溶けゆく雪となって   作:黄金馬鹿

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今回はちょっと短いデス


十六の斬/9:358

 どうしてドラゴンをこうも恐れているのか。ドラゴンから逃げようとしているのか、と聞かれれば。それに対して定かな答えは口にできない。

 ただ、口にできるとするのなら。それは、怖いという言葉だろう。

 ドラゴンが怖い。会いたくない。逃げたい。そんな様々な感情。それを一纏めにして、恐怖。そう言う事でしか、エルリックの内心は言い表すことはできない。

 ただ、怖い。怖いから逃げたい。そうとしか。それでしか、エルリック自身、どうしてここまで焦っているのかが分からないのだ。

 心の中にある、ドラゴンが怖い。だから逃げたいという本能から来る恐怖の感情と。それに反するような、ドラゴンなんてこちらから手を出さない限り攻撃してくることはないのだから、逃げなくても大丈夫だという落ち着いた理性が混ざり合って、今に至っている。だから、エルリックはなんとか冷静になることができた。本能に理性で蓋をして、客観的に自分を見る事によってなんとか今の落ち着きを保つ事ができていた。

 

「……そういう事なんだ。俺自身、自分の気持ちがよく分かってない」

 

 それをユキに吐露した。

 きっと、この世界の常識を持つ人間なら、その心を信じてくれなかっただろう。きっと、誰かは楽観的に、放っておけばいいんだから気にするな、とか。どうせお前が隠れてドラゴンに手を出したんだろう。自業自得だ、とか。色々と、当たり前と言える言葉を口にしてきただろう。エルリック自身、自分と全く同じ内心を持つ人間を相手にしたらそんな言葉を投げかけてマトモに取り合わないと確信をもって言える。

 だが、目の前の少女は違った。

 そんな常識が無いから。いや、違う。彼女は恐らく、この世界の『常識は持っている』。常識は持っているが、それでもエルリックを心配して彼を安心させるための何かを口にするに違いない。

 

「……うん、オレもよく分からないかな」

 

 それは、エルリックの内心に対する言葉だった。

 それはそうだ。エルリックも分かっていないのなら、ユキに分かるわけがない。本人が分かっていない事を他人が一から十まで分かるわけがないのだ。

 だが、それでも。

 

「でも、それならここから出よっか」

 

 彼女はこう言う。

 そう言うと思っていたからこそ。思ってしまっていたからこそ、エルリックは自分の弱い心を口にした。きっと、彼女なら自分を肯定してくれると。否定を一切せずに頷いて、親身に立って、笑顔でエルリックが一番求めている事を口にしてくれると。

 そんな、汚いとも言える心があったから、口にできた。自分を自分で肯定するために、彼女を使った。そうやって彼女を使ったからこそ、罪悪感が沸いてくる。だけど、今はそれに蓋をする。それを感じている時ではないと思い込んで、彼女に謝りたいという一心を殺す。

 彼女はそれを分かっても、何も言わないから。笑顔でこっちを見て、何でもないと言ってくるだけな、優しい少女なのだから。

 

「時間的な猶予もあるんだから、早めに出た方がいいよ」

「そう、だな。その方がいいよな」

 

 そのための路銀は、ある。

 彼女が稼いでくれた金が。その金を、自分のために使う。自分が逃げるために。自分のエゴのために。

 それを彼女は咎めない。それでもいいと。その程度でエルリックが笑顔になれるのなら、それでいいと。優しく微笑みながら。彼女は■■■そんな人間なのだから。

 ノイズの混じる思考を無視してエルリックはなんとか立ち上がる。

 

「じゃあ、早速どうするか予定を決めようか。明日には、ここを出よう」

「明日でいいの?」

 

 明日でいいか。そう聞かれたら、首を横に振りたくなってしまう。

 だが、明日でないといけない。もう、陽は落ちている。殆どが黒くなった空に、西の方だけがまだオレンジを保っている。そんな空では、外をバイクで走ることは不可能だ。だから、今日は予定を立てて、明日の明朝の。ドラゴンがここへ来る前にここを出て、違う街へと向かうしかない。

 それはユキも分かっている筈なのに、聞いてきた。彼女はきっと、今日出たいと我儘を言えば聞いてくれただろう。きっと、彼女はランタンを片手にでも自分が運転すると言って。明かりを最大限確保して、無理矢理にでも夜の強行軍を行っただろう。エルリックでは無理なのだから。

 だから、断った。彼女の優しさにこれ以上甘えるわけにはいかないと。自分の理性を固くしながら。

 

「じゃあ、明日は……そうだな。ここへ行こう」

 

