溶けゆく雪となって   作:黄金馬鹿

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感想欄で気づき始めている方がチラホラと。自分はそれをニヤニヤしながら見ております。


二十四の斬/6:313

 ユキの入院から二か月が経過した。

 エルリックはなるべくユキの見舞いの時間を増やしながらもギルドで様々な依頼を受けて金を稼いでいた。

 例えば、片手間でできる内職の依頼。例えば、建物の清掃の依頼。例えば、速達希望の配達物の郵送。なるべく危険なことをしなくても金が入るような依頼を中心に、時々、街の外に出た際は魔物を狩って帰ってくるなど、そうした労働を経て、なんとか貯金を作りながらもユキの入院費、自分の宿代と食事代を稼ぐことができた。

 仕事を選ばないのなら、ギルド員というのは案外収入がいい物だ。単発のアルバイトのような仕事から配達員の真似事など。そういった仕事も片手間でこなしていけば、案外こういう出費を考える事無く暮らすことは可能だ。特に、配達員の真似事に関してはバイクを持っているという利点があるため、かなり重宝されるし重宝する仕事だ。馬車ではかなり時間のかかる仕事でも、バイクなら一晩もかからない。しかも実入りもそこそこいい。

 だが、そうして仕事をしていても、ままならないことは幾つかあった。

 

「……駄目だ。メグなんて名前、どこにも出てこない」

 

 ユキの入院している街から少し離れた街。エルリックはそこにある図書館でとある調べ物をしていた。

 それは、レイブンブランドの口にしていた『メグ』という名前だ。

 レイブンブランドという名前は、時々書籍に出てきた。紅龍レイブンブランドは、邪龍ストームブリンガーが現れた時代から姿を見せ、ストームブリンガーと何度もぶつかり、そして人を守ろうとしていた龍だという。当時の文献には時々名前が出ており、そして紅龍という二つ名もそれ以上に出てきている。

 中には守護龍とまでレイブンブランドを持ち上げている物すらあった。そして、そんな彼と共に出てくる名前も、大体決まっていた。

 『マーガレット・ファウスト』。絵本やおとぎ話などに出てくる『英雄マーガレット』の本名だ。彼女はレイブンブランドと並び何度もストームブリンガーと戦い、最後の最後でマーガレットはストームブリンガーを墜とし、そして命を落とした。享年は、二十歳だったという。しかし、他の文献では十八歳だったり二十五歳だったりしたため、あまり信用はできない。

 だが、そのマーガレットの他には『ソフィー』という名前が時々出てくる程度で、メグという名前は一度たりとも出てこない。そのソフィーという女性も、マーガレットの仲間として紹介されている時もあれば、奴隷。使用人。見張り役。様々な言葉で紹介される時もある。そんな彼女も、マーガレットの死後はマーガレットの遺体をどこかへ運び、そのまま消息を絶っている。レイブンブランドも同様に、だ。

 

「レイブンブランドはマーガレットとの死闘を経てマーガレットの仲間となり、様々な戦場を共に渡り歩いた。その側に寄り添った女性がソフィー。そしてレイブンブランド、ソフィーはマーガレットの死後に行方不明になり、マーガレットの遺体は未だに発見されず……」

 

 もしもメグという女性がレイブンブランドが行方不明の時期に出会った女性だというのなら、辻褄は幾つか合うかもしれない。

 だが、レイブンブランドはあの時、こう言っていた。

 

『ソフィーめ、失敗したな』

 

 ソフィーという名は、ここでも出てきた。

 レイブンブランドは、この文献通りソフィーを知っている。そして、ソフィー、レイブンブランドの両名はマーガレットと、メグという少女を知っているという事になる。ソフィー、レイブンブランドの二人が共通して知っている人物は、文献ではただ一人。

 マーガレット・ファウスト。ただ一人となる。

 

「……やっぱ片手間で素人が調べてもどうにもなんねぇよな」

 

 英雄マーガレットと、邪龍ストームブリンガー。それについての研究は、もう大体が完了している状態だ。当時の文献、惨状、口伝え。その他にも様々な要素が残されており、三百年という時が経った今でも、それらは未だに伝えられている。

 文字通りの世界の危機と、それを救った英雄だ。その伝説が、文献が、そう簡単に朽ちるわけがない。故に、当時から言い伝えられ、研究はつい百年ほど前に始まり。そして、おとぎ話は。伝承は。物語は。小説は。その全ては、裏が取れてしまった。

 故に、これ以上をこの時代の人間が知るすべはないのだ。知れるのは、どこかの研究者が纏めた論文について語った本程度。その本も、目新しい情報を与えてくれない。

 

「……一応、このソフィーって人物についても」

 

