化物語 こよみサムライ[第二話]   作:3×41

9 / 45
009

このタフさだけはできそこないの吸血鬼の体質のありがたさだといってもいいのではないだろうか。

 部屋の窓のカーテンの隙間から日差しが差し込むころに目が覚めて、そそくさと学校に行く準備をして、いつものように朝食を書き込んで、鞄を持って玄関で靴に両足をねじ込んだ。

 

「お兄ちゃん」

 

 物静かな。聞きなれた女性の声に振り返ると、僕の妹であるところの月火ちゃんがドアから頭を出して「いってらっしゃい」と短く僕に行った。

 

「ああ、いってくるよ月火ちゃん」

 

 そういって、玄関のドアに手をかけた。

 僕に出かけの挨拶を交わしたのは月火ちゃんだけだった。火憐ちゃんの声もなければ、その姿すらなかった。

 それは当然である。火憐ちゃんの姿がないのは今日に始まったことではなく、もう1週間にもなろうかという以前から姿を消していたのだ。

 

 

 

 #

 

 

「おかえりお兄ちゃん」

 

 昨日、僕が八九寺に煽られて、ムキになって夜遅くまで街中を走り回ってから帰宅したときのことである。

 僕が家の玄関をくぐると、ちょうど玄関に月火ちゃんが迎えに来てくれた。

 いつになく殊勝な妹ぶりである。もしかしたらすでにダイニングには月火ちゃんの手料理がほかほかと湯気を立てているのではないかと思われた。

 まぁそこは実際はポッキーが、しかも食べ残しが4,5本ほど机の上に無造作に並べられていただけだったのだがそれは別に問題はない。先日のロコモコハンバーグのフルコースはどうしたというレベルではあったが。まぁ寝る前にそんなに食べてもちょっとどうかと思うし、だからといってポッキー5本もないのだけど、とりあえずそのポッキーを一掴みにしてまとめて口に入れると、キッチンにある何かしらの食い物を取り出して無造作に胃に放り込んでおいた。

 

「お兄ちゃん」

 

 そのときである。ダイニングの机で一人さびしく夕飯を取る僕の正面に月火ちゃんが、まるで通りすがりにちょっと一声とでもいうかのように声をかけた。

 

「うーん、別に特に気になるわけじゃないんだけどさ。今日はずいぶん遅かったんだねお兄ちゃん」

 

「え、うーん。まぁそうっちゃ、そうかな。そうかもしれない」

 

 ふと壁掛けの時計のほうを見ると、すでに11時を回っていた。ずいぶんと時間がたってしまっているんだなと自分でも思ったものの、一方で月火ちゃんも今はもう寝ている時間なんじゃないかと思い出した。

 

「月火ちゃんも今日は遅いじゃないか。もしかして僕の帰りを待っててくれたとか?」

 

 たずねると、月火ちゃんは天井を見上げるようにして、うーん、と考えるそぶりをした。

 

「お兄ちゃん。それはずいぶんとおもしろい推理だね。でもその推理には何の証拠もないよ。ただのいいがかりにすぎないんじゃないのかな」

 

「う……」

 

 ていうか、いいがかりなのかよ。兄が妹にちょっと希望的観測で予想をたてるのが、ともすれば軽い罪悪感を感じさせる。ちょっとくらい甘い妄想に浸らせてくれてもよいではないか。

 

「そういうのがセクシャルハラスメントの温床になるんだからね。私は例え相手がお兄ちゃんでも一切の呵責なく警察に届け出る心づもりだよ」

 

「おいおいまじかよ。月火ちゃんお前そんな心づもりだったのか」

 

 危うくお縄を頂戴するところだった。

 

「まぁ別に、今日はたまたま、なんか寝ようって気分にもなれないだけだよ。たまにあるんだけど、いつもはお兄ちゃんは寝ちゃってるから気づかないだけなんだよね」

 

「へぇ、そういうもんか。まぁそういうこともあるのかもしれないな」

 

 思春期の女子というものなのだろうか。よくわからないけど。

 

「それでお兄ちゃんは、今日は何でこんなに遅かったのかな?お兄ちゃんって帰宅部だったよね」

 

「ああ、うんまぁ。ていうか部活って言い方もどうなんだって気はするけどな」

 

 部費もでないし。

 

「補習が立て込むにしても、さすがにこんなに遅くはならないよね。いやでもなぁ……」

 

「おい言ってもいいものかみたいな感じで悩むなよ。さすがに補習で24時までまわることなんてないぞ。どんだけ課題積まれてるんだよ」

 

 実際家で宿題やってれば立て込むこともあるにはあるけど。補習となれば教師のほうが音を上げるだろう。

 

「じゃぁやっぱりお兄ちゃんは彼女さんと個人的な運動部的な活動に精を出してたんだね。なんかスッキリしたよ」

 

「してねーよ!勝手にすっきりしないでくれ!」

 

「こんなに遅くなるなんて、何ラウンドもの激戦だったんだね。まったくもう、学生の分際で不謹慎なんだから」

 

「1ラウンドもなんもしてねーよ!」

 

 イスから立ち上がって必死に否定する男の姿がそこにはあった。まぁ僕だった。

 

「ムキにならないで、むっつりすけべぇお兄ちゃん」 

 

「冤罪でうっかり八兵衛みたいななじみそうなあだ名をつけるんじゃねぇ!」

 

 急転直下。まずい事態だった。月火ちゃんにあらぬ疑いを持たれてしまった。これがただの妹であれば、まぁただの勘違いだと放っておいてもなんにもならないだろうが。あってもまぁ後日友達との話の種になってボヤで終わりである。しかし僕の目の前でわけしり顔に「いい、いいんだよお兄ちゃん」となんか逆に僕をいさめているうざいことこの上ないノリのこの妹は、何の因果か栂の木二中のファイヤーシスターズなのだった。

