我が家で座敷童との共同生活が始まってから、一ヶ月が経過した。
少し前の座敷童失踪事件(カナさん命名)からは約一週間。俺は今までと何も変わらない日常を送っていた。つまり、
「今日も美味そうな匂いがするのう」
「朝一番の挨拶がそれってどうなんだよ」
座敷童である雲も当然のように暮らしている。
あの時は色々と恥ずかしい事をした俺だが、当の本人はあれ以来あまり気にした様子を見せない。変に意識しないで済むので、こちらとしてもありがたくはあるのだが。
朝食を食べて、雲に制服を着せて俺も着替えて、忘れ物をチェックしたら、しばらく待つ。
ピンポーン、と。五分もしない内にインターホンが鳴った。
「来たぞい」
「だな。行くぞ」
かつてはこのインターホンを鳴らす相手に随分と緊張したものだ。臨時のお泊まり会だったが、すでに懐かしい。
玄関のドアを開け、そこに立っていた人物に挨拶。
「よ、日和さん。おはよう」
「おはようじゃ」
「おはよう、明星君、雲さん」
日和さんと家の前で待ち合わせし、近くの十字路へ向かう。実は日和さんの家は我が家と学校の間にあり、日和さんは遠回りを強いられているのだが、申し訳なく思いその事を彼女に話しても「気にしないで」と変わらず迎えに来てくれるので、行為に甘える事にした。時間に真面目だし、俺達の遅刻防止にもなるのだ。
十字路の角に、疾風が立っていた。相変わらずのイケメンだし、女子生徒の待ち伏せも多かったのだが、本人にその気が無いと広まったのか最近は平和だ。
「ってあれ、カナさんは?」
いつも隣にいる騒がしポニーテールの姿が見えない。もしや遅刻か?
「カナさんなら、日直だから先に行ってるよ。昨日言ってただろう?」
「……あー、そうだったな」
「今のを秘密にしておいて欲しかったら、お昼にジュース一本」
「しれっと交渉してんじゃねーよ」
「きら、わしもじゃ」
「お前はそもそも交渉材料持ってねーだろ」
そんな俺達を見ながら、日和さんはクスクス笑う。
徳巡学園に到着すると、教室にいたカナさんが突撃して来た。
「みんなみんな! 超スーパーウルトラハイパービッグニュース!」
何だその仰々しいネーミングは……。
「カナ、ニュースって?」
付き合いが長い日和さん、流石のスルースキル。
「なんとなんと、今日転校生が来るらしいんだよ!」
「転校生? このクラスに?」
というか、どうしてカナさんがそれを知ってるんだ?
「さっきプリント受け取りに職員室行ったら、見た事ない女の子が福田先生と話してたの。“これからよろしく”って」
担任の福田先生。武雄、という名前に似合わず、非常にのんびりした性格の先生だ。
「でもまだ五月入ったばかりだろ? 何かの間違いじゃないか?」
「む……じゃあミラクルエイジのケーキを賭けて勝負だきらっち! 本当に転校生が来たらアタシの勝ち、もし来なかったらきらっちの勝ち」
「逃げるのかい、明星」
「まだ何も言ってねーよ。っていうか外野がガヤ飛ばすなよ」
疾風は煽る事に関しては突出している。……主に俺を、だが。
「で、どうなのよきらっち?」
「……よし分かった。その勝負乗った」
「じゃあ決まりね! ここにいる三人が証人だから!」
「ふむ、ではわしも乗るとしよう。きらが負ける方にな」
突然、雲が口を開いた。
「何でお前まで乗ってくるんだよ。ていうかお前の場合、勝っても負けても払うの俺じゃん」
「そんな事はないぞい。わしが勝ったらーーけーき二つじゃ」
「ぶふっ! モクっち天才!」
「これは一本取られたねぇ、明星」
何故か賭けが成立した流れになってるんだが……。
「ひよも何か賭けたら?」
「え、私は別に……」
「きらっちに、頭ナデナデしてもらうとか〜?」
「カナ!」
「にゃはは〜」
慌てたように身を乗り出す日和さんから、逃げるようにカナさんは自分の席へ戻る。
チャイムが鳴り、疾風と雲も自分の席へ戻っていく。
「もう……カナったら……」
呆れと憤慨が混じったようなため息をついた日和さん。
「別に賭けなんかしなくても、それくらいお安い御用なんだけどな」
「そうなの⁉︎」
うお、凄い食いつき。
「うんまあ、だけどカナさんの悪ふざけの冗談だろ? あんまり深くは考えてないよ」
「そう、だよね……」
テンションの落差が凄まじい……。そんなに嬉しいのかね……ナデナデ。
「ーーはい皆さんおはようございます」
それを追求する前に、担任の福田先生が教室に入ってきた。そして、もう一人。徳巡の制服に身を包んだ、女子生徒。え、おいおいマジか……?
