溶けゆく雪となって   作:黄金馬鹿

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多分、本編中の伏字を埋めただけじゃユキの正体って分からないよなぁ。っていうか絶対にネタバラシまで分からないよなぁ、なんて伏字の中身をメモしたメモ帳を見ながら確認していたり。勘違いしている人は多そう、っていうか多いだろうけど


十七の斬/9:357

 眠りに着いたのは果たして何時だったか。

 まだ陽も上っていない時間帯にユキは目を覚ました。それくらいに早い時間に寝たのだと。それだけは覚えていたのだが、しかし詳しい時間を思い出す事ができない。それくらいに精神的に追い込まれていたか。それとも時間なんて見ていなかったか。どちらかだと思っていたが、よくよく考えれば時計なんて見ていなかったので後者なのだとわかった。

 前者なのは、きっとエルリックだ。どうしてかドラゴンに怯える彼にとって、寝るまでの時間はとてもじゃないが、心が休まる時では無かっただろう。

 どうして彼がドラゴンを怖がるのか。それは分からないが、そうやって怖がるのなら彼女は、ユキはそれを肯定する。彼の恐怖心を否定する理由など、ユキは持ち合わせていないのだから。

 苦悩し、悩む彼をユキは全面的に受け止める。それが今のエルリックにとっての助けになるのだと思っているから。

 彼のベッドに腰掛け、そっと彼の頭を、母親が子供を撫でるように撫でてやれば、男性特有の、女性の物とは違う質を持った髪が細い指に絡む。自分でも剣が持てる事が不思議なほどの細くて白い、指と腕。果たして自分は何者なのか。もうこの一週間と少しで何度も考えたそれを一瞬だけ考えて、そしてすぐに忘れる。

 燃えた記憶は、日に日に多くなってきている。

 ユキはもう忘れてしまったため気が付いてはいないが、彼女は目覚めた時に保有していた自分のアイデンティティの内である一つを。『自分がこことは異なる技術体系を持つ世界』で生きていた事を忘れている。いや、具体的にはまだ覚えているのだが、それはもうほんの少しだけ残っている記憶の背景でしかない。そうであったという事を忘れているのだ。

 もしかしてこの背景はこうなのだから、自分は異なる世界で産まれたのでは? と疑問を持つ事はあっても、それがそうだと頷けないのだ。

 

「これは、もう一か月後には、オレが男だったって事も忘れてそうかな……」

 

 寂し気な笑顔を浮かべながら彼女はそっと呟いた。

 ユキを構成していた大きな物。それは、『自分が男であったこと』。『自分が異世界出身であること』。『自分には知り合いがいたこと』。この三つだ。自分の事を知り、自分の存在していた場所を知り、そして自分を知っていた人達がいる。この三つが、ユキを構成していた。 

 だが、内二つは消えた。

 友の名前も家族の顔も。全部忘れてしまった。いた事は覚えているが、名前と顔が思い出せないなら、それは友であるとも、家族であるとも言えない。

 住んでいた場所も、元居た世界も、忘れてしまった。ユキが異世界出身だと胸を張って言える材料は、もうどこにもない。

 残っているのは、元男だったということ。自分は男なのだから、女の子を愛するんだ。

 そんな思いも、きっと完全に消え去るだろう。

 それが分かる。分かってしまうのだ。自分の中の『男』が小さくなっていき、『女』が大きくなってきてしまっているのだから。エルリックが覚えていてくれても、どうしようもない。それくらいには、魂が肉体に引っ張られている。

 きっと、きっとと考えて。それが現実になっている。それが怖くない訳がない。

 でも、隣にエルリックがいてくれる。エルリックが覚えていてくれている。だから、まだ正気を保っていられる。もしも今、エルリックがいなかったら、ユキは発狂していただろう。自分のアイデンティティが消えていき、自分が分からなくなり、男なのか女なのかすらもわからなくなって。自分を構成していた物全部失って。最後は死ぬまで剣を振るだけの機械となり替わっていただろう。

 それが無いのは、エルリックとの思い出があるから。彼との思い出があるからこそ、なんとかなっているのだ。過去の思い出が消えていくのだとしても、自分らしくあれ。そうは思っても上手くいかないものだ。

 ふと、ユキは空を見る。

 未だ空は青に至らず、灰色。もしもこの灰色の空を突き抜けて。青空と変わった空を羽ばたけたのなら。こんなちっぽけな悩み、消えてくれたのかな。なんて思いながら。そのための翼なんてないのに、と小さく呟きそっと視線を落とそうとして。もう一度空を見る。

 何かが飛んでいる。

 最初は鳥かと思った。だが、違う。あれは鳥なんかではない。鳥ではない、もっと別の何か。

 まだ米粒程度にしか見えないそれは、徐々にその姿をハッキリと見せてくる。

 嘘だ。まだ時間はあった筈だと思い。そっとエルリックの頭に置いていた手を動かして肩に乗せて。

 それと同時にエルリックは跳ね起きた。

 

