翌日、登校する前に神原の自宅を訪ねてみたが、やはり神原は昨日から帰っていないという話が聞けるだけだった。
あの尋常ならざる運動能力を持つ神原は、しかし昨日僕に電話をしてきて一言謝罪したあと、まったく消息をたってしまっていた。
これはちょっとデジャブを感じた。それはもちろん6日前の火憐ちゃんの失踪である。
神原は忍野からなんらかの話を聞いた後、火憐ちゃんの手がかりを一人で探してそのまま消息を絶ったのである。
偶然だろうか?それよりは同じ原因によるものだと考えるのが自然だろう。
その点について、忍野は危害を受けることはないだろうと推定していた。
だからといってほうっておくことはできなかった。
火憐ちゃんは自分で招いたことだとしても、神原の失踪については、僕たちに助力をしてしまったことによって招いたものなのだ。
とりあえず学校が終わったら町中を調べまわってみよう。
神原も足を使って手がかりを得たわけだし、僕には神原ほどのスタミナもないけど、とりあえず動けるだけ動いてみよう。
学校の授業は安穏に過ぎていった。正直少し心配していたのだ。もしかしたら学園もののお約束のように先日のエクソシスト集団の嫉妬女あたりが転校でもしてくるのではないかとヒヤヒヤしていた。
エルザの言っていたとおりに、彼らは手を引いたということなのだろう。
正直あんなんがいたら風紀委員が何人いても足りなそうだったし、僕も重要参考人にされそうだったからな。くわばらくわばら。
昼休みが過ぎたあとの午後、諸般の手続きが急ぎだったことによって遅れてあの魔女髪のフルエが転校生としてうちのクラスにやってきた。エルザは隣のクラスだぞ。転校してくるならそっちにしろよ。ていうかこいつ僕と年同じだったんだな。そこらへんは偽造可能だったのかもしれない。
転校生といわれてフルエが教室に入ってきた瞬間。僕はまるでお約束をなぞるように反射的に席をたって、次に生存本能によって教室を抜け出し廊下をダッシュした。
しかし廊下の角を曲がったところでフルエの黒髪に絡め獲られた。
「なに逃げてんだおいぃい?これからの学校生活よろしくねぇあららぎくぅ~ん」
フルエが褐色の瞳を僕の瞳にくっつきそうなほど寄せてきてそういったのだった。
こいつらの目的はエルザの懐柔である。実力行使はこれ以上ないほど完膚なきまでに失敗したので、次は友好に訴えようというわけらしい。普通は順序が逆だと思うんだけどな。
もしかしたらエルザに食われたというこいつ、フルエの兄がその役を担っていたのかもしれないけど、さすがにあの嫉妬女にそれを聞くのははばかられた。僕の身が危険だったからである。
まぁそもそもあれは彼女らとエルザの問題なのだから僕が介入するようなものでもないし、僕にまで影響が及ぶ
放課後、僕は町中をひとりとりあえず歩き回って、何も見つからないのを確認したあと、町でひときわ高い観光ビルの空中公園に腰掛けて町を見下ろしていた。
空中公園は閑散としていて、ここから町の道路に車が走っていったり、太陽光を反射したビルの窓がキラキラ光って見えた。ここから火憐ちゃんや神原の姿が見えないだろうか。
僕は空中公園から町を望む展望台の手すりをつかんで叫んだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおい!!」
別に返事を期待したわけでもない。何も返ってこない。ただのストレス解消だった。
あいつらどこにいるんだよ。
「ああビックリした。それって流行ってるの?あららぎ君」
背後で驚く声が聞こえた。僕がその声にまた驚いて振り向くと、そこにはくだんのエルザ・フォン・リビングフィールドがこちらを向いて立っていたのである。その両手にはカンジュースがあり、片方こちらに向けられている。
「ちょっとお話しない?あららぎ君。これはおごるわよ」
彼女はそういってフフフと鈴がなるようにコロコロ笑うのだった。
