化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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「ただいまー」

 

 とりあえず自宅についた。

 月火ちゃんに今日戦場ヶ原をつれて帰ると連絡してから、ノータイムで返信された、じゃぁスーパーでひき肉とトマトを買ってきてというメールを確認し、戦場ヶ原につれられてドーナツ屋で新作のドーナツを注文して、少しばかり宿題を進め、

帰り道のスーパーでひき肉とトマトともろもろのものを買ってから、

夕日がそろそろ地平線に沈んでしまいそうな時刻になっての帰宅である。

 

 玄関口から廊下に向かって帰宅を告げると、

ちょうど向かいの右手のドアから月火ちゃん、僕の二人の妹のうちの一人がひょっこりと顔を出した。

 

「おかえりおにいちゃん。いっておいたものは買ってきてくれた?もし忘れたってことだったら、夕食のメニューをちょいちょいっと変えちゃうから気にしなくても大丈夫だよ」

 

 なんで僕が頼まれ物を忘れてる前提で話が進むのか若干の疑問を感じながら、右手にもったスーパーの袋を少し持ち上げて見せる。

 

「忘れてなんかないよ。月火ちゃん。それじゃぁ戦場ヶ原、上がってくれよ。たいしたおもてなしもできなくて申し訳ないけどさ」

 

「お気遣いなく、ではお言葉に甘えてお邪魔します」

 

 と、戦場ヶ原がそういったところで、戦場ヶ原を見る僕の視界の隅っこから、それは月火ちゃんが顔を出していた扉から、何かが飛び出してきた。

 

 飛び出してきて、こちらにむかって全速力で走ってくる。

 そして全速力で走ってきた火憐ちゃんが、頭からキャノンボールよろしく僕の丹田めがけてめり込んできた。

 

「おかえりにいちゃーん!!」

 

 砲弾が腹で爆発する代わりとでもいうかのように、そう叫んで飛び込んできた火憐ちゃんの運動エネルギーは一足先にほとんどすべて僕のほうへと移っていたわけで、

ちょうどビリヤードの玉が別の玉にあたったかのように、

火憐ちゃんは水平に直立したようなポーズのまま停止して、

代わりのボール、その場合はつまり僕のことなのだが、

は肺から空気を吐き出しながら後ろに吹き飛び、

ゴロゴロ後ろに転がりながら、

サっとよけるガハラさんを横目に玄関を飛び出し、向かいの道路の石垣にぶつかって停止した。

 

 そうしている間に、月火ちゃんがたったったったと玄関まで歩いてきて、僕の手から零れ落ちたスーパーの袋を手に取った。

 

「ひき肉に、トマトに、あ、卵もあるね。戦場ヶ原さん、それじゃあ上がっちゃってください。今夜はロコモコハンバーグにしますねー」

 

「じゃぁ遠慮なく、ありがたくご相伴にあずからせてもらうわね。さすがあららぎ君の妹さんだわ、とてもよくできてるのね」

 

 その僕がちょうど今ありえない勢いで突き飛ばされたのを見てそのセリフかよ。

 僕はちょっとふらつきながら改めて帰宅した。

 

「いやー、ごめんよ兄ちゃん。兄ちゃんの彼女が来るって聞いたらどうもいてもたってもいられなくってさ」

 

 火憐ちゃん、気持ちはわからんでもないがだからと言って僕に人間玉突きをしてしまうのはお門違いというものだぜ。

 

「気にしないで、ここ一月で一番心躍る見世物だったわ。これが日本のおもてなしの精神なのね」

 

「こんなおもてなしがあってたまるか、というか心躍るっていったのガハラさん!?」

 

「仲良きことは美しきことかな」

 

「仲良しカテゴリにおさめられてるー!?」

 

「え、そうだった?じゃぁ結果オーライってことで、よかったよかった」

 

 火憐ちゃんは両手を頭の後ろに回してニヒヒといたずらっぽく笑っていた。

 戦場ヶ原も火憐ちゃんも喜んでいるっていうのはいいんだけどこれじゃ僕の体が持たない。

 さすがにこういうおもてなしは二度とごめんだぜ。ってこんなのはおもてなしじゃねぇよ!!

