溶けゆく雪となって   作:黄金馬鹿

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今回の連続更新は五話程度を予定しています。案外難産なんじゃよ……


十五の斬/9:358

 宿でユキは勝手にシングルのベッドが二つある部屋をとっていた。どうやら少し田舎な場所故に宿はそこまで混んでいなかったらしい。鍵を手の中で弄ぶユキを見たエルリックは、彼女の背を押して部屋へと案内させる。エルリックは何も聞いていないので鍵を渡されただけでは分からない。

 従業員のニヤニヤとしているような。しかし生暖かいような。恐らくどっちもであろう視線を背中に受けながらエルリックはユキの背中を小突いていく。しかしユキはそんな生暖かい視線に気が付いていないようでエルリックに文句を言っている。どうしてこの子は凄く鋭い時と鈍い時の両極端が存在するのだろうと。そう思いながらもエルリックは顔を少し赤くしながらユキの背中を小突く。

 男女で同じ部屋。ベッドが二つあるとはいえ、二人で同じ部屋に泊まる。それがどういう事なのか。この子は言われないと分からないのだろう。昨日までも同じ部屋に泊まってはいたが、一応部屋に入る時間はずらしたりと、あまり勘違いされるようなことは避けながらやっていたが、どうやらこの子にはそこら辺の考えは一切合切ないらしい。記憶は無くても人格や性格は歳相応なのだろうとも思ったが、案外そうでもないらしい。ちなみに彼女が同い年だと知って驚いたのは記憶に新しい事だ。

 そうしてユキを小突きながら辿り着いた部屋は、先日泊まった宿とはあまり変わらないベッドが二つある部屋。ユキは一つでも気にしないと宣うが、そういう事に敏感な年ごろなエルリックが気にしてしまうのだ。こんな事を言ったらユキに揶揄われるいい口実になってしまうので一度も口にはしないが。しかし、彼女も元男だったと言うのなら、あんまりそういう事を態度に顕す事も出来ない。元男なら確実に分かってしまうからだ。

 

「ふぅ、着いた着いた。で、これからどうするの?」

 

 ユキは、予め決めておいたのかそれとも適当なのか。窓側のベッドに腰掛けると荷物を床に置きながらエルリックに聞いた。だが、その動作の一つですら短いスカートの内側がモロで見えてしまいそうになるのでエルリックはそっと視線を逸らしながらユキの問いに対する答えを口にする。

 

「あー、取り敢えず落ち着いたらギルドへ行こう。ドラゴンも、多分どっか行ってるだろうし、暫くはここで路銀を集めながら次に行く場所を決めよう」

 

 ドラゴンと会いたくない。その一心でここまで来たのだ。だから、暫くはゆっくりとして、それから違う街へ。旅をする事を目的としているエルリックならではの予定だ。

 もしもユキがバトルジャンキーならこんなのんびりとした予定は立てられなかったが、彼女はそうじゃない。荷物の中から適当にジャーキーを取り出し口に咥えながら返事をする間抜けっぷりを見てエルリックは若干の安心感を覚える。

 

「オーキードーキー」

「なんだそりゃ」

「さぁ。なんか咄嗟に出てきた」

 

 エルリックも自分の荷物を軽く広げてこれから使う物だけを取り出しながら外へ出る準備をしていく。対してユキは腰の剣以外は特に持っていく物が無いためジャーキーを齧りながらベッドに転がり足をパタパタと。やめろ、内側が見えるとはエルリックの心の内の言葉。

 本当にこの子と居ると色々と調子が狂う。というか、異性を意識していない振る舞いをするせいで色々と理性の崩壊をどうにかせき止めたり、色々な欲望のはけ口を幾つか制限したりと。色々と支障が出る。今も軽く頭の中を支配しているピンク色の妄想をなんとか掻き消そうと必死だ。もうかれこれ一週間近く、エルリックはそういった性的な欲望を吐き出せていないため結構限界に近いのだ。

 それ故か、エルリックはユキに適当な言葉を投げかけて、それに対して思考を向ける事でこのピンク色を掻き消す事にした。

 