 この妹にあらぬ疑いを持たれたとあっては、こいつらのファイヤーシスターズネットワークという無駄な口コミ網でもってまたたく間に燃え広がってしまうことうけあいなのである。下手をすれば明後日の午後あたりには僕の高校でも、僕が5人や6人の女性と大運動大会がひらかれていたとかおおよそありえない尾ひれまでついてささやかれ倒しそうなのだ。

 僕一人ならおおよそありえないこっぱずかしい噂に身を小さくしていればいいだけのことだが、僕の彼女であるところのガハラさんにも関わってくることだし、第一にガハラさんに知られては真っ先に僕がどうにかされてしまうかもしれない。となればやることは一つだった。僕が今ここで、なんとしてもこの疑惑を解消せねばならない。

 

「は、ははは。おもしろい冗談だな月火ちゃん。でもそれは単なる推理、空想でしかない。そ、そうだ!証拠、証拠はあるのか証拠は!?誰もが納得する証拠を出してもらおうか!?」

 

「まぁ冗談はおいとこうかお兄ちゃん」

 

「え、あ、うん」

 

 梯子をはずされてしまった。まぁ結果オーライというやつだ。

 

「いや、別に大したことじゃないよ。学校からの帰りに小5くらいのクソガキに絡まれてさ。ちょっとムキになって張り合ってたら遅くなってしまったってだけのことだよ」

 

「そうだったんだ。まぁ私はそれもどうなのかなぁと思うけどね」

 

 読めない表情でそういう月火ちゃんだった。

 実際のところはもうちょっと内容にはズレがあったけれどもそこらへんのことを言っても意味のないことだしな。

 

「まいいや。おかげで疑問がとけてすっきりしたよ」

 

「そうかいそうかい。それなら重畳。僕もうれしいよ」

 

「それでさぁ。火憐ちゃんのことなんだけど」

 

 少しドキリとした。月火ちゃんはというと、最近読んだ本がちょっと面白かったといったような世間話の様子ではあったけれど。

 

「また何も言わずに飛び出しちゃって帰ってこないけど。お母さんに言い訳するこっちの身にもなってほしいもんだよ」

 

 月火ちゃんは声に少し不機嫌そうな色を含ませてそういったが、すぐにケロリとした様子になった。

 この山の天気と秋の空と女心を全部混ぜたようなテンションの切り替わりぶりには毎度のことながら振り回される。

 

「まぁそれはそれだよ。私たちファイヤーシスターズのチームワークってもんだよ。そう思わない」

 

「僕はそのファイヤーシスターズって何のためらいもなく自称してるとこなんてどうにかならんもんかと思うけどね」

 

「お兄ちゃん。それは残念な偏見ってもんなんじゃないかな。みんな空気読み過ぎ過ぎなんだよね。空気読み過ぎ過ぎの、悪を放置し過ぎ過ぎなの」

 

「なんの杉だかしらないけどさ」

 

「そっちのほうはいまさらだよね。それでお母さんに言い訳する分には私と火憐ちゃんでお互い様だと思うよ。私だってそういうときがあるし。でもさ―」

 

 月火ちゃんはうーんとうなって、右手の人差し指を自分の額にグリグリ押し付けていた。

 

「今回はさすがに長いんじゃないかなぁ。私の言い訳だって2、3日だからまだきくんだよ?もしかしたら火憐ちゃん、起こられちゃうかも」

 

 あくまで月火ちゃんは世間話ののりだったが、ちょっとした愚痴のようなものを心配も含めて吐露したわけだった。

 とはいえ、それもどうかというのが僕の感想だった。

 

「それは僕に言われてもどうしようもないな、火憐ちゃんに直接いいなよ」

 

「だっていつまでたってもその火憐ちゃんがいないんだもん」

 

 なるほどそういうことだった。その後、あまり長引くようだと、警察に届けたほうがよいのではないかという話になった。

 しかしながら、仮に警察に行方不明で届け出たとして、警察が一体何をするだろうか。

 調書をとって、風体を確認して、そこそこに情報を拡散したあとそのまま引き出しの中ほどに眠ってしまうのではないかと思われる。やらないよりはましかもしれないが、だからといってなにかしらの本格的な捜査が行われるというわけではないだろう。

 

 

 

 #

 

 

―――まぁ火憐ちゃんが明日になっても帰らなかったら警察にも届けることにするよ。

 そういって月火ちゃんとの話を終えてそのままベッドに直行して眠ったあとの今日だった。

 僕はさきほどドアから顔を出した月火ちゃんと挨拶を交わして玄関を出た。

 

 家を出て、とりあえずは学校に向かった。とりあえずはというのは、今日は学校を休むつもりであったからだ。休むといっても別に遊ぼうというわけではなく、行方不明の友人とついでに妹を探そうというわけだから大義名分はなんとかたつはずである。今日探してみつからなければ、不本意ながら警察に届け出るほかない。

 

 

 #

 

 

「すいませーん。この子を見ませんでしたかー?すいませーん」

 

 僕の腕時計は正午を回っていた。とりあえず僕は朝自宅の玄関を出てから私服に着替え、羽川に体調が悪いから休むと告げて、火憐ちゃんが出没する可能性の高い場所をめぐっては、火憐ちゃんの写真で聞き込みを繰り返していた。

 どうにも泥臭いやり方である。先日くだんのなんでも知っているのではないかという勢いの博識超人、羽川翼に失踪した妹についてたずねてみると、捜査の手順としては写真を使って目撃情報をさらうものなのではないかといわれたので、素直にそうしてみることにしていたのだ。

