人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結)   作:ダブルパン

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キース教官が三匹の魚の訓練をしております。
ガラパゴスバットフィッシュはむろみさんの原作に出てくるニート魚です。


キース教官と三匹のお魚さん

 

 キース・シャーディス教官は今、ほとほと困り果てていた。

 彼は一教官として、今まで数々の訓練兵を育て上げてきた。もちろん途中で脱落する者もいた。死んでしまう者もいた。それでも彼は命がけの訓練を無事に乗り越えられるよう、来たるべき巨人との実践が来ても死なずに帰ってこれるよう、教官として訓練兵を決して見放さなかった。

 しかし、今回ばかりはほとほと参ってしまった。彼が現在受け持つ訓練兵団104期生も相当アクの強いメンバーだが、こいつらに比べればはるかにマシなんじゃないかと思った。

『……(ぴろっ)』

『仕事が無い……仕事が無い……』

『恐い……怖い……地上が恐い……』

 壁の上。彼の目の前に居るのは、三匹の魚であった。名をガラパゴスバットフィッシュ、リュウグウノツカイ、シーラカンスと言うらしい。

 もう一度言うが、どこからどう見ても魚である。何故陸上でも平気なのか解らないが、彼は考えることを放棄した。ついでにむろみさんから貰った『魚の声が解る機械』という物が耳に入ってることも忘れることにした。

「あー……本日かぎり、むろみ嬢から貴様らの特別訓練を承ったキース・シャーディスである。一日限りの訓練だからと言って容赦はせん。総員、心臓を捧げよ!!」

『……怖い、恐い……光が怖い……』

 シーラカンスを除いた二匹の魚が右の胸ビレを持ち上げた。おそらく、心臓を捧げる敬礼……だと思う。多分……。

 魚の心臓がどこにあるのかキースは全く知らないが、最低限の事はあらかじめむろみさんが教えておいてくれたらしい。

 キースは唯一敬礼をしなかったシーラカンスに詰め寄ると、鬼のような形相でシーラカンスを睨みつける。

「訓練兵、敬礼の仕方は教わっているな!? 何故しない!?」

『恐い……怖い……団体行動が恐い……』

 キースに問い詰められたシーラカンスは白目をむいてぶるぶる震えると、その場にペチャっと音を立てて倒れた。

「どうした!? シーラカンス訓練兵!?」

『……死んでいるんじゃ?』

 ピクリとも動かないシーラカンスを見下ろしながらリュウグウノツカイが隣でもそっと言う。だが、そんなはずは無い。死んでいるなら、もう少し前に酸欠で死んでいるはずだからだ。

 キースは教官として目いっぱいに海水を入れた樽の水槽にそっとシーラカンスを入れてやる。そして上からふわっと黒い布を被せた。

『怖い……恐い……』

 耳を澄ませば樽の奥から響く細い声。暗い所に入ったのおかげで多少安心したのか、シーラカンスが目覚めたようだった。

「あー……場が削がれたが、続けるぞ。まずは貴様は何者だ!!」

 気を取り直して三角形で顔だけがおっさんみたいな魚。ガラパゴスバットフィッシュの前に立ち、いつかの訓練初日のように怒鳴りつけた。

『…………(ぴろっ)』

「どうした、口が無いのか!? 名を名乗れと言ったのだ!!」

『…………(ぴろっ)』

 黙りつづけるガラパゴスバットフィッシュに痺れを切らしかけた時、バットフィッシュはキースに背を向けた。そのまま無言でのたのたと壁上を歩き、ポチャッと音を立てて海へ帰ってしまった。

『…………』

「…………。まぁ良い。では次、貴様は何者だ!!」

 気を取り直してやたらとひょろ長い魚に向き直る。魚の癖に絶えず汗をかいているように見えるのは気のせいか。

『リュウグウノツカイと申しますぅ!』

「貴様は何故ここに来た!?」

『先日回遊魚の交通整理をクビになりまして、職探しをするうちにむろみさんからここを紹介されました』

「よし、貴様は一生就職出来んまま過ごせ!!」

『ひどい!! やる気は、やる気はあるんです!! だから仕事を下さい!』

「うるさいうっとおしい纏わりつくな!!」

 やたらとひょろ長い体に巻きつかれると、生臭くて仕方がない。人間との対応の違いにペースを崩されながら振り解くと、やがてポツポツと雨が降ってきた。先ほどまではあんなに晴れていたのに。

『出来ることはあるんです! 陸地に上がると雨が降るんです!! なので地上に仕事を下さい!! 特性を生かせる仕事を下さい!!』

 段々、目頭が熱くなってきた。

 初日に兵としてまっさらな状態にするとかしないとか、落ち込むとか落ち込ませるとか、目の前の魚類はそんなレベルじゃないことにようやく教官は気が付いた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 こんなことなら安請け合いするんじゃなかったとキース・シャーディスは激しく後悔した。

 最近兵士たちと妙に仲が良いむろみさんに「どーしてもどーしてものお願いやけん!! キーやんが一番合ってると思うたい。お礼ばするし、一日で良いから奴らにエレン君たちみたいな訓練つけてほしいと!!」と頼まれた。

