化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

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 僕は忍野との通話を終えて、裏山をくだり、町から自宅への帰り道を歩いていた。

 あたりはもう日がどっぷりと落ちてしまっていて、暗い道を街頭の光が照らしていた。

 

 電話を切り際に、神原が『すまないが横から話は聞かせてもらっていたぞ。阿良々木先輩私は忍野さんにもう少し話を聞いてみるよ。なぁに私だってここまで付き合ったのだから話を聞く権利くらいあると考えていいだろう』と言っていたのだが、正直なところのぞみ薄だった。

 

 それにしても相変わらず火憐ちゃんの行方はわからないままだった。聞いたところによるとあの廃工場に火憐ちゃんが行っていたのは間違いないのだが、その後の行方がわからない。

 あの裏山の力のふきだまりに関係しているのだろうか?まさか火憐ちゃんが廃工場の結界の源を看破して裏山にむかったとはさすがに考えにくい。

 

 それらのことをしばらく考えながら帰り道を歩いていると、ふと気がついた。

 僕は裏山から家への道を帰っていたはずで、考え事をしていたこともあって、もう家についていてもおかしくない時間がたっていた。

 しかしどうだろう、僕は今、裏山から町に入る道にたっていたのだった。

 

 どういうことだ?どうにもおかしい。時間間隔でも狂ってしまったのだろうか?

 怪しみながら今度は帰り道に集中して歩いていった。

 

 30分後、僕はまたしても裏山から町の入り口にたっていた。

 

 わけがわからなかった。確かに町に入ることはできたし、そこから自宅への帰り道へも進むことができた。しかし気がついたら町への入り口にたっていたのだ。

 これはあきらかにおかしかった。明らかに「何か」されている。

 

「…なんだよこれ」

 

 再び町への道を歩いていく。

 もしかしたらまた裏山の道にたどりついてしまうのか。

 一体何が起こっているのか、忍なら何かわかるかもしれない。

 

「なぁ、忍。これが何かわかるか?」

 

 返事はなかった。どうやら裏山でのアレで疲れて眠ってしまっているらしかった。

 こうなると忍に話を聞くこともできそうにない。

 携帯電話も見てみたが、残念ながら圏外になっていた。街中で、だ。

 

 そのとき、道の向こうに人が立っているのが見えた。

 それは見間違うはずもない。

 アッシュブロンドの金髪にどこまでも澄んだ碧眼。

 イギリス社交界の星にして私立直江津高校の頂点、エルザ・フォン・リビングフィールドその人だった。

 

 「グッドイブニング、あららぎ君。今時間はあるかしら?といっても、それしかないわよね。ここからでられないんだもの」

 

 その後、僕はエルザさんに促されるままに、近くにとめてあったあの黒塗りのリムジンに乗り込んでいた。

 窓から街頭の光が交互に前から後ろへと過ぎ去っていく。

 

「お嬢様、申し訳ありません。やはりまた同じ場所に戻ってしまうようです」

 

 運転席でリムジンを運転する老人が申し訳なさそうにいった。彼がエルザさんが言っていたじいやだろうか?

 

「そう、でもじいやのせいじゃないから気にしないで。結界だもの、仕方のないことよね」

 

 エルザさんはそう彼女の執事にいった。

 彼女のいった結界という言葉が気になる。

 

「なぁエルザさん。これっていったいどういうことなんだ?その、僕にもわかるように説明してもらえるとすごくうれしいんだけど」 

 

 たずねると彼女は涼やかな流し目で僕の顔をちらりとのぞいた。

 そしてポツリといった。

 

「エルザ」 

 

 え?何?

