化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 科学棟の爆発。その部屋にどうやらレミリアは居合わせたらしく、メアリーに言われて要請した救急車にレミリアが運ばれたあと、街の病院で治療室に運ばれ、そのあとレミリアは病院の病室へと運ばれた。

 命は助かったというのが、医者にまず告げられ、僕がほっと胸をなでおろした点である。

 

 病室には、ベットに寝かされたレミリアと、僕が隣に立っているだけだった。メアリーは今は宿舎のサリバンとマットを呼びに行っている。

 医者の先生によれば、あの規模の爆発で命が助かったのは、完全に奇跡だということだった。その男の先生は、どうにも不思議そうに、しかし僥倖であるとその話を締めくくったのだった。

 

「あんまり……ジロジロ見ないでよ……」

 

「ああ、ごめん……」

 

 レミリアのかすれる声に、素直にあやまるほかなかった。

 なぜレミリアの命が助かったのか、僕には想像がついたことだった。おそらく、科学棟のあの部屋で爆発が起こったときに、レミリアはとっさに自分のサイコキネシスでガードしたのだろう。それでなんとか命は助かったのだ。

 

 しかし、そのガードはとっさのもので、不完全だったには違いなかった。

 レミリアの両腕は、爆発の炎に煽られて、包帯でグルグル巻かれるほどに火傷してしまっているし、レミリアの右目には包帯と眼帯で強く押さえられている。

 

「でも命があってよかったよ」

 

 僕が力なくそう言うと、レミリアは左目を伏せるようにした。

 

「よくないわよ。この治療費だけでどれだけするか……」

 

「そっちの心配かよ。命が助かっただけで奇跡なんだぞ」

 

「兄さん……」

 

 レミリアは、話の文脈を無視してそうつぶやくと、何か考え事をするように次の言葉を発することはなかった。

 

「悪いなレミリア」

 

「ん……」

 

 僕がレミリアにそう謝ると、レミリアは小さく返事をしてそれを認めた。

 だがなんで僕が謝意を伝えたかったのか、きっとレミリアにはそれがわからなかったに違いない。

 

 僕は、半端ながら、しかし吸血鬼だ。

 僕の血か、唾液でも、レミリアの傷をある程度治すことはおそらくできるはずだった。

 しかし、今はそれはできない。

 

 “あららぎこよみ”の存在を取り戻す前に、吸血鬼としての存在を表に出すことは、存在を取り戻す道を遠ざけるからだ。

 

 目の前で精神的にも身体的にも傷ついているレミリアに僕は謝ることしかできなかった。

 自分の身がかわいかったのだ。日本の故郷に帰ることを、戦場ヶ原たちとの生活を、遠ざけることができなかった。

 

 だからである。僕はただ、その後ろめたさを埋めるために、レミリアに謝ることしかできなかった。

 

 他方、あの爆発の原因である。

 レミリアは僕にもそれをかたくなに言わなかった、もしかしたら僕がメアリーに、レミリアのことを部分的にでもしゃべってしまったせいで、それを言えなくなっているのかもしれない。

 しかし、あの宿舎で漏れ聞いた話では、アイリー・レオニードの名前が使われたということには間違いがないのだ。もし、やつがかかわっていたのだとすれば、あいつがレオニード家の血筋だとか、学園の女王だとか、関係のないことだ。やつは報いを受けるべきだ。

 だが、その証拠は見つかってはいない。

 結局、不審な爆発事件、あるいはおとといの爆破テロとの関連を疑われるのみですまされてしまう可能性のほうが強かった。

 

 コンコン

 

 そう、ふいに病室のドアがノックされた。

 

「レミリア、来客だ。いいかい?」

 

「うん」

 

 誰だろう。サリバンやマットをメアリーが連れてきたのだろうか。

 僕が病室のドアの前まで行き、ドアを開くと、そこに立っているのは、サリバンでもメアリーでもなかった。

 そこに立って淫蕩な笑みをこちらに向けているのは、あのダイアスの女王、レオニード家の血族、アイリー・レオニードだった。

 

「ンフフ。ごきげんよう」

 

「あいにくだけどお前ほど機嫌はよくねぇよ。何の用だ?」

 

