよ。釣ったじゃねぇか、今完全にドーナツという餌で釣り上げたじゃねぇか。忍はお前じゃなくてお前が持ってるドーナツと一緒にいれることに喜んでるんだよ。早くと忍を放せよクレイジーサイコレズ。CPRが」

 

「変な略しかたするな! ああもう!」

 

 忍が所在無しに足をブラブラさせていたので、レミリアは不承不承といった様子をありありとさせて忍を地面におろした。

 

「やっと魔の手から解放されたか、怖かったろう忍。さぁ僕に抱きついていいぜ」

 

 僕が忍に両手を広げると、忍はテテテとレミリアの後ろに回りこんで、レミリアの腰を抱きしめた。

 抱きしめて、忍はレミリアの後ろでニヤリと笑った。僕に向けられたさめざめとした邪悪な笑みだった。

 

 こいつ、ドーナツで寝返りやがった!

 刹那的すぎる。

 

「忍ちゃーん私を選んでくれたんだねー。あとで一緒にドーナツを食べようねー。それで一緒にお風呂に入ろうねー」 

 

「ちょっとまてよレミリア。ドーナツはいいけどお風呂は関係ないだろ。忍と風呂に入るのは僕だ」 

 

「こいつ何真顔で言ってんの!? やっぱり気持ち悪い!」 

 

 これはカルチャーショックというか、カルチャーギャップというやつだな、どうやらオランダには幼女と一緒に風呂に入るカルチャーがないらしい。 

 というか日本にもそんなカルチャーはないけど。

 

「そういえばレミリアお前、僕に何か用があって来たんじゃなかったのか?」

 

 忍をいろんな角度から嘗め回すように見つめるレミリアがはっと気がついたように居住まいを正した。

 

「ああそうだった。そろそろ新聞部の取材が終わりそうだから、学園をまわるって兄貴が伝えてってさ」

 

 そういえば、学園をみんなで周ろうという話になっていたんだった。

 

「そっか。すぐいくよ」

 

「ほんとめんどくさい」

 

「レミリアお前さ、僕は一応短期留学生なんだけど」

 

 3日間だけど。

 

「私はあんたのこと認めてないからね」

 

「はぁ、まぁ年頃の女の子だから仕方ないかもしれないけど。ところでレミリア、お前は『阿良々木』と『斧乃木』って短期留学生について本当に何か思い当たることってないかな?」

 

「え、うーん」

 

 レミリアはつぶやいて、記憶をさぐるように宙に視線を泳がせ、言った。

 

「やっぱり、心当たりないかなぁ。その名前」

 

 

 

 #

 

 

 

「いやぁ新聞部のやつらもいいとこに目をつけるよね!」

 

 僕を含めた宿舎の5人は学園のキャンパスを歩きながら話していた。

 レミリアが忍はどこかと尋ねたが、別行動だと言っておいた。

 実際は、僕の影の中に入っているけど、そこらへんのことを言うとややこしい。

 

「明日の新聞では僕の武勇譚が一面を飾るよ! どうだいレミリア!」

 

「私は別に……」

 

 レミリアがそっけない返事をかえした。

 それを見たマットが笑っていった。

 

「ハハハ、レミリアはそもそもこの学園の2大ファンクラブの一角だからな。もしかしていい気になってるんじゃないのか?」

 

 マットが冗談ぽく茶化すとレミリアがうんざりという風に手を振っていった。

 

「変に持ち上げられてどうしたらいいか迷うだけだよ。それにあんなの私の内面の何も出てないもの。それで人気って言われても、実感ないっていうか」

 

「まぁ僕らにしたらただの妹と幼馴染だけどね! 僕なんてレミリアのオシメ代えてたんだぜ!?」 

 

「2歳違いでそんなことされるわけないでしょ!」

 

 このレミリアがファンクラブを作られているというのは、レミリアの顔立ちはかわいいので納得できるし、キャンパスを歩いているとチラホラレミリアに対する視線やささやき声みたいなものがあったから、ファンクラブなるものが作られてしまっていることも本当なんだろう。