 

「私はあららぎ君に私のことはエルザって呼んでっていったのに。あららぎ君、ずっとエルザさん、エルザさん、って。あららぎ君は私に遠慮してるわ」

 

「え、そうかな。いや、でも日本ではそれが普通というか、そういうもんだというか。別に遠慮してるとかそういうことじゃないんだよ」 

 

 これは半分はうそだった。そもそもイギリス社交界の星だといわれるような美少女にどうして遠慮しないでいれようか。

 

「ふぅん。まぁいいわ、今のところはね」

 

 彼女はいって、楽しそうにクスクス笑った。

 まったく、つかみどころのない人だ。

 改めてエルザさんに尋ねてみる。

 

「で、結界っていうのは?」 

 

「あら、そうだったわね。一定範囲から出られなくする種類の結界だと思うわ。私たちも出られなくなってるの、たぶん私を狙ってのことだと思うんだけど。ごめんなさい。あららぎ君もまきこまれてしまったようね」

 

「それはつまり、エルザさんは誰かに狙われてるってことでいいのかな?」

 

 それは知らなかった。知る由もない。しかしそれもやり方がまわりくどいように思われる。

 普通人を狙うというと不意をついて襲うというのがセオリーなのではないのか?

 それはノイマン家のセキュリティと彼女の特別な事情に起因するものなのだろうか。

 

「なんにせよ、あららぎ君が無事でよかったわ。それじゃぁ向かいましょうか」

 

 エルザさんはそういうと、車中を見回し始めた。それはまるで、車中というより車中を越えて遠くを見回すようなしぐさに見える。

 ふいに彼女が指を指した。

 

「じいや、あっちに向かってちょうだい」 

 

「はい。お嬢様」

 

 黒塗りのリムジンは、エルザさんが言ったほうへと進んでいった。

 しばらく右折左折を繰り返した後、少々意外な場所に到着した。

 それは昼間の、あの廃工場跡だった。

 

「ああ、やっぱりここだったのね。きっと昼間のアレで場所が見つかったんだわ」

 

 エルザさんはつぶやくようにそういうと、続いて僕に彼女と一緒に車をおりるようにいわれた。

 

「じいやはここで待っていて頂戴な。向こうが用があるとしたら私のハズだもの」

 

「わかりました、お嬢様。お気をつけて」 

 

 

 廃工場の中をエルザさんに連れられるままに歩きながら、エルザさんの言う昼間のアレ、について考えていた。

 昼間のアレというのは、おそらく不良たちとの一件だろう。

 それで見つかったというのは、彼女は、あるいは彼女らは誰かに捜査されていたということだろうか。

 

 考えていると、廃工場跡の真ん中でエルザさんが歩くのをやめた。

 

「さぁ、来てあげたわよ。でてきなさいな」

 

 エルザさんが誰もいない工場跡の中で叫んだ。

 その耳に心地のいい波長の声は、むなしく工場の空に響いた。

 そう思ったのだが、それは実際には僕の早合点だった。

 彼女が叫んで、少ししたあと、工場の建物の影から、あるいは建物の屋根に人影が姿を見せた。

 

「まったく、手間のかかることをするじゃないの?素直に屋敷を訪ねればいいじゃない」

 

 エルザさんがすこし非難がましくいった。

 現れた人影は全部で六つだった。暗くてよくわからないが、確かに人間の格好だ。

 

 その中には女性も混じっているようだった。

 その女性がまず口をひらいた。

 

「ああ、憎い憎い、妬ましい妬ましい」

 

 のっけから危ない女だった。

 黒いウェーブした髪が腰の辺りまで伸びており、目は赤く充血している。

 

「その碧眼が妬ましい、その金髪が妬ましい、そのでかい乳が妬ましいいいいい!!」

 

「あら、お褒めにあずかり光栄だわ」

 エルザさんが耳ざわりのいい声色で答える。

 

「ほめてねぇぇぇぇええええ!!」

 

 いや、どう聞いてもほめてるだろ。

 あらわれた人影を見回すと、ほかには丸々太った大男や、明らかに年端のいかない少年や、どう見ても刀をぶらさげている白髪の男などが、全部で6人いるようだった。

 

「エルザさん。この人たちは知り合いなのか?どうも日本人ではないようだけど」

 

「この人たち?友人というわけじゃないけど、ちょっとした顔見知りね。この人たちは、私を捕まえにきたのよ。そうよね?」 

 

 そういって彼女は横目で6人の西洋人のほうを見た。

 その流し目は少し金色に輝いて見えた。

 

「捕まえるとは人聞きが悪い。われわれはあなたに、われわれの仲間になってもらいたく参上したのであります」

 

