無敵な姉さんが実は変態的なブラコンでした   作:ガスキン

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第十七話 無敵なのは姉さんだけじゃありませんでした

翌日の朝。俺は弁当を作りながら考えていた。やはり、命さんは一度ちゃんと亮介さんと話をした方がいいと思う。今のままでは、絶対にお互いの為にならない。

 

けれど、命さんにはその気は無いだろうし、俺が言っても聞いてくれないだろう。ここは、誰か別の人・・・出来れば彼女の事をよく理解している人から話してもらうのが一番だが。

 

「けど、家族以外でそんな都合のいい人が・・・」

 

『命? ああ、知ってるよ』

 

「・・・いた」

 

そうだ。今日子先輩だ。あの人は命さんと子どもの頃からの付き合いみたいだし、事情を話せばきっと協力してくれるはずだ。

 

「けど、本当にそれでいいのだろうか・・・」

 

命さんは俺を信頼してあの話をしてくれた。いくら幼馴染だからといって、他の人に話すのは、その信頼を裏切るのと同じだ。命さんは許してくれないだろう。それどころか、恨まれるかもしれない。

 

一瞬そんな考えを浮かべ、すぐに頭を振って消す。命さんの苦悩を無くせるのなら、俺が恨まれる事などどうでもいいじゃないか。

 

ふと自分の事を振り返る。俺をこの家に迎え入れてくれた父さんや母さん、そして、姉さん。血が繋がっていなくても、みんな俺の事を掛け替えのない家族の一員として愛してくれている。

 

命さんの家族だってそうだ。もし、子どもの頃から疎まれていたのなら、命さんの言うように、見捨てるという可能性だってある。けど、話を聞いた限りではそんな事は無かったみたいだし、なにより、学校での亮介さんは心から命さんの事を心配していた。そんな亮介さんが、亮介さんと命さんを育てた親が、彼女を見捨てるはず無い。

 

『見捨てられるかもしれないって思うほど、その子は深く悩んでるのかもしれない。でも、それだって、もしかしたらその子の勘違いとか考えすぎかもしれない。もしそうだったら、その子の家族にとってこれほどヒドイ話ってないと思うけど』

 

昨夜の姉さんの言葉は、正にその通りだった。だからこそ、命さんは自分の気持ちを正直に伝えるべきなんだ。俺の価値観を押し付ける気は全く無いが、家族というのは簡単に離れていいものじゃない。

 

「お節介もここまでくると大したもんだよな・・・」

 

自分で自分の性格に呆れ果てながら、俺はフライパンを振るった。

 

・・・・・

 

「先輩。今日の放課後、空いてますか?」

 

登校中の道で、今日子先輩に尋ねる。

 

「広人君の為なら喜んで時間を作るよ。買い出しの荷物持ちでも何でも任せてくれ」

 

「いやいや! 先輩に荷物持ちとかさせられませんから!」

 

「そうか? 今の内から予行演習をしておこうと思ったんだが」

 

「予行演習?」

 

「将来、一緒の家に住んで、一緒に買い物をする仲になった時の為に・・・な」

 

今日子先輩が意味深な視線を送ってくる。と、姉さんが先輩と俺の間に割って入った。

 

「はいはい! そんな将来は私が全力で阻止します! 広人、買い出しならお姉ちゃんが付き合うわよ」

 

「いや、買い出しじゃないんだ。先輩に大切な話があって・・・」

 

そう言った瞬間、姉さんが凍りついた。それから、震える声で俺に聞いて来た。

 

「ひ、広人ととと。まままさかかかか。たいたい大切な話って話って話っててててて・・・」

 

壊れた蓄音機。もしくはラップというものを思いっきり勘違いしているラッパーみたいにしゃべる姉さん。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、広人君!」

 

今日子先輩は制服の首元を引っ張って、自分の胸に視線を落とす。それから、おもむろにスカートを捲り上げた。

 

「何してるんですか!?」

 

慌てて目を逸らすが、黒いレースが少しだけ見えてしまった。そんな俺の焦りなど露知らず、今日子先輩は満足気な声を出した。

 

「よし、偶然にも今日はお気に入りの下着だった。これなら安心だな」

 

下着と俺の話に何の関係があるんですか?

 

口に出そうとして止めた。聞いたらヤバい気がする。

 

「ダメよ広人! 今日子を選んだりしたら、すぐに食べられちゃうわよ!」

 

今まで見た事のないような真剣な表情で、姉さんが俺の肩を掴んだ。

 

「は、はあ? 何言ってんだよ姉さん」

 

「広人の童て―――」

 

「おっと。朝っぱらから危ないセリフは止めてもらおうか」

 

今日子先輩が姉さんの口を塞ぐ。数秒もがいて、姉さんは今日子先輩から離れた。

 

「往来でスカート捲り上げるあなたに言われたくないわよ!」

 

「あれはただの確認作業だ。それに、どうでもいい人間に見られたとて、私は気にしない」

 

