隣人のお姉さんが肉じゃがを持ってこない。   作: junk

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 大学の帰り道。

 いつもの道を歩いていると、良く見知った顔を見かけた。

 見かけたというか、見かけさせられた。

 彼女は道のど真ん中で、荒ぶる天神乱漫のポーズをしていた。

 

「……」

「……」

 

 目が合う。

 合ってしまった。

 これはもう、流石に無視するわけにはいかないだろう。

 

「何してるんですか、鹿倉さん」

「日課よ」

「あっ、そうですか」

「ツッコミなさい。冗談よ」

「僕でもツッコミをしない時くらいあります」

「意外ね。佐々木くんはいつもツッコミをしてるイメージがあるわ」

「それは鹿倉さんのせいです」

「そう。美しさというのは、時に罪よね」

「それは確かにそうかもしれませんが、今回の件とは完全に無関係です。罪があるのは中身の方です」

「内側から滲み出る美しさ、というものかしら」

「口から溢れ出るボケです」

「ああ、あの酸っぱめの……」

「それはボケじゃなくてゲボです。発音は似てますけど」

 

 会話もそこそこに、鹿倉さんは歩き出した。

 何処に行くのかは知らないが家の方向とは違う。

 用事があるのだろう……と思ってお別れの挨拶をしようとしたら、鹿倉さんが振り返った。

 ちょいちょい、と小さく手招きしてる。

 その時、僕は今まで日本語を正しく理解してなかったことを知った。“ギャップ萌え”とはこういう意味だったのだ。

 率直に言ってとても可愛らしかった。

 

「今日はちょっと付き合ってもらいたい場所があるのよ。それとも何か、別の予定があったかしら?」

「いや、別にないですけど」

「そう。それは良かったわ。それじゃあ行きましょうか」

「何処にです?」

「それは着いてからのお楽しみよ。でも、そうね。一つヒントを言うとしたらEU圏内よ」

「僕パスポート持ってないんで帰ります」

「お待ちなさい。ちょっとした茶目っ気よ。本当は日本」

「よかったです」

 

 僕と鹿倉さんは肩を並べて歩き出した。

 普段面と向かって話しているからなんだか少し新鮮だ。

 立って歩いていると鹿倉さんの背の高さがよく分かる。

 

「ところで、佐々木くん」

「はい」

「今日もあの子……蝶ヶ崎さんとは会ったのかしら?」

「ええ、まあ。よくわかりましたね。家を出て直ぐに、偶然会いました。そういえば、大学構内でも会いましたね」

「……そう」

 

 鹿倉さんは顎に手を当てて何か考え始めた。様になっている。何処ぞの名探偵みたいだ。

 やがて考えがまとまったのか、鹿倉さんが肩を開いた。

 

「あの子には気をつけなさい」

「なんでですか?」

「実はあの子は――アベンジャーズと敵対してるからよ」

「まじっすか。思ったより深刻な理由じゃないですか」

「そして実はこの私もアベンジャーズの一員よ」

「唐突過ぎる告白ですね。僕の周りほとんどマーベル関係者じゃないですか。というか鹿倉さん、どうやって戦うんですか。戦闘能力低いでしょう」

「毒舌よ」

「うわぁ……ヒーローとしてあり得ない戦い方ですね」

「敵の弱点を見つけたらここぞとばかりに攻めまくるわ。そして精神崩壊させるのよ」

「そんなの映画館で観たら子供が泣いちゃいますよ」

「いいえ、むしろこれ以上ないくらい喜ぶわ。私主演の映画は基本ハッピーエンドだもの。こほん――鹿倉みゆきの活躍により世界中から戦争や貧困がなくなり、地球には未来永劫まで続く平和と愛が訪れたのでした……みたいな感じよね」

「ハッピーエンド過ぎるでしょう。毒舌で何を倒したんですか」

「それは映画を観てのお楽しみよ」

「楽しみ過ぎます」

 

 かつてここまで気になる予告をされた映画はなかった。

 