 刀を帯びた白髪の男が答えて続けた。

 

「否、エルザ・フォン・ノイマン殿におかれましては、我が教団の教主となっていただきたく」 

 

 いって、白髪の男はうやうやしく頭を下げた。

 その隣で地面に寝転がってる少年が突然ガバっと体を起こした。

 

「っはっ!?めんどくさい、めんどくさすぎて息もしたくない。でもそれで死ぬところだった!!」

 

「あいにくだけど、私はそういう趣味はないから。悪いけどお断りするわ、ごめんなさいね」

 

 まるで街で声をかけてきたナンパをかるくいなすような口調でエルザさんは断った。

 さっきの少年がめんどくさそうに口をひらく。

 

「だからさっさとさらっちゃおうよ、めんどくさい。めんどくさいけど、ミスノイマンがうちにくればもっと楽になる。だからめんどくさいけどうちにきてもらうよ。ああめんどくさい」

 

 ついで屋根の上の丸々太った巨漢が叫んだ。

 

「ああぁぁぁああ!!あの子供、うまそうだなぁ。あいつは、いいのか!?」 

 

 屋根の上から大口を開けてよだれをたらしながら叫んだ。

 

「あいつは食ってもいいのか!?」

 

「ああ、妬ましい、お前の食欲まで妬ましい。見たところただの人間じゃないようだが、たいしたことはない木っ端のようだし、好きにしな。ただしまずはノイマンだ。ああ、あの耳に心地のいい声まで妬ましい」

 

 なんだこいつら?どうもその口ぶりから狙いはエルザさんであるようだが。

 困惑してる僕にエルザさんはフフフと笑って説明した。

 

「彼らはなんというか、日本で言うところのエクソシストの集団みたいなものなのよ。その教団のトップの七大罪という集団よ。それぞれ憤怒、暴食、嫉妬、怠惰と七大罪になぞらえた性格を無理やり演じてる残念な人たちよ」

 

 彼女はそういってコロコロ笑った。どうにも緊張感のない人だ。

 

「まぁ正確に言うと、七大罪の概念を身にやどして人間性を代償に力を得ているのだけれどね」

 

 ということは、つまり彼らも怪異側の人間ということか。

 僕や忍野、エルザさんと同じ側なのだ。

 しかしそこであることに気づいた。

 

「なぁエルザさん。七大罪というわりには、あの人たちは6人しかいないみたいだけどもう一人は欠席なのかい?」

 

「あら本当ね。もしかして風邪でもひいたのかしら?」

 

 エルザさんが言うと、黒髪の嫉妬女が体をわなわな震わせて叫んだ。

 

「お前が!!お前が兄さんを食っちまったんだろうがああぁぁぁぁ!!」

 

 食った?食ったとはどういうことだろう?まさか人間を、食事として食べてしまったということか?

 

「あら人聞きの悪いことをいわないでくれる?私は彼には指一本触れてないわよ。色欲のエレールさんだっけ?」

 

「ああ、妬ましい。兄さんの心を奪ったこの女が妬ましい。本当なら殺したい!!」

 

「もうよかろう。交渉は決裂しておるで、はようにはじめてしまえ」

 

屋根の上の銀髪の男が始めて口を開いた。

 

「どうせい我ら七大罪が出た以上にはやつもしまいよ」

 

「そうね。あなたたちは残念な人たちだけど、腕は確かだもの。並のエクソシストなら裸足で逃げ出しちゃうんじゃないかしら?」

 

 フフフとエルザさんがコロコロ笑った。

 

 彼女の笑い声に共振するように、嫉妬女の黒髪が逆立ち、人食い男がよだれをあふれはじめ、筋肉男が体から赤い蒸気を発し始める。

 それに呼応するかのように、エルザさんの波打つアッシュブロンドの金髪も金に輝き始める。

 

「いや、ちょっと待ってくれ」

 

 僕はそういって、エルザさんと6人の間にたった。

 

「さっきから話は聞いてたけどさ。さすがに1対6は卑怯ってもんじゃないか?」

 

 僕の言葉に黒髪女が反応した。

 