「……来た!?」

 

 寝起きなのにも関わらず叫んだエルリックは外へと飛び出していった。あれ? 起こしてないんだけど、とユキは一瞬首を傾げたが、すぐに今はそんな事を考えている暇ではないと自分の思考回路を切り替える。

 飛び出していったエルリックを思い出し、あーもうと珍しく文句を一つ口にすると、予めバイクに積んでおいたため少なくなっていた荷物を手に持ってエルリックの後を追う事にした。

 

 

****

 

 

 外へと飛び出したエルリック。そしてすぐに視界に納めたのはドラゴンではなく、それを野次馬しにきた関係ない一般人だった。

 逃げなければならないのに、一度はその目に納めてみたい。いや、もしかしたらあのドラゴンはこのままこの街の頭上を通り過ぎていくのかもしれない、なんて。かもしれないなんて、普通ならいらない言葉を予測の言葉の後ろに付けながらこちらへと向かってくるドラゴンに視線を向ける。

 このまま通り過ぎてくれ。そんな言葉を心の内に浮かべながらこちらへと一直線に飛んでくるドラゴンへとその視線を釘付けに。だが、彼の内心には確信があった。あのドラゴンはここへ降りてくるという。謎の確信が。

 果たしてその確信は。

 

「お、おい、降りてくるぞ!」

「衛兵を呼べ! ギルドにも報告して――」

 

 当たった。

 当たってしまった。

 最早周りの喧騒など聞こえない。ただ、ゆっくり。ゆっくりと降りてくるドラゴンを見て、冷や汗をかくだけ。

 あんな翼で空を飛べるなんてすごいんだなぁと。どこか客観した、子供っぽい感想を持ちながら、心の中の焦りに、恐怖に呑まれていく。

 足がすくんで動かない、なんて経験。情けない事でしかないのだから一生のうちに経験したくなかった。そんな事を思っていると、真夜中から夜勤で務めていたのか、武装した衛兵と、騒ぎを聞きつけて武器を片手に持ったギルド員が走ってきた。衛兵は一般人を守るために。ギルド員は、もしもドラゴンがこの街に牙を向いた際に、それを討伐して金と栄誉を受けるために。

 ドラゴンは賢い生き物だ。しかし、言葉を話せない。故に、もしもドラゴンが休憩しにここへ降りたのなら触れてはならないし、攻撃してきたのなら攻撃しないといけない。後手に回らなくてはならないという焦燥感を戦える者は感じ、戦えない者はなるべく距離を取った。

 

『……明朝にすまぬな、人間よ』

 

 そうして後手に回った結果、声が聞こえた。

 一体誰がこの声を? と誰もが疑問に思った。しかし、その疑問もすぐに。目の前でこの紅色のドラゴンが口を開いて人間の言葉を発したのだから解消された。

 同時に起こる驚愕故の喧騒をドラゴンは気にすることなく再び口を開く。

 

『我は汝等に危害を加える気はない。ただ、一人の人間を差し出してほしい。それだけだ』

 

 危害を加える気はない。しかし、一人の人間を差し出せ。

 果たしてその言葉は正しいのか。矛盾していないか。そう思いながらも、このドラゴンは人間を殺しに来たのではなく、恐らくこのドラゴンに対して危害を加えた人間に制裁を与えに来たのだと思い。衛兵以外の人間は安堵した。

 もしもこの街の人に危害を加えるのなら、衛兵は守らなくてはならない。だから、安堵はできなかった。

 それを知ってか知らずか。ドラゴンは三度、口を開く。

 きっと、その一人の人間とは自分じゃない。エルリックはそう思いながらも、流れる冷や汗を感じて。

 

『――先日、ここに『エルリック』という名の青年が来たはずだ。彼を、渡してほしい』

 

 息が詰まった。

 誰もが自分を見る。

 先日、ここへ来た青年といえば、彼しかいない。それぐらいに、この街は人の出入りが少ない田舎なのだ。人々の視線の先に居るエルリックをドラゴンは見る。

 その目に敵意は無い。しかし、代わりに同情しているような。悲しい目がそこにはあった。

 

『そう、か。お前か』

 

 そっとドラゴンは近づいてくる。エルリックを殺そうとして。

 

『お前は悪くない。悪くないのだ。だから、我を恨め、憎め。我を邪龍と言ってもいい。それだけの事を。罪無き者を殺すという罪を犯す。故に、恨んでも憎んでもいい。故に――』

 

 ――我のエゴで、死んでくれ――

 そんな声を出して。悲しそうな目をしながら、エルリックをその場で殺そうと、四足の内前足を伸ばして、振り下ろし――

 

「そんなの、認められないッ!!」

 

