人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結)   作:ダブルパン

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捕食者とむろみさん

 

 サシャ・ブラウスは知ってしまった。

 釣れたての魚の美味しさを。

 七輪で網焼きをしてさらっと塩を振った焼きサバの香ばしさを。

「サバ焼けとー。これも食い」

「うぅ、ありがとうございますぅ! あとさっきは噛みついてホントすみませんでした」

「気にせんとよ。生き物みんなひだるぅ時は必死になるもんたい」

「すみませんすみません。とても美味しそうな下半身だったものでつい」

 サシャがむろみさんに会ったのはつい先ほどだ。

 腹を空かせたサシャが食べ物を求めて壁の上までたどり着いたとき、そこには七輪でサバを焼いている最中のむろみさんがいた。

 ちなみにサシャとむろみさんは初対面である。普通なら驚くところだが、余りにお腹が空きすぎていたサシャは「お魚ぁぁぁ!!」の奇声と共にむろみさんのの尾びれに噛みついた。

 しかしそこは普段から鳥や猫に襲われ慣れているむろみさん。一進一退の攻防の末、辛勝を得たのはむろみさんの方だった。

「しっかしサシャちゃんってば身のこなしがホントの獣みたいやね。流石のアタシもとうとう食われるかと思ったと」

「一応狩猟民族ですからね。身のこなしには自信があるんですけど、でもゴハンは軍の配給だけじゃとてもおっつかないんですよぉぉ。だから女神に貰った分のパンをとっといたり、夜中に食糧庫にこっそり忍び込んだりしてしのいでたんですけど、最近食糧庫の鍵が新しくなっちゃって簡単に食糧にありつけなくなってしまったんです!」

「それで捕食者みたいな目になってたとね」

 焼きサバをフォークでつつきながら涙ながらに語るサシャの言葉を、むろみさんは隣で頷きながら聞いている。

「だから毎日毎日お腹が空いて……ところで、むろみさんは普段何を食べてるんですか?」

「アタシ? アタシはまぁ普通やないかなぁ? 小魚とか? でもゴカイとかミミズとかの虫も結構うまかとよ……ってなんねその顔は」

「ミミズってそんなにおいしいんですか?」

 サシャはうわぁ、という顔を露骨にしながらも聞くと、むろみさんは唸った。

「んー……まぁ人それぞれなんちゃうん? 仲間内じゃコンブば主食にしてる子もおるし、アタシら基本何でも食べるし。あ、でも昔の人間さんもイナゴとかバッタとかハチノコとか食べてたけん。頑張れば虫もイケるんとちゃうん?」

「ふーむ。そんなもんですかねぇ」

 笑うむろみさんに、最後に残ったサバの皮を口に放りながらサシャは考え込んだ。

「兵舎の周辺なら工場も無いし、土壌も健全で天然の虫さんも美味しいんとちゃう? 前にジャンがくれたミミズはちかっぱ美味かったけん」

 またくれんかなーと涎を垂らし、ホクホク顔をしているむろみさんを見てサシャは思わず喉を鳴らした。

 

 

 ☆  ☆  ☆

 

 

 翌日、訓練中。

「教官!! 大変です!!」

「どうした! コニー・スプリンガー!」

「サシャ・ブラウスが突然倒れました!!」

「どうしたサシャ・ブラウス訓練兵!! 誰か解るものは居るか!?」

「はっ!! 先ほど兵舎の裏でミミズを食べていたのを見かけました!! おそらくそのせいかと判断します!!」

「何故そんなものを食べようとした!? ……まぁいい誰か、医務室に運んでやれ! 残りの者は訓練に戻るように!!」

 

 

 ☆  ☆  ☆

 

 

 

「という訳で、酷い目にあいましたよ」

 焼いたニシンを食べながらサシャが昨今あった出来事の顛末をむろみさんに話すと、彼女は苦笑いをした。

「あー、そりゃあ、生で食べたらいかんとよ。人間さん胃腸が弱いけん火ぃば通さんと」

「そういうもんですかねぇ」

 ぼやくサシャに、むろみさんは腕を組んで何度も頷く。

「そうたい。アタシら魚類と違て人間さんは調理せな食えんもんも多いっちゃろ? フグとか」

「フグってのは知りませんけど、まぁ、確かにむろみさんと比べたらそうかもしれませんね。……でも私はやっぱりお肉とかパンとかお魚の方がいいです。あんな体の構造がはっきりしてない生き物は美味しくありません」

「んじゃ、この体の構造がよー解らんカニとウニは要らんね?」

「あぁ! ダメですそれは食べてみたいです! 美味しい雰囲気がします!!」

 すっと差し出された棘だらけの生き物はグロテスクだがサシャの美食レーダーに大きく反応した。

「ほんじゃ、焼くとー」

 火にくべられたウニとカニはすぐに美味しそうな匂いを放ち始め、近くで釣った魚で酒盛りをしていた駐屯兵団も招きよせてしまう。

「おお、むろみさんたち、何か美味そうなもん食ってんじゃねぇか。俺たちにも少し分けてくれよ」

 既に赤ら顔の兵士が七輪に手を伸ばすと、その手の甲をむろみさんが軽く叩いた。

「まだ焼けとらんけん。ええけど、代わりにアタシらにもお酒ちょうだーい!」

「お前、訓練兵だろう? なんだむろみさんに人生相談か?」

「えへへ、まぁ、そんな所です」

「俺も相談に乗ってくれよむろみさーん」

「酒くっさ!! ハンネスさんこんな昼間っから飲んでてええの?」

「今日は非番だからいーんだよ!!」

「おい、これ焼けてるよな。よっしゃ食うぞ! 訓練兵も食え!」

「うほぉっ! 何これ超うまい!!」

「おお訓練兵、良い食いっぷりだな!! 酒もいくか!?」

「良いんですか!?」

「いいのいいの!! 今日は無礼講だぞ!! 遠慮すんな!!」

 言いながら駐屯兵の一人はサシャに押し付けたコップにドバドバと酒が注ぎこむ。

 むろみさんから海産物を食べさせてもらい、既にへべれけになりかけた駐屯兵団から貰った酒を飲んでいるうち、段々気持ち良くなってきたサシャは段々何が何だか分からなくなってきた。

 貰った魚介類は肉と比べても負けないくらい美味しいし、程よい塩分は酒の肴によく合うし、コップは空になる前に次から次へと酒が注ぎこまれる。

 気が付けば周囲はちょっとした宴会になっていた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 おそらくその場で眠ってしまったのだろう。

 翌日、二日酔いの頭を抱えて目覚めると、周囲に飛散する酒瓶と魚の骨とカニやらウニやらの殻の山。それから……自分の体を抱いてぷるぷる震えてるむろみさん。よく見ると、鱗がところどころ禿げているのは気のせいか。

 はっ、とサシャが口元に手を当てると鱗のような感触が。

「あの」

 

「サシャちゃんのケダモノー!!!」

 

「えええぇぇ!!?」

 叫びと共に海に飛び込んだむろみさんはバタフライで遥か彼方へ猛スピードで泳いでいく。

 その姿はまるで、捕食者から逃げる魚そのものであった。

 

 

 

 

 

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