 残念ながら、羽川にも火憐ちゃんと神原の行方はわからないらしく、僕自身、羽川に対していささか過分な期待をしすぎてしまったことを反省した。

 しかしながら行方知れずで警察に届け出ても、おそらくこのような捜査が行われることはないに違いなかった。

 

「すいませーん。この子を見ませんでしたかー?」 

 

 街を行く人の群れは、しかし僕の姿など目にみえないかのようだ。向こう側から歩いてきては、何も聞こえない見えないかといったふうに反対方向に通り過ぎていった。

 たまに僕が差し出した火憐ちゃんの顔写真を見る人もいるにはいたが、一瞥すると興味がなさそうに顔を背けていってしまう。それならそれできっと知らないということなのだろう。

 ちなみに顔写真は火憐ちゃんのものを使っているのだけど。火憐ちゃんに関しては自業自得というものなので僕の知ったことではない。むしろ火憐ちゃんはそれで多少顔が知れても気にはしないだろう。

 

「どうしたんだい?この子」

 

 しばらくそうしていると、初老のおじさんがそう聞いてきた。

 朝からずっとスルーされていたこともあってか、なんだかそれだけで少しうれしくなってしまう。

 

「はい。数日前から家出をして、それで行方知れずなんですよ」

 

「へぇ、大変だねぇ」

 

「そうなんですよ。残念なことに」 

 

 おじさんは写真をよく見て、ゆっくりと首をひねった。

 

「うーん、ちょーっと見たことがないねぇ。すまないねぇ」

 

「いえそんな。どうもありがとうございます」

 

 おじさんはそういって行ってしまう。それにしても親切な人もいるものだ。

 その後も場所を変えては火憐ちゃんの写真を道行く人に見せては地味に悪目立ちの知名度を上げていた。

 いやいや火憐ちゃんと神原の行方を探っていたのである。

 しかしながらたまに写真を一瞥する人がいるだけで、そのまま行ってしまう人ばかりだった。

 まぁそれも仕方のないことかもしれない。そもそも、通りで目に付いた他人を覚えているということもなかなかないのではないだろうか。

 時計は午後2時、収穫はほとんどなかった。

 これではどうにも火憐ちゃんと神原を見つけることはできそうにないな。

 

「すいませーん。この子を見かけませんでしたかー?」

 

「見たことがあるわよ」

 

「えっ……」

 

 若い女性の声に、そしてその内容に僕は驚いて振り返った。

 途端に、振り返った僕の顔を細い手がつかみ、両ほほをアイアンクローの要領で締め付けたので、口がアヒルのように突き出す格好になった。

 

「一週間前に、あなたの家でね。何をしているのあららぎ君」

 

 そのアイアンクローの主は戦場ヶ原ひたぎだった。

 

「ふぇ、ふぇんひょうふぁふぁらほうふぃてふぉふぉへ……?」 

 

 戦場ヶ原は僕の両ほほにアイアンクローをかましながら、あどけない表情で言った。

 

「何を言っているのあららぎ君?どんな言語を使っているのかわからないわ」

 

 いや、それはガハラさんが僕の顔をロックしているからでしょう。

 

「どうしたのかしら?まさか口をおさえられているから声が出せないなんて、あららぎ君。それじゃぁまるで人間じゃない」

 

「ふぃやふぃんふぇんひゃよほふは!」

 

 顔を左右に振ってもガッチリホールドされて戦場ヶ原の右手がいっこうにとけない。

 しばらく顔を左右に振っているとやっとのことで解放されて一息つくことができた。

 

「人間だよ僕は!僕はいままでどこから声を出してる設定だったんだよ。それに戦場ヶ原、こんなところで何をしてるんだよ」

 

 午後2時である。今日は学校は4時くらいまで授業があったはずである。

 

「あらあら奇遇ねあららぎ君、それはまさしくこちらのセリフというものだわ。学校をさぼって、あなた一体何をしているのかしら?」

 

「いや……」 

 

 どう説明したものだろうか。

 

「実はさっきから遠目にあららぎ君を見ていたから。大体の見当はついているのよ」

 

 まじかよ。ていうかさっきから見てたって、いったいいつから!?

 

「あそこの立体交差点の上から30分くらい前から見ていたわ」

 

 そういって戦場ヶ原が指差した先にはちょうどよさそうな立体交差点があった。特等席だ。

 あんなところから30分も見られていたなんて、なんか急にめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。

 

「写真もとっておいたわよ。これで二人の思い出がまた一つ増えたわね」

 

「そんな思い出はいらねーよ!」

 

 ただの黒歴史だった。

 しかし戦場ヶ原は普段から準備よくカメラを持っていることなどなかったように思うのだけど。

 

「確かにカメラは持ってないわね。今はやりの脳内フォルダに名前をつけて保存というやつよ」

 

「はやり!?はやりでそういうことできるようになるの!?」

 

「ちなみに名前はあららぎ君の黒歴史173よ」

 

 必要にして十分な名前だった。

 ていうかやはり黒歴史だった。173ということはそれ以前に172の僕の黒歴史が記録されているということらしいが、それをつつくと無駄に火傷しそうなので触らないで置こう。 

 

「まぁ、お察しの通りだよ。神原と、ついでに火憐ちゃんを探してたんだよ。火憐ちゃんにいたっては行方知れずになってから一週間になるしさ」

 

「なるほどそれはわかったわ。でもあららぎ君。二人を探すために自分は留年してもいいだなんて向こう見ずさも過分というものだと思うわよ」

 

「えぇっ、僕って一日学校休んだだけで留年しちゃうの!?」

 

 それはさすがに予想外だった。

 