ふと、視線を感じカナさんの席を見た。案の定こちらを向いていて、いい笑顔で口を動かした。『ご、ち、そ、う、さ、ま』くっ……。
「えーHRを始める前に、皆さんに紹介する人がいます。今日からこのクラスに転校してきたーー」
福田先生が視線を送り、女子生徒は頷いて黒板に向かいチョークを手に取った。
「初めまして。神鳴(かみなり)見美々(みみみ)といいます。よろしくお願いします」
そう名乗った女子生徒は、軽く会釈。
背丈は標準くらいで、髪は背中までのストレートヘア。視力は良くないのか、黒縁の眼鏡をかけている。そして何よりも特徴的なのは、その表情だ。
無表情。感情が何一つ読み取れない。口調は滑らかだから、緊張している訳ではないのだろう。まるで“透明”だ。
「えー神鳴さんの席はあそこになります」
福田先生は教室の後方、二つある空席の一つを示した。
「分かりました」
最後まで一切表情を崩さず、神鳴さんは席へ座った。
HR終了後、
「転校生とお近づきになる!」
こういう時話しかけるのは、カナさんの役目だ。一切人見知りしないそのスキルは、正直羨ましい。
「ヤッホーみみっちー」
だからといって、いきなりあだ名を付けるのはどうなんだ?
「あなたは?」
「アタシは千倉歌鳴! カナって呼んでね!」
「そうでしたか。これからよろしくお願いします」
「おおぅ……」
カナさんが会話に困った。とんでもないスルースキルの持ち主だな……。
「みみっちーは、何で徳巡に転校してきたの?」
「色々と事情があったので」
「きらっちパス」
「押し付け雑すぎないか⁉︎」
「だって自己紹介はしないとでしょ?」
それはそうだけどさ……。会話広げるの面倒になったんだろ。
「あなたは?」
無表情でこちらを見る神鳴さん。レンズ越しの瞳からは、やはり何も読み取れない。
「あー、俺は九十八明星。で、こっちは雲」
「みみみ、と言うておったな。よろしく頼むぞい」
「よろしくお願いします」
雲の口調すらスルーしただと……。
「ああ、僕は小鳥遊疾風。これからよろしくね」
疾風のイケメンっぷりにもやはり無反応だった神鳴さん。最後に、端の方で小さくなっていた日和さんの方を向いた。
「あなたは?」
「あ、わ、私は……東風日和っていいます……」
「これからよろしくお願いします」
「う、うん、よろしく」
人見知りモードの日和さんに懐かしさを覚えたが、それと同時に、この神鳴さんが少し分かった気がした。確かに近くにはいたが、一言も喋らなかった日和さんを仲良しグループの一人だと見抜いた訳だ。どうやら、ただ無愛想という訳ではないらしい。ちょっとだけ安心した。
「ーーそうだ! 今日の放課後、みみっちーの歓迎会やろうよ!」
突然、カナさんが声を上げた。カナさんの突然は、いつもだけどな。
「歓迎会? 私の?」
「そそ! いいでしょ?」
一応初対面、なんだよな? やっぱりカナさんって凄いな……。尊敬するわ。
「今なら、きらっちがケーキ奢ってくれるよ!」
「言ってませんけど⁉︎」
ちょっと褒めようとしたらこれだ。掴み所が無さすぎる。
「九十八君」
「ん?」
もう名前覚えたのか。ポーカーフェイスなだけで、人見知りとかではないのかもな。
「ご馳走様です」
「言ってないから!」
意外とお茶目な性格なのかもな! うん!
