溶けゆく雪となって   作:黄金馬鹿

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前回からの続き。ユキの正体に王手がかかる……?


二十三の斬/6:343

 ユキが入院してから大体一か月が経過した。それでもユキの傷は完全回復とはいかず、それどころか当初よりも回復の見込みが遅くなっているとか。これに関してはユキも医者もあまり分からないらしく、首を傾げるばかりだが、エルリックとしてはあまり嬉しい報告ではなかった。

 金の問題が、そろそろ迫ってきていた。

 今まではユキが稼いでくれた金を使ってなんとか食っていき、更に自分でもちょくちょく稼いでユキの入院代に当てていたのだが、それもそろそろ限界が近い。毎日見舞いに行っているからこうやって金欠に喘いでいるため、毎日ちゃんと稼ぎに行けば全然払える出費ではあるのだ。

 これはそろそろ本格的にユキの入院費のために体を動かさなければならないと思い、ユキの見舞いから帰る時だった。エルリックはユキの主治医に呼び止められた。

 

「えっと、つまり入院は暫く伸びると」

「はい。あと追加で二週間で最低限、と言えます。当初の予定で退院させることは、主治医として看過できません」

 

 ユキの入院が伸びた。これによりエルリックは本格的に腰を上げることを決意したのだが、更に主治医からの連絡は幾つかあった。

 そのどれもが、エルリックにとってはもろ手を上げて喜ぶことができないものだ。

 

「えー……それでですね。ユキさんの着けておられる腕時計なのですが」

「あぁ、あれですか」

 

 まず一つ目がそれだ。

 エルリックにとっても謎。ユキにとっても謎のあの腕時計。入院中に一度医者が壊してまで取り外そうともした物だったのだが、結果は壊すことも外すこともできず。まるでその腕時計だけ時が止まっているのではないかというレベルでユキの腕から離れなかった物だ。

 そのため腕時計をしたまま様々治療をユキは受けていたのだが、医者としてはあの腕時計はなるべく外したいと思えるようなものだという事がつい最近分かったらしい。

 

「あの腕時計は、ユキさんの腕の内部を、まるで木の根を張る様に吸い付いています」

 

 腕の内部。

 その意味がよく分からなかったが、ちょっと考えてぞっとした。

 

「あの腕時計からは針のようなものが大量に伸びています。それがユキさんの腕の内部に張り付いているのです。動かして痛みがないのが不思議なほどに」

 

 それが、ユキの片腕全部を丸ごと覆っているらしい。何やら数値が書いてあるが、あれが時間でないことは既に理解している。最初は一日ごとに数値が減っていったが、この間のレイブンブランドの戦いの後に数字はゴッソリと減っていた。そのため、よく分からないものでそれは終わっていたのだが、それの検査結果は思わずゾッとしてしまう物だった。

 

「あれを外した際の異常がどこに現れるか分からない以上、あの腕時計は今後あまり触らない方がいいでしょう」

「……医者でも、わからないんですか?」

「はい。正直、あんなものは異常でしかありません。異常でしかないからこそ、触れないのです。幸いにも、害のあるものではないようですし」

 

 異常でしかないから、うかつに手を出せない。頷くしかできないその言葉をエルリックは飲み込んだ。

 だが、あまり嬉しくない報告はもう一つあった。

 この世界にはレントゲンなんてものがないため、魔素を使った検査などがあるのだが、それで検査し続け、やっとわかった事だ。

 

「ユキさんの体ですが……実は、相当滅茶苦茶なんですよ」

 

 体が滅茶苦茶。その言葉の意味が、分かるわけがない。

 医者は紙のようなものを手に、それを見ながら説明を続ける。

 

「血液から皮膚、内臓まで……まるで人間とは異なった、別の物で構成されているんですよ」

「別の、物?」

 

 言っている意味がよく分からない。

 その言葉に医者は今分かっていることを、エルリックにもわかるように噛み砕いて説明する。

 

「言うならば……『人間の代用品の寄せ集め』なんですよ、彼女は。どうしてそれが生きているのか、わからないくらいに。彼女の体は人間ではなく、人間に似たナニかなんです」

 

 魔素を使った検査だからこそ分かること。

 ユキの血液、皮膚、内臓。その全てが、まるで『人間の代用品の寄せ集め』。

 例えば血液。それは、人間が自分の体内で生み出す。人間が生まれてくるときに一定量持っているソレとは違い、まるで『ユキが生きるため』に造られた血液に似たナニか。

 例えば皮膚。それは、人間が細胞分裂にて作り出す皮膚によく似た、『ユキが生きるため』に造られた皮膚のような物。

 例えば、内臓。それは、人間が生まれてから持っている物を限りなく正確に再現し、『ユキが生きるため』に造られた内臓の機能を持った肉の塊。

 そうした、代用品だけでできあがった少女。

 それが、ユキだと言う。

 

「もしも彼女の腕があれば。それを他の人に繋げて動かすことなんて容易です。もしも、彼女の内臓を他人に移植できれば。それは完璧にその人に合わせて動作します。そうした、代用品を、まるでパズルのように組み合わせて作り上げたのが、彼女なんです」

「……な、なんですかそれ」

 

 エルリックが返せた言葉は、それだけだった。

 ユキは、人間に似たナニかだ。この医者は、そう言っているのだ。

 人としておかしいくらいに優しくて。でも所々女の子っぽいところがあって。そして、化け物みたいに強くて、同じくらい優しくて。笑顔が可憐で。

 そんな彼女が、人間じゃない。

 信じられない。

 

「まるで誰かの代用品として造られたかのような。そんな感じさえします」

「誰かの代用品……? そんなっ……」

 

