化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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「鬼のお兄ちゃん」

 

 おののきちゃんが僕の名前を呼ぶのが聞こえる。

 僕はというと、目の前でハーレンホールドの自警団本部であるという巨大ビルが巨木の根が貫き、張り巡らされている異形にしばし呆然としてしまっていた。

 これは、間違いなく怪異側の力であると断定できる。そうでなければこんなことができるわけがなかった。

 一体、何をどうすればこんなことになるのか、怪異という未知の領域に背筋が寒くなるような、床が抜けるような平衡感覚の喪失みたいなものにこのとき僕は呑み込まれていた。

 

「鬼いちゃんってば」

 

「あっ、ごめん、なんだいおののきちゃん」

 

「まったく。でもまぁ呑まれないで、っていうほうが無理な話だよね。これは完全に、僕たち『専門家』の領域だ。その専門家でも、相手が”樹魅”となっては、呑まれるなというほうが無理な相談というものさ」

 

 おののきちゃんは、僕を見上げながら、しかし、何の感情も交えない表情でそういった。

 僕はしばらく呆けた様子でいたに違いない。

 

 僕たちがいたのは街の大通りだが、付近の一般人はすでにどこかへと逃げ去っていた。

 もしかしたらすでに”結界”のようなものがこの場にはられているのかもしれない。

 近くでは、おそらく自警団の男が何か叫んでいるようだった。

 

 やっとのことで、現状を認識して、おののきちゃんに尋ねた。

 

「”樹魅”。そいつがこれをやったのか? それは、何かの怪異なのか?」

 

「そうさ。鬼のお兄ちゃん。怪異ではあるけど、おそらく”樹魅”は人間がベースだって言われてる、年齢はさすがにわからないけど、結構な歳だと思うよ。あのビルを見てもらえればわかるだろうけど」

 

 おののきちゃんは自警団本部のビルを促して続けた。

 

「”樹魅”は木に属する怪異だ。まぁそれも予想でしかない話なんだけどね。でも僕たちの界隈ではそういわれている。あんな桁外れのアナーキストが、かわいい僕の”存在”を移されてるんだ。存在移しはこのハーレンホールドに特大の爆弾を、トロイの木馬を送り込んだようだね。まいっちゃうよなぁまったく」

 

「予想でしかないって? 聞いた感じだと相当危険なやつみたいだけど」

 

「予想でしかないのは仕方のないことだよ。だって今まで”樹魅”を見た人間は全員殺されてるんだからね。死人に口なし、状況証拠的におそらくそうだろうと言われているに過ぎないんだよ」

 

 ゴクリ、と音がしたのは自分の喉が鳴った音だとわかった。

 おののきちゃんはかまわずに続けた。

 

「正直言って、僕は今すぐこの場から逃げる選択肢もかなり有力だと思うよ。だってそうだろう? 確かに”樹魅”は”存在移し”とつながっているだろうけど、僕たちの命がなければ意味のないことなんだからね」

 

 おののきちゃんが、僕に警告するように言った。

 この場から逃げる。確かに、そんな途方もない怪異がすぐ目の前の樹木に貫かれたビル内にいるのだとすれば、一刻も早く退避するべきだというのは僕にもわかる。というか、僕自身も今すぐに逃げ出したかった。

 しかし、今にもひとりでに逃げ出しそうな両足に力を入れて、恐る恐るおののきちゃんに尋ねた。

 

「そしたら、もし僕たちが逃げたら、退避したら、僕たちの”存在”は、どうなるんだ?」

 

「たぶんだけど。その場合は僕たちの”存在”は失われる可能性が高いだろうね」

 

 やはり、というか、おののきちゃんの答えは僕の予想通りだった。

 

「じゃぁ、逃げられねぇよ。行くしかないじゃないか」

 

「即答だね。そんなに前の”存在”に未練タラタラなのかい? 鬼のお兄ちゃん」

 