 

 

 家の中で立ち話もなんだったので、とりあえず戦場ヶ原をうちのリビングに通して、テーブルのイスに座ってもらった。

 

「それじゃぁ戦場ヶ原はこっちに座ってくれよ」

 

 それでその隣が僕で、向かいには火憐ちゃんと月火ちゃんが座ればいいわけだ。

 

「ありがとうあららぎ君」

 

 戦場ヶ原はそういって、慎ましやかに僕がうながした席に腰をおろした。

 

「それじゃぁ失礼して、よっこらせっくす」

 

 といいながら。

 ガハラさんガハラさん、今日はなんだか下ネタが多くありませんか?

 僕は別にかまわないけどさ、うちの妹はまだ中学生だし、ちょうど夕食前だぜ。

 イスに座ったガハラさんはそんな僕の頭によぎった考えを直接見たかのような表情で涼しい顔で口を開いた。

 

「あらごめんなさい、つい普段あららぎ君に言わされてることが口をついて出てしまったわ」

 

「自分の身を削ってまで僕を攻撃した!?」

 

 捨て身である。

 

「って僕がそんなこと言わせてるわけないじゃないか!!」

 

「うわー兄ちゃん引くわー」

 

 向かいに座った火憐ちゃんが素直に軽蔑したような視線を僕に向けていた。

 しまった、発言の信憑性においては僕より戦場ヶ原のほうが圧倒的に上だった。

 月火ちゃんが料理を作るためにキッチンにいるのがまだ救いである。

 

「違う!僕はそんなことを普段から言わせてはいない。だよな戦場ヶ原?」

 

「そうね。そうだったかもしれないわ」

 

 そこをあいまいにしないでくれ。

 

「ごめんなさい。妹さんを前にしていつもよりちょっと強気なあららぎ君」

 

「僕の心理を読むのはいいけどそのまま口に出すのはやめてください!」

 

「わかったわあららぎお兄さん」

 

「なんで戦場ヶ原が妹口調に!?」

 

 毒舌の妹とか倒錯的すぎるだろ。

 

「それで火憐ちゃん。今日は学校はどうだったんだい。変わったことはなかった?」

 

 麦茶を飲んで、僕が火憐ちゃんにたずねた。

 火憐ちゃんはテーブルの上空に今日の出来事の記憶を探すように目線を遊ばせると

 

「そうだなー。学校では特に変わったことはなかったかなー。私が体育の授業で先生をぶん投げたことぐらいと、月火ちゃんが男子から告白されたくらいでさ」

 

 火憐ちゃんは相変わらずなにか事件はあったかとゆっくり視線を泳がせている。

 おいおい。それらは大事件とはいかないまでもそこそこには、少なくとも中事件くらいには事件性があるんじゃないか?

 というか月火ちゃんにはすでに彼氏がいるだろう。僕はまだその男を認めちゃいないが、

月火ちゃんに告白をしてきた男子というのはそれを知った上でのことだったのか?

 略奪愛なんて最近の中学生はませてるなぁ。

 

 大体略奪愛なんていうけれど、それって本当にそのような単語そのままに成立するんだろうか?

 だってすでに相手がいる女の子に自分との交際を迫るわけで、それはもちろん相手の仲を裂くことになるわけだし、

よしんばそれで今相手が付き合っている男子よりも自分が幸せにできるのだと分析したとしても、

彼女はその過程で一度明確に裏切りをはたらかなければならないのであって、

それは健全な作法としてカウントしていいものなのかというのはそもそも疑問なんだよな。

 だから月火ちゃんがその男子を振ったというのは至極納得の行く話である。

 まてよ、月火ちゃんはその申し出を断ったんだよな?僕はその部分をまだ聞いてないぞ。

 

「そんなことより私たちの放課後の話を聞いてほしいね!」

 

 火憐ちゃんが目を輝かせる。

 

「栂の木二中のファイヤーシスターズですものね。私も話には聞いてるわよ」

 

 と戦場ヶ原。

 

「戦場ヶ原、あんまりこいつらを持ち上げるのはやめておいてくれよ。あんなのはこいつらの中二病的なごっこ遊びなんであって、それだって僕は実際のところあまり感心してはいないんだよ。危険なことに首をつっこんでほしくないっていうのはごく一般的な感情ってもんだろ?」

 

「中二病とは聞き捨てならねーな兄ちゃん!私たちは私たちの正義にしたがって行動してるんだよ。事件を解決したらしたでちゃんと感謝もされてるんだからな」

 

 ガハラさんはというと、何か意味ありげな視線を僕に向けている。

 ふぅん、あららぎ君がそういうことを言うんだとでもいうかのような視線だった。

 あれ?もしかして火憐ちゃんと月火ちゃんのそれはいわゆる血というやつなのか?