 だから聞こえなかったのか。バイクの鳴らす独特な音が。

 それがエルリックの真後ろで止まり、その上を白い少女が飛び越え、両手の剣で思いっきりドラゴンの前足を弾き飛ばした。明らかに人間の力ではビクともしないような力の込められていたその足を、少女は自分の両手の力だけで弾き飛ばした。砕けた紅の鱗が舞い、少女が、ユキが着地と同時にエルリックの腕を掴んでそのままバイクに跨らせる。

 

「逃げるよ、掴まって!!」

 

 ユキの声に押されて、思わず従って彼女の腹に手を回せば、バイクは急にトップスピードで走り出し、呆然とする民衆を、驚いているのか、それとも自分の力が弾かれた故か。こちらを見つめたままのドラゴンを置いて一気に街の外へ向かって走り出した。

 幸いだったのは今が明朝だったからか。人気は全くなく、バイクは本来人が行き交う道を猛スピードで走っていく。その中でエルリックは僅かばかりの冷静を取り戻してユキに声をかける。

 

「お、おい! あんな事して大丈夫なのか!? っていうかどうして俺を……」

 

 ドラゴンに歯向かってエルリックを助けた。それが意味する事は、ドラゴンとの敵対。

 普通の人間であればそれは死と直結する事。それをユキはやってしまった。成してしまったのだ。エルリックを庇ったせいで。

 だが。

 

「でも、エルリックを見捨てられない。オレは、エルリックがいないと駄目なんだよ」

 

 困ったような笑顔で、彼女はそう口にする。

 その言葉の真意をエルリックは分からないが。ただ、ユキにとっては、エルリックが狙われた。ただそれだけでドラゴンであろうと、なんであろうとも、敵対する理由にはなるのだ。

 最早ユキのアイデンティティとも言えるようになってしまったエルリックを守ることに、理由はいらない。それを口にしたら引かれるかもしれないし、恥ずかしいからと思って口にはできないが。しかし、たった一週間とちょっとで、ユキにとってエルリックは、ただの仲間と言えない存在になってしまったのだ。

 だから、助けた。自分のため。そして何よりもエルリックのため。

 

「人気のないところに誘導するよ。そこで戦う」

「た、戦うってお前!?」

 

 そしてユキはとんでもない事を口にした。

 ドラゴンと、戦う。人気のないところ。つまり、自分一人で。

 無茶だ。エルリックは言外にそう言う。しかし、ユキはいつもの様な優しい笑顔で大丈夫、と口にする。

 

「だいじょぶだよ。オレって、そこそこ強いから」

 

 いつかと似た様な言葉を口にして。彼女は笑う。あのドラゴンと敵対するというのに。普通なら、死ぬと言うのに。

 

「た、確かに知ってるけど……」

「それに」

 

 ユキはエルリックの言葉を遮って、口を開いた。

 

「ちょーっと……オレもイラついてるんだ。大切な人に手を出されて、ね」

 

 そして浮かべた笑顔は。

 今日まで見たことの無い獰猛な物で。大切な人と言われて、照れる事も恥ずかしがることも。何もできないくらいには、殺意の秘められた、彼女らしくないとも言えるが、どこか彼女らしいとも言える。まるで勝ちを確信し、虐殺に向かう狩猟者のソレだった。

 

 

****

 

 

『逃げた、か』

 

 ドラゴンは呟いた。

 まさか逃げられるとは思っていなかった。まさか自分に歯向かう人間が出るとは思っていなかったから。

 しかし、それで諦める訳が無い。エルリックを追うためにドラゴンは再びその翼を動かす。

 

『……万が一、だ。もしもあの青年、エルリックが生き残ったのなら。彼を邪険にしないでくれ。彼は何も悪くない。何も悪くないのだからな』

 

 ドラゴンは自分の邪魔をした少女を思い出しながら、自分を見上げる人間達に告げた。

 彼は悪くない。だから、彼が生き残ったとしたなら。それを受け入れて、彼を差別しないでくれと。

 

『それだけは約束してくれ』

 

 その言葉に人間達は頷くしかない。もしもドラゴンに歯向かえばどうなるか。そんなの簡単に想像できるからだ。

 ドラゴンはそれを見てから翼を動かし、空へと飛び立つ。

 もしも彼女が、自分の知る人物なら。彼女が敵に回れば。自分は勝てないと。そう思い。

 しかし。

 

『どうしてお前が彼の側に居る……貴様は彼を庇うのか、メグ(・・)よ』

 

 それだけが、彼の持つ疑問だった。




ユキ=メグ説が浮上したところで今回はここまで。

いやメグって名前、今までで一度も出てきてねぇから。おい分かってんのか過去の自分、とプロット作成時の自分にツッコミを入れながらも修正しなかったり。

そして何故かドラゴンさんに命を狙われるエルリッ君。でもお人好しの馬鹿な思考回路破綻少女が無条件で守ってくれるから即死はしない模様。
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