「そういやお前。なんやかんやで俺についてきてるけど、本当にそれでいいのか?」

「どゆこと?」

「いや。お前なら俺と一緒に居ない方が色々といいんじゃないか、とか思ってな」

 

 前も聞いたか? と聞けば分かんない。と返ってくる。

 だが、エルリックの言葉はユキに感じていた疑問の一端そのものだ。

 彼女は、エルリックと居ない方が色々と得られるものがあるかもしれない。名声も、金も。そして彼女好みの男も。彼女の献身的な性格を知れば、ホイホイと寄ってくるかもしれない。強く、優しく、美しく。そんな彼女だからこそ、エルリックから離れれば悩みからは無縁の生活を送れるかもしれない。

 強い女が並々、美しくても優しくは無かったり。そもそも筋肉達磨だったり。優しくて美しくて強い。そんな女が砂漠の中から一粒の砂を見つけるのと同じくらいに難しいこの業界だからこそ、エルリックは余計そう思ってしまうのだ。

 贅沢な悩みだとは思うが。それでも思ってしまう。

 

「いんにゃ? そんなことないよ?」

 

 ジャーキーを飲み込みながら話したからか。最初の部分だけ変な言葉になったが、彼女はエルリックの言葉を否定した。

 

「オレはエルリックと居る方が楽しいし。それに、エルリックとオレの今の目的は一致してるから」

「え?」

 

 そんなの初耳なんだが。とエルリックが聞けば、あれ? とユキの言葉が返ってくる。

 いつの間にこの子は目的なんて物を見つけたのだろうか。そんな節、無かったように見えるけども。そう思いながらもエルリックは、自分の準備の完了と同時にベッドに腰掛けユキの言葉を待つ。

 

「オレさ、この世界を見て回りたい。なんでか分からないけど、色々と見てみたいって。そう思ったんだ。だから、エルリックと一緒に行きたい」

 

 確かに。その目的はエルリックと一緒だ。

 目的が一緒で、相手が気心の知れた相手なら。それに着いて行こうとするのは、相手から拒否されない限りは当たり前とも言えるだろう。なんやかんやでユキと一緒に居るのが当たり前になってしまったエルリックと、そんなエルリックに着いて行く事こそが自分の目的の達成になったユキ。ならば、ここから別れて各々の道を歩くと言う事は、まず無いだろう。その道が二人とも同じ道なのだから。

 エルリックは恥ずかしい事言うなとユキの頭を軽く叩き、ちょっと赤くなった頬を見られないようにする。

 なんやかんやで嬉しかった、と言えば確実にニヤニヤしながら揶揄われるので。この対処は最もとも言えた。あー恥ずかしい、と心の中で叫びながらエルリックは最後に腰から剣を吊るして立ち上がる。

 

「ほら、行くぞ。早くしないと陽が落ちちまう」

「オーキードーキー」

「だからなんだよそれ」

「さぁ」

「ったく……」

 

 少しのおふざけを絡ませながら二人は並んでギルドへと向かう。

 

 

****

 

 

 ギルドはどこでも変わらないよね、とはユキの談。そしてそれに肯定するのはエルリックだ。

 基本的に様々な街にあるギルドの支部は、大きいか小さいか。その二択であり、内装も中にある備品も、殆どが共通だ。だから、ギルドに入ると一瞬、街を移動したなんて事実は無かったんじゃないか。そう思ってしまう。

 この街のギルドは比較的小さい方だ。この街そのものが小さい上に田舎なので小さくなってしまっているのだが、それでも人はいる。ここを中間地点とするもの、情報を集めるためだけに立ち寄った者。ここを拠点としている者、ここが出身の者。様々居るが、半分以上の顔は定期的に入れ替わる。それがギルドという物だ。もうギルドが宿経営してくれたらいいのに、とはエルリックの談。

 ギルドに二人が入れば、毎回ユキに視線が向く。ユキのような、比較的小さい美少女が入って来たら誰だって珍しさ故に彼女の方を向く。それがこの業界だ。男くさい故に致し方なし。しかしそれももう慣れた物。二人は受け付けへ行ってチェッカーを取り出す。

 

「すみません、道中で倒した魔物の報酬を貰いたいんですけど」

「はい、少々お待ちを」

 

