化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 僕はハーレンホールドの中央部の広場からレミリアとサリバンを隠した後、メアリー、そしておののきちゃんと合流し、ビルの上を走ってその場から離れていた。

 

 ビルの下では体勢を立て直した警察隊が僕たちを追ってきているかもしれないが、ビルの上を三次元的に移動することができる僕たちに追いつくのは簡単なことではないだろう。

 

「“不死の祟り蛇”は私にしかやれない」そう言ってメアリーは、“祟り蛇”が暴れていると言われる街の北西部へと向かった。レオニードの鍵を持つメアリーなら、あの“祟り蛇”をなんとかできるのか?

 

 走りながら、ビルの屋上から目の前のビルにジャンプすると、ビルの間から遥か眼下に小さくなった車道が目に入り、しばしの滞空のあと、次に向かいのビルへと着地する。吸血鬼の体力があってできる移動方法だ。メアリーも僕の身体能力の異常には気づいていたが、むしろやはりという様子で何も言われることはなかった、

 北西の森での“祟り蛇”の姿が脳裏によぎり、あれを相手にするというメアリーと僕も一緒に行きたかったが、僕は僕で“樹魅”を探す必要がある。

 

「おののきちゃん、“樹魅”が賢者の石を作ろうとしてるってのは?」

 

「うん? それなら、もちろんそのとおりの意味だよ、鬼のお兄ちゃん」

 

 おののきちゃんが、ビルの上を移動する僕に平然と併走しながらそう応えてくる。童女の外見で忘れがちだけど、この子はこの子で怪異の専門家なのだということを、その童女にあまりににつかわしくない身体能力から嫌が応にもわからせられる。

 

「“樹魅”はこのハーレンホールドに余すところなく根を張って、一度にハーレンホールドの大霊脈と、このハーレンホールドの数十万の魂をすべて吸い尽くして、賢者の石を作ろうとしてるんだと思うよ。さっきはあの銀髪のお姉ちゃんの手前、緋牢結界なら大丈夫だろうと言ったんだけど、あれってレオニード家の固有術式なんだよね、つまり、あのお姉ちゃんって……」

 

「ああ、あいつが“本物”のアイリー・レオニードだ。いや、今はメアリー・ロゼットハートか」

 

 おののきちゃんも、それは予想していたことなのだろう。

 この童女は無表情に、やっぱりね、と言って続けた。

 

「ということは、銀髪のお姉ちゃんの“レオニードの鍵”を“樹魅”も使っているということさ。正直、同じレオニードの鍵を使った結界がちゃんと機能するのか保証できないんだよね」

 

「そうなのか……」

 

 ということは、やはりみんなこのハーレンホールドを覆う巨大な木々の根のソールスティールに巻き込まれる可能性があるってことだ。

 おののきちゃんは、その僕の表情を察してか、

 

「あ、そのことでボクを怒らないでよね。またいつものボクをヒイヒイ言わせる折檻はご勘弁願うよ。それに関しては、結局どっちだってやることは変わらないんだから、むしろああ言っておいた方が余計な力が入らないというものだと思うよ」

 

「別に僕がおののきちゃんをそんな風に折檻したことなんてないけどな。ていうか今はつっこむ気もないわ。僕もそれについては異論はないよ」

 

「そういえば、レオニード家で、だいぶ前に亡くなった女性の執事にロゼットハートって苗字のおばあちゃんがいたって調べにあったけど、そこらへんのこともあったのかな。まぁそこらへん式神人形のボクには理解ができそうにないけどさ」

 

「どうかな、それは僕にだってよくわからないよ、人のことだからね」

 

 そして僕はおののきちゃんを見ていた視線を、再び前方に向けた。

 

「とにかく、今は“樹魅”だ。やつの居場所がわからないと……」

 

 あいつはどこだ?

 どこかから、この根が及ぶ場所から、やつがこのハーレンホールドを丸ごと賢者の石に変えようとしている。

 

 そう考える数拍後、ふと、右前方のビルの屋上に立った人影が太陽光を反射してキラリと光るのが僕の視界に入った。かなり遠いので、もしかするとおののきちゃんには見えていないかもしれない。そしてなぜ今ビルの屋上に人がいるのかという違和感が、次に危機感になって僕の体をほとんど反射的に動かした。

 

「しゃがめおののきちゃん!」

 

