血を流しながら倒れるレイブンブランド。そして、それを下した少女は血を流し続けながらも歩き、青年の胸板にその体を預ける。
致命傷を受けながらも龍を下した少女は、先ほどまでの覇気をどこへやったのか。青年に抱きしめられながら意識を朦朧とさせながらも笑顔を浮かべていた。年頃の、その外見にぴったりな笑顔を。
だが、その表情も一気に変わる。
後ろの龍が再び動き出したからだ。
『……負けた、か』
だが、その龍は攻撃してくる素振りを見せない。少し身じろぎをしただけで終わった。
敗北を認め、瞼を閉じる。もう、エルリックを殺す気は無いのだろう。ユキは再び出した殺気をしまい、エルリックに自分の全体重を預ける。エルリックもお世辞にも軽いとは言えない怪我を負ってはいるものの、見た目の割には軽すぎるとも言える彼女を抱きとめる程度の力は残っている。
『……分かった。我はもう、青年を害さぬ。好きにするがよい』
「……いいのか」
その言葉に、エルリックは一言聞いた。
自分が生まれた時から、探していたのだろう。だったら、十何年もの願いが、行動が全て水泡に帰してもいいのかと。
だが、その言葉を言った直後、エルリックは僅かな衝撃を腹に感じた。
視線を下にやれば、ユキがそっとエルリックの腹を全力で殴っていた。最早剣なんて持てない程度の力を振り絞った全力で。もう、言葉を口にする事すらキツいのだろう。話すことはせず、しかし目で訴えかけていた。
そんなこと聞くな。自分を大事にしろと。そう訴えていた。
確かに、折角助けてもらったんだし、その通りだとエルリックはユキを抱きしめる力を強めてそれに肯定を帰した。それを見たレイブンブランドはもう一度身じろぎをして、ため息を吐いた。
『行け。我もすぐにここを去る』
「……ついてくんなよ」
『分かっている。逢引きを邪魔せぬよ』
「逢引きってお前……って、ユキ。顔赤くすんなよ」
レイブンブランドの揶揄いにユキは見事に顔を真っ赤にしたが、声すら出せない彼女は顔を真っ赤にしながらエルリックに、お姫様抱っことも呼ばれる抱きかたで抱き上げられる。それにまた顔を真っ赤にさせるユキだったが、エルリックは気にしない。ここで気にしたら気が動転してユキを放り投げてしまいそうだったから。
そうして背中を向けた二人を、レイブンブランドは見送ろうとして。一つだけ、忠告をした。
それはエルリックにではない。ユキに、だ。
『ユキよ』
言葉は返ってこない。だが、聞こえている。
『お前はエルリックを助ける道を選んだ。それを忘れるな』
言葉は返ってこない。だが、続ける。
『その道を間違ったと思うかもしれない。辛いと思うかもしれない。だが、お前はお前として……ユキとして生きろ。メグではなく、ユキとして。だから、決してその男に刃を向けるな。お前は常にその男の隣に立て。前に立つな。そして、後悔など……絶対にするな。お前には、そのための力がある』
言葉は、返ってきた。
「……言われなくてもわかってるよ。お節介焼きのドラゴンさん」
そして、バイクのエンジン音が響いてくる。
その音が徐々に遠くなっていき、レイブンブランドは全身の痛みに耐えながら立ち上がった。
『……お前は、英雄としてではなく。人として生きるのだ。そのためにお前は産まれてきたのだ。メグが最後に望み、後悔したそれを果たすために。一人の人間として、生きるために』
やがて、爆心地のように荒れ果てた森の中から、ドラゴンは飛び去った。
もう一度彼女らの前に立ちはだかるための力を得るために。
彼女らの最後の障害として、もう一度立つために。
『我は、それを手伝おう』
****
その後の事を話そう。
ユキはその後、病院へと運ばれたが、見事に即入院からの一か月以上の絶対安静、三ヶ月の入院を義務付けられた。ユキは抗議したが、それは当たり前の流れだった。
何せ、全身打撲は序の口。両腕の骨が骨折寸前レベルでヒビが入り、内臓の一部には折れた骨が刺さっており、本来なら立つことなんてとてもじゃないができないレベルの激痛が走っている。それ以外にも内臓、筋肉、肺、その他諸々の内側へのダメージは深刻そのものであり、更に体の外側も酷いとしか言えない。
全身からの出血があるという事は、全身くまなく傷があるということ。深い傷も浅い傷も様々あり、ユキは強制的に服の下も含めたほぼ全身を包帯で巻かれ、ミイラ状態にされた。ついでにレイブンブランドの作り出した高温の大気の中を通った際にできた火傷も凄まじく、これでよく生きていられたなと医者がビックリするほどだった。
だが、命に別状はなかった。内臓に骨が刺さっても、出血多量以外では死なないだろうと。そう言われた。
「もう、みんな大袈裟なんだよ。こんなにピンピンしてるんだからちゃちゃっと治療して終わりでいいのに」
「いやいやいや。お前、常人なら痛みでショック死してるレベルだったからな……」
そもそも内臓に骨が刺さっているのに動き続けて生きているのが本当に不思議でならない。
緊急手術はなんとか無事に終わったが、綺麗だった彼女の肌も、今は全身の包帯で目にすることは不可能。麻酔も切れて一日が経って、どこかを動かすだけでも痛みが走るだろうに、ユキはぶんぶん両手を動かすし足も動かす。しかも立とうとすらする。
そのためエルリックは、もう監視してくれと医者に頼まれたので、半分住み込むような形でユキの入院している個室に荷物を全部持ち込んで寝泊まりを決行することになっている。
「あ、エルリック。そのりんご剥いて」
「ったく……こういう時だけ怪我人面しやがって」
