翌日。いつも通り日和さんが来るのを待ち、待ち合わせの十字路へ向かう。
と、
「あれ……見美々さん?」
日和さんの声につられて前方を見やると、すぐ前を歩く、ロングヘア。確かにあれは神鳴さんだ。この辺りは住宅街だし、もしかして意外とご近所だったりするのかもな。
「おーい、神鳴さーん」
俺が呼びかけると、
「…………」
神鳴さんはスルー。あれ? 聞こえなかったのかな?
「神鳴さーん!」
「…………」
間違いなく聞こえる声量で呼んだんだけど……。俺、何か怒らせる事したか……?
三人で顔を見合わせ、俺と雲の視線は自然と日和さんへと向く。
『私⁉︎』って顔をされたが、日和さんなら何も印象は悪くないはずだし、適任だと思う。
日和さんは頷くと、神鳴さんの後ろ姿へと手を振った。
「み、見美々さーん……?」
だがやはり反応は無い。首を傾げる俺と日和さん。すると雲が駆け寄り、
「みみみ、みみみ」
神鳴さんの背中をつついた。
「……?」
すると怪訝そうな顔で振り向き、
「──ああ、九十八さんでしたか」
耳からイヤホンを外した。
「それでか……」
音楽聴いてたら、そりゃ聞こえないよな。
「無視されてたとかじゃなくて、良かった……」
日和さんも安堵の様子。
そこで神鳴さんは俺達にも気付いたようで、
「皆さんお揃いで、どちらへ?」
「……いや、学校だろ。この時間だし、制服着てるんだし」
「冗談です」
「…………」
今のはボケなのか天然なのか……。
「……あー、神鳴さんも、家この辺なのか?」
「わざわざ遠回りして登校する趣味が無ければ、そうです」
「…………」
黙ったのは日和さんだ。理由はあれど、彼女は遠回りして登校している。
「まあいいや。すぐそこでカナさんと疾風と待ち合わせしてるんだ。せっかくだから、一緒に行こうぜ」
「ナンパですか?」
「違うからな⁉︎」
「冗談です」
「…………」
神鳴さんがどういう人か、理解が進んだ気がする。
神鳴さんを交えて待ち合わせの十字路へ向かうと、
「あ、やっと来た。遅いぞこらー! ……って、みみっちー?」
神鳴さんの姿を見たカナさんの、怒りが逸れた。というか神鳴さんのあだ名、それで決まりなのな。まあ本人も否定はしてないからな。……喜んでるのかも分からんが。
「九十八君にナンパされたので、同行する事になりました」
サラッと何言ってんの⁉︎ てかそのネタ引っ張るの⁉︎
「……きらっち?」
「誤解だ誤解!」
「明星の手回しの早さには感服するね」
「お前が乗るとややこしくなるから黙ってろ!」
コイツはその容姿だけで人気は勿論評判もいい。俺がイケメンに嫉妬してなりふり構わない奴、みたいな噂が広まりかねない。イケメンってズルい。
「──立ち話するなら私は先に行きますが?」
すでに数メートル先を歩く神鳴さんが、こちらを向いて口を開いた。
「あー待って待ってみみっちー。置いていくならきらっちだけにして!」
「意味が分からん!」
それから学校に着くまでカナさんの怒涛の質問タイムが始まったのだが、
「みみっちーどこから引っ越してきたの?」
「首都圏です」
「何で徳巡に来たの?」
「近かったからです」
「趣味ってある?」
「特に無いです」
「ご両親何してる人?」
「共働きの会社員です」
「きょうだいいるの?」
「兄が一人です」
「好きな食べ物は?」
「特に無いです」
「嫌いな食べ物は?」
「特に無いです」
「この学校来て良かった?」
「そう思いたいです」
……まあ、素晴らしく一問一答。全然会話が広がらない。だが、淡々ながらも神鳴さんは全部の質問にちゃんと答えてるし、カナさんも途中から情報を引き出す事にシフトしたらしい。楽しそうに質問をぶつけている。
その結果分かった事は、神鳴さんは両親と別居中で、今は一人いるお兄さんと二人暮らし。本当は四月から通う予定だったが、手続きと引っ越しが間に合わなかった。そして噂のお兄さんだが、本人曰く“変な人”らしい。あまり話したそうじゃなかったからか、カナさんもしつこく言及はしなかった。家は近所みたいだし、いつか会えるだろう。
教室に着くと、
「いや〜、みみっちーの事色々知れて良かったよ〜!」
「そうですか。私はあまり、皆さんの事を知りませんが」
「んーまあそれはその内! ひよの恥ずかしエピソードとか、」
「カナ⁉︎」
「かぜっちから聞いたきらっちの面白エピソードとか!」
「何それ⁉︎」
色々何してんの⁉︎
「なるほど」
「「納得しないで!」」
「相変わらず息ピッタリだね〜。アタシの親友を横取りしちゃって。嫉妬しちゃうぞこの〜!」
別に横取りしたつもりは一切ないんだが……。
「きらの一番は、このわしじゃ!」
「そんでもって面倒な時に割り込むなぁお前は……」
「わしが面倒じゃと⁉︎」
「そうは言ってねえよ」
「あの時の接吻が嘘じゃったとは言わせ「わーバカバカバカ!」むぐっ⁉︎」
教室でなんて事言いやがる。あの行為がクラス中に広まった日には、俺は不登校になるぞ……。
「何の話?」
近寄るカナさん。この人にだけは知られてはならない……!