 レミリアがサリバンに突っ込むのを横目で眺めながら、ちょっと気になったことを聞いてみた。

 

「そういえばマット。この学園って2大ファンクラブがあるんだよな。レミリア以外にもファンクラブがもうひとつあるってことかい? もしそれがメアリーのファンクラブだっていうなら僕はそっちに入るね」   

 

 マットはカラカラ笑って答えた。

 

「まぁコヨミの言いたいことはわかるよ。メアリーも美人と言っていいだろうな、ただ起源的には実践は理論に先行するというのはフォイエルの言葉だ。メアリーは入学当初こそ男子にえらく人気だったが、告白してくるやつらに片っ端から勝負をいどんで叩き伏せるものだから男子が寄り付かなくなっちまったんだよな」

 

「残念だけど骨がないやつらばかりだったな、私は精肉機じゃなかったんだけどさ」

 

「一体どんなことをやったんだよ」

 

「ああ、精肉機っていうのは言葉のたとえだよコヨミ。もしかして私が男子たちをミンチみたいに細切れにしたなんて思った? だとしたらそれは考えすぎだね。学校では結界術式があるからギリギリ大丈夫だったよ」

 

「ギリギリなのかよ!」

 

「最近はミットにくるまったサリバンしか相手にしてくれなくなってね。コヨミが来てくれてとてもうれしいよ」

 

 明日もよろしくねというメアリーはぬけるように晴れやかな、爽快な、人懐っこくさえある笑顔だった。

 ただその内容が格闘訓練だった。闘争本能の塊みたいなやつである。

 

「ミンチにされちゃえばいいのに」 

 

 後ろでレミリアがつぶやくように言ってきたがスルーした。

 

 しばらく歩いていると、キャンパスの前から集団がこちらのほうに歩いてきた。

 集団と言ったけど、近くまで歩いてきてみると、その中心に3人が歩いており、どうやらその集団は、その3人を取り囲むようにしている。

 

 一人は学園の男子生徒、もう一人が女性生徒、そしてもう一人は大人のようだった。

 特にその大人は、異様な雰囲気だった。

 見た瞬間に、胃に何かたまっていくような嫌悪感、嫌悪感というより、危機感のようなものが身体の中でとぐろを巻き始める。

 

 隣でマットが人だかりの中心の男子生徒を指して僕に耳打ちする。

 

「あいつだよ。ダイアスの主席、ルシウス・ヴァンディミオンだ。学園の二大ファンクラブのひとつはあいつのだよ。もっとも構成は全員女だけどな」

 

 そのルシウスという男子生徒と女子生徒はそれぞれ首にダイヤがあしらわれたチョーカーをしていたので、女子生徒もダイアスの生徒であることは推察できた。

 

 それよりも、女子生徒のとなりの大柄な男のほうが気になった。

 それをマットに尋ねると

 

「ああ、あの人、コヨミは知らないだろうけど、彼が<山犬>だよ。山犬部隊の一人で、レオニード家のご息女を護衛してるってわけさ」

 

「あれが山犬か」

 

 あの異常なプレッシャーににわかに納得する。ということはあの男の隣にいる女子生徒、赤を基調とした軽いドレスの女生徒はレオニード家の、そしておそらくサリバンたちの幼馴染だったというアイリー・レオニードなのだろう。

 マットに尋ねるとマットはそれを肯定した。

 そして重要なことは、かなり高い可能性として、あの男が所属する山犬部隊に存在移しかその関係者が入り込んでいる可能性があるということだ。

 

「あらぁ、トパンズのワゾウスキさんじゃありませんの」

 

 その赤いドレスのアイリー・レオニードがゆったりとした感じにこちらに声をかけた。

 ワゾウスキという声は、サリバンではなく、ここではレミリアに向かっているようだった。

 

「この前の雑誌、見ましたわよ。綺麗にモデルをしていらっしゃいましたわねぇ」

 

「あ、どうも……」

 