 エルリックは地図を取り出してきて、とある街を指さした。距離的には、明日の明朝に出て夕方に着く。そんな長い距離の先にある街だ。中間には幾つかの小さな街があるが、そこにしないという事は、もっと他の理由があるのだろう。

 

「どうしてここなの? もっと近くても……」

 

 それを口にしたユキだったが、すぐに口を閉じた。

 きっと、彼はもっと遠くへ行きたいんだ。ドラゴンの来るここじゃなくて、もっと遠くへ。だから、ここを選んだんだ。そう察して、口を閉じる。

 だが、エルリックは理由を口にする。

 

「あー……ここはな、名物が結構美味い物らしんだ。こんな機会だし、ついでにな」

 

 嘘だ。

 きっと、ユキを心の底から納得させるための。

 それが分かる。分かるからこそ、ユキは頷いた。彼の優しさに甘えて。

 

「うん、じゃあそうしよっか。今から楽しみだよ」

 

 笑顔で言えば、彼の顔色は自然と明るくなる。それを見て、ユキの心も明るくなる。果たしてそうやって、エルリックを肯定し続ける事が正しいのか。それは分からないが、それが彼の『助け』となるのなら。彼女はどれだけだって。何度だって。肯定する。

 それが、ユキ(■■■■■■)という少女なのだから。

 

「そ、そうか。じゃあ、明日は陽が昇ってからすぐに出よう。そうしないと、ここには着けないからな」

「わかった。それなら、今日は早く寝ないとね」

 

 じゃないと、明日が大変だと。ユキはそう言う。

 エルリックもその言葉に頷き、すぐに明日に必要な物を買ってくると。そう言って小走りで出ていった。

 きっと、落ち着かない心を落ち着かせたかったのだろう。きっと、二人ではあまり落ち着くものも落ち着かないと。そう思って。それがエルリックの選択だと言うのなら、ユキは笑顔でそれに手を振って見送る。そしてエルリックのバタバタと慌ただしい足音が聞こえなくなった所で。ユキはベッドに一人寝転がった。

 今思えば、一人きりなのは久しぶりだ。いや、久しぶりと言えないかもしれない。何故なら、目が覚めてからエルリックが側にいなかった時は、初対面の時。落ち着く時間が必要だろうと、彼が自らあの部屋を出ていった時。それぐらいだ。それ以外の時はトイレやシャワー。一人きりとは言えないような時ぐらいだ。

 

「……ドラゴン、かぁ」

 

 ユキは小さく呟いた。

 ドラゴン。それは、人間よりも強く、そして同じような発達した知識を持つ者が一部に存在する、言うならば上位種族。たった一体で一般的な人間相手なら無双できる程の力を持つ、大いなる種族。龍、や竜とも言われるそれは、山奥や谷底など。人間の来ないような場所を好み、そこで少数で暮らしている。

 寿命は人間よりも遥かに長く。生命力も尋常ではない。

 そんな種族が人間を野放しにしている。その理由は、単純に、世界のバランスを崩さないため。今の状態で均衡を保っているこの世界のバランスを崩さないためにと、ドラゴンはその身を隠して、自衛以外の手段で手を出さない。

 ならば、自衛で手を出すのは何故か。『自衛』なんて必要ない程の力を持つのに、どうして自衛を行うのか。

 それは、臆病だからだ。臆病が故に、少し手を出されただけで過剰な反応を起こす。それが、ドラゴンなのだ。

 それを、ユキは『知っている』。

 

「いや、オレは知らない……何も知らない……!!」

 

 いや、知らない。

 これは全て学んだ事だ。誰か分からない人間から。

 でも、その知識は、エルリックが絶対にドラゴンに狙われないという事を裏付けてくれる。

 何故なら、ドラゴンが行うのは自衛だ。故に、ドラゴンから距離を取れば。取り続ければ、ドラゴンは自らその身を引く。そして、ドラゴンが追ってくるという事は、確実にないのだ。だから、今ここへ向かってきているドラゴンは、エルリックが恐怖するような存在ではなく、ただ住処を探しているだけなのだろうと。そう、確信できる。

 

「……でも、エルリックが逃げるって言ってるんだ。一緒に、逃げないと」

 

 ユキは呟き、そっと腰に吊るしたままの剣に手をかける。

 ――万が一。億が一の時は、これを使わないと――

 腰に吊るした邪龍の名を冠するこの双剣を使う時が無いことを望み。ユキは天井を見る。

 果たして、この天井の先の青空を飛ぶ龍は、この剣を抜かせてしまうのか、と。手を伸ばしながら無意識に思ってしまった。




もうちょっとで物語が一区切りつきます。そこら辺でユキの事もちょっとは分かるはず……はず……
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