「あぁ?なんだぁお前は?下がってろよ三下ぁ。ああ妬ましい。ナイト気取りの男を連れてるあの女が妬ましい」

 

「あら、いいのあららぎ君?やさしいのね」

 

「いや、僕は普段はへたれで通ってるけどさ、これはちょっと口出しさせてくれよ。なぁ、あんたら!!」

 

 殺気立つ6人のほうに向かって叫ぶ。

 

「あんたらの中から一人出てきてくれよ。それで僕と勝負しろよ。それで僕が勝ったらそっちの負けだ。それでいいだろう!?」

 

 いわれて、6人の男女はしかし表情がまったくよめなかった。

 

「ああ妬ましい。あんまり妬ましいから、なら私が潰してやろうか」

 

 さっきの嫉妬女が一歩前に出た。

 女の目は充血して赤く、黒い波打つ髪はざわざわと揺れている。

 

「あららぎ君。ファイトー」

 

 僕の後ろからエルザさんが声援を送ってくる。

 一応あんたは身柄を狙われてるんだけどな。

 

「彼らのことについて教えておくわね。だって初見じゃあららぎ君が殺されちゃいそうだもの」

 

 やりあう前にエルザさんがあいつらについてざっくりとした説明をしてくれた。

 

「あの女は魔女髪のフルエ、嫉妬に人間性を捧げてるわ。彼女は自分の髪を自在にあやつれるから注意してね」

 

 ほかにも説明を受ける。

 筋肉の男は憤怒を宿した赤のグレイン。体を赤熱化させて強化した身体能力で戦うらしい。

 僕を食いたいといっていた太った男は暴食のバアル。食ったものを自分のエネルギーに変える、加えて右手も口になっていて、左手は食べたものの能力を移せるそうだ。出てきたのがあいつじゃなくてよかった。

 刀を持った白髪の男は轢剣のヴァレリア、強欲の性質、刀だけでなく鞘も空間を操作する怪異を宿しているらしい。

 白銀の髪の男は銀のエニェ、大罪は傲慢、左手の指にそれぞれつけた銀の鎖と先端の銀球は彼の自在に操作できるらしい。おまけに右手の手首につけた鎖つきの銀球は大きさが自在に操作できる一撃必殺の武器だとか。

 最後に地面にねっころがっている少年は結界のペルシド。いわれなくても見た感じあいつが怠惰だろう。僕たちを閉じ込めた結界を作ったのはどうやら彼らしい。

 

 と、大体そんな感じらしい。エルザさんはこんなやつらに狙われて今までよく無事だったものだ。

 それはイギリスの大貴族、ノイマン家のセキュリティによるものだったのだろうか、だとしたら彼女が日本を訪れている今、彼らには好機だといえるのだろう。

 

「あららぎ君。あなたからのせっかくの申し出だから素直に受けたいけど、手をかしてほしかったらすぐいってね」

 

 後ろでエルザさんが笑っていった。

 

「一応あの人たち、1万人以上いるエクソシスト教団のトップの戦闘員だから」

 

 おいおいマジかよ。

 いや、気をしっかり持とう。僕だって一応は元世界一の怪異殺しの眷属だ。

 格というものがあるとすれば、そう劣ってはいないはずだ。

 

 黒髪をざわつかせる女のほうを向いてつげた。

 

「それじゃぁ、はじめようか」

 

 そういった瞬間。腹部に違和感、見ると、そこには拳の形をした黒い髪のたばが突き刺さっていた。

 

「おせぇよくそがきぃ…」

 

 目の前にあの魔女髪のフルエが肉薄していた。

 彼女は彼女自身の髪を自分の体に全身スーツのようにまきつけて、その拳を僕の腹につきたてていた。

 それはもはや人間の身体能力ではなかった。

 内臓がぐちゃぐちゃになったかのような激痛が走っている。

 

「ぶぁっ…」

 

 激痛に身をよじりながら、しかし吸血鬼の治癒能力によって回復してもいっている。

 逆にいえば相手から近づいてきてくれたのだ。

 吸血鬼の利点はこの驚異的な回復能力だ。

 目の前の嫉妬女に右手を振りぬく。

 

「があああぁぁぁ!!」

 