 調べてみるか、と本を閉じた時だった。

 自分の後ろからいきなり声がかかったのは。

 

「ソフィーという人物が、どうかしたのかしら?」

「うおっ!?」

 

 耳元で囁かれた言葉に思わずエルリックの体が跳ねた。その際に出てしまった言葉は、この図書館内ではかなりうるさいと言えるボリュームであり。他の利用者からの視線に対してエルリックは頭を下げて謝るくらいしかできなかった。

 そうして頭を下げている間に、エルリックにそんな恥をかかせた下手人がエルリックの横の席に座る。

 その女性は、どこか見覚えがあるような気がした。が、エルリックの記憶の中の誰ともその顔が照合しない。そんな奇妙な女性だった。

 

「ごめんなさい、気になる名前が聞こえたものですから」

「気になる名前?」

 

 その女性はどこか親近感を感じさせる笑顔でエルリックにそう告げた。

 気になる名前。そう言われてもエルリックはマーガレット、レイブンブランド、ソフィーの三人しか調べていない。が、ふと思い出せばこの女性はソフィーという名を口にしたような気がする。あまりの驚きに聞いた言葉の半分以上がすっ飛んでしまっているため、そんな朧気な事しか言えないのだが。

 

「えぇ。ソフィーという名前を」

 

 ビンゴだった。

 だが、ソフィーという名前は有り触れている、とは言えないが探せば見つかるような名前だ。変わった名前とは言えない名前だから、エルリックは、きっと彼女は誤解していると思い、苦笑を浮かべる。

 

「あぁ。えっと、三百年前の。マーガレット・ファウストに付き添ってたって女性の事だよ。ちょっと気になることがあってな」

「えぇ、そのソフィーの事ですよ」

 

 だが、どうやら彼女の口にしたソフィーという名は、エルリックの調べていたソフィーと同義だったらしい。

 

「こんな何年も前の文献の写本を集めたような場所で、その名前を聞いたらそれしか出てきませんもの」

 

 確かに、それもそうだ。

 ソフィーという名は、有り触れていてもそう何度もポンポンと文献に出てくるような名前じゃない。出てきたとしても、ソフィアという名前の愛称だったりで紹介されていたりする程度だ。

 

「あ、あぁ。えっと、まぁ、そうだな。それについてちょっと……気になることがあってだな」

 

 なんとなくのやりづらさを覚えながらもエルリックは頬を掻きながら、適当にお茶を濁して立ち上がる。しかし、それにこの女性は付いてきた。

 どうにもやりにくい、なんて思いながらもエルリックは持ってきた本を元の場所に戻して、次の本を探し始める。探すのは、ソフィーという女性についてだ。

 

「気になることですか?」

「ちょっと知り合いがな。当時の……あー、なんつーんだろう」

 

 まさか当時生きていた人間のクローンかもしれません、なんて言えないため、言葉を濁しながらもさて。どうやって説明したらいい物かと言葉を頭の中で回して。

 そしてようやく見つけた言葉を、さもそれが正解かのように口にする。

 

「まぁ、当時の物品を持っててな。で、それについて気になったもんだから」

「物品……文献かなにかかしら?」

「あ、あぁ。まぁ、そんなもん。それにマーガレット、レイブンブランド、ソフィーの名前があってな」

 

 それで、マーガレットとレイブンブランドは大体調べたから、次はソフィーを調べるところだ。そう告げて、エルリックは何となく目についた本を手に取ろうとしたが、その手は横から伸びた彼女の手にそっと抑えられた。

 何するんだと怒る前に。どうしてそんなことをするのか疑問だったため、その優しい力に従いながら、彼女の方を見る。

 

「だったら、私の家に来ませんか?」

「はい?」

 

 そして出てきた言葉に思わず聞き返してしまった。

 家に来る? どうして。なんでソフィーの名前を出したら家に行くなんて選択肢が生まれるんだ。頭の中でいくつもの疑問がグルグルと回るのをなんとなくで近くしながらもどれを口にしようかと迷っていると、彼女はそっとエルリックの耳元に口を近づけて、こう囁いた。

 

「大きな声で言えませんけど。私、ソフィーの血を引いているんですよ」

「……え?」

 

 血を引いている。

 それはつまり。

 

「申し遅れました。私、アイナ・ヴァイストヘルと申します」

 

 エルリックから少し離れて名前を告げた彼女は。

 

「ソフィー・ヴァイストヘル。その妹であるリィン・ヴァイストヘルの直系の娘ですのよ?」

 

 確かに、ユキがあの時口にしたソフィーの苗字、ヴァイストヘルを継いだ、三百年前の伝説を今に伝える女性であり。エルリックにとっては、思わぬところで話に光明が見えた瞬間だった。