 おののきちゃんが僕の声に反応するようにこちらに目線をやったときには、すでに弾丸は僕とおののきちゃんのすぐそばまで迫っていた。

 一手早く気づけた僕はなんとかまともに被弾せず、かすり傷ですんだ、それでも傷口がブスブスと煙を上げている、なんだこれは?しかしおののきちゃんのほうは比較的深く被弾したようで、さきほどまでおののきちゃんがいた場所からはねとばされるようにビルの屋上をゴロゴロと、その小さい体が吹き飛ばされた。

 

「くそっ!」

 

 早く樹魅を見つける必要があったが、遠方から攻撃を受けている現状はいかんともしがたい。

 僕は被弾を受けた瞬間にはすでに吹き飛ばされたおののきちゃんのほうに反転して走り、地面に伏したおののきちゃんの体を抱きかかえてそのままビルの合間に飛び込んだ。

 

「大丈夫かいおののきちゃん?」

 

 僕がビルの合間の道に降り立って、おそるおそるおののきちゃんにそう尋ねると、おののきちゃんはこちらを見返して

 

「うん、もちろん大丈夫だよ。ボクは付喪神人形だって、知っているだろう? この程度でくたばるようじゃぁ、式神なんてやってらんないってね。それよりも、ボクより鬼いちゃんのほうが気がかりだよ。大丈夫なのかい? その傷口」

 

「えっ?」

 

 おののきちゃんに言われて、気がつくように僕が先ほど被弾した肩口を見ると、その傷口は、しかしまだブスブスと煙をあげていた。

 それは、普通の人間ならいざしらず、今の僕の吸血鬼の回復能力をかんがみれば、異常である。被弾した数瞬あとに、こんな傷口はふさがっているハズだ。

 僕がその違和感の答えを求めるようにおののきちゃんに目線をやると

 

「たぶん、狙撃だね。しかもただの狙撃じゃない。相手は山犬部隊の第十席、シルバーバレット、“銀弾”だ。聞いた話では、やつは錬金術師だって話なんだよね」

 

「錬金術? 錬金術っていうと、昔の話に出てくるアレのことか?」

 

 僕は自分の知識の中から思い当たるその言葉について尋ねたが、おののきちゃんは首をふった。

 

「違うよ、鬼いちゃん。もっと単純な意味さ。錬金術、というよりは、やつのものは操金術、といったほうがいいかもしれない。“銀弾”は、やつの体の半径3メートル内の金属の位置座標を自由に操ることができるんだよ」

 

「なるほどサイコキネシスみたいなもんか」

 

「まぁそう思ってくれてもいいかもしれないね。でもこと金属系にかけては一般的なサイコキネシスのレベルじゃないよ。その半径3メートルの加速力で、弾丸を狙撃してるんだよ。しかもやつは対怪異に効果抜群な銀を好んで使うからね、あ、そういえば吸血鬼の鬼いちゃんには天敵かもしれないよ」

 

 銀か。ということは、さきほどの銃弾は、純銀の弾丸だったに違いない、だから、吸血鬼の僕の体でもいまだに傷がいえないのだ。

 

「しかし、どうしたもんかなぁ。“銀弾”は、ボクのような近接戦闘系ではなく、遠距離狙撃型だからね、めんどくさい相手だよ。しかもあいつの半径3メートル内では銀砂で防壁を張ってるだろうし。ねぇ鬼いちゃん、やっぱり逃げることにしないかい? 僕としては、鬼いちゃんに無駄死にをさせるわけにはいかないわけで…… うん? 鬼いちゃん?」

 

 おののきちゃんが疑問気に僕を見上げたとき、おそらくおののきちゃんには、僕の見開かれた目が映ったに違いない。そのときの僕はビルの合間の道から、ビルの表通りの道を滞空する銀弾が目に映っていた。

 まるで、左から右方向へと進行する車のような、しかしサイズははるかに小さい銀弾である。

 それは、そのままビルの表通りを通り過ぎるかのように思われたが、しかし、その銀弾の後部には、銀とは似ても似つかない、なにかプラスチック状のものがとりつけられているのが、ビルの間のこの道から、吸血鬼の僕の視力にはとらえることができた。

 あれは何だ?