 振りぬいた右手はかわされてしまった。

 ついでよけた魔女髪のフルエに左手を振りかぶり殴りかかる。

 だがそれも距離をとられてしまった。

 距離をとったフルエが髪の全身鎧をふるわせながらいった。

 

「ふぅん。あんたやっぱただの人間じゃないね」

 

 5Mほど向こうでフルエが両手を振りかぶった。

 なんだ?そう思った次の瞬間。

 フルエがそのばで両手を目の前の空間を殴るように数度動かした。

 すると彼女の腕の黒髪が、そのまま伸びて、拳の形のまま僕の体にいくつも突き刺さった。

 それはもう、効果音があればドドドドドドドドというくらい何度もである。

 

「あっはっはっ、よぇぇぇえええ!!その弱さでナイトを気取る能天気さが妬ましいわ!!」

 

「げぇっ…ぐっ、おおおおおおぉぉぉ!!」

 

 血ヘドを吐きながら、フルエに向かってダッシュする。

 吸血鬼の脚力で一瞬にして距離をつめる。

 

「!?」

 

 吸血鬼の脚力をはじめて目にしたフルエは虚をつかれたのか、大きく目を見開いた。

 両手を振りかぶって、フルエに向かって量拳を乱打する。

 

 ガガガガガガガガ

 

 打撃音が響く、手ごたえがあった、が、しかし僕の両拳はひとつとしてフルエの黒髪の鎧にすら届かなかった。

 

「残念でしたぁ。その程度の筋力で私の魔女髪の盾は抜けねぇよ、雑魚がぁ」

 

 フルエが顔をゆがめて笑った。

 僕の拳を阻んだものは、僕とフルエの間の空間に出現した黒髪の盾だった。

 それが僕の拳の軌道上にいくつも出現し、ことごとく拳の進行を阻んだのだ。

 

 おそらく目に見えないほど細い黒髪が目の前の空間で束になりあの黒髪の盾を形成しているのだろう。

 

「かぁっ!!」

 

 僕は短くさけんで、右足を振り上げ、フルエの胴体をけりつけた。

 

「あははっ、おせぇおせぇ、盾を使うまでもねぇ」

 

 フルエは黒髪の全身鎧をビキビキと音を立てて緊張させ、上空に飛んだ。

 それはもう飛んでいった、10Mほど上空のフルエを見上げたとき、フルエは右肩あたりの空間に、彼女自身の黒髪でもって、巨大な拳を形成していた。

 

「潰れろぉっ!!」

 

 フルエが右手を振りぬくのに連動するかのように。

 フルエの右の空間に形勢された巨大な黒い拳が降ってきた。

 その巨大な拳にペシャンコにプレスされ、肺までつぶされ空気が押し出される。

 

「うばぁっ!!げ、げぼぁっ…」

 

「フン」

 

 フルエが地上に降り立ってペシャンコになった僕を見おろした。

 

「ああ、妬ましい。こいつの再生力がねたましい。こいつ、ずいぶんとできそこないだが、もしかして、なにかの怪異か?」

 

 ドキリとする。フルエがペシャンコになりながら再生する僕を見てそういうと、そのはるか後ろで叫び声が聞こえた。

 

「あああぁぁぁああ!!食いてぇ!!いつまでも食える!!何回も食える!!」

 

 不吉なことを言っているのは暴食のバアルだった。

 そして同時に、その近くの礫剣のヴァレリアとかいう白髪の帯刀男が進み出た。

 

「食えねーよ。どうせお前は我慢できずに全部くっちまうんだろう」

 

 毒づくフルエに白髪の男が言った。

 

「フルエ、ちょっとかわってはくれぬか。満たされぬのだ、私の闘争欲が」

 

 フルエはいわれて強欲男に振り向くとチッとしたうちをした。

 

「ああ、妬ましい、お前の闘争欲まで妬ましい。しかしまぁ、かまわんよ。1対1には変わりない」

 

 さっきから思うんだけど、この魔女髪のフルエの嫉妬はあけっぴろげすぎてむしろ気持ちがいい気さえする。

 いや、そんなことを言っている余裕はなかった。

 やっとこさたち上がる僕の目の前から白髪の帯刀おとこが走ってきている。

 そして走りながら、抜きやがった、ギラつく白刃が右手にもたれる、そして左手には鞘を持ち構えていた。

 