 いやいや、そんなことはないはずだ。

 

 火憐ちゃんが言っている途中で、月火ちゃんがキッチンから夕食を運んできてくれた。

 今日の夕食は予告どおりのロコモコハンバーグだった。

 あとはトマトとレタスとたまねぎのサラダに、カットされたフランスパンがそえられている。

 低炭水化物なメニューだった。そういえば最近はやってるんだっけ。

 

「ほら、最近でいったら」

 

 月火ちゃんが一指し指をピンとたてて言った。

 

「うちの中学含めて3つの中学でちょっとした抗争みたいなことがあってね。結論から言うと、

結局全員火憐ちゃんがのしちゃったんだよね」

 

「あららぎ君に聞いてるわよ。火憐ちゃんは空手を習っていて、すでに有段者で有望株なんだとか」

 

「いやーなんだか照れちゃうなぁ。でも私もまだまだお師匠にはかなわないからね、精進あるのみだよ」

 

 火憐ちゃんは右手で頭をかくようにしてニヒヒと笑っていた。

 いや、どんだけ強いんだよそのお師匠とやらは。

 というか裏を返せばそのお師匠さん以外にはかなうととれるんじゃないか?

 

 火憐ちゃんは自称ファイヤーシスターズの戦闘担当である。

 しかも中学生にしてしっかりと実力がともなっているのが余計にたちが悪かった。

 月火ちゃんのつきだした人差し指はそれ自体が意志を持っているかのように、どうだといわんばかりにグイーンと胸を張っていた。

 

「それはそれとしてさ」

 

 さっき気になったことを聞いておきたかった。

 

「月火ちゃん。火憐ちゃんの話では、彼氏以外の男子に告白されたんだってね。いや、もちろん断ったんだと思うんだけど、そこらへんのことをちゃんと聞かせておいてくれよ」

 

 半熟卵の乗ったハンバーグを口に運んでいた月火ちゃんが

 気がついたようにハッした表情になる。

 

「そうだねー、私としては好きだといってくれるのはうれしいから、本当はそういう人たちみんなとお付き合いしてあげたいって思うよ」

 

「月火ちゃん、それは博愛主義が強すぎるってもんだぜ」

 

 というかはぐらかさないでどうだったのか教えてくれ。

 

「そういうときは自分とタイマンして勝ったやつと付き合うっていうのはどうだい?」

 

「火憐ちゃんは闘争本能が強すぎるよ!」

 

 というか中学生で、というか中学生のくくりがなくても火憐ちゃんに勝てる男子なんてそこらにいるのだろうか。いるとしたら豪鬼とかそういう類の人間なんじゃないだろうか。

 

「それより男たちを殺し合わせて生き残った一人を選べばいいんじゃないかしら」

 

「戦場ヶ原は猟奇性と残虐性が強すぎるーっ!?」

 

 というか僕の彼女だった。

 

「ちなみに生き残った男が気に入らなければそいつも殺すわ」

 

 そうかよ。

 というかそれだと僕は少なくとも戦場ヶ原に気に入られてはいるってことなんだよな。

 もしそうだとしたらそれは光栄というかなんというか。ともかくありがたいことだ。

 

「それに中二病とあららぎ君は言うけれど、実際のところ私たちも中学生のときはそうだったと思うわよ?」

 

「いやいや、僕は中学時代にファイヤーなんとかなんていって手当たりしだいに事件を解決しようなんてしてなかったけどな」

 

「そうね、あららぎ君は今だって現役バリバリだものね」

 

「そうかな、僕はこの二人のような括りで動こうって気はこれまでも微塵もなかったぜ」

 

「ふぅん、あららぎ君ってそうなんだ」

 

 少し笑ったような目で見られると、なんだかむずがゆくなってしまう。

 

「私だって一昔前は、かわいい人語をあやつる動物を服従させたり、重力を自在にあやつれたりしないかなーって、思ってたことがあるわよ」

 

 それは意外だな。戦場ヶ原といえば、3歳を過ぎたあたりからサンタクロースの不在を看破し、

夜中に自分の枕元に現れる不審な人間など逆に罠にかけて捕獲して問答無用で警察に突き出してやろうくらいのことを考えるくらい、クレバーなやつって印象だったけど。

 

「あららぎ君だってそうだったんじゃないの?鬼の力を手に入れたいとかそういうことを考えてたんじゃないかしら」

 

「どうだったっけな。よく覚えてないや」

 

