一年生は一階、二年生は二階に教室がある。下駄箱で靴を履き替え、俺は二人と別れた。
「いや~、行かないで広人~~」
「昼休みまで我慢しろ。それでは広人君、また後でね」
「はい、姉さんをお願いします」
引き摺られていく姉さんを見送り、俺も教室へ向かった。
「おはよう」
「おっす」
「おはよ~」
クラスメイト達に挨拶しながら窓側にある自分の席に着く。鞄から教科書を取り出そうとした所で、隣の席の直也が話しかけて来た。
「おはよう広人君」
「おう、おはよう直也」
「窓から見てたけど・・・ふふ、今日も大変だったみたいだね」
目の前で微笑んでいるのは久城 直也。席が隣同士という事もあり、入学してすぐに出来た最初の友達だ。
俺が言うのもなんだが、直也はいいヤツだ。優しいし、気が利くし、こいつと友達になれてよかったと素直に思える。
「(ただ・・・)」
「? どうしたの?」
可愛らしく首を傾げる直也・・・。男子に対して可愛いなどという感情を持つのはおかしいとは思う。だが敢えて言う。こいつは可愛いのだ。
サラサラの黒髪。パッチリした目に柔からかそうな頬。小柄で華奢な体型も相まって、女の子にしか見えないのだ。正直、今でも直也が男だとは信じられなかった。
「いや、何でもないよ。お前って可愛いなって思っただけだから」
「え!? も、もう! それ言うの禁止って決めたじゃないか!」
「はは、悪い悪い」
「うう・・・//」
・・・・そこで頬を染めるお前にも原因はあるんだがな。
「そ、それより、今日は一時間目から魔法の授業だよ」
「そういえばそうだったな」
中学までとは違い、高校からは一般授業だけでなく、本格的な魔法の勉強も行うことになる。俺達が通っている星神高校も例外ではない。
「席につけ、ホームルームを始めるぞ」
担任の先生が教室にやって来た。ホームルーム終了後、入れ替わるように魔法担当の先生が入って来た。
「起立。礼」
クラス委員の号令で授業が始まった。
「では、魔法の授業を始めます。今日はまず、魔法とは何かについて勉強していきましょう」
少し間を取り、先生は再び口を開いた。
「私達人間は大昔から魔法の恩恵を受けながら生活してきました。ただ、魔法がいつから使われるようになったのか、その正確な年月は未だに明らかになっていません」
基本的な事だが、こうして改めて聞くと不思議だよな。一体魔法はどうやって生み出されて、世界中に広められていったんだろう。
そんな事を考えていると、話は次の内容に移っていた。
「それでは、魔法にはいくつの属性があるか。・・・植木君、答えてみてください」
指示された男子が立ち上がって答える。
「えっと・・・火・水・地・風の四大属性と、光・闇の二極属性。合わせて六つです」
「その通りです。その中でも火は特に私達の生活にとって必要なものでした。今のようにスイッチ一つで火を起こす事など出来なかった時代、人々は火の魔法によって暖をとったり食べ物を焼いたりしていたのです」
「へえ、そうだったんだ」
植木が納得したように頷いている。
「先生。四大属性については俺達もよく知ってるんですが、二極属性って何なんですか?」
別の男子が手を上げる。
「いい質問ですね。簡単に言うと、四大属性を超える属性・・・といった所でしょうか」
「?」
「四大属性にはそれぞれ力関係があります。火は水に消され、水は地に吸収され、地は風に削り取られ、風は火に飲み込まれる。ですが、二極属性にはそれがない。故に全ての属性に勝る属性なのです。・・・・そういえば、このクラスにも光属性を扱える子がいましたね」
全員の視線が一斉に俺に向けられた。
「ポンコツですけどね~」
「うっせ。俺は大器晩成型なんだよ」
軽口に軽口を返すと、教室内に笑い声が響いた。こういう雰囲気は好きだな。
「はは、そうですね。黒川君、その力、大切にしてくださいね」
「はい」
「魔法は私達に与えられた可能性です。中には危険な魔法も存在しますが、その力を決して間違った方向に使ってはいけません。いいですね?」
『魔法とは争うものでは無く競い合うもの』・・・これがこの学校の方針だ。姉さんと男子達の勝負も、競い合いという事で認められている。
初めて戦った時、姉さんを呼び出した校長はこう言った。
『存分にやりなさい! これもまた青春です!』
「(変だけど、面白い校長だったよな・・・)」
その時、授業終了のチャイムが鳴った。
「おっと、今日はここまでですね。属性についてはこれからの授業で一つずつしっかり掘り下げていきます。その内二極属性についても教えますから楽しみにしていてくださいね」
「起立。礼」
先生が教室を出て行き、休憩時間になった。
「次はどの属性の話なんだろう。水だといいなぁ」
「お前、水属性だもんな」
水属性の主な魔法は癒し・・・直也にピッタリだよな。
「俺もお前みたいに四大属性にどれかだったらよかったんだがな」
「どうして? 光属性って凄いじゃない」
「宝の持ち腐れなんだよ。俺、まだシャインとライトニングウォールしか使えないんだぞ。しかもかなり魔力消費が激しいし」
「ライトニングウォールって・・・確か、どんな魔法でも完全に防いじゃう光の壁の事だよね」
「ああ。ちなみにシャインは周りを明るくさせる魔法だ」
「自信持ちなよ。そんな凄い魔法が使えるんだから、きっと他の魔法だって使えるようになるって!」
俺を励ますようにグッと拳を握る直也。・・・ったく、こいつは本当に・・・。
「そうだな。頑張ってみるよ」
「その意気だよ! 僕にも協力出来ることがあったら何でも言ってくれていいからね!」
「(ありがとな、直也・・・)」
勝手だが、こいつを友達から親友に格上げさせてもらおう。
「さて、次に授業の準備でもするかな」
「そうだね」
俺と直也は二時間目の準備を始めるのだった・・・。
・・・・・
三時間目の授業中、なんの気なしに窓から外を眺めると、女子がソフトボールをしていた。打席に入った女子を見てふと気がつく。
「(あ、姉さんだ)」
バットを構えようとした姉さんの動きが止まる。どうしたのかと思って見ていると、何と俺の教室に視線を向けて来た。
「(え? まさか、俺に気づいたのか?)」
けど、それは一瞬だった。姉さんは今度こそバットを構える。
「(気の所為だったか)」
広人SIDE OUT
志乃SIDE
体育の授業中、広人レーダーが反応したのでそっちに顔を向けると、何と教室から広人が私を見つめていた。
「(見てる! 広人が私を見てる! 滾る・・・滾るわぁぁぁぁぁぁぁ!!)」
「行くわよ黒川さん!」
風属性のピッチャーがボールを投げる。案の定、風の魔法で球速がかなり上がっていた。
「(見ててね広人! これが・・・お姉ちゃんの愛の力よ!!)」
ギィィィィィィン!! バガン!!