「ああ。僕の命100個でも1000個でも天秤にかけれないよ。おののきちゃんは、避難してくれてかまわないよ。あのビルには僕一人で入るよ」

 

 今ここで僕が逃げたら、僕はいつか、戦場ヶ原の手で殺されるに違いない。いや、それすら起こらないのか。戦場ヶ原に殺されるなら、きっとまだ幸せなほうだ。

 

 おののきちゃんは、右手の人差し指で自分のアゴを押し上げてしばらく考えていると。

 

「見くびらないでほしいな、このかわいいボクを。鬼のお兄ちゃんが行くというなら、ボクも行くに決まってるじゃないか、鬼いちゃんをこの街につれてきたのは他ならぬこのボクなんだからね。ボクは決め顔でそういった」

 

 そういうわけで、僕とおののきちゃんは、目の前で火煙を上げる、あの巨木の根に貫かれ、張り巡らされたビルの中へと入っていくことになったのだった。

 

 

 

 #

 

 

 

「あまりその”木”に触れないほうがいいよ、いくら不死身だといってもね」

 

 僕とおののきちゃんが自警団本部のビルに足を踏み入れると、外から見てビルを覆っていた木の根はビルの中まで縦横無尽に走っていた。丸太ほどの太さのその根に注意をとられている僕におののきちゃんが言った。

 

「え、そうなのか? もしかしてただの木の根じゃないのかい?」

 

「たぶんその通りだよ。ただの木の根なら、”こんな”風にする必要がそもそもないからね。たぶんこのビルの結界はこれで破られたんだとおもうよ四方八位結界。並の結界師なら数十人単位で束になっても破れるものじゃないんだけどな。あとその”根”、たぶん触れるだけでソウルスティールされるからね。常人なら触っただけで死ぬよ」

 

「まじで!?」

 

 思わず、目の前の木の根から後ずさってしまう、すると僕の後ろにも木の根が張り巡らされていて、さらに跳ね返るように飛び上がってしまった。

 

「うわぁぁっ!?」

 

「はぁ、何をやってるんだい。鬼いちゃんは……」

 

 おののきちゃんに無表情のままでため息をつかれてしまう。

 普通に恥ずかしかった。

 僕とは対照的に、おののきちゃんは、平然と、一切の恐怖心も顔に出す様子はなかった。

 いや、いつも表情はないんだけど。

 

「僕だって、一応気は張っているんだよ。このビルのどこに”樹魅”がいるのかわかったものじゃないからね」

 

「そうだな」

 

 怪異の専門化、おののきちゃんをして、超ド級の怪異とされる”樹魅”。それが、もしかしたら僕たちのいるビルの廊下の影にいるかもしれない。

 そう思うと巨大な木の根で張り巡らされたこのビルの廊下が、さらに異様な空間になったように思われる。

 

 しばらくビルを登っていると、やはり、おののきちゃんの言っていた”もの”が散見されることになった。

 

「全員、”樹魅”にやられたのか?」

  

 僕はカラカラになった喉でそう搾り出した。

 ビルの通路のそこかしこに転がっているのは、ハーレンホールドの自警団の人間の死体だった。

 

 あるものは木の根に全身を貫かれ、あるものは体がバラバラになり、あるものは水分がすべて抜き取られたかのようにミイラのように成り果てていた。

 おののきちゃんは、ビルの人間は全員殺されているだろうといっていたが、実際、人の生気は一切なく、ビルの中は死で充満していた。

 その光景を間近で見ると、胃から何かがせりあがってくるような、周りの空気が僕を食い尽くしてしまいそうな、そういうおぞ気に全身が満たされるような気分になった。

 そのビルの廊下をおののきちゃんは、しかし何もない通路のように、スタスタと歩いていく。

  

「でもたぶん、今までの傾向から考えて”樹魅”がいるのは38階の”オークション”倉庫なんじゃないかな」

 