 

 そう頭によぎったとき、まるでスローモーションのように、表通りを滞空する銀弾の後ろにとりつけられたプラスチック状の物体が爆発し、その銀弾が90度進行方向をこちらに変えて、ビルの合間のこの道へと疾走してきた。

 

「がぁっ!!」

 

 おののきちゃんを道のはじへと突き飛ばしたが、その銀弾は僕の左手に直撃した。

 その銀弾の運動エネルギーをモロに食らった僕はビルの裏手どおりの道をゴロゴロと転がる。

 見ると、僕の左手はコナゴナに吹き飛び、倒れた僕の視点から裏手どおりの暗い道のすみっこに僕の左手がゴロリと転がっているのが見て取れた。

 

「大丈夫かい? 鬼いちゃん。まぁ、吸血鬼の鬼いちゃんにそんなこと聞くのは野暮ってもんかな」

 

「はぁ、いや、めちゃくちゃいてぇよおののきちゃん。くそっ」

 

 銀弾に吹き飛ばされた僕の左手の付け根はジュウジュウと煙をあげていた。

 左手がない感覚、はじめてではないが、痛みよりも熱のほうが神経に訴えている。

 回復するのかこれ?

 

 道をはさんだビルを見ると、このビルにも、巨大な樹々の根が及んでいる。樹魅が放ったものである。このハーレンホールドが消えるまで、あとどれくらい時間があるのだろうか。

 

「おののきちゃんはここで隠れててくれ、あいつは僕がやる」

 

 左腕は失ったが、僕の右手はまだ動く。

 僕はおののきちゃんが何か言おうとする前に、右手に心渡を持ったままビルの表通りへと駆け出した。

 

 

 ビルの表通りに出た瞬間、僕の眼前にすでに3発の銀弾が飛来していた。

 僕はそれらを吸血鬼の視力でとらえ、僕の心臓へと向かっていた弾丸を心渡ではじきとばした。

 

 銀弾をはじいた心渡の刀身が細かく震えるのが右手に伝わってきた。

 吸血鬼の視力と筋力があってはじめてできたことだが、それでもはじける銃弾は1発が限界だった。

 しかし残る2発のうち1発は被弾せず、もう一発は左足をかすめただけだ。

 

「おおおおぁぁぁぁっ!!」

 

 叫び、両足に力をこめる。

 先ほどビルの屋上から見た銀弾の飛来元は、ここから北西に3キロである。

 

 両足に力をこめた僕は、しかし、そのまま走ることはしなかった。

 走ると言うより、跳躍である。

 表通りのビルの合間を、まるでピンボールが跳ね返るように、ビルの壁面に跳躍し、そして壁面をさらに蹴って、向かい側のビルに跳躍する。まるでビルの合間をはねる銃弾のように、そしてレーシングカーのように“銀弾”の狙撃地点へと向かった。

 

 僕の動きは、狙撃手からはかなり狙いにくかったようで、先ほどよりかなり着弾はバラついたが、しかし、それでもかなりの精度で銀の弾丸が飛び跳ねる僕の身体へと向かってきた。

 それを心渡ではじきとばしながら、さきほどの狙撃地点に接近する。

 

 ビルの壁面を蹴り飛ばして、ビルの屋上へと跳躍すると、ビルの屋上に中背の男とその周囲に漂う水銀のような金属の浮遊体を確認することができた。

 

 ダン、とそのビルの屋上に僕が着地した瞬間には、すでに僕の眼前には、数十発の銀弾が迫っていた。

 さすがにこの数を打ち払うことはできないし、銀の弾丸である、被弾すれば粉々に吹き飛んでしまいかねない。

 

「っぁぁぁぁあああ!!」

 

 ビルの上に降り立ち、目の前に迫る銀弾の嵐を確認したところで、僕はそのビルの地面に心渡を持ったままの右手の指を伸ばして突き刺すと、そのまま跳ね上げた。

 ビルの屋上のコンクリートが畳替えしのように跳ね上げられ、銀の銃弾の嵐を受け止め、壁面内部で停止させた。

 次に僕がそのまま右手を振りかぶって、そのコンクリートの壁を殴りつけると、粉々に吹き飛ばされたコンクリートの塊の嵐が“銀弾”の男へと殺到した。

 

 しかしそのコンクリの嵐は、今度は“銀弾”が周囲に発生させた水銀の壁でことごとく防がれる。そこまではおののきちゃんに聞いたとおりである。

 

 そのとき、コンクリの嵐と一緒に“銀弾”の前まで距離をつめていた僕は、右手に持った心渡をすでに振りかぶっていた。

 

「おおおおおっ!!」

 

 肺から空気を吐き出しながら、心渡を“銀弾”に向かって振りぬいた。

 怪異を斬る妖刀“心渡”はコンクリートと“銀弾”の銀の壁をも容易に斬り裂き、銀弾の体の前でピタっと止まった。しかし、それで十分だったハズだ。

 “銀弾”の周囲に張り巡らされた結界は心渡によってショートし、銀弾はその場に崩れ落ちた。

 

