無敵な姉さんが実は変態的なブラコンでした   作:ガスキン

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第七話 受難

「さあ、行くわよ」

 

抵抗らしい抵抗も出来ず、俺は下着売場に引きずり込まれた。

 

「ね、姉さん。やっぱりまずいって」

 

「何がまずいの?」

 

「何がって・・・男の俺がこんな場所にいたら・・・」

 

「大丈夫よ。傍から見たらカップルが一緒に下着を選んでいるだけにしか見えないでしょうし。堂々としてればいいのよ」

 

「そ、そうなのか? ・・・いや、それはそれで問題が・・・」

 

「さあ広人、私に似合いそうなのを選んで頂戴」

 

「(え、選んでくれと言われたって・・・)」

 

目の前には大量の下着が並んでいる。てっきり上下セットで販売されているかと思ったら、ブラジャーとパンツで別々に売ってる方が多い。シンプルなデザインの物から、中には明らかに大事な部分が見えてしまいそうな形の物まである。

 

「誰が買うんだこんなの・・・」

 

「ふ~ん。広人はそんなのが好きなんだぁ・・・」

 

感想を漏らした俺に姉さんが含みのある笑みを見せた。

 

「ち、違う! こんな下着の役割を持たないツッコミどころ満載な物を誰が・・・!」

 

「そうね。確かに普通の下着と違って履いたまま突っ込めるのは・・・・」

 

「何をだ!!」

 

「言っていいの?」

 

「・・・止めてください」

 

姉さんの視線が下に向かおうとしたので速攻で止めた。

 

「ふふ。それはまだあなたには刺激が強すぎるみたいね。それじゃあ、他のを選んで」

 

「最初からこれにするつもりは無かったよ!」

 

くそ、この場所にいたらいつまでもからかい続けられる。・・・こうなったらさっさと決めて店を出よう!

 

「こ、これはどうだ」

 

目に止まったのを姉さんに手渡す。水色で細かな模様がついているヤツだ。

 

「へえ、フロントホックかぁ・・・。これならいざという時も脱ぎやすいわね。あ、脱がせやすいって言ったほうがいいかしら。ねえ、広人?」

 

・・・もう何も言わんぞ。

 

「それじゃあ早速・・・」

 

そのまま会計に向かうのかと思ったら。姉さんは試着室の前に立った。

 

「買うんじゃないの?」

 

「流石に試着もせずに買うのはね。少しだけ待っててくれる?」

 

・・・待てよ。姉さんが試着室へ入ったら、俺はこの空間で一人で待っていなければいけないんだよな・・・。

 

つまり、俺=女性の下着売場で一人試着室の前で佇む男=どう見ても不審人物です。本当にありがとうございます。

 

「それとも、一緒に入る?」

 

「・・・そんなわけないだろ」

 

一瞬頷きそうになった俺は弱い人間なのだろうか? 姉さんは小さく笑うと、カーテンの奥へ消えた。

 

「(なんという居心地の悪さ)」

 

一人になった俺に、店内に入る数人の女性が怪訝な視線を向けてくる。うう・・・、『姉の付き添いで来ました』ってプラカードでも持っておきたい。

 

「い、いやあ! 姉さんに強引に連れて来られたのはいいけど、一人にされたらかなわないなぁ!」

 

決して一人で来たわけではないとアピールするために、わざと大声を出してみる。すると、フッと警戒の色が薄らいだのがわかった。

 

「よし。これでとりあえず通報の恐れは無くなったな」

 

「なに大きな声出してるの広人?」

 

カーテンの向こうから姉さんの呑気な声が聞こえてくる。ええい、誰のせいだと思ってるんだ。

 

「・・っと、これでいいわね。広人、ちょっと見て頂戴」

 

「へ?」

 

何を? と聞き返す間も無く、カーテンが開かれた。そしてその奥には、先ほど俺が選んだブラジャーを身につけた姉さんの姿があった。

 

「どう? 似合ってるかしら?」

 

グラビアアイドルのようなポーズを取る姉さん。その動きだけで、自慢の胸が軽く揺れる。

 