「その可能性は決して低くはないと私は見ているわ。でもあららぎ君に留年されてしまうとあなたの彼女である私もちょっと被害を受けるというものだから、仕方がないから今度の土日は私が今日の授業の分は教えて、それで埋めてしまいましょう」

 

「本当かい?それは素直に助かるよ。ありがとう戦場ヶ原」

 

「次やったら殺すわよ」

 

「ええぇっ!? 僕それだけのことで殺されるの!?」

 

 相変わらず量刑の基準が振り切れていた。とりあえず今後は戦場ヶ原にまず相談することにしたほうがよさそうである。

 

「それで戦場ヶ原のほうはどうしたんだよ。今2時だからまだ学校はやってるだろ?」

 

「そのことなら、心配には及ばないわ。私は午後からの授業くらい、あとで自分で自習すれば補えるもの」

 

「そういえばそうだったな。優秀なやつはうらやましいもんだよ」

 

「あららぎ君が、私に何も言わずに羽川さんに学校を休むとだけ告げていたものだから。昼休みにあららぎ君のお宅に電話をかけてみたのよ。案の定誰も出なかったから、またよからぬことでもたくらんでいるのだろうと思ってこうして探しにきたのよ。私に何も相談しないものだから」

 

 なんだかちょいちょい棘の含んだ言い回しだった。

 

「それについては悪かったよ。二人を探すにしても、とりあえず納得のいくまでやっておきたかったんだ。今日でだめなら警察に届け出て吉報を待つことにするよ」 

 

「なるほど、あららぎ君は、行方不明になった神原と妹さんのことがあまりに気になるから、いてもたってもいられなくなったということなのね。勘違いしないでほしいのだけれど、私はあららぎ君のそういう正義マンなところを意外にけっこう好ましく思っているのよ」

 

「いや、別に正義感に駆られてやってたわけじゃないんだけどな。むしろ妹に関しては僕がこの手で探し出してお灸をすえてやろうって気持ちのほうが大きいくらいでさ」

 

「変に強がらないであららぎ君。学校を休んで街中で妹の写真を見せびらかしている小さいあららぎ君が余計小さく見えてしまうじゃない」

 

「ちくしょう!!穴があったら入りたい!!」

 

「それであららぎ君。肝心の首尾のほうはどうだったのかしら?」

 

「いや、そっちのほうはまったくだったよ。朝からいろんなところで聞いてみたけど、誰も火憐ちゃんを見かけたなんて人は見つからなかったよ」

 

―――そう。戦場ヶ原はそういって目を落とした。何か考えをめぐらせているのだろうか。

 

「朝から聞き込みを続けてみたけど、やっぱり僕みたいな素人が行方不明者を探し当てようなんてどだい難しい話だったんだよ。とりあえず調べるだけ調べたら警察に届けておとなしく帰ることにするよ」

 

「あらあら、それはいささか早計というものなのではないかしら。あきらめるのはまだ早いわよ」

 

 そういわれて僕はあらためて戦場ヶ原の顔を見た。彼女の顔は、不敵な笑みをたたえている。

 

「どういうことだよ戦場ヶ原、あきらめるのは早いって……」

 

「あららぎ君。どうやら私の灰色の小さな脳細胞が活動を始めたようよ」

 

 戦場ヶ原は彼女の右ポケットに手を突っ込んだかと思うと、そこから大きめの虫眼鏡を取り出して不敵に微笑んだのだった。

 

 

 #

 

 

「まいったわね。手詰まりだわ」

 

 僕と戦場ヶ原は件の工場跡の前まで歩いてきていた。

 先ほどから30分ほど後のことである。

 僕と戦場ヶ原は工場跡の入り口前で立ち尽くしていた。

 そのとおりは閑散としていて二人以外には誰もいない。

 

「いやはえぇよ!さっきの灰色の脳細胞とかはなんだったんだ」

 

「まさかここまで手がかりがないとは、さすがの戦場ヶ原もこれには苦笑いよ」 

 

「どんなキャラだよ。まぁ手がかりがないってのは同意するけどさ」

 

「妹さんがこの工場跡に来たというのは間違いないのよね」

 

「ああ、話を聞いた限りではそうらしいな」

 

 手がかりといえば、それくらいである。

 数日前にこの工場跡を訪れたときに聞いた話では、火憐ちゃんは夜中にこの工場跡を訪れて、すぐにどこかに行ってしまったということらしかった。

 戦場ヶ原はというと、あたりを見回したあと、工場跡の破れた建造物を見上げて何か考えているようだった。

 

「それで?このあたりの目撃情報はあったのワトスン君?」

 

「いや、あららぎなんだけど」

 

 ついでにお前の彼氏なんだけど。

 とりあえずこの工場跡の周辺の目撃情報を思い出す。というか、思い出すまでもない。

 

「このあたりでも目撃情報はなかったよ。というか街中探したけど、火憐ちゃんを見たって話は聞かなかった」

 

「ふぅん」

 

 戦場ヶ原はそういって、少し黙ってしまった。何か考えている様子である。何かひっかかる、といったような。

 

「あららぎ君。妹さんが例の夜にこの道を通ったというのは本当なのでしょう?なのにこの周辺でも目撃例がまったくないというのはどうも納得いかないのだけれど」

 

「ん、そういえば、そういうものなのかな」

 

 確かに、火憐ちゃんがこの工場跡へと続く道を通ったのであれば、その目撃情報くらいあってもいいものだというのはなるほど理屈ではある。言われて見ると、どうして思いつかなかったのか不思議に思えるものだ。

 

「いや、たぶんここらへんはそもそも人通りが少なかったんだ。もともと治安が悪いところらしいからな」

 