 しかし、こいつはそれで完全には気絶しなかったようだった。

 周囲に浮遊していた銀の液体が“銀弾”の右手に集まると、そのまま刀の形状へと変化し、その腕が振られ銀の刃が僕の首元へと迫った。

 

 僕はそのとき完全に油断してしまっていた。心渡の結界破壊が、“山犬”に対しては絶対ではないということに気がまわっていなかった。おののきちゃんがいなければ、多分そこで僕はやられてしまっていたことだろう。

 そう、おののきちゃんである。

 “銀弾”の、銀刀が僕の首に届こうとする前に、上から“銀弾”へと何かが高速で落下してきた。

 それはおののきちゃんの、巨大化した人差し指だった。おそらく、僕が“銀弾”をひきつけている間に上空に飛び上がったおののきちゃんが、上空から“アンリミテッド・ルールブック”によって右手の人差し指を高速で膨張させ、そのまま上から“銀弾”を押しつぶしたのだった。

 

「……はぁっ……」

 

 そのちょっとして、ビルの上空からおののきちゃんが降り立ってきたあと、僕はあやうく死にかけていたことと、それがなんとか回避されたことに息を吐いてその場にしゃがみこんだ。

 おののきちゃんは、地面にしりもちをついた僕をチラリと見て、次にビルの地面ごと押しつぶされ、しかし結界によってなんとか生きている“銀弾”に向かって右手のひとさし指を向けた。

 しかし、その光景を見てあわてて僕がおいすがるように言った。

 

「おい! ちょっと待てよおののきちゃん! 何する気なんだ?」 

 

「何って? とどめを刺すんだよ。この僕のひとさし指でさ。人刺し指だからね。獲物を前に舌なめずりなんて、三流のすることだよ。ましてこのかわいいボクが、そんな愚をおかすはずがないじゃないか」 

 

 何も殺すことはないとか、そういうことも言いたかったけれど、その前に僕はおののきちゃんを制して、虫の息の“銀弾”へとかけよった。 

 おののきちゃんの“アンリミテッド・ルールブック”が直撃して原型を保っていられただけでも、僕の目には奇跡的にうつったが、今重要なのは“樹魅”の居所である。

 

「おい、お前、“銀弾”とか言ったよな。お前も昨日の夜、北西の森で“樹魅”に会ってるんだろ?」

 

「かはっ…… 何を…… ?」 

 

 “銀弾”が咳き込みながら聞き返してきた。

 僕自身、あまり演技力があるとは思えないが、なるべく迫真に、そう思えるように言った。

 

「僕とおののきちゃん、二人がかりとはいえ、戦闘不能状態にまで追い込まれたんだ。“樹魅”はお前を許さないと思うぜ、きっとお前をむごたらしく拷問してから殺すだろうな。皮をはがれるかもしれないし、手足がつぶされるかもしれない、生きたままやつの樹に体を貫かれることになるかもしれないぜ」 

 

「え、鬼いちゃん、何を言ってるんだい?」 

 

「嫌だろう? でも僕が直接、お前を“樹魅”のところまで連れて行ってやるよ」

 

 横からおののきちゃんが疑問をさしはさんだが、僕はそれに応えず“銀弾”の顔を見つめていた。

 僕にそういわれた銀弾は、僕の顔を見返しつつ、しかし、チラリと、僕の後ろのほうに目線をやった。

 それを確認した僕は、跳ねるようにその視線の先を振り返った。

 

 “銀弾”の視線の先にあったのは、ハーレンホールドの中心、レオニード家のセントラルビルだった。

 この街を象徴するかのような高層ビルは、しかし“樹魅”の樹の津波に飲み込まれ、その頂上まで巨大な樹々の根が覆いかぶさっている。

 

「あそこか……」

 

 僕はそうつぶやき、次に右手に持った心渡をふるい、振り返りざまに“銀弾”の右肩に振り下ろした。

 銀弾は、心渡が右肩を通過すると、ビクリと体を震わせて、今度こそ結界を破壊されて気絶したが、しかし右肩に切り傷は残ってはいない。心渡は怪異しか斬らないからだった。

 

 そこまで見て、おののきちゃんが得心げに言った。

 

「なるほどね。おどしをかけて、“樹魅”の居所を示させようとしたわけだね。よくやるよなぁ。僕にはそういう人間の機微がいまいちよくわからないんだよね。あ、そうそう、鬼いちゃんの左腕、持ってきたんだけど、くっつけてみなよ。少しは早くなおるんじゃない?」

 