 レミリアが簡単に礼を述べた。

 3人を囲んでいた集団は、ほとんどがダイアスの生徒で、ほかにはルビウムとアクアマリンの生徒がちらほらいるようだったが、全員の視線がこちらに向いていた。

 

「アイリー様」

 

 と、山犬が声をかけるが、アイリーと呼ばれた女子生徒は片手で山犬を制した。

 

「モデル雑誌にこうも出ているとさぞ報酬もよいのでしょう?」 

 

「いえ、私は報酬は学費にまわしているので」

 

 レミリアが小さな声で言うと、アイリーは声を明るくして続けた。

 

「まぁまぁ、そうですの。まぁトパンズですものねぇ。ンフフ」

 

 嫌な感じだと思った。

 レミリアはこのアイリーを苦手だといっていたけど、それは僕だって彼女を好ましくは思えなかった。

 

「やぁアイリー! ずいぶん久しぶりじゃないか! 僕だよサリバン、小さいころぶりだねぇ!」

 

「……」

 

 アイリーは、サリバンが割って入ってきて少し考えるようにして口を開いた。

 

「幼少期と現在は、もはや別物でしょう? 同じものとして扱わないでいただきたい。わたくしはダイアス、あなたがたはトパンズ、その差をわきまえなさいな」

 

「水くさいなぁ! いいじゃないかアイリー。僕たちの仲だろう? それにアイリーだってまだ能力が発現していないはずだぜ?」

 

 サリバンは明らかに高圧的な雰囲気を振りまくこの女に、しかし何の壁もないように歩み寄っていた。

 こいつの手放しのところはこの場合逆効果な感じもする。

 

 サリバンがアイリーに歩いていくと、途中であの山犬の男が無言でサリバンをさえぎった。

 

「……」 

 

「あ…… これは山犬さん。アイリーの護衛ですか、ご苦労様です」

 

 サリバンが山犬の男にそういうと、山犬の奥のアイリーが

 

「ンフ、ンフフ」

 

 と笑って続けた。

 

「あなたたちはご存知ないでしょうが、レオニード家の能力の発現はおうおうにして時期が遅いですし、第一、わたくしがレオニード家の人間として『レオニードの鍵』をこの身に宿しているという時点で、わたくしにはこれ以上ない重要性がありますのよ。トパンズのあなたたちとは違ってね」

 

「なんだよつれないなぁ」

 

 サリバンはしかし、気にしない様子であっけらかんとしていた

 このアイリーという、レオニード家のご息女は、僕にはあまり気にならなかった、問題はその女の前に立っている山犬のほうだ。もしかしたらこの人なら山犬部隊の内部にもぐりこんでいる可能性がある存在移しについて何か知っているかもしれない。もしかしたら接触したことがあるかもしれないのだ。

 

「やぁサリバン君。去年コロシウムで会って以来だね。僕のことでずいぶんと触れ回っているそうじゃないか」

 

「やぁルシウス!」

 

 アイリーの手前まで歩み寄ったサリバンに、横からさっきの男子生徒が話しかけた。

 たしかあいつはルシウス・ヴァンディミオンというダイアスの主席だ。

 

「サリバン君は今年もコロシウムに出るんだろう?」

 

「もちろんだよ! ルシウス、今年こそこのトパーズ最強のサリバン・ワゾウスキが君を倒すぜ!」

 

「ハハハ、いいよ。楽しみにしておくよ。ああ、メアリー君。この前のことを考えてくれたかな?」

 

 このルシウスというやつが僕の隣で黙っていたメアリーにしゃべりかけた。

 

「ダイアスに移籍してくるという話だよ。君は能力こそ発現していないが、その潜在能力なら十分ダイアスでやれると思うよ」

 

「せっかくだけど、私はいいよ。私はトパンズでいい」

 

 メアリーは簡単にしかしはっきりと断った。

 ルシウスはくびをふって少しうんざりした様子で言った。

 