 優雅に笑ってあいさつをするアイリー・レオニードにつっけんに返す。

 余裕の表情のアイリーはしかし、なんの反応も見せずに続けて言った。

 

「かまいません。たまたま、事故の現場に居合わせたものとして慰留をと。有象無象はしばらく席をはずしなさいな」

 

「面白い冗談だな。お断りだ」

 

 今度は、ピクリ、と。彼女は僕をにらむようにした。

 どうやら、部屋のレミリアとアイリーを二人きりにしろと、そういうご命令だそうだが。

 あいにくそんなことさせるほどに僕は能天気ではない。それでも、それまで能天気だったことには変わりはないが。

 アイリー・レオニードは強い口調で命令をつっぱねた僕に、若干の圧を強めて再度警告した。

 

「あなた。私を誰だか知らないのですかしら? 私は 」

 

「レオニード家のアイリー・レオニードだろ。知るかよ。僕は短期留学生なんでね。いちいちこの土地の支配者にへつらう必要なんてないんだよ」

 

「……」

 

 それで、彼女もこれ以上言っても無駄だと悟ったのだろう。

 かまいません。そういって彼女は病室に入室した。

 そして、レミリアを見てにわかに驚きの表情を見せた。

 

「あ、あなた……なぜ生きてるんですの……?」

 

「……」 

 

 アイリーの、質問というよりは、独り言に、レミリアは何もいわなかった。

 確かに、医者もレミリアが助かったのは奇跡だと言っていたし、あの爆発を見れば、その部屋にいる人間に命があると想像する人間はまぁいないだろう。

 アイリー・レオニードは、次に何を思ってか、笑いながら続けた。

 

「ンフフ、しかし。あなたは、いいえ。ワゾウスキ兄妹はおしまいですわね。あんな事故を起こしては、もはや学園にとどまることはできませんものね。ルシウスをたぶらかした罪もかみしめればよい」

 

「ちが、違います…… 私はあんなことしてません」

 

 レミリアが、力をこめようとして、しかし力が入らずかすれたような声でそう答えた。

 アイリーは、そのレミリアの様子に吹き出したようだった。

 

「ンフ、アハハ。違うことなどありませんわよ。わたくしは、レオニードの人間としてその罪を見過ごすつもりはありませんわよ。捜査にも強く影響しますわ。あの部屋の修繕にはいくらかかることでしょうかしら。何千万、億までいくかもしれませんわねぇ。ンフ、ンフフ」

 

「違う…… 私は…… 私じゃない……」

 

「おい、お前なにいってんだよ、」

 

 僕がアイリー・レオニードにそういおうとしたところで、彼女は真紅のライトドレスをひるがえして、ではごきげんようと、その場を後にしたのだった。

 その後も、違う、私じゃないと、誰にでもなくそうつぶやくレミリアに、僕はなんと言えばいいのかわからなかった。

 

 

 

 #

 

 

 

 その後しばらくして、病室にメアリーがサリバンとマットを連れてきた。

 

「レミリア。無事でよかった」

 

 そういってサリバンがレミリアの手をとった。

 実際のところ、命はあるものの、レミリアはほとんど満身創痍だった。

 サリバンもレミリアを見てそれがわかっていたのだろう。

 レミリアに添えた手もほとんど力をこめずに、本当に添えただけだった。

 

「うん。兄さん、ごめんなさい。私……」

 

「レミリア、何を謝ることがあるんだよ。お前は気にしなくていいんだ」

 

 アイリー・レオニードとレミリアのやり取りは、メアリーたちには僕からあらかじめ伝えておいた。

 レミリアがうつむくと、サリバンは励ますようにレミリアを抱きしめるようにした。それもレミリアが痛まないように、ほとんど触れないようにである。

 

 その様子を見ながら、メアリーが僕に提案した。

 

「うん、コヨミ。あいつ殺そうよ」

 

「僕にもちかけるのはやめろよ。ていうか証拠もないし無理だろ」

 

「うん? どうしたんだ二人とも?」

 

「い、いや。なんでもないんだよ、ただの冗談っていうかさ」

 