僕とエルザは空中公園のベンチに腰掛けた。ジュース缶を傾けると、オレンジジュースがつぶつぶ食感の何かと一緒にのどに流れ込んできた。それがなかなかのどに気持ちよかった。
「私、イギリスではお父様の研究を手伝ってて、それで支払われた給金でこの缶ジュースも買ってるのよ。そういえば私が人に何かおごるのなんてはじめてかもしれないわ」
「へぇ、そいつはすごいね。エルザのお父さんって、じゃぁ研究者なのか?学者とか?」
「あら、あららぎ君、私のことエルザって呼んでくれるのね。私はそう呼んでくれるほうが好きだわ」
彼女はそういってフフフと笑った。
「そりゃエルザがそう呼べっていったんだろ?いや、僕もこっちでいいけどさ」
「でも誰でもってわけでもないのよ。親しき仲にも礼儀ありって、日本の言葉にもあるでしょう?でもそれも両極端な話よね。フルエちゃんなんて私のことをミスノイマンとしか呼ばないわ。私はリヴィングフィールドのほうが好きだっていってるのに」
少しすねた表情をするエルザだった。
「そういえば、魔女髪のフルエだっけ?けっきょくのところはあいつはなんで転校なんてしてきたんだ?それも昨日の今日でだし」
「さぁ?」
「さぁって…」
あいつのフルネームって確かフルエ・ノースホワイトだっけ、あの人となりでホワイトとは名前詐欺もはなはだしかった。ていうかフルエちゃんってガラじゃないだろ明らかに。
「私は興味ないもの、あの人たちにも、あの人たちの活動にも。各地で起こる怪異事件を解決するのも、いつか訪れるアルマゲドンに備えるのも、それは結構なことだと思うけど。私の領分ではないわ」
「そういうものなのかな。まぁ一般の学生がやることではないかもしれないって気はするけどさ。それにあんな異常な連中に囲まれてたら息がつまりそうだよな」
「フフフ、そう言ってあげないであららぎ君。あの人たちはあれで悪い人たちじゃないのよ」
「いや、僕食われそうになってるんだけど…」
でもまぁそれは彼らが力の代償として捧げている人間性によるもので、それ以外の彼らは割りとまともってことなんだろうか?罪を憎んで人を憎まずなんて言葉があって、人の悪徳はその人ごと憎まれてしかるべきと思わなくもないけれど、この場合に限ってはそれが適用されることになるのかもしれない。
あれはおそらく病みたいなものなのだ。彼らはその制約の代償に力を得た。
「それに異常といえば、異常なのはあの人たちだけじゃないわ。あなただって十分異常よあららぎ君」
彼女はそういってジュースの缶をあおった。
ジュースを飲む彼女ののどがコクコクと動く。
そして缶をおろすとエルザはそのジュースのラベルに目を落とした。気に入ったのだろうか。
気に入ったならにゃっちゃんはスーパーで安く売ってるぞ、1リットル150円だ。
「だってそうでしょう?あのときあなたは、ああ昨日の夜のことね、あなたはあの大男に食べられちゃいそうになったときなんていったか覚えてる?」
「え、なんだっけな」
記憶をめぐらせてみる、あのときは何せとんでもなくあわててたしな。
別に僕が特別あわてる性分だってことじゃなくて、普通人食い男に大口あけて走ってこられたら誰でもああなるだろう。
ああ、そうだ思い出した。
「ええと、確か手を貸してくれ、エルザ。だったっけな」
「ブッブー。外れよあららぎ君。ボッシュートだわ」
それはテレビで毎週いってるだけで別に日本の慣用句じゃないぞ。
「そうとも言ったけど、あなたはそのひとつ手前で逃げろって言ったわ。私はあのときとても驚いたのよ。だってああいうとき、普通は助けてっていうわよ。それをあららぎ君は逃げて、って。そもそもあなたは当事者ですらなかったのに」
「いや、悪かったよ。勝手に首を突っ込んだことは申し訳なかった。でもその、事情をよくしらなかったしさ」
そう、知らなかったんだよな。一体なんであそこで対峙してたのかも、金光鳥を宿したエルザがどの程度強力なのかってことも。