「はぁ。それは彼らと一緒に生活できるところを重視しているのか? まったくもったいないと気づいて欲しい。それは才能の無駄遣いだよ」

 

「いいじゃない。それより、それならその才能を私に見せてくれない? 一勝負どうかな?」

 

 メアリーはまたしてもあの獲物を狩る野生の感でルシウスに持ちかけた。

 ルシウスはクックと忍び笑いをこらえるようにしていった。

 

「ハハ、いいや、やめておくよ。能力の発現してないトパンズの君を、ダイアスの主席の僕が、一方的に叩きのめしてしまってはむしろ僕の悪評になってしまうじゃないか」

 

「……」

 

 メアリーはそこで、何か含むものがあるように黙ってしまった。

 そのやりとりは、しかし僕の耳からは遠いものだった。

 僕はと言うと、このダイアスというクラスの人間を中心とした集団の中心でアイリー・レオニードを護衛する<山犬>に話しかけていた。

 

「あの、山犬部隊の方ですよね?」

 

「……」

 

 山犬の男は、僕が話しかけると、しかし沈黙でもって答えた。

 話しかけてみたものの、一体なにを聞くべきなんだろう。

 

 あなたの部隊に斧乃木余接が入り込んでいませんか?

 今この街に存在移しが目的にする何かに心当たりはありませんか?

 

 あまりよくない質問だ。おののきちゃんの言ったとおり、それでは捕まってしまいかねない。

 

 僕が迷っていると、サリバンが山犬に向かって朗らかに言った。

 

「山犬さん! 僕はサリバン・ワゾウスキといいます! 実は僕は将来山犬部隊に所属することを目標にしているんですよ! いや、まわりはとても不可能だと笑いますけどね。僕は気にしちゃいない! いつかあなたがたと肩を並べて見せますよ!」

 

 サリバンの壁の作らなさは、もはや僕の想像を超えていた。

 こいつは相手がアメリカ大統領でも、アルカイダのボスでもこのノリかもしれないなと思わせる。

 

「そこでどうです山犬さん! ルシウス・ヴァンデミオンに膝をつかせたこのトパンズ最強の男、サリバン・ワゾウスキと一戦交えていただけませんか!? もしそれで、まぁ僕が勝つことはないかもしれないけれど、見所があったら山犬部隊の隊長にお口添え願いたい!」

 

 サリバンのその言葉で、集団の面々が一気にざわつきはじめた。

 ハーレンホールドの自警団の上位組織、この学園のトップでもとても所属できないといわれる山犬部隊に、トパンズの一学生が勝負をいどんでいるこの状況は、確かに異常なのかもしれないと、よそ者の僕にもその空気からそれが察せられた。

 

 黙って答えない山犬の横から、先ほどのルシウスという男子生徒が続けていった。

 

「サリバンがそういうのなら、僕も手合わせ願いたい。ずっと申し出たかったんだ。ダイアスの主席として、権利があるとすればまずこの僕だ」

 

「……」

 

 山犬は、しかし何もしゃべらなかった。

 僕にはこの男の感情が少しにおってくるようだった。

 

 うんざりしている。子供の遊戯に付き合わされるのはごめんだと。

 もしかしたらいっそこの場にいる全員殺してしまおうかとすら思っているかもしれない。

 そういうネバついた、殺気のような、怒気のような感情が、この山犬の男の体から漏れ出しているようだった。

 

 その怒気にあてられて、自然に僕の息はにわかに速くなってしまっていた。

 

「いいじゃありませんの」

 

 そういったのは、山犬の後ろで彼に護衛されていたアイリー・レオニードだった。

 この女子生徒は、いまや赤いドレスに包まれた腕を組み、傲岸に、不遜に、高貴を装った態度で続けた。

 

「わたくしも護衛されているだけでは、いささか退屈というもの、それにレオニード家の護衛というものを皆さんに見せてさしあげなさいな」

 

「……」

 

 山犬は、しかし黙ったままだった。

 男が動かずにいると、アイリーというこの女子がじれた様子でおって言った。 

 