 ここらは、不良のたまり場ということもあるし、不良のたまり場になるような場所ということもある。そもそも人が好んで通ろうという場所ではないのだ。

 

 ちなみに、ここに来る途中に「あれ、ホモモ木さんじゃないですか」とあらぬ疑いをもたれてしまいそうな危険な噛みかたで僕の名前を呼ぶ八九寺に遭遇したのだけど、気持ち八九寺が戦場ヶ原を見たとたんに、なにやら火急の用やらを思い出したとかで足早にどこかへいってしまった。意外に忙しいやつだ。

 

「なるほど。それでこの近辺で目撃情報がなかったわけね」

 

「ああ、それどころかほかのところでも同じなものだからまいるよ」

 

「そんなことはないわよ。ここで目撃者がいないというのは裏づけに欠けるという点ではあららぎ君がまいってしまうというのもわからなくはないけれど、ほかの場所では話が違うわ」

 

「そうなのか?」

 

「私にはそう思うけど。ほかの人通りがある場所で目撃情報がないということをそこに妹さんが行かなかったと解釈すれば、むしろそれは調べる場所を限定する手がかりになるわ。ほかのすべての場所で目撃されたというよりも、すべての場所で目撃がなかったというほうが朗報というものよ。それなら消去法で、妹さんは、目撃例がないほど人通りの少ない場所しか通らなかった、と考えることができるわ」

 

「確かに一理あるな。と、いうことは、この工場跡から人通りのない場所を探せばいいわけだな」

 

「そういうことになるわね。さぁ、次はどこに向かえばいいのかしら」

 

 戦場ヶ原に促されて、鞄から街の地図を広げる。

 ここから人通りが少ない道はというとどこになるだろう。

 一応、まんべんなく証言を取ってみたつもりだが。

 

「戦場ヶ原。ここから続く道はどこも人通りが多い道ばかりだな」

 

「なるほど」

 

 戦場ヶ原はそういって、またうつむいてなにやら考えているようだった。

 今彼女の小さな灰色の脳細胞とやらは、次の手がかりを発見するべくフル回転しているのだろう。

 そしてしばらくすると、戦場ヶ原は顔を上げて言った。

 

「あららぎ君。どうやら手詰まりのようね。これにはさすがの戦場ヶ原も苦笑いよ」

 

「やっぱりかぁぁぁぁ!!」

 

 そうなんじゃないかと思っていたんだよな。

 火憐ちゃんが通ったという工場跡へと続くこの道は、どうやら袋小路であるらしかった。

 

 

 

  #

  

  

 

 その後、僕と戦場ヶ原は街の裏山に位置する北白蛇神社への長い階段を上っていた。

 さっきいた廃工場跡は街の裏山に近く、廃工場跡の周りは人通りの多い道しかない。唯一残っているのは、人通りがまったくといっていいほどない裏山から続くこの神社への道だけだった。

 さすがにここに火憐ちゃんが来たとは思えなかったが、もしかしたら何か火憐ちゃんの持ち物が落ちているかもしれないし、足跡でもあるのかもしれないということで、一応調べて見ようと足を運んでいるところなのだった。

 

「そういえば戦場ヶ原。学校の様子はいつもと違ったことはなかったのかな?」  

 

 行方不明になっているのは火憐ちゃんだけでなく、うちの高校の運動部のホープである神原もまた姿を消していた。

 神原はうちの高校でも割りと重用されている人間なので、もしかしたら軽い騒動になっていないといいのだが。

 

「そうねぇ。神原に関してはあまり表立った動きはなかったようね」

 

「そうか。それならよかったよ」

 

 それに関しては、時間の問題であるような気もするけど。

 

「そういえばあの英国っ娘の周りはちょっとした騒動になっていたようね。彼女のクラスで、今度の学期テストで1位をとった人は彼女と一日デート権を得られることにしようって」

 

「へぇ、なんていうか平和だなぁ」

 

「そう提案した男子が袋叩きにされていたわ」

 

「あっ、そう……」

 

 存外殺伐としていたようである。

 というかよく考えたら学期末テストの一位は順当に考えればいつもどおり羽川だろうしな。

 

 僕と戦場ヶ原の二人は北白蛇神社へと続く長い階段を登り終えると、赤い鳥居をくぐって北白蛇神社の境内に入った。

 石畳以外の土の部分を観察してみたものの、火憐ちゃんのものと思しき足跡が発見されることは、残念ながらなかった。

 神社の周りをつぶさに調べて見て、火憐ちゃんの持ち物が落ちている、ということもなかったのである。

 やはり火憐ちゃんがこの神社を訪れたと考えるのは無理筋だったのだろうか。

 

「そっちはどうだったあららぎ君」

 

「いや、何もなかったよ。残念だけどさ。火憐ちゃんはここに来てなかったってことかな」

 

「妹さんがここに来た、という証拠はないけれど。逆に来てないと確定させられる証拠もないわ。可能性はなくはないと思うのだけれど。目撃情報という点から考えるのだとすれば、妹さんがここに来たなら、今もここ、あるいはこの近辺にいるということになるから。ここにこなかったと考えたほうがいいかもしれないわね」

 

「この近辺か、それはさすがになさそうだな。だいたい1週間にもなるんだから。少なくとも食料は調達する必要があるし」

 

「はぁ。また振り出しか」

 

 僕は心なしかトボトボと赤い鳥居のところまで歩いて、山の下まで続く長い階段に腰掛けた。

 腕時計は午後6時を指し。山の間に沈みかけた太陽は赤くあたりを照らしている。

 階段に座った場所からは眼下に街の大体の全貌が開けている。この街のどこかに火憐ちゃんと神原がいるんだろうなぁ。といっても、それも確証のないことだった。

 