 マットが思案気に僕とメアリーに聞いてくるが、適当にはぐらかすしかなかった。

 メアリーもそれは同じであるようだった。

 特にサリバンにだけはそれは伝えることができない。

 メアリーも、自分のことは省みないほど抜き身な様子でいて、サリバンを危険にさらすのは反対なようだった。どうにもジレンマな性分だ。

 そういえばメアリーはそろそろ開かれるコロセウムに出場する予定だったが。

 

「なぁメアリー。お前コロセウムはどうするんだ? やっぱり欠場するかい?」

 

「うん? いや、出るよ」

 

「出るのかよ」

 

 僕がややあっけにとられたようにそういうと、メアリーは笑って、しかし好戦的に言った。

 

「ああ、病室にいても、仕方がないからね。思うに、自由っていうのは、力で勝ち取るしかないんだよ」

 

 

 

 #

 

 

 

 コロセウムの会場があるのは、学園の南西部だった。

 世界史の教科書かなにかでみたような、天井が開いた円形のリングをレンガ作りの円形の観客席が何十にも取り囲んでいる。

 丘の上の学園に作られたコロッセウムからは、ハーレンホールドの巨大な街が見渡すことができた。

 

 結局、サリバンとマットはレミリアの病室に残ると言っていたのだが、レミリアがメアリーを応援したいと言い出したので、レミリアを車椅子に乗せて、コロッセウムの観客席の一角に陣取ることになっていた。レミリアは立てるから車椅子はいいと言っていたが、立って見せたレミリアは明らかにふらついていたので、どうしても行きたいなら座れと、無理やり車椅子に押し込めてつれてくることになったのだった。

 

 コロッセウムに来る途中は、トパンズ以外のクラスの生徒たちからは、半分は嘲笑され、半分はレミリアに対する憐憫があった。

 サリバンは大丈夫だろうか?

 そう思って僕がサリバンのほうをチラリと見ると、サリバンは肩をすくめた。

 

「まぁ仕方のないことだよ。気にするべきじゃないんだろうね」

 

「ああ。そうだよサリバン。人の噂も75日って僕の国のことわざにもあるしさ」

 

「ハハハ、そりゃいい言葉だね」

 

 言いながら向かった観客席からは、眼下に闘技場のリングを見渡すことができた。

 サリバン曰く、退魔術の授業では、このコロセウムを使うこともしばしばあるそうだ。

 僕たちの観客席はコロセウムの南で、コロセウムの東の観客席にはルビウムのティリオン・ラニスターの姿も見え、西のはあのアイリー・レオニードの姿とそのそばに護衛としてひかえているアルザス・クレイゲンの姿も見えた。

 

 もちろんコロセウムにはダイアスの主席、ルシウス・ヴァンディミオンもこのコロセウムには出場していて、早々に初戦を突破したらしい。

 

「ねぇ兄さん。次はメアリーだって」

 

「ああ、僕たちも応援しよう」

 

 レミリアにサリバンがそう答え、リングに視線を集めていると、男子生徒が一人、そして反対側から女子生徒が一人闘技場へと姿を現した。その女子生徒がメアリーだった。

 それとほぼ同じく、場内にアナウンスが流れる。

 

『次のトーナメントカードは、ダイアスのクェンティン・マーテル! そしてトパンズのメアリー・ローゼットハート!』

 

 アナウンスとともに、歓声がコロセウムに満ちて、花びらが空に舞った。

 歓声と花びらを背にしながら、ダイアスの男子生徒と、メアリーが向かい合い、男は刀剣を両手もちに構え、鉄製の手甲と鎧のような鉄靴を履いたメアリーが構えた。

 

『それでは、はじめ!』

 

 アナウンスの試合開始の合図とともに、ダイアスの男がまずメアリーに突進した。

 両手を上げて構えるメアリーに、両手で持った刀剣を上から全力で叩きつける。

 結界でお互いが守られているとはいえ、僕には心臓の縮むような光景だった。

 

 ガキン!!