「このアイリー・レオニードが、レオニード家の名において命じますのよ!」

 

 アイリーが口調を強めて言うと、山犬はうんざりとした様子だったが、しかし軽く腕を振って口を開いた。

 

「……了解しました。レオニード様」

 

 山犬はアイリーに短くそういうと、今度はサリバンとルシウスのほうを向いた。

 

「サリバン君と、ルシウス君だったか、君たち二人が、俺とやりたいということだったな。かまわんから、二人できていい」

 

「いいんですか!?」

 

 ルシウスが驚いていった。

 隣でサリバンも続ける。

 

「山犬さん。ダイアスの主席と、トパンズ最強のこのサリバンが相手だということを忘れているんじゃありませんか?」 

 

 山犬はしかしそれに答えず、手合わせのルールを確認した。

 

「ルシウス君はたしか刀剣を使うんだったね。何でも使ってくれてかまわないよ。そこのサリバン君も同様だ。当然のことだが、俺の身体は君たちが剣を全力で振っても傷ひとつつかない。遠慮しなくていい。君たちが俺に一発でも有効だを当てれれば、隊長に口利きでもなんでもしてやる」

 

「それなら」

 

 そこで僕も口をはさんだ。

 

「それなら、僕も加えてください。山犬のあなたに聞きたいことがいくつかあります」

 

 山犬は何人でもかまわないと、つまらなそうにいった。 

 

 ルシウスが確認する。

 

「では僕と、それにサリバンは刀剣でいきます。ではあなたの獲物は? あなたも刀剣を使うのでしょう?」

 

 そこで山犬は、乾いたような笑いを響かせた。

 

「俺が? 君らに刀剣を? 怪異でもなんでもない子供相手に? ハ、ハ。そんなことをしては、俺が”豪胆”に殺されてしまう」 

 

「山犬部隊第二席、”豪胆”サー・バリスタン・セルミーですね」 

 

 サリバンが口添えしていった。

 

「では、あなたは拳で?」 

 

 ルシウスがくわえて確認する。

 

「ああ、まぁ、そうだな。俺は、これでいい」

 

 そういって山犬は右手を掲げ、さらにその右手の小指をたてた。

 

「この小指一本でいい。自己紹介しておこうか。俺は山犬部隊第七席、アルザス・クレイゲン。君たち三人、一度にかかってくることをおすすめする」

 

 

 

 #

 

 

 

 僕と、サリバンと、ルシウスというダイアスの生徒。

 その三人の目の前で、アルザスと言う山犬の男が、軽い様子で立ち小指を立てている。

 まわりではさっきまでルシウスとアイリーを囲んでいたダイアスやルビウムの生徒たちが距離をとり、しかしざわつきながら推移を見ている。

 

 サリバンとルシウスは、用意した刀剣を手にとり、僕はそういう心得はないこともあって拳でやることにした、いずれにせよ1発さえ入ればいい。

 

 この三人にたいして、山犬は右手の小指一本を突き出しているだけだったが、いまやその小指はビキビキと音をたてるくらい血管が浮き上がりまるで硬化しているような印象を与えた。

 

 うかつに飛び込んだら、すぐ殺されそうだ。

 実際に殺すつもりはないようだったが、山犬の発するプレッシャーににわかに動けなくなっていた。

 それはとなりのルシウス・ヴァンディミオンも同様だった。

 

「やああぁぁぁぁっ!」

 

 動いたのは、やはりというか、サリバンだった。

 刀剣を逆袈裟に持って山犬にダッシュする。

 ルシウスと僕もそれに合わせて山犬に殺到した。

 

 サリバンが全力で振った剣撃は、しかし、というかやはり山犬になんなくかわされてしまう。

 山犬は身体をずらし、刀剣を紙一重でかわした。

 

「があああぁぁぁっ!」

 

 そこに僕が叫んで突進した。

 回避後は次の回避が不利になる、はずだったが僕が繰り出した拳はどれも、まるでそこに誰もいないかのように空を切るだけだった。

 