 本当は断っても良かったのだが、壁外を自由に移動できる貴重な存在の頼みを無下にするわけにもいかないと思ったのだ。

 ――その時は。

「きちんと胴を上げんか!!」

『これ以上は無理ですよぉ』

「そんなんで地上に就職先が見つかると思うのか!?」

『あぁ、恐い……スパルタ恐い……』

「貴様は黙っとれ!!」

 雨が降りしきる中で雨具を羽織ったキースは教官としてリュウグウノツカイを訓練していた。具体的には尾びれを掴んで腹筋の真似事のようなことをさせている。ちなみにシーラカンスはまだ樽の中だ。

 びったんびったんと横向きに腹筋(?)するリュウグウノツカイ。

 雨を呼ぶ能力があると本人(本魚?)は言っていたが、この程度ならばまだまだ許容範囲内だ。

「よし、これが終わったら次はここから五十メートルは走ってもらうぞ」

『あの、私は足が無いんですけれど』

「全身を使って跳ねて走れ!! 良いな!! 腹筋あと五十回!」

『はいぃぃぃ!!』

 

 ざぁぁぁぁぁぁ。

 

「(段々雨が強くなってきたな)」

 

 ヒュオォォォォォォ。

 

「(風も出てきたな)」

 

 ビュォォォォォォォ!!!!!! ゴォォォォォ!!!!

 

『教官!! 私、鯉のぼりに就職出来そうな気がします!!』

「バカもの!! 妙な事言ってる場合か!!」

 横殴りの大雨に足がもたつくほどの強風。所により雷まで光っている。

 尾を掴まれたリュウグウノツカイは強風により空に舞い上がり、もはや腹筋どころでは無くなった。キースはやっとの思いで空にたなびくリュウグウノツカイ訓練兵を掴んでいたが、とうとう水に濡れたウロコがつるりと滑る。

「あっ!」

 ポチャっとリュウグウノツカイが海に戻ると、途端に雨風が止んで雲の間から天空より暖かな太陽の光が差し込んだ。

 海から顔を出したリュウグウノツカイと、壁の上のキース教官の目が合った。

「…………」

『…………』

「破門だ!!」

『ひどい!!』

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 夕陽が沈む壁の上にて、最後に残ったのは樽の中に納まったシーラカンス訓練兵ただ一匹だった。

 地平線のよく見えるその場所で、キース・シャーディスは樽の隣にそっと座った。

『あぁ、恐い……世界が怖い……』

「そんなに世界が恐いかね」

 そっとシーラカンスに話しかけると、中に居る魚は『未来が恐い』と言った。

「私が思うに、君たちに必要なのは『訓練』では無く『カウンセリング』だと思うのだが……」

『恐い……何か解らんけどとにかく恐い……』

「まぁ、お前の言う事も解らんでもないがな。世の中は恐い事が沢山ある。だが、それに屈していては前には進めんだろう。人間も、おそらく魚もだ。……これも何かの縁。今日一日はお前さんに付き合ってやろう」

 そうしてキースはそっと上にかぶせた黒い布を捲った。

 そこには太古の昔、中生代からのトラウマを遺伝子に刻み込まれた深海魚の得体のしれない目がキースをじっと見上げていた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「何か今日の晩飯メチャクチャ豪華じゃね?」

 その晩、訓練兵たちの食卓には豪華な刺身や煮魚、焼き魚や焼き貝等の魚介類が大量に並べられていた。

「あぁ、何かむろみさんに貰ったんだって。お礼とお詫びだって言ってたそうだけど……」

「お礼……? 誰にだろう?」

「でもこうして食卓に並んでるってことは食べても良いって事ですよね!? ね!?」

 真っ先にサシャがガツガツ食べ始めると、周囲も久しぶりのごちそうをサシャに食い尽くされる前に食べ始めた。日々の訓練でいつもハラペコな訓練兵が腹を満たしていたその時。

 ドアが開いて、奥から座学を担当している教官が顔を覗かせた。

「連絡だ。キース教官の体調がすぐれないため明日の訓練は自主訓練とする。以上!!」

「あの、教官は何か病気なんですか!?」

 あの教官が? と驚く訓練兵が居る一方で、見えないように喜ぶ訓練兵も居た。様々な反応をする訓令兵をする中で誰かが尋ねると、座学の教官は困った顔で頭を掻いた。

「あー。私も解らんのだが、深海魚の遺伝子に刻み込まれた恐怖が伝染したと聞いた。が、病ではないので心配しないように」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「先日は酷い目にあった……」

 キースは、実はシーラカンスと喋っていた時より先の事を覚えていなかった。

 昨日ベッドの上で気が付いたとき、むろみさんからシーラカンスのトラウマがうつったのではないかと教えられたがいまいちピンとこなかった。

「魚の訓練兵を持つのはもうやめた方が良さそうだな……」

 次の立体起動訓練のため、大樹の森の下見をしながらキースはぼやく。壁外を海に囲まれたとはいえ、今後の動向が定まらない限り立体起動の訓練は一応しなければならないことになっているのだ。

「今後、むろみ嬢から頼まれても断ることにしよう……」

 そびえたつ大樹に異変が無いかを確認し、帰ろうとした時だ。小さな子供のようだが、得体の知れない何かが目の前を通り過ぎた。

「貴様は何者だ!?」

 思わず呼び止めると、得体の知れない翼の生えた幼女のようなものは、あどけない顔をキースに向けた。

「ハーピィ?」

 

 

 

 

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