「くっそおおぉぉぉ!!」 

 

 叫びながら突き出した右拳は、しかしあっさりと白髪男に交わされ。

 かわりに一閃。

 

 一太刀あびせられた、と思った。

 しかしそうではなく、体中が切り裂かれ、鮮血が勢いよくあふれだした。

 

「ふむ」

 

 白髪男はいうと、体中を切り裂かれてふらつく僕にまったく興味を失ったようにくるりときびすを返した。

 

「もうよい。礫剣を出すまでもない。これ以上欲は満たされん。あとは好きにしろ」

 

「がっ、ぶあっ…」

 

 血液を撒き散らしながら地面に仰向けに倒れこんでしまう。

 

「じゃぁ!お、おれ!おれ!!1対1だから!!1対1で食えるから!!」

 

 あいつだ。仰向けのまま顔だけそちらを見ると、まるまる太った大男がよだれをまきちらしながらこちらに進んできていた。

 正直身の毛がよだつ。

 僕はちょうど後ろのエルザさんのほうを見た。

 

「エルザさん。ちょっと…がはっ、力が及ばなかった。悪いけど、逃げてくれ」 

 

 見上げたエルザさんはあの青い瞳で僕を見下ろしている。

 

「いやよ。それに忘れたの?私たちはもう結界の中にとらわれてるんだし。ねぇあららぎ君、私はあなたに手を貸すことならできるわよ?」 

 

「ま、まず、か、肝臓!肝臓にする!!肝臓から食べる!!」

 

 僕が怪異としってか遠慮がない。

 僕を牛か何かとしか見てないのだろうか、外国の倫理観がよくわからなかった。

 

「じゃ、じゃぁ頼むよエルザさん。手を貸してくれ」

 

 そういうと、彼女はニコリと笑っていった。またしてもあの蠱惑的な笑みだ。

 

「エルザ」

 

「え?」

 

 思わず聞き返してしまった。

 

「あららぎ君。私のことエルザさんって呼ぶもの、エルザって呼んでくれたらいいわ」 

 

 彼女はいたづらそうな微笑みで僕を見下ろしている。

 勘弁してくれよ。もうあの大食い野郎の荒い息遣いまで聞こえてくる。

 

「も、もう我慢できなぁい!!」

 

 突然、暴食のバアルが走り出した。

 その口はおおよそ人間にはありえない大きさに開かれている。

 人間のサイズなど一度に丸呑みされそうだ。

 一気に肝が冷える。

 

「わかった!エルザ!エルザ!手を貸してくれ!!」

  

 僕が叫ぶと、彼女はフフと笑い、彼女の金色の髪が、さらに金色に輝き始めた。

 

「わかったわ、あららぎ君」

 

 エルザがそういったとき、彼女はすでに、暴食のバアルの後ろに滞空していた。 

 

「!!?」  

 

 バアルが突然のことに右を振り返ろうとする直前に、エルザの光る左足が、回し蹴りでバアルの右側頭部をとらえた。

 

 轟音。

 

 エルザの光速の回し蹴りをもらって、バアルはそのまま大きく吹き飛び、地面を水面をはねる飛び石のように高速ではねると遠方につんであった鉄のコンテナ群に突っ込んだ。

 

 「やられた!ああ妬ましい!!全員でいくぞ!!」

 

 どうやら僕には少なくとも囮の効果はあったらしい。

 それを皮切りに、魔女髪のフルエ、憤怒のグレイン、礫剣のヴァレリア、銀のエニェ、結界のベルシドがそれぞれ戦闘体制に入った。

 

 憤怒のグレインという筋肉がすごい巨漢がまずとびだしてきた。

 全身が赤く赤熱し、背中から炎を吹き上げてジョット機のように加速し、エルザに肉薄した。

 

 グレインは赤く赤熱する両手を振りかぶり、エルザにむかって長身から拳を乱打した。

 

 エルザはそのどの燃える拳にも当たらなかった。

 すべて寸前でかわしていく。

 

「下がれ!グレイン!!」

 

 銀のエニェが叫び、グレインがはねるように後方にとんだ。

 そのときすでに、エルザの上空にはエニェの右腕から伸びる鎖につながれた、直径20Mほどに巨大化した銀球が振り下ろされていた。

 

「これで潰れろぉっ!!」 

 

 エルザの眼前に巨大な球体が迫る。

 そのとき、エルザの右足が金色に発光し、彼女はその右足を巨大な銀球に向かって蹴り上げた。

 

バァン!!