「雲さんが、自分を適当に扱うなって」
事情を知る日和さん、ナイスフォロー。
「なるほどなるほど。──すまねえモクっち! アタシとモクっちはマブダチよ! 友情に順位なんか付けるなって話だよね!」
「むぎゅ」
話はそらせたが、代わりに雲がハグで潰れた。
「あ、でも揉み心地はひよの方が上だねー」
さりげなくセクハラするんじゃないよ……。
「……それは否定せん」
割と理不尽な物言いをする雲でも、そこは素直なんだな。
「両方とも堪能してるきらっちなら、分かると思うけどねっ」
「いやっ……そんな事ねーし!」
「明星、それを世間では手遅れって言うんだよ」
「お前は黙っとれ!」
「九十八君、その時の感想を詳しく話して下さい」
「乗っからないでくれます⁉︎」
俺が変態みたいな流れになっちゃうだろ!
「みみっち〜、そこに本人いるんだし、そっちに頼んだ方が早いよ〜。──はぁ〜、それにしてもモクっちの抱き心地は最高だね〜。髪ツヤツヤだし、お肌モチモチだし」
抱き枕と化した雲。
「…………」
すまんな、そんな助けを求める視線を送られても、カナさんには逆らえん。
一方神鳴さんは、
「では東風さん、揉ませて下さい」
ものっすごくストレートにお願いしていた。
「へっ? いや、そんないきなり言われても──ひゃんっ⁉︎」
控えめに断ろうとした日和さんの言葉は、当然のように無視された。
「……なるほど。制服越しからでも伝わるこの弾力。これは素晴らしいですね」
「ちょ……く、くすぐったいってば……見美々さん……」
目のやり場に困るんですが……。
「あ、あの……見美々さん、そのくらいに……」
しばらく日和さんの胸を揉みしだいた神鳴さんは、
「しかし、やはり直の感触が知りたいですね。──脱いでくれますか?」
さらにとんでもない事を言い出した。
「え、ええぇっ⁉︎ そ、それは無理だよ! 明星君とか、みんな見てるし……」
流石に全力で断る日和さん。良かった。そこは流されなかった。
「なるほど。確かに事を急ぎすぎましたね。では更衣室で着替える時にでも」
諦めてなかった!
「ち、ちょっと見美々さんが怖いよ……」
自分を抱くように身震いした日和さん。それは否定しない。……でもその時は俺、助けられないからなぁ。自分で頑張ってもらうしかないな。
「──はい皆さんおはようございます」
福田先生がやって来た。おっと、もうそんな時間か。各々席へ戻ると、教室がザワザワと騒がしくなる。
なんだ、どうかしたのか?
「明星君、あれ……」
日和さんに示され前を見ると、
「え……マジか?」
福田先生の隣に、男子が一人立っていた。着ているのは俺や疾風と同じ徳巡の男子制服。つまり……そういう事だよな?
二日連続で転校生なんて事があるのだろうか。チラリと昨日の転校生、神鳴さんを見やると、
「…………」
無表情なのは変わりないが、どこか呆れた雰囲気を感じた。何か事情を知ってるのかな?
「えー一日遅れてしまいましたが、このクラスにはもう一人転校生がいます」
やっぱりそうなのか。空席が二つあったのは、この為だったのか。
「えーでは自己紹介をどうぞ」
ソイツは黒板に名前を書くと、ニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。
「──神鳴鳳凰(みかど)だ! みんな、よろしく!」
……ん? “神鳴”?
再び神鳴さんを見やるが、特に表情に変化は無い。
いやでも、そうそうある苗字じゃないし、朝話してたお兄さんで間違いなさそうだよな。……双子だとは思わなかったけど。
鳳凰と名乗ったソイツは、教室をゆっくり見回す。ほぼ女子しかいないからな。転校生の男子って立場からしたら凄い光景だろう。
クラスの女子達も、三人目の男子生徒に興味津々だ。ルックスも疾風ほどではないが、俺よりは上だろう。……む、別に悔しくはないぞ。何かと疾風と比べられてきたからな。もう慣れっこだ。
鳳凰は視線で教室を一周すると、小さく頷いた。それから大きく息を吸うと、
「──喜べ諸君! 今日からこのクラスの女子は全員、オレのモノだ! 全員オレの彼女にしてやる! 良かったな!」
とんでもない爆弾発言をかました。
クラス中の興味が、敵意に変わった瞬間だった。