「オークション倉庫? ってことは、5年大祭のオークション品が狙いなのか?」

 

「金品目的ということはないだろうと思うよ。いまさらすぎるし、手間がかかりすぎてるからね。ハーレンホールドのオークションともなると、霊的な品物もずいぶんと取り扱われるんだよ。禍つ蛇のミイラとかレメゲドンの涙とか、だからこその四方八位結界のこの本部ビルにおさめられてたんだけど、中でも、賢者の石とかね、いかにも”樹魅”が狙いそうなものだよ」

 

 

 

 #

 

 

 

 38階。自警団本部ビルの最上階の二つ下、オークション倉庫へつくと、分厚い扉の向こうから、断続的な金属音と、叫び声が聞こえてくるのがわかった。

 

「おい、おののきちゃん」

 

 僕がそういうと、おののきちゃんはコクリと首を縦に振った。

 

「うん、まだ誰か生きてるみたいだね。急ごう」

 

 僕とおののきちゃんが、目の前の分厚い扉を開けると、部屋の中から、熱気と充満した血の臭いが流れ出してきた。

 その熱気を振り払って巨大な部屋の中を見ると、そこはもはや地獄のようだった。

 

 ところどころに、オークションの品が、柱の上におかれるように配置されているが、それ以外は、あの樹の根が部屋の壁のいたるところから飛び出し、その部屋の中では数十人の人間がすでに絶命したあとだった。

 

 バラバラになっているものや、血がすべて抜かれたようなものや、巨大な樹の根に体が半分埋まったまま絶命しているもの、オークション倉庫は、人の死であふれていた。

 

 ギン! ガキン! という音をさせていたのは、部屋の奥、血煙でかすんだ部屋の向こうの二人の人間だった。

 

 片方は左手に剣を持ち、その剣をもう一人の人間に振るっているところだった。

 しかしその剣はすでに停止していた、もう一人の人間の右手から生えた”樹”がその黒い枝を盾にして剣撃を遮っていたのである。

 

 おののきちゃんがその光景を見てつぶやいていった。

 

「うわ、あれが”樹魅”だよ。はじめてみちゃったな。しかももう一人は”天剣”じゃないか」

 

 おののきちゃんがそういうのを聞いて、僕もふたたび目をこらした。

 

 ”天剣”。確か、”山犬部隊”第三席、サー・ジェイム・ラニスターである。

 そしてもう一人が”樹魅”。腕から樹生えているのは見てわかるが、そのほかにも体の回りに樹のようなものがフワフワと漂っているように見える。

 

 その剣撃を腕から生えた”樹”に遮られた山犬は、次の瞬間、すでに”樹魅”の斜め後ろで左手の長剣を振りかぶっていた。

 その動きは、吸血鬼の目でもとらえることができなかった、そして長剣が振りかぶられたその左手も、次の瞬間にはとらえることができなくなっていた。

 

 しかしその剣撃が”樹魅”を捕らえることはなかった。

 樹魅の周りをフワフワ漂っていた樹がその長剣を受け止めたかと思うと、急に、爆発的に膨れ上がり、その長剣から根を走らせ、天剣の左腕を刺し貫いた。

 その浮遊樹は、手を刺し貫いただけではなく、急激にその手の血液を奪っていた。

 天剣の左手が瞬間的にミイラのようにカラカラになってしまった。

 そのままでは、全身が乾いていただろうが、その樹の枝が貫いた天剣の左腕は、すでに肩口から切り落とされて左腕単体になっていた。

 

 長剣を右手に持ち替え、浮遊樹に血液を抜かれきった左手を、その長剣で切り落としたであろう”天剣”は、すでにその動作を終了していた。

 右手の長剣が振りぬかれたかと思うと、右手の長剣を振りぬいた天剣の正面で、その瞬間に、樹魅の身体が40個ほどの肉片にバラバラに切り裂かれた。

 