・・・OK俺。クールだ。クールに行こうじゃないか。目の前にいる下着姿の美人はお前の姉だぞ。反応したその瞬間、お前は変態への道を歩き出す事になるのだと心せよ。

 

「あ、ああ。よく似合ってると思うけど・・・」

 

いいぞ。自然に返せた。よくやった、俺。

 

「広人が気に入ってくれたんならこれにしましょうか。ただ、ちょっとサイズがキツイのよね」

 

「あ、ゴメン。サイズも見ずに渡しちゃったな」

 

「これより上のサイズってあったかしら?」

 

「俺が見てくるよ」

 

「ええ、お願―――」

 

バツン!

 

「・・・・へ?」

 

突然の破裂音。・・・それは姉さんの胸から発せられたものだった。

 

「あらら、ホックが外れちゃったわ」

 

中心で外れたブラジャー。俺は慌てて後ろを向いた。ゴソゴソという衣擦れの音が否応にも耳に入る。

 

「(クール! クーーーール!)」

 

「ねえ広人ぉ。もしかして・・・見ちゃった?」

 

「な、何を?」

 

「私のサ・ク・ラ・ン・ボ♪」

 

「な、何の事かわからないな」

 

「ストレートに言うとちく―――」

 

「そぉぉぉぉぉぉぉい!!」

 

意味もない大声で姉さんの言葉を掻き消す。俺は何も見ていない! 薄桃色の突起なんか見てないぞ!!

 

「ど、どうされましたお客様?」

 

店員の女性が驚いた表情で駆け寄って来た。

 

「何でもありません。ところで、このブラ、もっと大きいサイズの物ってありますか?」

 

「ええ。ございますけど。よろしければお持ちしましょうか?」

 

「お願いします」

 

「ちなみにお客様のバストは・・・」

 

「65のFカップです(キリッ)」

 

「承知しました。少々お待ちください」

 

しばらくして店員が別のサイズのブラジャーを持って戻って来た。姉さんはもう一度試着した後、今度こそ会計に向かった。

 

「ありがとうございました〜」

 

その言葉を背後に、俺は早足で店から脱出した。

 

「ふふ、いいお買い物が出来たわ」

ベンチでグッタリする俺を尻目に、姉さんは満足げな表情を見せている。

 

「それはようございましたね」

 

「ありがとね広人。・・・そうだ。お礼にジュースでも飲む? 買ってくるからちょっと待っててね」

 

そう言って、自販機を探しにその場を後にする姉さん。

 

「はあ・・・。今日はいつにも増してからかわれる日だな」

 

とりあえず姉さんが戻ってくるまで休んでいよう。ただ・・・、姉さんを一人にすると危ないんだよなぁ・・・。

 

「・・・遅いな」

 

姉さんがジュースを買いに行って十五分が過ぎた。いくらなんでも遅すぎる。

 

「嫌な予感がする・・・」

 

俺はベンチから立ち上がり、姉さんを探して自販機コーナーを回った。

 

「見つけた。・・・けど」

 

姉さんは二階にいた。そして、その姉さんを、三人の男が取り囲んでいた。

 

「なあ、姉ちゃん。ちょっとだけでいいから俺達に付き合ってよ」

 

「だから、さっきから言ってるでしょ。私は彼とデートに来てるんだから、あなた達なんかに付き合ってるヒマなんて無いのよ」

 

「いいじゃん。彼氏なんか放っておいて俺達と遊ぼうよ」

 

「絶対楽しませるからさ」

 

「はあ・・・。やっぱりこうなるか」

 

今日みたいに二人で買い物に出ても、ほんの少し一人になっただけで、姉さんはすぐにナンパされてしまう。それもほぼ毎回。その中には、ああやって強引な輩も少なくないわけで・・・。

 

「姉さん!」

 

俺が駆け寄ると、姉さんはパッと表情を柔らかくした。それと反対に、ナンパしていた連中は睨みつけきた。

 

「んだテメエ?」

 