「ところで、佐々木くん。つまらない話をしてもいいかしら?」

「ハードルを下げるようで上げてるフリですね。いいですよ。お付き合いします」

「あれはそう、つい三日前のことだったかしら。ふとスイーツが食べたくなってコンビニに行ったのよ」

「まあ、よくありそうなことですね」

「それでコンビニに行って、シュークリームを買ったの」

「なるほど」

「……」

「……」

「えっ、終わりですか?」

「ええ、終わりよ」

 

 終わりだった。

 

「もっとなんかこう、ないんですか。シュークリームを落としちゃったとか、フォークが付いてなかったとか」

「ないわ」

「なかった」

 

 なかった。

 

「ああ、でも。それなら一つ補足があるわ」

「なんですか?」

「美味しかったわ」

「シンプルな感想ありがとうございます」

「クリームが口の中でぐちゅぐちゅして、甘くて、上のビスケットみたいなアレがなんかこう……いい感じだったわ」

「食レポ下手過ぎません? 一切食欲が引き立てられないのですが」

「佐々木くんには性欲しかないものね。やめなさい、佐々木くん! これ以上性欲を増すと、人の形に戻れなくなるわよ! って感じよね」

「せめて、人間らしく」

「その返しは一部のディープなエヴァヲタクにしか伝わらないわよ」

「鹿倉さんには伝わってるじゃないですか」

「当然よ。私はネルフ関係者だもの」

「アベンジャーズな上にネルフ関係者って、凄い頻度で世界救ってますね」

「まあ、バイトなのだけれど」

「バイトなんですか」

「登録しててよかったバイトル」

「バイトルなんですか」

「ちなみに時給は956円」

「世界救ってるのに第三新東京の最低賃金なんですね」

「三ヶ月働けば1000円に上がるわ」

「まさかの居酒屋システム」

「まかないつきよ」

「本格的に居酒屋じゃないですか」

 

 会話もそこそこに、鹿倉さんが足を止めた。

 どうやら目的地に着いたようだ。

 

「着いたわ」

 

 目の前にあるのは『あかたん』という名前のスーパーだ。

 ここは僕もたまに使っている。

 郊外にある普通のスーパーなのに、何故かあり得ないほど品揃えがいい。イルカの肉とかイノシシ肉とか普通に売ってる。謎だ。

 

「さて、ご来店しましょうか」

「なんで店員さん目線なんですか。で、なんのお買い物を?」

「かくかくしかじか」

「それで伝わるのは藤尾・F・不二子の世界線のキャラクターだけです」

「仕方ないわね。説明してあげるわ」

「仕方なくはないと思います」

「あれはそう、昨日の話よ。過去回想スタート」

「過去回想スタートって言われましても」

「まさか佐々木くんの脳にはダビング・再生機能が付いていないの?」

「残念ながら」

「そう。地デジくらいは対応していてね」

「すいません。ちょっと確認なんですけど、僕をテレビだと思ってはないですよね?」

「まさか。ササキジョンくんは人間よね」

「ちょっとテレビジョンに寄ってるじゃないですか」

「それで、そろそろ話を戻してもいいかしら」

「なんで僕がわがままを言ってるみたいになってるのかは分かりませんが、どうぞ」

 

 買い物かごを取りながら、僕は促した。

 

「昨日、テレビを観ていたのよ。内容はいわゆる旅番組ね。途中から観たから詳しくは分からないのだけれど、多分東北地方を旅していたと思うわ」

「まあよくありそうな感じですね」

「寒そうにしながら駅近くを歩いていたのよ。そこでたまたま見つけたお店に入ってお鍋を頂いていたの。それがたまらなく美味しそうで……困ったわ」

「まあ一人暮らしだと、鍋なんてそうそう食べれませんよね」

「そうなのよ。かといってお店で食べるのは少し値が張るじゃない」

「コンビニとかにも一応、アルミの鍋に入ってるインスタントのやつとかありますけどね。でもなんか違うんですよね、あれ。なんならもっと寂しい気持ちになるまであります」

「だから買っちゃいました、鍋」

「まじですか」

「まじよ」

「というわけで、今日は鍋を食べましょう」

「うわーい」

 