 その光景を見て、おののきちゃんが部屋の中に向かってダッシュした。

 

「おののきちゃん!?」

 

 バラバラに切り裂かれた樹魅の身体は、しだいに樹へと、樹そのものへと姿を変え始めた。

 それは、樹魅ではなく、樹魅の身体の形を正確に、精巧に模した模造樹だと僕が気づいたときには、天剣の左手側から飛び出していた巨木の根からさきほどの樹魅がまるで水の中から出るように姿をあらわし、右手を天剣の背中に押し付けた。

 

「ブッ……ウグッ……」

 

 その次の瞬間には、天剣の身体から数十本の樹の根が飛び出し、天剣は口から血を吹き出してその場に倒れ、そのまま絶命した。

 天剣が地面に倒れるのとほぼ同時に、樹魅の背後の左上あたりに滞空していたおののきちゃんが、樹魅の背後から右手ひとさし指を突き出していた。

 

「先手必勝、”アンリミテッド・ルールブック”」

 

 僕の目の前のはるか先で、おののきちゃんの一刺し指が、瞬間的に、爆発的に巨大化し、樹魅に疾走した。

 

 ドォン! と巨大な鉄球が衝突したような爆音と、衝撃波が広い部屋を揺らした。

 

 おののきちゃんの放った巨大な人差し指は、しかし樹魅を貫けなかった。

 樹魅が後ろ向きに右手を掲げると、その右手から樹の枝が伸び、樹魅とおののきちゃんの巨大なひとさし指の間で黒く変色、さらにビルを貫く巨木につきささり、樹木の盾となっておののきちゃんの必殺技”アンリミテッド・ルールブック”を防いでいたのである。

 

 おののきちゃんは、その状況に、しかし動じることなく、無表情につぶやいていった。

 

「へぇ、硬いね。僕の”アンリミテッド・ルールブック”鋼鉄くらいなら紙みたいに貫けるんだけどなぁ」

 

 おののきちゃんが滞空したままそういうと、後ろ姿の”樹魅”はそのままで、話した。

 かすれた、耳から脳を貫くような、しかし美しいといえるようなそういう声色だった。

 

「アマルファス、というものがある。ダイヤより硬く、鉄より靭性がある、炭素構造、私の”樹”はアマルファス構造に転換される」

 

「ふぅん。やるもんだね」

 

 おののきちゃんがそう軽口を言うのと、「そして」と、樹魅があの底冷えのする声で言うのは、ほぼ同時だった。

 

「そして、私の”樹”に”素手”はよくなかった。アア……」 

 

 ”樹魅”がそういい終わるのと遅いか早いかだった。

 おののきちゃんの”アンリミテッド・ルールブック”を受け止めた黒い樹から根が伸び、おののきちゃんの巨大化した指を貫き、そのままおののきちゃんの身体を何十本もの樹が貫いてその小さな身体から飛び出した。

 

「あ、アアアァァァアアアッ!?」

 

 叫び声、それは僕のものだと気がついた。

 おののきちゃんが、あのおののきちゃんがいとも簡単に殺されてしまった。

 そして気がついたときには、その僕の叫び声はかすれているのに、同時に気づくことになった。

 

「アアァアッ!? アグッ…… カハッ!」

 

 僕の口から、胃からせりあがった血液が巻き散るのがわかった。

 見ると、部屋の向こうの樹魅が右手に握った黒い、アマルファスの樹剣が樹が伸びるようにして伸長し、その黒い刃で僕の心臓のとなりを貫いているのだった。

 

「アッ…… グッエアッ……」

 

 うめき声にならないうめき声をもらして、膝の力が抜け、オークション倉庫の床に膝をついてしまう。

 気がつくと、ダイヤより硬く鉄より強い、黒い樹剣で僕を貫いた”樹魅”が僕の目の前に立って、僕を見下ろしているのがわかった。

 その左手には、赤い、かなり大きい宝石が握られている。

 