「私の彼氏よ」

 

姉さんの発言に男達の視線がさらに鋭くなった。

 

「というわけで、私達は失礼するわね」

 

姉さんが俺の手を引いてその場を去ろうとした。

 

「待てや」

 

が、一人が俺達の前に立ちはだかった。そして、ニヤつきながら俺に声をかけてきた。

 

「おいガキ。お前の彼女貸してくれよ。言う事聞きゃあ痛い目に遭わずに済むぜ?」

 

「断る」

 

安っぽい脅しを即座に切り捨てる。男の顔から笑みが消える。

 

「今、なんつった?」

 

「断ると言ったんだ。姉さんの意思を無視して勝手に話を進めるなアホが。それと・・・、姉さんは物じゃない」

 

穏便に済ませたかったが、“貸してくれ”という言葉が俺の琴線に触れた。姉さんを物として見る。・・・それは、姉さんの才能だけを見ていた大人達と一緒だった。

 

「そうかいそうかい。・・・どうやら痛い目見ねえとわからねえらしいな」

 

男達が構える。すかさず姉さんが口を出した。

 

「凄むのはいいけど、魔法は使えないわよ。このデパートは全体がばっちりサイレント・フィールドになってるんだから」

 

魔法は使い方次第で恐ろしい力になる。だから、決められた場所でしか使用出来ない。それ以外の場所は“サイレント・フィールド”と呼ばれ、一切の魔法が使用出来なくなる。それを可能としているのが、“魔制装置”だ。

 

人類は、魔法の利便性だけで無く、その危険性についても充分理解していた。そこで、魔法にかわる新しい技術が生み出されることになる。・・・それが“科学技術”と呼ばれるものだった。

 

魔法に頼りすぎない生活を目指す・・・。ほんの数世紀前から急速に発展した科学技術の結晶・・・それが“魔制装置”。今の世の中には魔法と科学、そのどちらもがなくてはならないものになっている。

 

・・・などと授業で聞いた話を思い出していると、目の前の男が拳を振り上げた。

 

「魔法なんざ使わなくてもこんなガキ余裕だし!」

 

大振りな右ストレート。それを首だけずらして避け、お返しに男の腹部に膝を入れてやった。

 

「ぐえっ!?」

 

「テメエ!」

 

間抜けな声と共に崩れ落ちる男。続けて二人目の男が襲いかかってきたが、足払いしてやっただけで簡単にすっ転び、床に顔面を強打させた。

 

「ぎゃっ!?」

 

「まだやるのか?」

 

床でうずくまる二人を見て、驚きで目を大きく見開かせている三人目に告げる。

 

「お、お前、なんでそんな・・・」

 

「アンタらみたいなのがたまにいるんだよ。姉さんの傍にいるってだけで勝手に恨んで襲ってくるような奴が。弟だって説明しても聞く耳持たずにな。悲しい事に、俺は魔法に関しては落ちこぼれで、そいつらを魔法無しで相手にしなければならなかった。で、そんな事を何度も繰り返しているうちに生身での喧嘩だけが上手くなっちまったってわけ」

 

まあ、本当は父さんに鍛えられたって方が大きいけど。

 

「くっ・・・行くぞ!」

 

捨て台詞を残し、男達は逃げるように去って行った。それを一瞥し、姉さんの方へ振り向くと・・・。

 

「(戦う広人・・・なんて凛々しいの!)」

 

ずっと無言だったかと思えば、姉さんはどこからか取り出したデジカメで俺を撮りまくっていた。あれって・・・確か最新モデルだよな。

 

「何してんの姉さん・・・」

 

「いい写真が撮れたわ! 今日子にも見せてあげなきゃ」

 

「? なんで今日子先輩が出てくるんだ?」

 

「何でも無いわ。それより広人、そろそろお昼にしない」

 

時計を見ると、すでに十二時三十分を過ぎていた。

 

「そうだな。そうしようか」

 

「なら行きましょう。五階にレストランがあるはずよ」

 

というわけで、俺達はレストランへと向かう事にした。


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