「あららぎ君。お茶でも飲む?」

 

 いつのまにか僕の隣の階段の石に腰を下ろしていた戦場ヶ原が鞄から取り出した水筒を持ってそうたずねた。

 

「いいの?じゃぁ遠慮なくお願いするよ」 

 

「それじゃぁダメよ。お願いしますご主人様。でしょう?この豚」

 

「僕と戦場ヶ原ってそういう関係だったの!?」 

 

「そうよ。あららぎ君は彼氏以上豚未満よ」

 

「意外と豚の位置が高いっ!?」

 

「それにこんながっついたあさましい豚と人気のない神社に二人きり、一体なんのためにこんなところにつれてこられたのか。身の危険を感じざるをえないわね」 

 

「僕そんなにがっついてる!?ていうかここに来ようっていったのは戦場ヶ原だろ!?」 

 

 がっついてるかな。むしろ思春期の呪いに対してよく自制しているほうだと自分で自分をほめてやりたい気もするが、そこそこ思い当たる前科もひとつふたつ、どころではなく思い当たるのでなんともいえないのが辛いところであった。

 

「そういえばこの豚、さっき穴に入りたいって言ってたわね」

 

「そういう意味で言ったんじゃありませぇぇぇぇん!!」

 

 なぜか敬語だった。

 

「冗談よあららぎ君。はいこれ」

 

 そういって戦場ヶ原が緑茶の入った水筒のコップを差し出してくれた。

 

「あららぎ君。そのお茶には一切の毒物はまったくぜったい少しも入っていないから安心して頂戴」 

 

「なんか逆に危険な感じがするんだけど」

 

 とはいえ一応多少の毒物は大丈夫なんだけど。

 水筒のコップを口につけて一息に飲みほす。そういえば朝から水分をとってなかったからいっそう喉を気持ちよくうるおしてる感じがする。というかこの水筒、戦場ヶ原も使ったのだろうか、だとすると間接的なアレになるのかな。

 

「ねぇあららぎ君」

 

 戦場ヶ原に水筒を返して、一息ついたときに戦場ヶ原がそう口をひらいた。

 

「妹さんと神原を探すのは、それはそれで結構なことだと思うわ。でも二人を探すのはいいけれど、それであららぎ君まで消えてしまわないように、一応注意するように言っておくわね」

 

「え、ああ。それはまぁ……」

 

 そういえば。そういうこともありえるのか。火憐ちゃんが消えて、それを探していた神原が消えた、そしてそれを探す僕もまた消えてしまう。その可能性は、残念ながら普通にありえる。

 

「あららぎ君の人生は、まだギリギリそこまで悲観するようなものではないはずよ」

 

「いやそこはあんまり思いつめてないんだけど……」

 

 そこで気がついた。僕が消える可能性。確かにそれはなくはないだろうけど。同時に戦場ヶ原が消える可能性もあるのではないだろうか。

 むしろそっちのほうが、可能性としてはありえるのではないかという気がする。

 

「戦場ヶ原、それは戦場ヶ原についても同じことだろ?戦場ヶ原も何も言わずに神隠しにあうなんてことがないようにしておいてくれよ」

 

 そういうと、戦場ヶ原はちょっと僕のほうを見て、なにか意味ありげにニヤリと笑った。

 

「どうかしら。あららぎ君がそれで必死になるならそれも悪くないのではという気もするわね」

 

「簡便してくれよ」

 

「わかってるわよ。心配しなくても、私はもともとそういうことには気をつけているもの」

 

「そうか。それだったらよかったよ」

 

 ここらへんは男子と女子の意識の違いというものだろうか。

 しかしながら女子だというなら姿を消した火憐ちゃんも、神原も女子である。もしかすると、気をつければ防げるという類のものでもないのかもしれない。

 

「そういえば戦場ヶ原。もし仮にだけど、僕が消えたってことになったらお前どうする?」

 

「意外とセンチメンタルなことを聞くのね。ヘソで茶を沸かしそうだわ」

 

「仕方ないだろ。実際ありえるかもしれないってことなんだから」

 

「あららぎ君はどうしてほしいの?」

 

「え、僕?そりゃあ、危険なことには首をつっこんでほしくないよ。いつまでも僕が帰らないようなら、僕のことは忘れて……」

 

 言いかけたところで、僕の口がうまく動かなくなった。戦場ヶ原がすばやく僕のほおにアイアンクローをかましていた。僕の口はアヒルのおもちゃのように突き出した格好でパクパク動くだけだった。

 

「は?なにそれありえない。もちろん探すわよ。どんな代償を払ってもあららぎ君を探し出して、あなたを殺して私も死ぬわ」

 

「ふょ、ふょうひゃほふぁ……」

 

 そうだよなぁ。不可抗力で殺されてしまうのはあんまりだけど。だからといって僕が消えれば僕がそれを止めることもできないということになる。

 前門の行方不明に後門の戦場ヶ原。なかなか悩ましい組み合わせだった。

 なら二人を探すのをやめるのかというとそれだってお断りである。

 

「なぁ戦場ヶ原。とりあえずここにはめぼしいものは見当たらないみたいだし。そろそろ降りようか」

 

「豚ごときが人間に指図するとは耳を疑うけれど。ちょうど私もそう思ってたところだからそうしましょう」

 

 その設定はまだ生きているようだった。

 とりあえず僕と戦場ヶ原は太陽の光が消え行く長い階段の道を、日が落ちきる前に下り始めた。

 

 

 

 #

 

 

 

「結局見つからなかったなぁ」

 