「え? そういうもんなのかな……」 

 

 おののきちゃんに手渡された僕の左腕を、左肩から少し再生しかけた腕にくっつけると、傷の治りは遅かったものの、しばらくすると癒着し、なんとかくっつけることができた。

 左手に力をこめると、グッグッと左手が握りこまれるのが自分でも確認できた。

 

「それで? 本当に行くの? 鬼いちゃん」

 

「ああ、そのつもりではいるよ」

 

「そのつもりって、ボクは今のうちにはっきりさせておくべきだと思うんだよね。鬼いちゃんは怪異の“専門家”でもなんでもない、ただの一般の吸血鬼にすぎないんだよ?」

 

 一般に吸血鬼っているのか?

 まぁ、おののきちゃんなら違うとも言い切れないけど。

 

「たぶん“樹魅”を相手にすれば、死ぬと思うよ。もしかしたら、死ぬだけじゃすまないかもしれない。それこそ、ひどく拷問される可能性だってあるよ。そうなりそうなら、先にこのかわいいボクが、鬼いちゃんのことを殺してあげるけどね。でも、それだってボクのこの一刺し指がそのとき使えればの話だよ」

 

「うん。なんか悪いなおののきちゃん、いろいろ気をまわさせちゃってさ」

 

「それはいいんだけどね。ほら、ボクってそもそも人形じゃない? 命だってあってないようなものなんだよね。でも鬼いちゃんはそうじゃない」

 

「そうかな。一緒のようなもんだと思うけど。ほら、メアリーが言ってただろ? 自分は自由でいたいんだって、でもあいつはサリバンたちのことだったら、あえて束縛の中に飛び込んで行ってる。そういうものがあいつの中にあるんだよ。それでたぶん、僕もそう言う風に感じてるんだろうね」

 

 おののきちゃんは、そして僕を見上げて、しかし平坦な声で言った。

 

「ボクは前から疑問だったんだけど、鬼いちゃんが友達を作らないのは、人間強度がどうとか言ってたけど、そういうことなのかなって、今ちょっと思ったかな。だってところかまわず友達を作ってたら、それこそ身が持たないもんね。鬼いちゃんのような正義感丸出しの吸血鬼ではさ。あ、それとも単に、作りたくても友達ができないってだけなのかな」

 

「うるせーよ。ほっとけや」

 

 おののきちゃんに、僕がそう応えたとき、街の南西側で巨大な爆発するような火柱が上がった。おそらくメアリーだろう。“不死の祟り蛇”と戦っているに違いない。

 街の北西部を向く僕に、おののきちゃんが制するように言った。

 

「鬼いちゃんがどうしようと、好きにすればいいけどね。でも、現実的に“樹魅”を優先するべきだと思うよ。“祟り蛇”は銀髪のおねぇちゃんにまかせるしかないと思うな。ハーレンホールドに張り巡らされた“樹海”がソウルスティールをはじめたら最後だよ」

 

 それはおそらく、妥当な分析と言えただろう。

 メアリーのほうも気になったし、できれば僕も加勢したかったが、こっちはこっちで樹魅の場所を特定する必要がある。

 おそらく、樹魅はレオニード家のビルの中にいる。僕にやつが止められるとは思わないが、せめて時間はかせがないと。

 

 “樹魅”おととい、ハーレンホールドの自警団本部ビルで会ったあの怪異、思い出しただけで体を貫いた木々の感触がよみがえる様だった。

 気がついたら、僕の自分の右手のこぶしが強く握られている。

 

「鬼いちゃん、今ならまだ間に合うよ。ボクのアンリミテッド・ルールブック・離脱版で、なんとか鬼いちゃんを逃がせると思う」

 

 痛々しいほど握り締められた右手を見つめる僕に、おののきちゃんがそう言ってきた。

 

「おののきちゃん。僕の命って、たぶんそこまでする価値はないと思うんだよ。メアリーだって戦ってる。僕はあいつも、サリバンもレミリアもマットも死なせたくなくなったよ。僕の命はくれてやる。でもそれ以外は許したくねぇよ」

 

「わからないなぁ。ボクは所詮、式神に過ぎないからね。まぁいいよ。付き合うよ。むしろ、ボクの本来の役割に鬼いちゃんが付き合ってくれてることになるのかな?」

 

 僕の返答に、おののきちゃんは無表情に、しかし理解できないと言った風に首をかしげたのだった。

 その後、僕たちがいたビルの屋上から、さらに跳躍し、レオニードのセントラルビルへと向かった。

 

 

 

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