「小さな子よ。小さな子は生きたいかな?」

 

 樹魅が、あの耳を刺し貫くような声で尋ねてきた。

 あやすような、だますような声だった。

 僕はその声だけで気を失ってしまいそうだった。

 

「僕の、僕の”存在”を返せよ……」

 

 かすれる声で、そう返すのが精一杯だった。

 ”樹魅”は僕がそういうと、一泊おいて。

 

「ではお子が”アララギコヨミ”か、アア……」

 

 その名前を聞いて、心臓がひときわはねた。

 

「返せ!!」

 

 再度要求する。

 それは嘆願だった。懇願だった。哀願だった。

 自分の命をいくつ天秤にかけても帰りたい場所への、かけねなしの願いだった。

 僕のかすれながら叫んだ口から飛び散った血が、樹魅の靴にかかった。

 目の前の、この”怪異”に、僕の懇願を察することはなかっただろう。

 

「生きたければ、お子の”故郷”を教えたまえ」

 

 ”樹魅”は再び、僕に尋ねた。

 

「は? 何を……」

 

「教えれば、少し生きる。教えなければ、今死ぬ。お子にはわかるだろう。ア、アア……」

 

 もうひとつ、会話がかみ合わなかった。

 こいつは、何を言っているんだろう。一体何が目的なんだ?

 

「教えねぇよ…… 誰が売れるか」

 

 いずれにせよ、この”樹魅”に、このビルを死で満たした怪異に自分の故郷を教えても、いい結果には絶対にならないと、そう断定できた。

 すると樹魅は、今度はその右手で、僕の首をやさしく握った。

 

 瞬間、痛みのない、しかし明らかな違和感が身体に走った。

 ”樹魅”の右手から発生した”樹”が、ボクの身体に入りこみ、今心臓のまわりを囲んでいる。

 だがしかし痛みはまったくない。

 それらのことを僕が飲み込むと、再び樹魅は口を開いた。

 

「お子はわかっていないようだ。不死性など、どうとでもなる。永遠に血を吸われ続けるか? この心縛樹は、すぐにもお子を枯らすだろう。故郷の位置を、私に教えれば生きられる。ア、アアア……」 

 

 こいつは、僕の身体の不死性を、当たり前のように看破していた。

 それでもやはり僕には、樹魅のいっていることがわからなかった。

 しかし、その意味は次にすぐにわかることになった。

 

「お子の故郷を消せば、お子は声を絞るだろう。ア、アアア…… 美しく響くだろう」

 

 その言葉を聞いて、”樹魅”の樹に囲まれた僕の心臓は、さらにはねることになった。

 

 こいつ、僕の故郷を、街を、消し去るつもりなのだ。

 戦場ヶ原を、羽川を、妹たちを、学校も、家ももろもろすべてを。

 本当にとんでもない”怪異”だった。災厄を気が向いたままにまくような。

 

 目を見開く僕に”樹魅”はなだめるように口を開いた。

 

「さぁ……」 

 

 おそらく、こういうやり取りはこれが初めてじゃないに違いなかった。

 樹魅のしわがれた、しかしみずみずしい表情からは何の感情も読み取ることができない。

 僕は震える体で右手を顔の前に上げて、それを自分の胸に当てて、精一杯にこわばった顔で言った。

 

「……悪いな。謹んでお断りするよ」 

 

 ”樹魅”は、しかし何の感情も見せず、しばらく僕の顔を見つめて

 

「では、私の”樹”が、お子をあますところなく貫く、永久に死に続ける」 

 

 僕の視界は赤くなっていたが、僕はこわばった笑顔から、震えながら口を動かした。

 

「へ、ファック・ユーだ」

 

 瞬間、体中に激痛が走った。

 

「がああぁぁぁぁああっ!!」

 

 肺がつぶれ、空気が押し出される。

 

「あああぁぁぁっ!! がっ……ああああ!!」

 