 その言葉に、引っかかる言葉があった。

 『メグ』。

 レイブンブランドは、ユキのことをそう呼んでいた。そう呼んでいたのを、なんとなくだが覚えている。

 

「……心当たりが?」

「……い、いえ。すこしびっくりしてしまって」

 

 メグ。レイブンブランドはユキをそう呼んでいた。

 三百年生きるレイブンブランドが。ユキの事を。

 エルリックが気絶していたのは、僅か数秒程度だ。その後は、なんとか自分を下敷きにしているバイクの下から出てきて、ユキの戦いのさまを見ていた。そのため、レイブンブランドの言葉というのは少しは聞いていた。だから、分かる。

 『ユキ』は、『メグ』の代用品として造られたのではないかと。

 

「一応、ユキさんの怪我は、遅れはあるとはいえ治ってきています。無茶さえしなければ二か月と二週間後には退院できるでしょう」

「……はい」

「……私の話はこれだけです。お時間を取らせてしまい、すみませんでした」

 

 エルリックが一言礼だけ言って診察室を、病院を出ていく。

 

「……繋がっちまったな」

 

 ユキは、メグという少女の代用。いや、クローンとして造られた。

 それが何かしらの原因で失敗し、ユキはメグとしてではなくユキとして。もう一つの命として新しく生まれたのだ。しかし、それは望まれた事ではなく。あの研究所のようなところでメグのクローンを作っていた人間はユキを目覚めさせる事無く、そのまま眠らせたまま、その人は死んだ。

 そして何年も経って、エルリックがユキを目覚めさせた。つまり、そういう事だろう。

 だが、幾つか疑問はある。

 まず、クローンについてだ。いや、エルリックはクローンという言葉すら知らないため代用品、コピーとしか言えないのだが、それを作る技術力はこの世界には無いという事。それこそ、魔法や錬金術のような、常軌を逸した力が必要だという事、なのだが。ユキを収容していたポッドのような物を作る技術力があれば、もしかしたら。

 そして二つ目。あの遺言書のような物に書いてあったことについてだ。そこには『メグ』なんて一切書かれていなかったし、それに近い文字数の物も書いていなかった。名前らしきものは、メグなんて名前でもなかったし。だから、あの研究所では本当にメグのコピーが作られていたのかが分からないということ。

 そして、三つ目。ユキは、元々自分は男だったと。こことは違う場所に居たと言った。それがどうにも、解せない。メグというのが男だったという可能性もあるが、間違いなく名前からしてメグは女だ。そして、違う場所に居たという事は、ユキはメグとして目覚める前に一度目覚めているということ。もしも寝ている間にそれを見ていたということなら。経験ではなく、見るだけで済ませていたというなら。ユキが生まれたから、強制的に眠りにつかされていたのだとしたら。

 

「……夢、なのか?」

 

 ユキの言ったことは。ユキの経験は。

 その全部が、何年。何十年。何百年もの間見続けていた夢の内容なのだとしたら。それは、繋がってしまう。

 生まれてからすぐ夢を見たのなら、それは間違いなくユキの『前世』とも言える物になってしまうだろう。それを現実として認識してしまうだろう。

 そして、それを忘れていくのは、とても自然な事だろう。

 夢というのは、一部を除いて忘れていくものだ。それこそ、強く意識していたものはそう簡単に忘れないが。しかし、それ以外は基本的に忘れていく。特に気にしていなかった夢というのは、すぐに忘れていくものだ。思い出すときもあるが、それ以外は基本的に忘れたまま。記憶の端へと追いやられ、忘れていく。

 

「……ははっ。もう分かんねぇや」

 

 そこまで考えて、エルリックは考えを破棄した。

 そうだ、ここで考えても分かるわけがない。分かったところで何もない。

 

「ユキはユキ。それだけだ」

 

 この疑問は、この一言で終わってしまうのだ。

 ユキの正体? ユキの記憶の謎? ユキの生まれた理由? そんなもの分からない。ただ、ユキはユキ。そうやって言えば、この問題はどうでもよくなる。

 ユキの正体? ユキはユキだ。ユキの記憶? そんなもの忘れてしまったなら仕方ない。ユキはユキだ。ユキの生まれた理由? そんなものない。ユキはユキとして生まれたんだ。そうやって、完結させることができてしまう。

 

「あーもう、俺は小難しい事考えるの苦手だっつーの」

 

 ため息を吐き、自分が出てきた病院を見返す。ふとユキの病室に目をやると、ベッドから外を覗いていたユキと目が合った。目を輝かせてこちらに手を振ってくるユキに手を振ってからエルリックはもう一度顔を背け、そして歩いていく。

 

「うん。あれが人間じゃないなんて思えないっつーの」

 

 あんな人間らしい行動ができる少女が人間じゃない。そんなこと言われても信用できない。

 さて、明日はユキの入院費のために働くかと。背筋を伸ばして空を見ながら改めて決意し、足取り軽く自分の泊まっている宿へと歩を進めた。




病院の検査で色々と分かったユキの謎。多分、何人かは分かっているかも?

ユキの謎はえらく簡単に解くことができます。というか、既に今回の話でユキの事については出し尽くしたので分かる人は分かってしまいます。それと、この話の結末についても、ある物の意味が分かってしまえば、分かることでしょう。

ということで次からはエルリックの謎についてを出していきます……とは言っても、エルリックについても幾つか伏線をもう撒いております。多分、エルリック、ユキの正体に気が付いた人は、この作品がロクな結末迎えねぇかもしれないって思うかもしれません。

それではまた次回。
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