姉さんと俺が二人暮らしを始めるようになったのは、俺が高校に入学して二週間程だった。
「やれやれ、また厄介事を押し付けられちまった。俺は便利屋じゃねえってのに」
「ふふ、『豪炎の勇者』の人気は変わらずという事ですよ」
「それはお前もだろう? 『風刃の魔女』」
ゲームに出て来そうなこの二つ名は、それぞれ父さんと母さんに与えられたものだ。なんでも、十数年前に起こった魔法による国際的な事件を、たった二人で解決したらしく。その際に当時の首相から直々に与えられたそうだ。
「母さんとの楽しい旅行を邪魔されたから軽くのしてやっただけなんだけどな」
こともなげに言う父さんだが。事件を起こした組織はかなり大規模で、総勢三千人はいたらしい。それを二人で残らず捕まえたあたり、父さんと母さんの実力の高さが伺える。世界にもその力と勇名は轟いているらしく、何か手に負えない事件が起こるとこうして依頼が来る。世界中のトップとパイプを持っているのは多分うちの両親だけだろう。
「仕方ねえ。無視するのも後味悪いしな。理恵、すまんが付き合ってくれ」
「わかりました。志乃、広人、あなた達はどうする? 今までみたいに私達についてくる? それとも・・・」
「私と広人は残るわ。広人は今年高校生になったばかりだし、広人一人残すわけにはいかないから。いいでしょ広人?」
「え、あ、うん。姉さんがそう言うなら」
いつもなら海外旅行が出来るからと喜んでついて行くはずの姉さんがこんな事を言うなんて思わなかった。けど、正直ありがたかった。姉さんの言う通り、入学してすぐに休学するのも嫌だしな。
「そう? ならそうしましょうか。あなた、どれくらいかかりそうかしら」
「そうだな・・・少なくとも一年間は帰って来れそうにないな」
「一年・・・それだけあれば十分ね」
何やら呟きながら拳を握る姉さん。
「姉さん?」
「何でも無いわ。それじゃあ一年間、私がしっかり広人のお世話をするから二人とも安心してね」
二日後、父さんと母さんは海外へと旅立って行った。
「姉さん、いろいろ迷惑かけると思うけどよろしくな」
「ああん広人、迷惑なんていくらでもかけてくれていいのよ。私はあなたのお姉ちゃんなんですから!」
「・・・ありがとう」
中学の卒業式の日、俺は自分の過去を両親から聞いた。流石にショックだったが、父さんも母さんも、そして姉さんも、俺は大切な家族の一員なんだと言ってくれた。だから、比較的早く立ち直れたと思う。
「(広人と二人っきり・・・。広人と二人っきり。広人と二人っきりぃぃぃぃぃぃぃぃ!)」
「姉さん、とりあえず今日の夜は俺が作るよ。何が食べたい?」
「広人!」
「え?」
「・・・っていうのは冗談で。カレーでお願い」
「あ、ああ。わかった」
目が本気だったけど・・・気のせいだよな?
「(落ち着け私。今の広人にとって私はまだ『姉』なんだから)」
夕方からカレーの準備に取り掛かったので、夜の七時を回った頃には無事に完成した。
「広人、お風呂沸かしておいたわよ」
「こっちも出来たよ。それじゃあ先に風呂に入る? それともご飯食べる?」
「お風呂にしましょ。その方が後でゆっくり出来るし」
「そうだな。なら姉さん入りなよ」
「私はいいわ。広人からお先にどうぞ」
「いいの?」
「ええ」
「そうか。なら先に入るな」
俺は部屋に着替えを取りに行って脱衣所に向かった。
広人SIDE OUT
志乃SIDE
「・・・入ったわね」
広人がお風呂に入ったのを確認し、私は部屋に戻ってある物を持ち出した。そしてそのまま広人の部屋に侵入した。
「お邪魔しま~す」
まず目に入ったのは大きなベッド。私は迷いなく飛び込んだ。
「とうっ!」
枕に顔を埋めると、広人の匂いが私を包み込んだ。
「ほわあ・・・幸せ。これで三ヶ月は戦えるわね」
存分に広人の香りを堪能した所で、私はベッドの下を覗いた。
「さてと、広人のお宝本はどこかしら・・・」
あの子の趣向がわかればこれからの傾向と対策が立てやすくなるんだけど・・・見つからないわね。