 僕と戦場ヶ原は山を下った後、戦場ヶ原の帰り道の途中で戦場ヶ原と別れ、その後、僕は暗い夜道を一人歩いていた。

 消えた火憐ちゃんと神原を一日中探したけれど、二人を見つけることは結局のところできなかった。

 戦場ヶ原と別れたあと、例の廃工場へもう一度向かって、廃工場の前で暗いあたりを見回して、やはり何も見当たらないことを確認してから歩道をトボトボ歩いていた。警察署へと向かう道である。

 

 ここまで見つからないとなると、僕個人の力では見つけることはできないように思われた。

 警察に届け出たところで、行方不明程度のことで警察が具体的に捜査をすることはないだろうけど、だからといって届け出ないよりかは幾ばくかはマシなはずである。

 

 そもそも、火憐ちゃんはあの夜、あの工場跡からどこへ向かったのだろう。普通は帰宅するのではないのか?だいたい、火憐ちゃんの腕っぷしは、かなり、いやめちゃくちゃ強いのである。それこそあいつの通っている道場の師範でもなければ歯が立たないというくらいの触れ込みである。その火憐ちゃんが強制的に捕獲されてしまうということはありえるのか?

 まぁそれも徒手空拳の場合の話で、やりようによってはいくらでもやることはできるだろう。

 

 ポケットから携帯電話を出して確認してみると、羽川から何かわかったかとメールが来ていた。特に何もと返事を返して携帯電話をポケットにしまう。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついてしまう。

 考えても有効な結論を得ることができず、街灯の照らす夜道を一人歩いていた。

 

「おや、そこを歩いているのは魔羅々木さんじゃないですか」

 

「おい、八九寺……」

 

 後ろから聞こえた小五女子の呼び声に振り返ると、すぐ後ろにツインテールの体格と同じくらいのでかいリュックをせおったこじんまりした少女が僕を見上げていた。

 

「僕を、ちらりと頭をよぎっても、いろいろひっかかりそうだししょうもないからやめておこうと思うような性欲の塊、歩くわいせつ物陳列罪みたいな名前で呼ぶんじゃない。僕の名前は阿良々木だ」

 

「失礼、かみました」

 

「嘘つけ、わざとだろ」

 

 ついでに満面の笑みだった。

 

「つまらないことに執着するのはやめましょうよ。笑ってください。スマイルですよ、アハハ木さん」

 

「笑うついでみたいな名前で呼ぶんじゃねぇ!」

 

「ところでこんなところで何をしていらっしゃるんですか?阿良々木さんのような少年が、こんな人気のない夜道を一人歩いているなんて、正直なところ私はあまり感心しませんよ」

 

「いやお前に言われたくねーよ小学生」

 

「小学生、ですか……」

 

 八九寺はそういってちょっと目を伏せるようにした。似合わない態度だ、と思う。

 

「阿良々木さん。私の体格はそんなに幼女幼女していますかね。いい加減私は心外なんです」 

 

 言って八九寺は背負っていたでっかいリュックを地面に下ろした。

 

「私もこう、このようにちょっとポージングをして、しなでも作って扇情的な目線を作ればそこそこいけるのではないかと思うのですが」

 

 八九寺はいいながら右手を頭の後ろに回して、左手を腰にまわしちょっと体をひねって見せた。

 扇情的なポージングというやつなのだろうか。

 

「かねがね、思っているのですが」

 

「いや、ぜんぜん?」

 

 そこにはちょっと体をくねらした幼女の姿があるだけだった。

 おそらくめちゃくちゃ冷めた目線の僕が適当に言い放つと、八九寺ははっとしたように目を見開いて、そして気を取り直したようにリュックを背負いなおすと挑戦的な目線で僕を見上げた。

 

「いいんです!阿良々木さんにこの魅力がわかるとは思っていません!」

 

「誰にもわからんと思うけどな」

 

「私の魅力はそれだけではないんですよ。重要なのは内面です!外見なんて30までです!」

 

「そのセリフ小学生の口から聞きたくねぇー」

 

 それに30は早すぎる、いやそういうことじゃなかった。

 八九寺はフフンといった様子で人差し指を突き出した。

 

「教えてあげましょう。私の魅力その一です!私の記憶力は抜群なんです。一度聞いたこと、見たものは決して忘れないんです!このほかに類を見ない記憶力こそ私の一つ目の魅力なんです!」

 

「それは素直にすごいな。ていうかかなり意外だよ」

 

 見た目が見た目だし、そういう風に見ようとしたこともなかったし。

 八九寺はさらに指を二本たてた。

 

「私の魅力その二です!二つ目の私の魅力は……」

 

 もったりぶるような数拍の間が流れる。

 

「えーと、なんでしたっけ?」

 

「いや記憶力はどうしたんだよ」

 

 僕の指摘に八九寺ははっとしたように上空を仰ぐようにした。

 

「やってしまいました!いつもの癖でついふざけてしまいました!」

 

「こんなこというと何かもしれないけど。八九寺、そういうところが子供っぽいとか言われるんじゃないの?」

 

「もういいです!阿良々木さんはもう家に帰って壁にかけてあるカレンダーを見て、いい暦ならそのまま目を噛み切って死んでください!」

 

「……」

 

 なんでこんなことでここまでボロクソに言われないといけないの僕?