 樹魅の樹が、僕の体中を刺し貫き、肺をやぶり、体液を奪い、

 そのまま僕の視界は真っ暗に塗りつぶされたのだった。 

 

 

 

 #

 

 

 

「お前様、お前様よ」

 

 それからどれくらいの時間がたったか、さっぱりわからない。

 僕は、僕を呼ぶ忍の声で、再び目を開くことになった。

 

 まぶたに白い光が差し込む、それは、先ほどのオークション倉庫の蛍光灯だった。

 そして肌が、あの血煙のただようムっとしけった空気の嫌悪感を伝えてくる。

 

「忍、か…… 僕は?」

 

 ”樹魅”の樹に身体を幾重にも貫かれていた身体を、起すことができた。

 僕が身体を起こすと、僕の目の前に、金髪幼女、そして吸血鬼の忍の姿を見ることができた。

 

「お前様、ワシがおらんかったら永久に血を吸われ続けるところじゃったのう。カカカ。お前様に根を張っておった樹は、ワシが”エナジードレイン”ですべて頂いてしもうたぞ。まさか叱りはせんじゃろうな? カカカカ」

 

 忍は、その童顔をボクに近づけ、とがった歯をキラキラさせながら、さめざめと笑った。

 

「ああ、あとでいくらでも頭をなでてやるよ。あいつは? ”樹魅”は?」

 

 僕はそういって、おそるおそる樹がはりめぐらされた広い部屋を見回した。

 

「”樹魅”ならいないよ。鬼のお兄ちゃん」

 

 そういったのは、式神人形の斧乃木余接であった。

 おののきちゃんを刺し貫いていた木々はどこにも見当たらず、その傷口もなんとかふさがれているようである。

 

「後期高齢者の世話になってしまったよ。たまには役にたつもんだなぁ」

 

「ハッ。助けてもらってその物言いかい。教育がなってないのう」

 

「言っちゃなんだけど後期高齢者もあの場所に居合わせればボクたちと同じようになっていたことうけあいだよ」

 

 言い合う二人を制してたずねた。

 

「あれからどのくらいの時間がたったんだい? ”樹魅”はどうした?」

 

 言い合っている二人だったが、それは中断し、おののきちゃんがこちらを振り向いた。

 

「たぶん、僕たちが殺されてすぐだよ。”樹魅”はたぶんもうこのビルにはいないよ」

 

「追えるか?」

 

「耳を疑うよ。鬼のお兄ちゃん。”樹魅”を追うのかい?」

 

「ああ、追うよ。追うしかないじゃないか」

 

 

 

 #

 

 

 

 樹魅は、しかし、すぐに見つけることができた。ビルを出た大通りの先である。

 まわりには誰もいない様子で、殺したのか、退避したのかはわからないが、樹魅の身体にまとわりついた血の臭いをおののきちゃんが追って、ビルから出た僕たちが大通りを走ると、ほどなくして黒い帳が下りた人気のない大通りに、”樹魅”が立っているところにたどりつくことができた。

 

「……」

 

 樹魅は、僕たちの存在には当然気がついているだろうが、しかし何も話さなかった。

 しばらくすると、僕たちの後ろから増援を受けた自警団が到着するところだった。

 

 樹魅は、しかしそれに何の反応も見せず、左手の赤い石を転がしているだけだった。

 

 おののきちゃんがその赤い石を見ていった。

 

「あ、あなたが欲していたのは、やはり賢者の石だったんだね」

 

 おののきちゃんが、そういうと、”樹魅”はこぼすように、ポツリと言った。

 

「しかし、不完全、偽者だ。アア…… それは、美しくはない」

 

 ”樹魅”は左手に賢者の石なる赤い輝石を転がしていたが。

 ふいにその石がとまった。

 

「ならば、作るしかない」

 