「いいのよ。そのことについて言ってるんじゃないわ。だって私うれしかったもの。あららぎ君は本当に正義マンなのね。きっと世の中で正義を行いたくても必然的な帰結としてそうできない人たちのかわりにあなたが正義を執行してるんだわ」
「そんなことはないよ。僕だってそんなに向こう見ずってわけじゃないんだぜ」
そうだ。本当の正義マンっていうのは羽川みたいな、もっと抜き身の、自らの傷を恐れない、恐れないどころか自分が傷つくことをはなから認識すらしていないような。そういう危うさをはらんでるものだ。
それをいえば今回の僕にしたってそうだったかもしれないけど、千石の一件のときは神原に守る相手を見誤るなといわれ、結局は見殺しのようなことをやっている。それはそれで間違ったことではないと思うけど。とにかく僕はそうせざるをえなかったからそうしたというだけで、そもそも正義を行おうとしてそうしたわけじゃなかった。と思う。
「ところであららぎ君はなんだってひとりでこんなところにいるのかしら」
「え、そりゃぁ、まぁ、なんというか、あれだよ」
ごまかしたほうがいいかと思ったけど、いまさらそれも気が引けるし素直になることにした。
「人を探してるんだ。エルザは2年の神原駿河って知ってるか?あいつが今日学校に来てなくてさ、家にもいないっていうんだよ。それでどこにいるのかって走り回って休憩してたんだ」
実際のところ探していたのは神原だけじゃなくて火憐ちゃんもなんだけど、そこまで言う必要もないだろう。
というのはひとつは格好がつかないし、ひとつは気をもませると悪いと思うからである。
「神原さん?もちろん知ってるわよ。有名だもの、彼女。それだったらうちの学校の運動部は全部大慌てかもね」
神原はその性格のディープな部分は一般には知られておらず、その卓越した機動能力を買われてさまざまな運動部に助っ人として参加しているのである。そういうレベルなのでエルザも神原を知っているのだろう。もしかしたらどこかの部活で実際に会ったこともあるのかもしれない。
「がんばるするがちゃん、きっとまたがんばっちゃったのね。それであららぎ君、するがちゃんは見つかったのかしら?」
エルザの問いに、僕は軽く両手を振って答えた。
「いや、残念ながらまったくだ。われながら自分の非力さがうらめしいよ」
「フフフ、あららぎ君は非力じゃないわよ。あららぎ君がそれを言うなら私だって非力だわ」
「エルザが?冗談はやめてくれよ。僕が余計みじめになっちゃうだろ」
そりゃそうってもんだ。羽川に勝るとも劣らないような頭脳で、神原並みに運動部から引っ張りだこ、イギリス社交界の星にして、おまけに米軍を相手にしてもなんか勝っちゃいそうなエルザに同情されても、そりゃもうどうしようもないくらい月とすっぽんだった。いや太陽と子コウモリかなにかだった。
僕がエルザにそう返答すると、エルザは今度は笑わず言った。
「私だって、非力だわ。お父様の前では何もいえないもの。私はねあららぎ君。お父様の前でもきちんと彼を見据えたい。それだけでよかったのよ」
「ふぅん、エルザでも二の足を踏むなんて、よっぽどすごいんだな親父さんは」
僕もエルザにもらったオレンジジュースを飲みながら言った。
エルザは
「ええ、とっても」
と短く言って。
「それはまたいずれ話すわ」
としめくくってしまった。
気になる話ではあったが、エルザがそういうならそうでいいだろう。
僕も休憩にしては少し長くなってしまった。
「さて、それじゃぁそろそろ行くよ。ジュースありがとうな。今度僕からも何かおごるよ」
「あら、いいのよあららぎ君。無理をしなくても」
エルザはまたコロコロ笑い、涼しい笑顔でもって僕の目を見て続けた。
「私としては、あららぎ君があららぎ君自身を私にくれればそれがいいわよ」
「おいおい、簡便してくれよ。それじゃぁ行くよ。また学校で」
「フフフ、またねあららぎ君。私たちまた何度でも会えるわ」
そういって、エルザが右手を彼女の整った唇にあてて投げキッスを僕にやるのに少しドキリとしてしまったあと、僕はその公園を離れて再び人探しに街に向かった。