 

 あたりに金属音を響かせて、メアリーが鉄の手甲をつけた右腕でそのうちおろしを防いだ。

 術式によってか強化されたその剣撃は、土の地面にメアリーの両足をめり込ませる。

 

「せああぁぁっ!!」

 

 メアリーが怒号とともに、受け止めた刀剣を打ち上げ、そのまま体を回転させて、目の前の男に回し蹴りを放った。

 男の頭を狙ったその回し蹴りは、すんでのところでかわされた。かのように見えた。

 

 しかし、男の眼前を轟音とともにメアリーの後ろ回し蹴りが通り過ぎると、男がフラリとバランスを崩した。

 

「当たったのか?」

 

 いや、当たったんだろう。たぶん、メアリーの回し蹴りが男のアゴ先をかすめたに違いない。

 結界で守られていても、物理的にアゴを捉えれば脳が揺れる。

 男は今、脳震盪で平衡感覚を失っているのだろう。

 

 その男の顔を上から影が覆った。

 

 そして次にメアリーの鉄靴のかかと落としが男の顔面を捉え、全力で打ち下ろされたかかと落としが男を地面に叩きつけた。

 

『そ、そこまで! メアリー・ローゼットハートの勝利!』

 

 そのアナウンスに、コロセウム南側のトパンズの観客たちが声援に沸いた。

 ダイアスはこの学園でもっとも優秀なクラスであるらしい、それはなかなかの番狂わせであったようで、トパンズの生徒たちは喝采し、ルビウムやアクアマリンの生徒たちは拍手を送り、ダイアスの生徒はコロセウムで伸びた男の生徒にブーイングを飛ばしている。

 メアリーは退場口にスタスタ歩いていて、結界がショートしたダイアスの生徒のほうには救護班がかけよっている。

 

 僕は僕でほっと胸をなでる心地だった。

 レミリアのこともあったし、とりあえず大事がなくてよかった。

 観客席でレミリアたちも

 

「メアリー。よかった……」

 

 と、メアリーの無事を喜んでいたり、サリバンはさすがにおとなしかったが、マットは腕を振り上げてメアリーの健闘をたたえていた。

 しかし、メアリーのフィジカルは相変わらず非凡なものがあった、以前、ダイアスに誘われるようなことがあったのも納得できる。出力ではあのダイアスの生徒に勝てないかもしれないが、それなら技でねじふせることにしたようだった。

 

「こりゃもしかしていい線いくんじゃないか?」

 

 僕がサリバンたちに言うと、マットが小さくうなって応えた。

 

「ううん。どうかな、トーナメントの組み合わせにもよるだろうが。どうもめぐり合わせがよくないな。次のメアリーの相手はあの花の騎士様だぜ。ルシウス・ヴァンディミオンだ」

 

 

 

 #

 

 

 

『鬼のお兄ちゃん。まだ調べてる途中なんだけどね。どうもやっぱり“樹魅”は北西の森を出ていないと思うよ』

 

「ああ、やっぱりか」

 

 そのあと、コロセウムの内部でおののきちゃんと通話している最中である。

 

『もう少し探りを入れてみるけどね。最悪、ボクと鬼いちゃんで北西の森を捜索ってことになっちゃうかもね』 

 

「そりゃぁぞっとするな」

 

『そのとおりだよ。珍しく意見が合ったじゃないか。森で“樹魅”とやりあうなんて、考えただけで、まぁ、なんの感情もわかないけどね。そこはさすが式神人形のボクだよね。いぇーい』

 

「うるせぇよ。ていうか別に僕とおののきちゃんは意見がめったに合わない感じでもなかっただろ」

 

 またちょっとキャラがぶれているおののきちゃんだった。

 思うに、キャラがもうひとつ弱いとキャラがピーキーになるんだよな。そうすることによってキャラクターというものを模索しているんだろうか。

 

 結局、おののきちゃんがもう少し探りを入れてみたあと、要相談ということだった。

 コロセウムの試合はかなり進んでいるようで、次はメアリーと、ルシウス・ヴァンディミオンの試合である。

 

「ただいま。まだはじまってないよな?」

 

「ああ、今二人とも入場したところだよ」

 

 観客席に戻って尋ねた僕にマットがそう応えた。

 会場は、すでにファンクラブの一角であるルシウスに、会場から黄色い声援が飛びまくり、その反動でか、男子がメアリーを応援するというような、いわくなんとも言いがたい構図が微妙に出来上がっていた。

