その後のカインの行動は迅速だった。
まず、金のありそうな名主の家に突入し、倉の錠前を引き千切ると思う存分に金目の物を漁った。
名主の蔵を荒らし終えると、カインは他の人家でも同じことを繰り返した。
途中で鬼火や悪霊に何度か襲われたが、カインはさほど気にはしなかった。
襲いかかる悪霊を気にするほど、この野生児の神経は細かく出来てはいないのだ。
盗みの邪魔をする鬼火や悪霊をカインが片っ端から殴り飛ばしていく。
途中でアルムがかっぱらって来た荷車に略奪した品物を積めるだけ積めこんでいく。
「それじゃあ、とっととこの村からオサラバと行こうや、兄貴」
「まあ、待て、アルム、このまま夜が明けるまで待ってから、村の連中の話も聞こうではないか。
奴らにも言い分はあるだろうからな」
「は、カインの兄貴も酔狂なもんだな」と、顎を掻くアルム。
村の外では灰色の霧が立ち篭もり始めていた。
「こんな村で夜を明かすって正気なの!?」
金切り声を上げるマリアンにカインは頷いてみせた。
「ああ、勿論だとも、マリアンよ。村人の言い分も聞かなければ、それは不公平だからな」
「そういうことを言ってるんじゃないわよっ」
恐怖と怒りで苛立つマリアンが反論する。そこには互いの微妙な行き違いがあった。
このように意思の疎通とは中々難しいものなのだ。
そこで割って入ったアルムが提案した。
安全な場所まで避難し、朝になったら村に戻ってくればいいのではないのかと。
アルムの意見はすぐに採用された。
こうして一行は荷物を載せた荷車を引きながら、村から離れたのである。
あばら家だった。苔むした柱に崩れかかった藁葺き屋根、今にでも崩壊しそうな小さなあばら家だ。
ここは村はずれで暮らしているという老婆の住居だ。
セルフマンに案内され、一行は老婆の住まう村はずれにやってきたのである。
ここまではどうやら鬼火も悪霊も追ってはこない様子だ。
あばら家には人の気配がした。カインは三人にその場に留まるように言った。
「邪魔をするぞ」
入口に掛かったムシロをめくり、カインがあばら家に足を踏み入れる。
「ん、一体誰だい?」
藁に包まって休んでいた老婆が身を起こす。老婆は突然の来訪者にうろんげな視線を向けた。
「婆さん、あんたから少しばかり話を聞きたいんだが、いいか?」
カインが何枚かの銀貨と、蜂蜜酒詰まった瓶を老婆の鼻先にチラつかせながら尋ねる。
途端に目を輝かせる老婆、セルフマンの言っていた通り、金と酒には目がないようだ。
「ああ、勿論だとも。なんでも喋るよ、金と酒さえ貰えればね」
老婆の服の布地はボロボロに擦り切れている。もう何年も同じ服を着ているようだ。
「まずは一杯飲んで喉を湿らせると良い」
「話がわかるねえ、あんた」
カインから受け取った蜂蜜酒を老婆が美味そうに飲んでいく。
何度か喉を鳴らすと瓶から口を離し、老婆はふうと一息つきながら唇を拭った。
「こいつは良い酒だね。祝いの席で少しばかり失敬したことがあるよ、ひひ」
カインは銀貨を二枚ほど老婆に握らせた。
「それで村の奴らはどこにいるんだ?」
蜂蜜酒を啜りながら老婆が答えた。
「近くの洞窟だねえ、ここから真っ直ぐ行った先に岩場があるんだよ。村じゃ、そこを避難場所に利用してるよ。
元々は村の資材置き場だったんだがね」
「なるほどな、所で気になっていたんだが、何故あんたは秘密を漏らしても村人達から何もされないのだ?」
そういうや、カインは老婆の右肩を掴むと、自分の方へとぐいっと引き寄せた。
戸惑いの表情を浮かべる老婆、カインは一緒に来てもらうぞと告げた。
「罠ではないか確かめるためだ。もしも、話した通りであれば、もう二枚ほど銀貨を払おうではないか」
そのままカインは老婆をあばら家から引きずり出し、洞窟へと案内をさせた。
踏み固められて出来上がった道を一行が進む。幅の狭い道だ。
荷車に腰掛けた老婆、その隣にはマリアン、荷車を引っ張るカイン、荷車を後ろから押すアルムとセルフマン。
見えてきた岩場──洞窟の前でカイン達は足を止めた。
「どうやら、ここのようだな」
洞窟内に入る一行、奥から明かりが漏れているのがわかった。カインがそのまま前進していく。
その後を残りの一行がついて行った。
開けた場所に出た。そこには多くの村人たちが休んでいた。
村人達が突然の訪問者に驚く。
「俺はカイン、この村の長は誰だ。話がしたい」
カインは村人一同に対し、大きな声で問い質した。
だが、警戒心を露わにした村人達は無言でカインを睨みつけるだけだ。
もう一度、カインが問いかけるも効果はなかった。
「致し方がない」
カインは長剣を引き抜くと構えた。
「これで最後だ。俺の質問に答えぬならば、お前達を斬る」