 それはなかなかにギリギリな質問だ。実際のところそういう力みたいなものに思いをはせたことはあるが、

事実、本当に不本意な経緯を経てだが鬼の力は僕の体に宿ってしまっていた。

 自然に少し目が泳いでしまう。

 

「兄ちゃんは小学生のころはよくわからないおもちゃのベルトを巻いて走り回ってたよな」

 

「それで結局火憐ちゃんにジャンプしてからの斜め45度のキックを食らって甲高い声を上げて倒されてたんだよね」

 

「僕の恥ずかしい過去をさらりと暴露するのはやめてくれ!」

 

「いいえ、あららぎ君なら鬼の力よりも、透明人間になりたいなんて思ってたんじゃないかしら?」

 

「えー!お兄ちゃんそんなこと考えてたの!?」

 

 月火ちゃんと火憐ちゃんがそろって両手で自分の体を抱きしめるようにしてかばった。

 ちょっと待ってほしい、それに関する僕の異議申し立てはふたつだ。

 まず僕が仮に透明人間になったとして、なぜそれを女体をのぞきみようというエロ方面に集中的に使うだろうと思われているのかということ。

 つぎに火憐ちゃんと月火ちゃんは普段からわりとそこそこきわどい格好で家の中をうろついているということ。

 ついでに三つ目は男なら誰だって一度は透明人間になりたいと思うってことだ!!

 それは偏見ではないと思いたい。

 

「そういえば私たちにも兄ちゃんの学校の話は耳に入ってるよ」

 

「ん?なんだい火憐ちゃん。もしかしたら詳しく話せるかもしれない」

 

「ほら、あの人だよ。イギリスからの留学生の、エルザ・フォン・リビングフィールドさんだよ」

 

 ドキリとしてしまった。

 

「お兄ちゃんの高校ではすっごい人気者になってるんだってね、でもそれはお兄ちゃんの高校にとどまらないよ。うちの中学でも結構話題になってるもん」

 

 と月火ちゃん。

 

「そうなのかい?まぁ彼女は目立つからね。金髪だって珍しいしさ」

 

 どうやら彼女の話題というのはうちの高校にとどまらず、妹たちの中学にまで伝播しているようだ。

 火憐ちゃんが思い出したように話を続けた。

 

「そうそう、そのエルザさんも片手間で学校外のごたごたにちょいちょい首を突っ込んだことがあるらしくってさ、それも即解決しちゃうんだって。なんでも市長にも顔が利くらしくって、あの手この手で大体のことはちょちょいとやっちゃうって話だよ」

 

 市長に顔が利くって、僕は市長が誰かさえもよくしらないぞ。

 そういえば彼女はイギリス貴族の中では社交界の星とまで言われていたらしいけれど、もしかしてそれはイギリスの政界にだって顔が利いたりするのだろうか?

 それだったらこんな辺鄙な片田舎の一市長にホットラインを設けることも不可能ではないのかもしれない。

 

「ねぇねぇ、エルザさんってどんな人なのさ!!教えてよ兄ちゃん」

 

 火憐ちゃんが目を一段と輝かせている。

 でも僕は彼女とクラスが違うし、そこまで接点があるわけじゃないんだよな。

 

「んー。ほとんど話したことはないけど、いい人だと思うぜ」

 

 というのは火憐ちゃんと月火ちゃんも想像のつきそうなことだった。

 二人はさらに立ち入って聞いてきたのだが、結局僕も二人以上に何か知っているわけではないので、隣のクラスの生徒がちょっと見かけて、ちょっと知っているだけのどうでもいい情報が挙がるばかりだった。

 

 夕食を食べ終わって、僕と戦場ヶ原はテーブルのそばのソファに隣に腰掛けていた。

 火憐ちゃんはテーブルで携帯電話を操作し、今日の食事当番の月火ちゃんは夕食の後片付けをしてくれていた。

 

「ねぇあららぎ君、さっきの話だけれど」

 

「さっきの話って、どの話だよ?」

 

 そういえば結局月火ちゃんは別の男子の告白をどう処理したのか聞けていなかった。

 

「ほら、透明人間になれたらって話。あららぎ君は、もし本当に透明人間になる能力があるとしたら、どうする?」

 

「え、どうするって…」

 

 どうするだろう。男のロマンをそのまま行動に移すだろうか?実際のところ、透明人間になったらどうしますかといわれて、すぐどうするってことはあまり思いつかないな。

 

「私のシャワーシーンをねめまわすように凝視しようだなんて、あららぎ君はつつましい変態なんだから」

 