 マットがルシウスを指さして言った。

 

「あいつの刀剣、ヴァンディミオン家に伝わる名刀らしいんだがな、並みの刀剣じゃ2、3度打ち合えばひしゃげるし、霊的な攻撃力までかなり精錬されてて、結界もそう持たない。しかもそれでなくてもルシウスは強いからな。正直厳しいと思うぜ」

 

 マットの説明に、僕も思わず思案気にアゴに手をやってしまう。

 

「まぁそれならそれで、気楽に戦えるってもんじゃないか? とりあえずメアリーには無事にもどってきてほしいけどな」

 

 そういうと、マットは笑って言った。

 

「アハハ、俺たちはそりゃそれに越したことはないけど、メアリーはどうかな。あいつは適当にやって負けようなんて思うガラじゃないぜ。知ってるだろ」

 

「ああ、わかってるよ。でもだから心配なんだよ」

 

 コロセウムの中央のメアリーを見ながらそう応える。

 しかし、なんだろう。何か違和感があった。

 

「どうしたコヨミ?」

 

「いや、なんだろうな……」

 

 僕の様子を察したマットがそう尋ねたが、その原因が僕にも見当がつかなかった。

 目を凝らして、コロセウムにさっさと視線を泳がせる。

 

『それでは…… 両者かまえて……』

 

 アナウンスが、コロセウム中央の二人に、開幕の合図を告げようとしていた。

 同時に、僕も自分が持っていた違和感に気づいた。

 

 コロセウムの観客席の西側席である。

 電話をする先ほどまでは、あそこにはアイリー・レオニードとその護衛アルザス・クレイゲンの姿があったはずだが、今見ると、そこにその姿がなかった。

 ダイアスの主席、ルシウス・ヴァンディミオンの試合である。アイリー・レオニードも興味がある試合のはずだ、しかし、その試合であの女がいないのはなんでだ?

 

 僕は、そこではっと気がついて、近くのさっきまでレミリアが車椅子に座っていた場所に振り返った。

 しかし、というかやはり、そこに先ほどまでいたレミリアの姿はなかった。

 喉元に、いやな感じが、グルグルとぐろをまきはじめるようだった。

 

 その隣で、コロセウムを固唾を呑んで見つめているサリバンに急いで尋ねた。

 

「な、なぁサリバン。レミリアはどうした? あいつがどこかに行ってるんだけど」

 

 僕が尋ねると、サリバンは不思議そうに応えた。

 

「うん? ああ。レミリアならさっきアイリーに何か言われて、二人でどこかへ行ったみたいだよ」

 

「なっ」

 

 そうだった。サリバンとマットは何も知らないのだ。

 うかつだったと呆然となる僕をよそに、アナウンスが言葉を発そうとしていた。

 

『それでは、ダイアスのルシウス・ヴァンディミオンと、トパンズのメアリー・ローゼットハートの試合……』

 

 そして、それはあまりに出し抜けだった。突拍子もなく、何の予兆もなく、そのハーレンホールドの北の丘の上に作られたコロセウムを、少なくとも僕の視界中はすべて、突然の津波が襲ってきた。

 

 

 津波がコロセウムを襲い、覆い、轟音が響き渡った。

 試合の開始を告げようとしていたアナウンスは、代わりに甲高いハウリングを響かせた。

 

 混乱から、僕はやっとのことで立ち直ってよく見ると、その津波は、正確には水ではなく、巨大な樹木の波濤だとわかった。コロセウムの吹き抜けの天井を覆い、コロセウムの中にまで根をはらしている。

 しかも、その範囲はおそらくコロセウムだけではないに違いない。おそらく北西の森から、ハーレンホールドをすべて飲み込むような、巨大樹の津波が……

 

 コロセウムは、いまや混乱のるつぼだった。

 怒号や悲鳴に混じって、学園の教師がシェルターへ避難しろと叫んで生徒を誘導している。

 

「い、いや。今はレミリアだ! サリバン! レミリアはどこだ!?」

 

「えっ? コヨミ?」

 

 サリバンが応える前に僕はコロセウムから外へと走った。

 

 

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