#
「ちっくしょう。やっぱりみあたんねぇな」
街を歩きながら火燐ちゃんと神原の姿を探しても、いっこうに、まったく何も見つからなかった。
神原の家には、どうも少し家を留守にするという連絡が入っていたそうだが。そのあとの神原の行き先は知らないということらしかった。
火憐ちゃんに関してもどうようだ。忍野はきっと怪我なんかはしてないだろうとは言っていたが、だからといってもう結構日数がたって、彼女の家出最長記録を塗り替えてしまいそうだった。
と、そのとき背後から僕を呼ぶ女の子の声が聞こえた。
「あれ、パパパ木さんじゃないですか」
幼女の、いや、小学生高学年の女子の声だった。
僕はその声に振り向いて、背後から僕を見上げる八九寺に言った。
「おい八九寺、僕を年齢36歳、美人な母親に娘が二人、休日は家族サービスで疲れがとれないがでもそこそこ充実している人間みたいによぶんじゃない。僕の名前はあららぎだ」
「失礼、噛みました」
「違う、わざとだ」
「噛みきりますよ?」
「いったい僕の何を!?」
僕の身長の半分くらいのところでニシシと笑う八九寺だった。
「ちなみにあららぎさんのその家族構成の場合、休日に家族サービスで疲れるなんてことはありませんよ」
「そうなのか?なんかよくわからないけど、それならそれでゆっくりできてよさそうだな」
「ええ、だって娘さんたちは8歳程度にしてお父さんを蛇蝎のごとく忌み嫌っていますからね。家族サービスしたくても、させてもらえないんですよ」
「なんだその早すぎる反抗期は!」
「ちなみにお母さんもあららぎさんのことを気づかっているようで、あららぎさんのあまりの加齢臭にちょっと距離をとっています」
「余計傷つくわ!」
「ところであららぎさん、さっきからここらいったいをうろちょろしているようでしたが、いったいどうかされたのですか?」
強引に話題を転換されてしまった。
というかこいつ、さっきから僕がここらへんを歩いているのをどこかから隠れて見ていたらしい。
「ああ、まぁな。ちょっと探し物みたいなもんだよ」
「探し物?何か参考書でも落とされましたか?」
「ああ、それだったらよかったんだけどな。もっと大切なもんだよ」
参考書を一冊落とした程度なら、あきらめだってつくってもんだしな。
「じゃぁもしかして、本屋の帰りに女子高生パンチラ天国を落としてしまったとか?」
「違うわ!というか何でおまえ僕がその雑誌買ったの知ってるんだ!!」
「もしよろしければ、私もあららぎさんのお手伝いをして差し上げてもかまいませんが?」
「うーん、そうだなぁ」
これだけ調べて何も出ないのに、二人で調べても同じことなんじゃないだろうか。
八九寺がそういってくれるのは正直言ってありがたかったんだけれど、それでは逆になんだか悪いような気もする。
「お前みたいな幼女が僕の後ろについてきたところで何がどうなるとも思えないしな」
「体は子供、頭脳は大人ですよ?」
「すげぇ、なんか急に頼もしくなってきた!?」
「真実は、人の数だけそれぞれあるんですよ…」
神妙な表情で言う幼女の姿がそこにはあった。
ていうか幼女名探偵としてはそれじゃだめだろ。
「愛っていうのは、世界の隅っこでそっとささやくものなんですよね」
「ただのポエマーじゃねぇか!!」
「それで、どうします?」
八九寺の問いに、僕はアゴに手をやってしばし考えた。
空はすでに赤く染まってきているし、そんな遅くに幼女を引き連れるというのも絵柄としてどうなんだろうと思わないでもなかった。
「そうだな、八九寺。せっかくの申し出だけど今日はもう遅いから遠慮しておくよ。僕も今日は帰ろうと思う」
「そうですか、遠慮深いんですねぇあららぎさんは、あと根性なしです」
「うるせーよ」
僕は八九寺に別れをつげて、彼女の言葉に少しムキになったこともあって深夜まで街を探し回ってから帰宅したのだった。
それでもやはり消えた妹と彼女の友人の姿を見つけることは、残念ながらできなかった。