 これはちょっと本気で嬉しかった。

 普段インスタント食品ばかり食べている僕だけど、美味しい物は嫌いじゃない。というか大好きだ。

 

「先ずは方向性を決めましょうか。塩鍋、みぞれ鍋、豆乳鍋、ミルフィーユ鍋……変わりどころではトマト鍋やカレー鍋なんかもあるかしら」

「今日は最初ですし、とりあえずオーソドックスにしましょうよ」

「じゃあトマト鍋ね」

「オーソドックス!」

「塩鍋にしましょうか。

 じゃあとりあえず、カレー粉を探しましょう」

「塩鍋!」

「手軽に作れる塩鍋の素を買うわね。

 お肉は焼肉用ラム肉にしましょうか」

「味付き!」

「無難に豚肉か鶏肉にするわね」

「二つ入れると味が濁りますから、片方にしましょう」

「今日は鳥にしましょうか。こけっこっこーよ」

「なんで鳴き声に直したのかは分からないですが、そうしますか」

「後は周りながら、各自好きな具を選びましょう」

「了解です」

「私はシナモンが苦手だから出来れば外してほしいわね」

「僕はシナモンがそこそこ好きですが、鍋に入れられたらキレると思います」

 

 白菜、ネギ、豆腐。基本的にはオーソドックスな具材だけを選んでカゴに入れた。流石の鹿倉さんも口では「カレー粉、カレー粉を入れる。カレー粉を入れさせなさい。殴るわよ?」とか言ってるけれど、買いもしない商品を手に取るようなことはしなかった。常識はわきまえてる人だ。僕のバイト先のクソッタレ後輩の猪又とは違う。あいつと前に買い物に行ったとき、僕は紛争地帯で路上ライブする方がまだマシだと思った。

 

「あっ……」

「どうしたんですか?」

「い、いいえ。なんでもないわ。なんでも……」

 

 買い物をしてる途中、鹿倉さんは急に無口になった。

 お喋りがしなくなくなった、という様子ではない。どちらかというと何かに気がついて、それが気になりすぎて落ち着かないという風だ。

 僕はそれを問い詰める様なことはしなかった。鹿倉さんが言いたくないなら、言わなくていいと思ったからだ。

 しかし鹿倉さんはやがて、意を決したように口を開いた。

 

「私はデートということをしたことがないのだけれど、一般的には話題のカフェに行ったり雑誌で紹介された有名なデートスポットに行ったりするそうね」

「そうみたいですね。僕はまあ、人混みが苦手なので行きたいとは思いませんが」

「でも私はこう思うの。そんなとこに行くよりも、二人でスーパーに行って買い物をする方が親密なのではないか、と」

「確かにそうかもしれませんね」

「この後私達は買い物を済ませた後、どちらかの家に行って二人でお料理をして二人で食べることになるでしょう。それはとても……そうね、こんな時なんて言えばいいか分かる?」

 

 僕は首を横に振った。

 恥ずかしさ三割、本当に分からないのが七割だ。

 

「私達、夫婦だと思われてるかもしれないわね」

 

 少しだけ恥ずかしそうにしながら鹿倉さんはそう言った。

 残念ながら、俯いてるせいでどんな表情をしているかは分からなかった。もっとも僕の方も、そんな余裕は少しもなかったけど。

 

 僕はひとつ、あることを思い出していた。

 それはなんの変哲も無いテレビの番組表だ。僕の記憶が正しいとすれば昨日に旅番組なんてやっていない。もちろん鹿倉さんがケーブルテレビを契約している可能性もあるけど。

 もしかしたらキッカケなんか本当はなくて、ただ僕と一緒にご飯が食べたいと思ってくれたのかもしれない。それはとてもありがたいことだ。

 

 その後僕たちは買い物を済ませて、二人でお鍋を作って、二人で食べた。

 語る必要がないくらい何の変哲もない食事だった。

 何の変哲もないことが僕らの仲の良さの証明だ。

 

 これからももしかすると、二人で料理をする機会が増えるかもしれない。

 だから、そう。

 僕の隣人のお姉さんは肉じゃがを持ってこない。


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