「駄目だこの子。早くなんとかしないと・・・」

 

「私はすでに手遅れだよ」

 

「自分で言うなぁ!」

 

美女二人の漫才? に、周りからの視線が集中する。そろそろ止めないと色々マズい。

 

「二人共、急がないと遅刻するぞ」

 

わざとらしく時計を見せると、二人は大人しくなった。それから、学校に到着し、下駄箱で今日子先輩と放課後もここで待ち合わせする事を約束して、俺は自分の教室へ向かった。

 

・・・・・

 

そして放課後、下駄箱で待っていると、少し経って姉さんと先輩がやって来た。

 

「お待たせ、広人君。さあ、行こうか」

 

「はい」

 

「というわけで、志乃。私と広人君は話があるので、お前は先に帰ってくれ。・・・くれぐれも、後をつけて来ないように」

 

「ギクッ・・・!」

 

「やはりそうするつもりだったのだな」

 

今日子先輩の冷ややかな目に、姉さんがうなだれる。というか、つけて来る気だったのか、姉さん。

 

「・・・ふ、ふん! いいわよ! もしかしたら、あなたが予想してる話とは違うかもしれないもの! その時になって、勘違いだってわかって恥ずかしい思いをするのはあなたなんだからね!」

 

そう言い残し、姉さんは走り去って行った。・・・何だろう、この罪悪感みたいなのは。

 

それにしても足速いな。もう見えなくなったぞ。

 

「・・・随分と不吉な捨てゼリフを残していってくれたものだな」

 

「はい?」

 

「いや、ただの独り言だ。それで、どこで話をしようか」

 

「星神公園でいいですか?」

 

命さんと初めて話をしたのもあの公園だった。だから選んだというわけじゃなく、ただ話をするなら静かな場所がいいと思ったから選んだだけだ。

 

「わかった。行こう」

 

並んで歩き出す。考えてみれば、今日子先輩と二人っきりで歩くなんてこれが初めてだった。

 

意識すると何か緊張して来た。深呼吸しながらチラッと横を見ると、先輩と目があった。

 

「な、何ですか?」

 

「いや、こうして志乃抜きで広人君と歩くのは初めてだと思ってな」

 

どうやら先輩も同じ事を考えていたらしい。一緒だった事が何となく嬉しかった。

 

「(ああ、広人君がこんなに近くに。しかも二人っきり。・・・まずい、油断すると鼻血が出そうだ。耐えろ私! 今はまだ本性を晒すわけにはいかん!)

 

先輩、めっちゃ震えてるけど・・・寒いのか? 息も荒いし、もしかして風邪でも引いてるのだろうか。だとしたら、今日は止めておいた方がいいかもしれない。

 

「先輩。もしかして、風邪引いてます?」

 

「え?」

 

「さっきから震えてますし、息も荒いですよ。もし辛いなら今日じゃなくて日を改めて・・・」

 

「い、いやいや! 違うぞ広人君! 私は風邪など引いてはいないさ! これは興奮して―――」

 

「興奮?」

 

「ゴホンゴホン! いや、何でも無い。とにかく、私は風邪など引いていないから、心配は無用だ」

 

「そうですか」

 

何だか腑に落ちないが、本人が言っているのなら大丈夫なんだろう。

 

「さあ、公園に急ご・・・」

 

「いたぞ!」

 

突然の大声は、いきなり現れた男達の一人が発したものだった。そして、そいつらの中の一人に、俺は見覚えがあった。

 

「お前、あの時の・・・」

 

その男は、命さんと俺を襲った連中の一人だった。確か、命さんに睨まれて逃げ出した男だ。

 

「おい、こいつが本当に・・・」

 

「間違いねえ! あの女と一緒にいたやつだ!」

 

「そうか。おいお前。悪いがちょっと俺達に付き合ってもらおうか。痛い目に遭いたくなかったら大人しくぎゃぼ!?」

 

唐突に男が吹っ飛んだ。いきなりの事に、俺を含めた全員が固まる。・・・いや、正確には、男を吹っ飛ばした張本人だけは動いていた。

 

「・・・失せろ」

 

「先・・・輩・・・?」

 

華麗なハイキックで男を吹っ飛ばしたのは、他でもない、今日子先輩だった。その目からは光が失われ、無表情で男達に顔を向ける様は、まるで能面を被っているかのようだった。

 

「広人君と私の時間を邪魔するとは・・・。貴様ら、よほど命が惜しくないようだな。今の私は手加減出来んぞ。半殺しにされたくなければさっさと消えろ」

 

「な、何だこの女!?」

 

「び、ビビるな! こいつもやっちまえ!」

 

先輩のプレッシャーに完全に圧されている時点ですでに勝敗はついているのに、男達は諦めが悪いのか、一斉に先輩に襲いかかった。

 

「警告はした。どうなっても恨むなよ」

 

先輩が動く。まず、右から殴りかかって来た男を避け、背中にキック一発。エビゾリになった男は運悪く電信柱にぶつかって、鼻血を出しながら仰向けに倒れた。

 