「そんなことは一言もいってないぞ!それに変態につつましいと一見人のよさそうな形容詞をつけたところで逆にただの小さい印象のやつになってるだけじゃないか!」

 

 そう、そんなことは一言も言ってはいない。

 チラリと頭をよぎったとはしても、だ。

 

「でも結局、あららぎ君は私のシャワーシーンをのぞくことさえできないと思うわ。小さいから、あららぎ君は」

 

「どうせ僕は度胸のない人間だよ」

 

「あら、私はほめているのだけれど、あららぎ君の素敵な小ささについて」

 

「まったくほめられてる気がしないぞ」

 

「だってそうでしょう?普通の人間が、透明人間になったとしたらどうすると思う?予想でしかないけれど、きっとあららぎ君が想像したような欲望を実行にうつしたり、誰かにいたずらをしたり、そういうことをするんじゃないかしら」

 

「うーん、そうなるのかなぁ」

 

 でも実際そうなのかもしれない。透明になれるという能力は、基本的には日常生活において必要とされない能力ということになるのだろうか。

 

「つまり人間っていうのは、本質的にはアナーキーなのよ、いろんなものに縛られているから、一見人畜無害なようであって、もしかしたらそれはそうせざるをえないからそうだというだけかもしれないじゃない?でもあららぎ君はそうじゃないのよね」

 

「どうかな、それだってわからないぜ。だって僕は実際透明人間になれないからそう思うだけでさ、もし本当に透明人間になれたら戦場ヶ原にあんなことやこんなことをやっちゃうかもしれないぞ」

 

「いやだわあららぎ君。子豚が狼のふりをするとあまりに滑稽だわ」

 

「どうせ僕は小さい人間ですよ!」

 

「でもあららぎ君は透明人間にこそなれないけれど、それと等しい、いえ、それ以上の力を持ってる、ともいえるじゃない?」

 

 ん?そうかな?そういうことになるのだろうか。

 確かに僕の体は普通の人間のそれではない。

 僕の体は、半端に吸血鬼のそれだった。

 もとをただせば、世界をほろぼすことだってできる、怪異殺しの力である。

 

「でもあららぎ君は、それでもやっぱりあららぎ君なのよね」

 

「そうかなぁ。僕だって戦場ヶ原や、忍や羽川や、忍野や何やに監視されてるようなところはあるだろうさ」

 

「それだって振り切ろうと思えばやってやれないことはないでしょう?」

 

 そういうことになるのだろうか。まぁそうかもしれない。

 

「だから私はあららぎ君のそういう小さいところをちょっと好ましく思ってるのよ」

 

「いいことなのかわるいことなのかわからないけれど。うれしいよ戦場ヶ原、ありがとう」

 

「いいのよあららぎ君。だってあららぎ君のあまりに数少ない美点のひとつなんだもの」

 

 ほめながらけなされると倒錯した気分になるもんだ。

 それは戦場ヶ原流の照れ隠しだと思いたい。

 9割以上の確率で素なんだろうけどさ。

 

 

 

「あー!兄ちゃん!月火ちゃん、ちょっと出かけてくるよ!!」

 

 携帯電話をいじっていた火憐ちゃんが急に立ち上がって出立を告げた。

 僕が火憐ちゃんのほうを振り向いたときには、

もう火憐ちゃんは玄関に走り出していて、

僕にはリビングの扉から出て行く火憐ちゃんの後ろ姿が見えただけだった。

 

 月火ちゃんが台所からいってらっしゃーいと声をかけ、

火憐ちゃんは足早に玄関から飛び出していってしまった。

 

 相変わらずミサイルみたいな妹だった。

 

 

「それじゃぁあららぎ君。私たちはまだ残っている宿題をやってしまいましょうか」

 

「あ、ああそうだな。助かるよ。さっさと終わらせてしまおう」

 

「できるものならやってみなさい。そう簡単にはやらせないんだからね」

 

「戦場ヶ原はどっちの味方なんだよ!?」

 

 僕は戦場ヶ原に促され、彼女を案内して二階の自室に向かった。

 

 月火ちゃんは、キッチンで大体の後片付けを終えたようだった。

 

 玄関はやはり火憐ちゃんが飛び出していったようで、

火憐ちゃんの靴だけ見当たらなかった。

 

 

 そこまでは日常的な光景だったが、勢いよくどこかへ走っていった火憐ちゃんは、

しかし、その後家に帰ることはなかった。

 その一日後も、三日後も、ただいまと、この家に帰ってくることはなかったのだ。

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