「仕方ない。私が用意したこの本を置いておこっと」
懐から数冊の薄い本を取り出す。『姉と僕』、『禁断の一線を越えて』等といった私の愛読書だ。
「これを読み続ければ広人もきっと・・・」
妄想が爆発しそうになった所で正気に戻る。やらないといけない事がまだ残ってるもの。
「じゃーん! 小型カメラ~~!」
このカメラは私のパソコンと繋がっている。つまり、この部屋に仕掛ければ広人の赤裸々な部分も丸見えになるのだ。
「ごめんね広人。でも、弟の行動をチェックするのは姉の義務だから!」
そう、これは決してやましい目的のためじゃないわ。例えば、その・・・もし発作が起こったりした時にすぐわかるようにするためなのよ! 広人は完璧な健康体だけど、用心を重ねるに越した事はないわ。だから志乃、あなたは正しいのよ。
「というわけで、隠せそうな場所は~・・・」
しばらく部屋の中を調べ続け、隠すのに最適な場所を見つけた。奇しくも、ベッドに平行な場所だった。これで、寝ている広人の姿も見る事が出来る。
「念には念を入れて・・・。風よ、その衣を纏わせ、彼の者の存在を消しされ。インビジブルエア」
不可視の衣がカメラを包み、その姿を消した。これでまずバレることはないわね。
「これで広人のあんな姿やこんな姿が・・・」
ダメだわ。想像しただけで鼻血が出て来た。血を垂らさないよう気をつけながら部屋を出る。
「姉さん、上がったよ」
リビングに戻ると、ちょうど広人がお風呂から出て来た所だった。
「(お風呂上りの広人・・・なんてエロ・・・色っぽいのかしら)」
油断したらまた鼻血が出そうね。私は気づかれないように着替えを持って脱衣場に入った。
「初日でこれじゃ・・・私、死ぬんじゃないかしら」
服を脱ぎながらふとカゴに視線を移すと、そこには広人がさっきまで着ていたシャツが入っていた。
「・・・うん、ちょっと落ち着こうか私。流石にこれに手を出すのはアウトでしょ」
『何言ってんだよ! ベッドでクンカクンカしたりカメラ仕込んだ時点で既にアウトなんだから躊躇う必要ないだろ!』
『ダメだよ! キミが変態なのはわかってるけど、これ以上進んだら戻れなくなるよ!』
頭の中で天使と悪魔(二人とも広人)が争う。しばらく格闘した末、天使の放った右拳が悪魔の胸を貫いた。
『なん・・だと・・・』
『これが、俺の拳だぁ!』
天使が勝ったので、私はシャツに手を出す事なくお風呂へ入った。・・・何で負けたのよ悪魔。
「ふんふんふ~ん♪」
鼻唄を歌いながら体を洗う。それにしても、最近また胸が大きくなって来た気がするわね。
「ブラもキツくなって来たし、そろそろ新しいのを買わなくちゃ」
そこで妙案が浮かんだ。
「そうだわ! 広人に選んでもらいましょう! 今度のお休みは買い物も兼ねてデートよ!」
広人の選んでくれた下着を身につける。ああ、想像しただけで(自主規制)だわ。
広人成分のたっぷり入った湯船に浸かりながら、私は早速休日の予定を立てる事にした。あまりにも入念に考えすぎた結果、若干のぼせてしまったけれど後悔はなかった。
「長かったな姉さん。顔真っ赤だよ」
「ちょっと考え事に没頭しちゃってね。お茶くれる?」
「はい、どうぞ」
冷たい麦茶の入ったコップを受け取り、一気に飲む。おかげで少し落ち着いた。
「ねえ広人、今度のお休みにデートしない」
「で、デート?」
「そ、デート♪ ちょっと買いたい物があるんだけど、広人にも付き合って欲しいの」
そう言うと、広人とはホッとしたように息を吐いた。
「な、何だ買い物か。デートなんて言うから変に身構えちゃったじゃないか」
「むむ、私とデートするの嫌なの?」
「そ、そういうわけじゃないけど・・・」
「それじゃあ決定ね♪」
約束も取り付けたし、今から楽しみだわ。
「(こんな素敵な毎日が一年も続くなんて・・・幸せすぎる)」
「(姉さん、どこか上の空みたいだけど、何か悩みでもあるのかな?)」