打ち返したボールは弾丸のように突き進み、そのまま校舎の壁にめり込んだ。
「ま、負けた・・・」
崩れ落ちるピッチャーを尻目に、私は悠々と塁を回った。ホームベースを踏んだ所で、次のバッターの今日子が近づいて来た。
「よく打てたな」
「広人にカッコ悪い姿は見せられないもの」
「なるほど・・・なら、私も頑張ってみるか」
広人の教室をチラリと見て、今日子も打席に向かった。
志乃SIDE OUT
広人SIDE
ギィィィィィィン!! バガン!!
凄まじい音に教室内がにわかにざわめく。
「な、何が起きたの?」
直也が驚きの表情を浮かべながら尋ねて来た。
「気にするな。姉さんが打ったボールが校舎の壁にめり込んだだけだから」
「そ、そうなんだ。・・・って、ええ!?」
姉さんは運動神経抜群だからな。・・・まあ、壁に減り込ませるほどの馬鹿力を持ってるとは思わなかったけど。
「(うん、これから怒らせないようにしよう)」
俺は静かに決意した・・・。
そして昼休み。姉さんと今日子先輩が教室にやって来た。
「広人~~! 一緒にお弁当食べよ~~~!」
「ああ。今日はどこで食べる?」
「天気もいいし、中庭はどうだい?」
「そうですね。直也、お前もどうだ?」
「いいの? それじゃあご一緒させてもらうね」
直也も誘い、四人で中庭に向かう。星神高校の中庭は広く、その中央には芝生で覆われたサークル状の場所がある。俺達はそこに座り込んで弁当を開いた。
「うわあ、広人君のお弁当美味しそうだね」
「そう言うお前のも美味そうだな」
「僕の手作りなんだ。よかったら一つ食べてみる?」
「いいのか? なら、この唐揚げ・・・」
直也の弁当箱から唐揚げを一つ頂く。それを口に入れた瞬間、俺は目を見開いた。
「うわっ! なんだこれ! 滅茶苦茶美味い!」
「ホント? よかったあ」
胸に手を当てて嬉しそうに微笑む直也。
「・・・お前が女だったら速攻で告白してたのに」
「なっ!? なななな、何言ってるの!?」
瞬く間に頬を赤く染める直也。・・・だから、そういう反応止めれ。
「(告白ですって!? ま、まさか広人は男の娘好きなの!?)」
「どうしたんだ姉さん?」
「いいわ! 広人が“ついてる”方が好きなんだったら、お姉ちゃん今から外国に行って“あれ”をつけるのも厭わ―――」
「食事中に何を言うかお前はぁ!」
いきなり今日子先輩が姉さんの頭を弁当箱のフタでフルスイングした。
「いった~~~い!! ちょっと! 何するのよ今日子!」
「当然だ馬鹿者!」
言い争いを始める二人。俺と直也は完全に蚊帳の外だった。
「ど、どうしたんだろうね」
「わからん。けど、気にしたらいけない気がする・・・」
こうして、騒がしい昼休みは過ぎていった。そして、午後の授業も滞りなく進み、あっという間に放課後になった。
「それじゃあね広人君。僕、今から部活だから」
「ああ。また明日な」
直也は料理部だ。何でも男子は直也一人だけなので大人気らしい。
「広人、一緒に帰りましょ」
下駄箱を出た所で待っていた姉さんと合流した。その後ろには今日子先輩もいる。
「今日子先輩も一緒ですか」
「ああ。これから家にお邪魔させてもらおうと思ってね。・・・構わないかい?」
「もちろんです。あ、そうだ。朝に貰ったケーキ、残しておいたんです。家に帰ったらみんなで食べましょう」
「それじゃ、我が家に向けてしゅっぱ~つ」
歩き出す姉さんの後ろを、俺と今日子先輩もゆっくりとついていく。
「黒川さん! 勝負―――!」
「はいはい、邪魔よ」
「あべしっ!?」
「(・・・哀れ)」