 

 轟音とともに銀球がねじまがり、高速で上空へと飛んでいく。

 ついでエルザは右手を振りかぶると、その右手が黄金に輝き始めた。

 

「くそっ!!」

 

 30メートルほど先で毒づくエニェの眼前に、拳大の光る力場が疾走していた。

 それがエニェの顔面をとらえ、衝撃とともにエニェの体を吹き飛ばした。

 

「がああああぁぁぁあああああ!!!」

 

 憤怒のグレインが雄たけびを上げ、再び背部の炎の爆風の超加速をしたとき。

 すでにグレインの顎先に下から黄金に光るエルザの右掌底が発生していた。

 

 エルザの掌底がグレインの顎に突き刺さり、グレインが真上に吹き飛んでいく。

 

 そのとき、突き上げたエルザの右手に立方体のような結界が発生した。

 その半透明の立方体はエルザの右手を包むと彼女の右手をその場に固定した。

 

 「よくやった!!ペルシド!!」

 

 それは結界のペルシドが生成した結界だった。

 工場のたてものの影でペルシドが右手を突き出している。

 

 魔女髪のフルエがエルザに走る。

 

「その妬ましい顔面をぐちゃぐちゃにしてやるわあああああぁぁぁ!!」

 

 次の瞬間、エルザの右目が黄金に輝き、

 その目でもって結界のベルシドを見た。

 

「ダメだ!!目を見るなベルシド!!」

 

 フルエの叫び声はしかし遅かった。

 エルザの輝く目を見たベルシドは、まるで魂が抜かれたように体を震わせ、

 気を失ってしまった。

 

 エルザの右手が自由になる。

 エルザはその右手に、輝く光球をいくつも発生させ、

 それを左手から迫る黒髪の鎧に身をまとったフルエに疾走させた。

 

 光速の光弾がフルエの魔女髪の鎧ごと撃ちぬいた。

 

「かっ!!がはっ!!ね、妬ましい…」 

 

 いってフルエは地面に倒れこんだ。

 

「別にあの結界も壊そうと思えば簡単なんだけどね。あの女もこれじゃまだ死んでないでしょう」

 

 そのとき、最初に吹き飛ばした暴食のバアルが突っ込んだコンテナ群が爆発したように散乱した。

 見ると、頭をひしゃげさせたバアルが、右手に何か金属を持っている。

 そしてそれを口にいれ、食べ出した。

 

「タングステンを取り、こんだ。これで、、かたいいいいい!!!」

 

 タングステンは聞いたことがあった。たしか戦車砲にも使われてる、かなり質量がある金属だ。

 そのタングステンを取り込んだバアルの体は金属質に変質し、

 そのままバアルはエルザに向かって突進をはじめた。

 

「食ううううううううう!食わせろおおおぉぉぉおおおお!」

 

 エルザは突進してくるバアルに、発光する両手を振りかぶり、

 黄金に輝く力場を立て続けに射出した。

 

 光速で疾走した力場は、しかしバアルのタングステンの体を貫くことなく、

 バアルはそれにかまわず前進してきた。

 

 と、突然エルザが横にとんだ。

 するとさっきまでエルザがいた地面が縦にひび割れた。

 

 その縦のひび割れの元は礫剣のヴァレリアのものだった。

 白髪男が空間に力場を発生させる鞘で縦に斬撃を放ったのだ。

 

 ヴァレリアの攻撃はそこで終わらなかった。

 横っ飛びをしたエルザに、抜き身の白刃でもってすでに切りかかっていた。

 同時にタングステンの体のバアルが肉薄する。

 