 殴り続ける僕の拳をよけながら、山犬が右手の小指を掲げる。

 

 そのとき、僕と山犬の横からルシウスが刀剣を横一線に振りぬいた。

 

「えぇっ!?」

 

 それは僕の拳をよける山犬に回避させない一撃だった。

 そして刀剣の軌道は、山犬が一刀両断されれば僕まで切り殺される軌道だった。

 事前に剣撃が山犬にダメージを与えられないという説明を受けても僕のほうは反射的にぎょっとして叫び声がもれる。

 

 山犬は、その必殺の一撃の刀剣に対して、小指を高速の刀剣に添えて、そのまま刀剣の軌道を上にずらし、そのまま剣をグルリと回転させて、小指をそえたままルシウスのくびの根元に押し付けた。

 

 小指をそえられて押し付けられる刀剣にルシウスの両腕がカタカタと振るえ拮抗する。

 

「これで今君は死んだ」

 

 そうルシウスにささやく山犬に今度は後ろからサリバンが全力で振りかぶった剣を横なぎにした。

 

 山犬は振られる剣の根元のサリバンの拳に小指をあて、その剣撃をストップさせると、そのまま小指でサリバンの体勢をずらした。

 

「あぁっ!?」

 

 バランスを崩されたサリバンの身体が宙に浮き、そのサリバンの胴に上から山犬が小指を立てた右手を叩き落すと、その小指の腹がサリバンの腹部に突き刺さり、サリバンを地面にたたきつけた。

 

「えっ」

 

 僕が気づき、そうつぶやき声をもらしたときにはすでに山犬の右手が僕の眼前に出現していた。

 その小指は親指でギリギリと縮んだまま緊張して、デコピンの形で僕の額をたたきつけた。

 

 バァン!

 

 そうおおよそデコピンではありえないような炸裂音が響き、僕の身体は宙に浮き、そのまま後ろに吹っ飛ばされ、地面に跳ね返って20mほどゴロゴロころがってやっと停止した。

 

 やっと気がついて、僕が辺りを見回すと、メアリーがこちらにかけよってきていた。

 遠くでは、山犬がつまらなそうにレオニードの娘に尋ねていた。

 

「……よろしいですか?」

 

「ンフ、ンフフ。かまいませんわよ。よくやりましたわね。特にルシウスは無傷で、残りの二人は強く打ったのが気に入りました」

 

 アイリー・レオニードは満足したように笑うと、4人を遠巻きに囲んでいた学生たちに「それでは参りましょう」叫んだ。

 

「大丈夫かいコヨミ!?」

 

 メアリーが僕にかけよってきて、身体を抱えてくれる。

 僕はチカチカする視界にメアリーを見つけ

 

「いってぇ。悪いメアリー」

 

 とお礼を言ったが、そこでメアリーの表情に気づいた。

 

 笑っている。メアリーは、そのときうれしそうに笑っていた。

 まるでいいおもちゃを見つけたように、大物を見つけた狩猟者のような野生的な笑みだった。

 僕はその笑みに、ゾクリと、原始的な恐怖をあおられたように、身を縮める気持ちになった。

 メアリーは僕を抱き起こすと、すぐに立ち上がって山犬に言った。

 

「ねぇ山犬さん! 次は私とやろうよ!」

 

 山犬は、しかしうんざりとしたように、レオニードの娘のほうをチラりとみた。 

 

「ンフフ、やる必要はありませんわ。もう手合わせは終わりました。トパンズの能力のない人間がやっても仕方ありませんものね」 

 

 レオニードの娘は、短くそういって切り上げると、山犬をそばにつけ、居住まいを正したルシウスとほかの集団を引き連れてむかいのほうに歩いていった。

 

「残念だな……」 

 

 メアリは去っていく集団を見ながら、そっけなくそういったのだった。

 そしてサリバンやマットたちが集まってくると気分を変えていった。

 

「まぁ、いいか。それじゃコヨミ。学園の案内を続けるよ」 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。