放課後、半ば強引に神鳴さんを引き連れて、ミラクルエイジへ。本人は無表情だから分かりにくいけど、嫌がってはなさそうだったし。
「まあ、転校生? カナちゃん達は、とってもいい人よ。これから仲良くしてあげてね」
今日もニコニコなララさん。まるで自分も同じクラスにいるかのように嬉しそうだ。注文を取ると、厨房へと引っ込んでいった。
「あの方は?」
「店長のララさん! いい人だよ〜。優しいし、料理美味しいし!」
「なるほど」
ちなみに今日の支払いは、神鳴さん以外の割り勘になった。本当に俺が奢らされそうな流れになりかけたが、日和さんがカナさんを叱ってくれたおかげで助かった。そのおかげで賭けの件もうやむやになったが、絶対覚えてるだろうな……。
その後運ばれてきた料理を一口食べた神鳴さんは、
「これは、美味しいですね」
一瞬、驚いたように手を止めた。
「でしょでしょ? ララさんの料理は世界一なんだから!」
ララさんの料理が褒められると、カナさんはいつも得意げになる。だがその気持ちも分かる。本当に美味しいものって、共有したくなるからな。それを広められた事が嬉しいのだ。うん、このサンドイッチも美味い。
「ららやひよりの腕前を、きらは少しでも見習って欲しいものじゃな」
「何でいつも偉そうなんだよお前は。あとそれができたら苦労しねーよ」
ペロリとオムライスを完食した雲。俺のサンドイッチを狙っている事も分かってる。絶対に渡すか。
「ーー九十八さん、その口調の事ですが」
唐突に、神鳴さんが口を開いた。
え、まさかのこのタイミングで訊いてくるのか。スルーしたまま終わるのかと思ったぞ。
俺達四人は座敷童云々の事情を知っているが、相変わらず学校では時代劇好きの影響だという事にしている。ただでさえ珍獣扱いの雲が、どうなってしまうか分からない。
一応疾風や日和さんに目配せをして、口実を説明しようとしたタイミングで、神鳴さんから予想外の質問が飛んできた。
「キャラ作り、ですか?」
「むう?」
「え、は? キャラ作り?」
雲は知識の無い言葉に首を傾げたが、俺もあまりの変化球に思考が混乱。しかもそれで終わらなかった。
「小柄すぎる体躯に伸ばしに伸ばした黒髪。日本人形のような容姿に口調も合わせているという事ですか? それでしたら、その心構えを是非とも参考にさせて欲しいのですが」
参考? 何の……?
「みみみ、先ほどから何を言うておるのじゃ?」
恐らく話の一割も理解できなかった雲は、怪訝な顔でもう一度首を傾げる。理解できてないのは俺達も同じだけどな。
すると、神鳴さんは一瞬動きを止めると、
「すみません、取り乱しました」
ペコリと頭を下げた。
「え、あ、うん……。そっか」
流石のカナさんも、ついていけないようだ。
「歓迎会、ありがとうございました。新しい環境に少なからず不安はあったのですが、皆さんのおかげで問題なく過ごせそうです」
神鳴さんは立ち上がると、もう一度頭を下げた。そして、
「ではまた明日」
お店を出ていってしまった。
「ーーあら? 見美々ちゃん帰っちゃったの?」
ちょうど食器を下げに来たララさんが、主賓の姿が見えない事に気付いた。
「みたいです……ね」
「アタシ達もよく分かんなくて」
機嫌を損ねた……とは考えにくいんだけどな。
「何か、嫌な事言っちゃったのかな……」
日和さんは不安そうだが、もしそうだとしてもあの感じは自爆だと思う。
「まあいいじゃないか。どうせまた明日会うんだし、明確に避けられてるならその時考えよう」
「疾風の言う通りだな。それに神鳴さん、『また明日』って言ってたんだし大丈夫だろ。多分」
神鳴さん、不思議な人だったなぁ。雲に言ってた“キャラ作りを参考”ってのが引っかかるんだよな……。それとなく分かるといいんだけど。