「(す、凄い・・・。速すぎて足が消えたように見えた)」

 

先輩は止まらない。続いて、一番近くにいた男に向かって跳躍しながら膝を突き出す。正面から膝蹴りを受けた男の口から、白い物がいくつも飛び出してくる。それは歯だった。

 

これであの男はこれから入れ歯で暮らさなければならない。だが、お節介だが聖人ではない俺は、女の子一人を集団で襲おうとする人間に同情する気は全く無かった。

 

これで残りは後二人。連中の中で一番ガタイがいい奴と、前に襲って来た奴だけだ。先輩はガタイのいい方に狙いを定めた。

 

「ちょ、調子に乗るな!」

 

男が先輩に手を伸ばす。それをかいくぐり、先輩は男のアゴに閃光のような掌底を放った。先輩よりも身長も体重も上回っている男の体が、一瞬だけ宙に浮き、それから地面に倒れた。こちらもまた、歯が数本飛んでいくのが見えた。

 

「ひ、ひいぃ!」

 

最後の男は悲鳴をあげながらへたり込んだ。前回といい、今回といい、情けないにも程がある。

 

「ふっ!」

 

先輩は右足を大きく振り上げた。と、男の顔が先輩の下半身に釘付けになった。

 

「あ、黒・・・」

 

それが最後の言葉だった。脳天にかかと落としをくらい、男はぐらりと倒れた。ちなみに、最初の男を倒してから、今の男を倒すまで、五分もかかっていない。

 

「ふん、くだらん連中だったな」

 

「せ、先輩って、強いんですね」

 

躊躇いがちに後ろから声をかけると、先輩はいつものような微笑で答えた。

 

「私も一応、金持ちのお嬢様だからな。不埒な輩が襲って来た時の為に子どもの頃から、護身術として色々仕込まれたんだ」

 

なるほど。言われてみれば確かに、先輩の動きは鮮麗されていた。何というか、とにかく無駄が無かった。陳腐な言い方かもしれないが、まさに舞っているようだった。

 

しかし、今日子先輩といい、命さんといい、俺の周りのお嬢様方はどうしてこうアグレッシブなんだろう。普通、お嬢様ってワンパンで相手を吹っ飛ばしたり、ハイキック放ったりしないと思うんだが・・・。

 

「しかし、こいつらは一体何なんだ? そういえば、広人君を見て何か言っていたな。もしかして、知り合いか?」

 

「知り合い・・・なんですかね? 実は、今日子先輩にお話しようとした事に、こいつらが関係あるんです」

 

「・・・へ?」

 

先輩が間の抜けた声を出した。と思ったら、何やら困惑した様子で呟いた。

 

「で、では、広人君は私に告白しようとしたわけじゃ・・・」

 

「先輩?」

 

「志乃の言う通りだったな。は、はは・・・何とマヌケな話だ・・・。そうだな。まだフラグを立てきっていないのに、広人君が私に告白なんてするわけがないじゃないか。少し考えれば誰にだってわかる事だったのに。私は・・・、私は・・・!」

 

「せ、先輩。あの、俺、何か失礼な事を・・・?」

 

先輩は肩を落としながら首を振った。

 

「いや、広人君は何も悪くないよ。そうとも、悪いのは勝手に勘違いした私さ。それより、こんなガラの悪い連中と関係のある話とは、穏やかでは無いな。もしや、何か厄介事に巻き込まれているのか?」

 

「実は・・・」

 

「いや、腰を落ち着けて話が聞きたい。とりあえず、公園に移動しよう」

 

そう言って、先輩は最後に倒した男の足を掴んで歩き始めた。

 

「こいつからも色々話が聞けそうだからな、一緒に連れて行こう」

 

地面を引きずられる男。気絶している上にこんな扱いをされるとは・・・。

 

「私はね、広人君。自分から仕掛ける事は無いんだよ。だが、仕掛けて来た場合は別だ。私自身と、私の大切なものを守る為なら、私は一切の容赦はしない。相手が誰であろうと、返り討ちにするだけだ」

 

言ってる事は過激だが、先輩の考えには素直に共感出来た。何せ、子どもの頃の俺がそうだった。姉さんをいじめる連中を相手に、大怪我させた事もあった。

 

今になって考えると、やりすぎた部分があったのは認めるが、俺は反省も後悔もしていない。当時の俺にとって、姉さんをいじめる奴らは間違い無く“敵”だった。

 

「私の考えを野蛮だと思うか?」

 

「いえ、俺も同じ考えです」

 

即答する。すると、今日子先輩は僅かに口を動かした。

 

「今、何て言ったんですか?」

 

「ふふ、秘密だよ」

 

クールに笑い、先輩は足を早めた。男を引きずった後の道に、髪の毛のようなものが断続的に落ちていたが・・・見なかった事にしよう。

 

「(言えるわけないだろう。私の考えを肯定してくれた事で、また一つフラグが立った事など)」


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