 ヴァレリアの白刃がエルザの左肩に迫ったとき、

 そこに突然金色の長方形の盾のようなものが発生した。

 ヴァレリアの縦に振りぬかれた白刃が、

 その黄金に輝く盾に吸い込まれると、

 吸い込まれた白刃がそのまま金色の盾から飛び出してきて、

 それがそのままヴァレリアの体を縦に切り裂いた。

 

「くわせろおぉおぉぉぉぉぉおおおお!!」

 

 バアルが飛び込んでくる。その体はタングステンの超硬度である。

 そのときエルザの右手の手のひらが発光し、

 黄金の光の刀が出現。

 

 エルザはそのまま空中に飛ぶと体を横にして一回転し、

 刀状の光の束でバアルを斬りつけた。

 

「ぶあああっ!!」

 

 バアルの体が切り裂かれ、鮮血が噴き出す。

 太った大男はそのまま地面につっぷした。

 

 暗い夜の廃工場跡に、静寂だけが残った。

 

「ふぅ、いい運動になったわ」

 

 彼女はこともなげにそういったのだった。

 

「立てる?あららぎ君」

 

「ああ、ありがとう。」

 

「ありがとう?」

 

 彼女は何か先を促すようにいった。

 

「ありがとう。エルザ」

 

 そういうと、彼女はニッコリ笑って僕の手をとったのだった。

 

 

 

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 工場跡の周りの結界はすでにとかれたようで、僕たちは

ループしていた区画から出ると、僕は一人家への道を歩いていた。

 

 しかし、エルザはやっぱり僕が怪異側だということを知っていたんだな。

 でなければ、僕が普通なら何度も死んでる状況を見て平然としているのはちょっとありそうにない。

 それにエルザの持つ怪異が欧州七大怪異だったっけ?の金光鳥だということもほぼ確信が持てた。

 異常な能力だった。忍野が相手にしたがらないのも今なら理解できる。

 あの集団が教主にと迎えたい気持ちになるのもわかろうというものだった。

 というかあいつら本当にこれで帰っていくんだろうな?大丈夫だという話だったが。

 

 今日は散々だった。不良とのいざこざにはじまって、裏山の脅威を沈めて、よくわからんエクソシスト集団にボコられた。

 しかし火憐ちゃんの行方はまだわからなかった。

 体がきしむ。さすがに帰って早く眠りたかった。

 

 家に向かって夜道を歩いていると、携帯電話がなった。

 見ると神原からである。もしかしてまた何かわかったのだろうか。

 

「はい。阿良々木です。神原か?」

 

 携帯電話から聞こえてくるのは、思ったとおり、神原の声だった。

 中年のおっさんの声じゃなくてどこかほっとした。

 

『ああ、私だ阿良々木先輩。妹さんのことなんだがな』

 

 神原が切り出してきたのは火憐ちゃんのことだった。

 いったいなんだろうか。

 

「火憐ちゃんのことか?何かわかったのか?」

 

 いかん。火憐ちゃんと言ってしまった。

 

『ああ、そうなのだ。というか、あのあと忍野さんに二、三話を聞いてな。ほぼ核心をつかんだと言える』 

「本当か!?妹はどこにいたんだ?」

 

『それは言えない』 

 

 言えない?火憐ちゃんの失踪の核心をつかんだ。そう神原は言っていた、言えない?

 

『私は確証がほしかったのだ。だからまずは自分で確かめたかった。それでこの結果になってしまった』

 

「いや、どういうことだよ?今どこにいるんだ?もし大丈夫なら今からそっちにいくよ」 

 

『いや、いいんだ阿良々木先輩。私が阿良々木先輩に電話をかけたのはただ一言あやまりたかったからなのだ』

 

 え?何を言っているんだこいつは?

 僕は別に神原に特別何かされた心当たりはないぞ。

 

『すまない阿良々木先輩。私はしくじってしまった』 

 

 そういって神原からの電話は突然切れてしまった。

 それから僕がいくら電話をかけなおしても、電源が入っていないか圏外かとアナウンスされるだけだった。

 そして次の日から神原が学校に来ることも、自宅に帰ることもなかった。

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