そして、こうしてユキを大怪我人としたレイブンブランドはと言うと、本当にその後はエルリック達を追う事なく帰っていった。それどころか、道中で見つけた村や街で、ユキとエルリックの事は無実だから決して責めるな、迫害するな。もしもしたなら街ごと焼き尽くすと言いふらしたため、ユキもエルリックも自らドラゴンに挑み返り討ちにあった大馬鹿、ではなく何故か襲ってきたドラゴンを撃退した強者となった。だが、強者と言われているのはユキだけであり、エルリックは被害者。ユキはそれを守った少女となった。
その話を聞いても半分以上はそれを信じなかった。しかし、ユキの事を風のうわさで聞いていた人間や、この間助けた馬車に乗っていた面々が、それは事実だろうと言ったせいでかなりの人間がユキの事を人格者の実力者と思っている。
そのせいかユキの病室にまで自分たちと組まないかと言いに来ている人間がそこそこ居るらしく、その全員が病院の職員に止められている。
「あーあ、別に名声なんていらなかったのになぁ……おかしなことになったよ。ほんとめんどくさい」
「まぁ、それはレイブンブランドに言ってくれや」
これからの事を考えると少しだけ憂鬱にならないでもない。
絶対にユキを引き込もうとしてくる輩はこれから出てくる。その度にユキは断るだろうが、その断るまでが何ともめんどくさい。
英雄的思考を持っているが、英雄になろうとは微塵も思っていない彼女にとって、名声や地位というのは邪魔でしかない。彼女がやりたいことは、ただエルリックと一緒にこの世界を見て回る。それだけなのだ。戦いは生きるために必要な物であり、それを目的にするわけじゃない。
だから、めんどくさい。
「オレさ、こんな三流小説の主人公みたいな境遇、別にいらないんだけどなぁ。こんなことになるんだったら、レイブンブランドを殺して口封じしておけばよかったかも」
「おいおい……」
とうとう物騒なことまで言う始末。しかし、それくらいにユキにとって現状は面倒としか言えないモノだった。
ユキは動けないストレスに加えて変な名声まで広まったイライラを発散したいができないという状況なので、その気持ちをついエルリックにぶつけてしまう。
「エルリック、外で何か面白そうな本買ってきて。大至急」
「あいよ。ちょっと待っててくれよお姫様」
だが、それは精々、何か買ってきてほしいという我儘程度であり、エルリックも命を助けられた身なのでその程度なら文句ひとつ言わずに従う。ここでめんどくさいなんて言ったら彼女の枕が豪速球でエルリックに向かって飛んできて、そのまま彼の体を吹き飛ばすから、とも言える。
財布片手に出て行ったエルリックを見て、ユキはふと自分の体を見る。
「……逆境武人、かぁ」
逆境武人。己の体に宿った、英雄の力。
ピンチになればなるほど、強くなる。力だけを見れば、それはとても魅力的で強力だ。何せ、負ける事なんて考えられないのだから。
だが、そうした綺麗なバラには棘があるのが常識だ。
「……あはは、どうしてだろう。この力、使いたくないよ」
絶対に、何か副作用がある。
ユキは、そう睨んだ。
だが、病院の検査結果では何も出ない。飽くまでも、彼女は大怪我人ということだけしかわからなかった。
だったら、目に見えないところで何か起こっているんじゃ。そう思いながら、ユキは自分の視界に入ってきた前髪を退けて、そのまま何となく自分の髪に手櫛を通して、違和感を感じ、手を見る。
そこには、今抜けたばかりなのであろう己の髪が、十本ほど絡んでいた。
「……ハゲる、じゃないみたいだけど。どうしてだろ。なんだか、この力は使っちゃいけないって『私』が訴えている気がする」
結局、ユキがこれ以上の記憶を失うことはなかった。
ユキが覚えているのは、常日頃から自分を構成するのに使っていた、自分はどこか別の場所から来たということ。自分は元は男だったということ。この二つ程度だ。
そこから先は、ユキがこの一週間ちょっとで自分で構成した記憶と知識ばかりだ。
「……エルリックと一緒にいるためだもん。必要な時以外は、使わないようにしないと」
エルリックと、ずっと一緒にいたい。エルリックの隣で、ずっと笑っていたい。
自分をあのポッドから救ってくれて、手を差し伸べてくれて、世界をくれた彼と共に。
彼を想いながら、静かに一緒にいるために。
「……こう思うと、オレって元から女の子だったのかも、なんて思っちゃうよ」
だが、ユキ自身。この心の名付け方、呼び方をまだ理解できていなかったのだった。
伏線に、一部の人は気づいているんじゃないかな、なんて思いながらも今回の連続更新はここまでかもしれない。もしかしたら明日以降も少しだけ更新するかもしれない。
そしてユキさん、サラッとエルリックの事が好きになっている。本人は未だ気付いていませんが、まぁ、前からずっとだったけどようやく自覚したって感じですかね。単純にあそこから助け出してくれて、面倒を見てくれたから好きになったって感じです。もしかしたらあの研究所みたいな場所で目覚めないまま死んでたかもしれませんからね。それと、記憶がなくなったのも大きいです。依存しちゃってるので。
ここでユキとエルリックの旅は終わり……ではなく、まだ続きます。
展開的にはここから一気に二人を底に叩き落していく感じです。産まれた時からの運命からは逃られないのだよ……!
次に伏線の九割近くを回収して、その次で回収しきって最終話、的な感じにする予定です。果たして自分の腕でどこまで話を程よい長さにしつつ、伏線を暴きながらストーリーを纏められるか……この作品、魔弾使いよりも遥かに設定複雑な上に魔弾使いよりも短くする予定のまま進んでるから話が纏まるかクッソ不安。
ではまた次回。