 

 

****

 

 

 一方その頃。

 

「……ひま」

 

 ユキはたった一人、広い病室の中でベッドに寝転がって空を見ていた。

 既に両腕の骨のヒビは治った。内臓もどうにか治ってきている。だが、それでも、もしかしたらの大事を取って入院している状態だ。そんな状態故か、医者はユキが動き回ることを許可せず、最近になって解放されたのは食事制限のある程度くらい。リハビリとして一度体を動かせたが、それだけ動けるなら大丈夫ですねと即病室に送還された始末だ。

 体に染みついた剣の振り方は数か月剣を振らなかっただけでどうこうなるものではないが、しかしながら退屈なのには変わらなかった。

 

「……なんかエルリックが女の子引っかけてる気もするし」

 

 そしてこの言葉は大体正解だった。

 あー、ひまだー。なんて口に出してもどうこうできるわけがなく。だからと言って無理に動こうものならもしかしたら入院期間を延ばされるかもしれない。ユキにできることは、空を見ながら、もう何度か読んだ小説にもう一度目を通すだけだ。

 この世界にテレビや携帯、インターネットがあればもう少し退屈をどうにかできたかもしれないが、それがない以上、手元にある紙媒体の物語を楽しむしかない。

 はぁ、とため息を吐くと、ちょうどそれに合わせて看護婦が病室にノックをしてから入ってきた。

 

「ユキさん、点滴変えますね」

 

 そしてそのまま看護婦は今ユキにつながっている点滴パックを外して新たな点滴パックを台に取り付け、それをユキの体内に流し込んでいく。

 元気は出るんだけどなぁ、なんて思いながら暇そうに空を見ていると、看護婦が口を開いた。

 

「彼氏さん、最近は早く帰っちゃうんですね」

「そうそう。お金の心配が……って、カレシ!!?」

 

 思わずベッドから転げ落ちそうになった。

 顔を赤くしながらなんとかベッドの淵に掴まり転落を防止する。乙女か、己は。と自分にツッコミを入れながらため息一つ。冷静になってから咳払いもして言葉の拒否に入る。

 

「ち、違います。オレとエルリックはそんな関係じゃないから……」

「そうだったの? 毎日来るものだからてっきり」

「いや、まぁ、違いますけど……」

 

 頬を掻きながら否定するが、どうしてだろうか。事実じゃないのに、そんな茶化しを入れられてここまで心臓が跳ねあがってしまうのは。

 

「大体、エルリックはオレがいないと駄目なのに……どうせ一人は寂しいって言ってるに決まってるもん……」

 

 そんなことはない。寂しがっているのはユキだけである。エルリックは駄目人間製造機の介護を離れて何とか自力で生活している。そんな彼をお世話できなくてこんな事を言っている彼女だが、それが自分の首を絞めているという事に気が付かない。

 看護婦は、点滴を変え終わった後もくすくすと笑っていた。

 

「あらあら。そんなに彼の事が好きなのね」

 

 もう一度ベッドから落ちそうになった。何とか耐えた。

 

「ち、違うから!! そんなんじゃないから!!」

「そんなに必死なのに?」

「そう! 違う! だって、エルリックはオレがいないと一人で魔物も魔獣も狩れないし、変なトラブル呼んでくるし! だからオレがいないと……」

「そんなに心配するくらい好きなの?」

「ち、ちがっ……」

「もう夫婦みたいね」

 

 その瞬間、ユキがベッドから落ちると同時に点滴の針が抜けた。

 

「いたっ!!? 予想以上に痛いんだけどこれぇ!!?」

 

 それから暫くして、なんとかユキは点滴の針を戻してもらって真っ赤になった顔を落ち着かせる時間を確保できたのだった。ついでに、ユキを煽った看護婦はその場で説教を受けていた。

 

「……ち、違うから……オレ、エルリックのことが好きとかじゃないし……エルリックの方が、オレがいないとダメなだけだし……」

 

 しかし、ユキの心情は暫く落ち着くことはなかった。

 その様子が恋煩いしている少女にしか見えないという事を指摘する人は、誰も居なかった。




エルリックは何だか頼りないから自分が何とかしなきゃ、っていう感覚からそのまま恋煩いへシフトしているユキさん。エルリックが甘やかされたときにもう少し自力でどうにかできると証明できてれば、もうちょっと違った感情が芽生えてたかもしれませんね。

そして新登場のアイナ・ヴァイストヘルさん。この人の登場で物語は加速します。これで三百年前の戦いに関与した二人と一匹の内、一匹と一人の血を引く人間が出てきましたね。

それでは、また次回。お会いしましょう。
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