 これで報酬を貰った後は、情報集めをしてから路銀集めだ。いつものムーブだが、ふと思い出す。

 あれ? 今回ってトンでもない者を狩っていたような。

 

「えっ? キングオーガとクイーンオーガって……えっ?」

 

 視線がエルリックへ行き、チェッカーへ行き、ユキへ行き、チェッカーへ行き、後ろの人へ行き、後ろの人がチェッカーを見て、同じように視線を動かして。

 あぁそうだった。そういやあんなの狩ってましたわ、と。百人、千人単位で人が死んでも何ら可笑しくないレベルの、僅か十数秒で無残に死んでいった魔物を思い出して頭を抱える。しかし、チェッカーは嘘を吐けない。エルリックのチェッカーに魔物の名前は無く、そしてユキのチェッカーにだけ名前がある。それを見るだけで当時の状況は簡単に口に出せるが、信じられるものではない。しかしチェッカーは嘘を吐けない。これは事実だ。

 

「あー……一応本当です。あっちの街に行った商人と護衛の人達に聞けば証言取れますんで……」

「いや、その、こちらも一人の女性がキングオーガとクイーンオーガを討伐したと、恐らくその商人の方から、鳥を使った伝書で確認していたのですが……こうやって目にするととても信じられなくて」

 

 そりゃそうだと。エルリックだってユキという存在を知らないままこうやってキングオーガとクイーンオーガの討伐の証明を見せられたら嘘だと一蹴する。予め伝書を貰っていても困惑する。だからこの受け付けの方々の反応は何ら可笑しい事ではないのだ。可笑しい上に分かっていないのは、この身体能力と剣技のレベルがバグっている無自覚魔物キラーだけなのだから。

 

「……す、すぐに報酬の方を用意しますね」

 

 結局このチェッカーを疑うようなことはせず、受け付けの人はまるで化け物を見るような目でユキを見た後にすぐに報酬となる金を取りに向かった。なんとか助かった事と言えば、ユキがそんな目で見られたことに気が付いていなかった事だろうか。彼女は何時も通りの目で、小首を傾げながら自分を見つめるエルリックを見ている。一瞬可愛いと思ってしまったが、すぐに気持ちを切り替えて、照れ隠しに彼女の頭に軽く手刀を落としてから受け付けの方へ向き直る。頭に手刀を落とされたユキは目を白黒とさせている。

 それから暫くして。袋に入れられた報酬の金は無事に持ってこられた。それを羨ましそうに見る周りの視線。鬱陶しいとしか感じない。しかし、大半の視線はエルリックの事を可哀想に。と見る目なので、羨ましそうに見る目は本当に一部だけだ。

 

「どうせ、いい所だけ取ってっただけだろ。女がキングオーガとクイーンオーガなんて倒せるかよ」

「おい馬鹿! 聞こえたら殺されるぞ!」

 

 言ってることは最もだった。エルリック自身、あれは見てもらわないと分からない。そのレベルだと思っている。だからこそ、何も言わずに無視する。

 

「言われてるよ、エルリック」

「お前の事じゃこの阿呆」

 

 だがユキは何を勘違いしたのか。その言葉をエルリックに対する煽りと感じていたようで。多少イラついたエルリックがユキの頬を摘まみ、思いっきり伸ばす。面白いように伸びるユキの頬の感触を楽しみながらエルリックは頭を下げつつ報酬を受け取ってから、涙目のユキを引き連れて、エルリックはある程度の情報を集めるためにギルド内を徘徊し、ついでに掲示板を見る事にした。

 しかし、聞こえてくるのは先程の会話をしていたギルド員の言葉だけ。エルリックはそれを聞いて、すぐに無視しようとして。

 

「あんな子がオーガ夫妻を殺せるんなら、俺はここに向かって来てるドラゴンを倒せちまうぜ」

「だから止せって。喧嘩売られたらどうすんだよ」

 

 それは無視できない事なのだと分かった。

 よく考える。態々、特に何もないここへ来た理由を。

 ここへ来た理由は、直感的に会いたくないと思ったドラゴンから逃げるためだ。そのドラゴンはこの間まで滞在していた街を通過するような進路を取っていた筈だ。それが、どうしてここに。