 

「ところで阿良々木さんというと、今日は朝からあちらこちらで通行人に写真を見せつけてまわっていましたね」

 

「なんだよ見てたのか」

 

 それなら声をかけてくれればいいのに。

 というかこいつはちょいちょい隠れて僕を監視でもしているのだろうか。

 

「はい。しかし迂闊に近づいて卑猥な写真を見せつけられてはたまらないですし、邪魔をするのもなんだかはばかられたので声はかけませんでした!」

 

「そんな写真見せ付けてまわってたら僕捕まっちゃうよ!」

 

「そうだったんですか。でしたら一体何をしていたんですか? 私、気になります!」

 

「……いや、いいけどさ」

 

 気になるんならいいけどさ。気になるんだから仕方がない。

 

「あー、いや、たいしたことじゃないんだよ」

 

「阿良々木さん、余計な気をまわすのはやめましょう。邪念を抱くのはやめてください。私は人の善意は信じますがね、やられたらやり返す、パイがえしです!」

 

「パイがえし!?その小さな胸で!?」

 

「失礼、噛みま…… 小さな胸!? もう許せません! 阿良々木さんには100パイがえしです!!」

 

「100パイがえし!?つまり二つで50回!?50回ナニをどうするんだ!?」

 

 その後ちょっと落ち着いた二人だった。

 

「それで阿良々木さん、一体何をしておられたんですか?私でよければ相談に乗りますが」

 

「そうだなぁ。いやでもいいんだよ。どっちかっていうと僕の気をすませるためだったようにも思うしさ」

 

 幼女に話してどうにかなるものでもないし。

 

「煮え切らない人ですね阿良々木さんは!水臭いです!あと汗臭いです!ついでに童貞臭いです!この童貞!!」

 

「童貞は別にいいだろ!ほっといてくれよ」

 

「まったくです。あなたが童貞だろうが、水虫だろうが、私には関係のない話です!」

 

「いや僕は水虫ではないんだけどさ」

 

「私は終日街中を歩き回るようなことがあるのに、私に何も相談してくれないということに異議をとなえているんです!」

 

「それは僕の個人的な問題なんだよ。変に心配させるのもアレだしさ」

 

 そこで何か悟ったように八九寺がさささと身をかばうようにする。

 

「ま、まさかまたエロ本関係で!?」

 

「違うわ!エロ本ぜんぜん関係なし!」

 

「じゃぁ話してください!」

 

「いやでもなぁ……」

 

 なんて話せばいいのか。

 

「わかりました!じゃぁ私が絶体絶命のピンチに陥っても絶対に阿良々木さんには何も言いませんからね!化けて出てやります!」

 

「いや、うーん……」

 

 その脅しってなんか違うような。

 それに化けて出るのは今まさにそういう状態なんじゃないかと思うんだけど。

 

「まぁ、たしかにな、悪かったよ。ふたり、人を探しているんだよ、一人は恥ずかしながら僕の妹で火憐ちゃん、この子だよ」

 

 ポケットから火憐ちゃんの写真を見せる。

 八九寺はその写真を見て難しい顔をして首をひねっている。

 

「もう一人は神原駿河、うちの高校の後輩で、ショートカットに左手に包帯をしてる。そいつらが家出か何かで連絡がつかなくて、それで探してたんだよ」

 

「なるほど、そうだったんですか。私もこれで結構歩き回りますからね!」

 

「ああ、どっかでこの火憐ちゃんを見かけたら、僕に教えてくれよ。一応、これから警察に届け出て、僕も探すには探すけどさ」

 

 といっても、目撃情報はなかったし、それも望みうすではあったのだが。

 八九寺はそれを知らず、元気な声で言った。

 

「わかりました!阿良々木さん!!」

 

 言って、僕の持った写真を指さす。

 

「私、この写真の方を一週間前に見ましたよ」

 

「ああ、そうか……」

 

―――え?

 聞き流したが、今八九寺なんて言った?

 

「ええと、ちょうど近くの廃工場の近くでしたね。どなたかと一緒にいました」 

 

「ちょっと、八九寺」

 

 僕はつい、八九寺につめよって、彼女の肩を両手でつかんでしまった。

 

「その話、詳しく聞かせてくれよ」

 

「そうですねぇ。確か車に乗り込むところだったかと思います」

 

 車か。どおりで目撃証言がないはずだ。通行人で、わざわざ車の中を見る人間はなかなかいないだろう。

 

「黒塗りのリムジンで、印象的だったからよく覚えています。そのお連れの方ははじめてみる方でしたが、阿良々木さんの高校の制服を着ている方だったと思います」

 

「八九寺、おい……」

 

 それはうめくようにつぶやく声だった。八九寺は一週間前の記憶を思い出すようにして続けて言った。

 

「でも特徴的な方だったので容姿は覚えていますよ。きれいな金髪で、西洋の方でしたかね。阿良々木さんの妹さんと話し込んでおられるようでした!」

 

 そこで八九寺は、気づいたように沈黙した。

 

「阿良々木さん? どうかされましたか?」

 

 おそらく、僕の様子を見てそうなったのだろう。このときの僕はえらくほうけたような顔になっているに違いなかったからである。

 

 突然、僕のポケットの携帯電話から呼び出し音が鳴った。

 僕がその携帯電話をとって、画面を見ると、知らない電話番号だった。

 その電話の通話ボタンを押して、耳に当てる。携帯電話から朗らかな声が聞こえてきた。

 

『グッドイブニング。阿良々木くん』 

 

 電話の主は、エルザ・フォン・リビングフィールドだった。イギリス社交界の星にして、直江津高校の頂点。金髪の、西洋人。うちの高校で唯一の、である。

 電話の向こうのエルザは、話を続けて言った。

 

『前に言っていた私の屋敷への招待なんだけど。ちょっと急かもしれないけど今日の夜なんてどうかしら?今日は屋敷は私以外誰もいないのよ。フフフ、ちょうどいいと思わない?』

 

「ああ、わかった」 

 

 隣で、不思議そうな表情で僕を見上げる八九寺をよそに、携帯電話の向こうのエルザ・フォン・リビングフィールドに言う。

 

「ちょうどよかったよエルザ。僕もお前に連絡しようと思ってたんだよ」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。