 樹魅がそうこぼすと、樹魅の左手で転がされていた石が、白く発光し、まるでロケットのように、その左手から空に急加速して疾走したかと思うと、しばらくして、はるか上空に飛んでから、大爆発した。

 

 それは、はるか上空でなければ、このハーレンホールドをすべて包むような大爆発だった。

 不完全、そう樹魅は言っていたが、到底納得ができない規模だった。

 

 空が明るく照らされ、白く赤い爆炎がうねりながらさらに空に伸びていく、次に衝撃波で大通りの建物が激しく揺れはじめた。

 

 長い、大規模の爆発が終えると、あたりは静まり返るようだった。

 僕が気がついたときには、さっきまで目の前にいた”樹魅”の姿がどこにも見当たらなくなっているのがわかった。

 

「おい、見当たらないぞ。”樹魅”はどこに行ったんだ?」

 

「街の中心地にいったということはないはずだから、たぶんハーレンホールドの北西の山間の森に逃げたんだろうね。いや、逃げたんじゃなくて、移動したっていったほうがいいかな。むしろ僕たちが逃げるべきなんだし」

 

 

 そのあと、上空の大爆発から立て直した自警団が50人ほどでこちらにかけよってきた。

 自警団の面々は落ち着きを失っているようだが、しかし状況確認のために僕たちを尋問した。

 その質問はいくつもあった。  

   

「あのビルはどうしたんだ」

 

「本部には、”山犬部隊”の三席と八席がいたはずだが」

 

「”おののき”はどうした」

 

 それらの質問に、おののきちゃん、彼らの前ではカゲヌイヨツギだが、と僕で答えた。

 あのビルの異形、あれをやったのは”樹魅”で、山犬部隊の第三席がやられたところは僕たちが目撃したが、ほかが全員ころされていたところを見ると山犬部隊の第八席はすでに殺されていたに違いない。

 山犬部隊第三席、”天剣”が殺されたことを伝えると、自警団の面々は信じられない様子だったが、その後に”樹魅”の名前を出すと、それぞれ、確認は必要だという声もありながら、なんとか納得したようだった。

 

 自警団の男が次に聞いてきた。

 

「それで、”樹魅”は? おののきはどこへ?」

 

 そのとき、”存在移し”のことは告げてはいなかった。

 樹魅は森へ入り、存在移しについては今は混乱を生むだけだと思ったからだった。

 

「”樹魅”は北西の森に入ったようです」

 

 僕が言うと、おののきちゃんがそれを受けて言った。

 

「いや、追うしかないだろうね。それは自警団として、殺されないように”樹魅”の足取りをつかんでおかなければならない。もともとの僕の役割としても、それはやらなくちゃならないことだよ」

 

 目の前の自警団に面々いわく、このハーレンホールドの自警団の上位組織、”山犬部隊”の第三席”天剣”サー・ジェイム・ラニスターをやれるとなると、もう”山犬”の主席、第二席でなければ”樹魅”を殺すことはできないということだった。それは僕も納得できる、少なくとも自警団では傷ひとつつけることはできないだろう。

 

 しかし、”樹魅”の足取りを追うことくらいなら、できるハズである。”樹魅”の「作るしかない」とはどういうことかわからなかったが、あいつの足取りを追うのは、自警団としても、そして僕個人としても目的の合致するところである。

 

「おののきちゃん」

 

「なんだよ鬼いちゃん。まぁ何を言いたいかっていうのは大体推察できるんだけど」

 

「それは重畳だ。僕も一緒に捜索に加わらせてくれよ。ダメだっていっても、一人でもやるからな」

 

「はぁ。いっとくけど、”樹魅”にはその後期高齢者のこともバレてるだろうからね。同じ手は通用しないよ」

 

「死んだら死んだだよ。どの道死んでるようなもんなんだし」

 

 そういうわけで、自警団の面々と忍を影に潜ませた僕とおののきちゃんは、見失わないうちに急いでハーレンホールドの北西の森へと向かったのだった。

 

 

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