 気が付けば彼は、ユキを煽った。ドラゴンについて口にした男へ向かって歩き出していた。エルリック? と自分の名前を呼ぶユキを無視して。

 

「おい」

「ん? な、なんだよ……」

 

 エルリックのただ事じゃない剣幕に押された男は、少したじろいだ。しかし、エルリックはそんな彼に更に詰め寄り、胸倉を今にも掴みそうな勢いで問いかける。

 

「ドラゴンがここに向かってるのか? 進路を変えて?」

「あ、あぁ。なんかこの間、急に方向を変えてこっちに来たらしいが……」

 

 信じられない。エルリックの表情にはそれが書いてあった。

 ドラゴンは温厚、とユキに説明した記憶は真新しい。それは事実であり、エルリックはドラゴンという種族に対して手を出した覚えは一度たりとも無い。だが、何となく会いたくない。近寄りたくない。何か面倒事があった際に巻き込まれたくない。そんな思いがエルリックを、ドラゴンから逃げるという形で動かしていたのだが、しかし現実はそれを許してくれなかったらしい。

 こっちへ一直線にドラゴンが向かっている。その事実を知り、エルリックの頭の中がパンク寸前になる。

 逃げなければ。離れなければ。じゃないと、何かが起きる。そんな第六感にも似た直感が引き起こす危機感がエルリックの理性を一気に奪っていき、彼から冷静という物を強引にはく奪していく。

 それ故か。ユキの手を引っ張り外へ出たのは、無意識の内だった。

 

「エルリック! エルリック!!」

「うるさい! 黙ってついてこい!!」

「っ……」

 

 ユキは自分に対して逆らえないと。逆らわないと知っているから。分かっているから、乱暴になった。乱暴でも彼女は文句の一つも言わないと、分かっているからこうして乱暴に腕を握って歩く。最低だ、と自分を責める心から目を逸らしながら彼女を連れたまま宿へと入っていく。

 出ていかなければ。この場から逃げなければ。じゃないと、ドラゴンと鉢合わせてしまう。そんな気持ちだけがエルリックを動かしていた。

 

「荷物を纏めろ。とっととここを出るぞ」

「ちょ、エルリック。少し落ち着こうよ。今のエルリック、全然冷静じゃ……」

「冷静になんてなれるかよ!」

 

 部屋の中に入り。ユキに対して無茶振りな命令をして。そして少し口を出されたらそれがピンと張られた琴線に触れて、彼女の体を壁に押し付けて、自分の体で逃げられないようにして。今にも殴ってでも言う事を聞かせてしまいそうな。そんな時になってようやく少し戻ってきた理性が、少し涙目になった彼女の手を握ったまま、壁に押し付けて今にでも殴りそうになっている自分を知覚させる。

 それを見たからか。ユキは小さな声で。外見相応のか細い声でそっとエルリックに言葉を投げる。

 

「どうしたの、エルリック。なんでそんなに焦ってるの?」

「……い、いや。俺は……」

 

 焦っていたか? 焦っていないか? そう聞かれれば、焦っていた。いや、焦っている。そうとしか言いようがない。

 頭に血が上ったかのように人の話を聞かずに一気に突っ走った彼は、ようやく今の自分を客観的に評価する。結論は、女を自分勝手に振り回そうとした最低な男。しかも今にでも押し倒してこのまま乱暴してしまいそうな。そんな状況にまで持ち込んでしまっている。

 ふと落ち着いた彼はようやく自分の体を動かしてユキを解放した。

 

「一旦落ち着こう? 相談には乗るから、ね?」

「あ、あぁ……ごめん」

「だいじょぶ。エルリックは気にしなくていいから、ね?」

 

 あぁ。やっぱこいつ、駄目人間を簡単に生産できる女だ。

 目を見て、優しく諭された彼は、戻ってきた理性でそんなくだらない事を考えていた。




もうどっちが主人公か分かんねぇなこれ。っていうかユキがただのヒロインになりかけている件。

しかい……なんでエルリックくんはこうまでドラゴンを恐れているんですかねぇ……奴らは温厚な種族って自分で言っているのに。
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