蛮勇カイン・ザ・バーバリアンヒーロー   作:キンメリア人

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蛮勇カインと拳者の石13

カルダバの街はちょっとしたお祭り騒ぎだった。

 

巨大な灰色ブロブを退治したということで、人々は浮かれていた。

 

また、件の灰色ブロブを倒したというのが、蛮地からやってきた戦士という噂もどんちゃん騒ぎに拍車を掛けていた。

 

その噂の張本人はどこにいるのかというと、酒場にいた。それも貸切の。

 

カインがテーブルに置かれた硝子瓶から杯に酒を注ぐ。

 

この酒の席を用意したのはタッソーだ。

 

ブロブから命を救ってくれたささやかな礼というわけだ。

 

踊り子の悩ましい腰の動きに目を奪われているアルムを尻目にカインはブランデーを飲んだ。

 

上等な酒だ。芳醇な香りとコクがあって、中々の美味だ。

 

「美味い酒だな、ビッカー」

 

「ああ、衛兵の薄給じゃあ、中々味わえない」

 

「だが、今回の件で衛兵隊長に昇進するのだろう?」

 

「まあな。それでも給料が安いことには変わらんさ」

 

手巻きタバコを喫いながら答えるビッカー、左手には琥珀色の液体で満たされた小さなグラスが見える。

 

「街のお偉いさん方を喜ばせても貰える金は雀の涙ほどか。今回の件で、街の住民からは新たな税金を徴収できるというのにな。

今後のモンスター対策費として衛兵の装備の向上、それから人命救助用アイテムの充実、

モンスターの侵入経路を塞ぐための工事費、あれこれと名目をつけてな。

今回の騒動、少々不自然な部分が感じられるぞ」

 

グラスの酒を一息に呷り、ビッカーが口を拭う。

 

「大衆は理屈や論理じゃ納得しない。じゃあ、どうすれば納得すると思う?」

 

カインが酒を口に含みながら言う。

 

「体験や物語だな。多くの人間は理屈だけでは動かん。感情や実感がそこに伴わなければな」

 

カインの言葉にビッカーがゆっくりと頷いてみせた。

 

「そういうことだ。いくら真っ当な理屈や正論を並べても感情を揺さぶらなければ効果がない。

逆にどんな屁理屈でも感情を揺さぶれば、勝手に納得してしまう。

少なくともこの街の住民のほとんどはそうだ。論理的に考えるよりも感情で動く」

 

「そして物語を演じる段階になって、俺という蛮人が現れた」

 

「……あの巨大なブロブは全くの予想外だったがね。だが、それも無事に退治できた。

そして上映された舞台は住人達から大好評だ」

 

そこへ用足しに行っていたタッソーが戻ってきた。

 

「いやあ、少しエールを飲みすぎてしまいましたよ、はは」

 

と、笑いながらタッソーが席に座る。

 

「所でタッソー、あんたは利子で暮らしているといったが、その前は何をしていたんだ?」

 

硝子瓶から酒をつぎ足しながら、カインはタッソーに質問を投げた。

 

「そうですね、貿易と投資、それと先物取引でしょうか。投資と先物取引なら今でもたまにやりますけどね」

 

「ふむ、俺も先物取引は実際にやったことがない。面白いのか?」

 

「ギャンブルがお嫌いじゃなければ、中々楽しめますよ。

ただし、儲けられるかどうかは、運以外にも機微や場の読みが必要になってきますけどね。

ここら辺もギャンブルに似ていますが」

 

そんな二人の間にビッカーが割って入り「実は以前から投資に興味があったんだが……」と、タッソーに話を切り出す。

 

そこからは金についての話になった。金の話には敏感なセルフマンが、三人の輪の中に潜り込んでくる。

 

酒、金、女──この内のどれかは、男であれば蛮人から文明人までもが興味を持つ話題である。

 

むしろ無欲な聖人か、並外れた変人奇人でもない限り、男であればこの三つ全てが嫌いという者もいないだろうが。

 

「俺の育ての親のヨナスは常々言っていたぞ。バブルとは崇拝と熱狂だとな。

それこそ毒にも薬にも食料にもならず、さして美しくもない花の球根なんぞに莫大な金貨を注ぐ。

傍から見れば狂気の沙汰だ」

 

「その通り、ですが利益になるならば誰もがその球根に飛びつくのです。

最初はただの物珍しさで誰かが買っただけなんですがね。所が次々にそれを真似していく人間が増えていった。

すると球根の値段はどんどん上がっていく。次に利殖目的で買い漁る者が増えていく。

みんな球根は永遠に値上がりすると信じてね」

 

代わりの酒を給仕に持ってこさせながら、タッソーは話を続けた。

 

酒が入って饒舌になっているのだ。

 

「ですが、バブルはいつか破裂するものです。そして破裂した時にようやく人は夢から覚めるのです。

そして、破裂した原因から学ばずにまた熱中する。それが人間というものですよ」

 

「そして冷静な者だけが、弾ける前に全ての球根を売り抜いて儲けを手に入れるというわけか」

 

これはビッカーの発言だ。

 

「ですが、何故に人は不合理に走るのでしょうね。

落ち着いて考えれば、それが結局は不利益に転ぶかもしれないというのに」

 

疑問を投げるセルフマン、だが、もっともな話でもある。

 

「ヨナスはミームと言っていたな。人間の考えや行動は、疫病のように伝染するとな。

バブルも同じだ。

最初はアンカリング、状況判断が難しい場合に人間は全く関係ない事柄から影響を受ける。

次に成功談、他人の成功を眺めて、自分も真似をしたいと考える。

それと過剰な期待、その物が永遠に値上がりすると錯覚することだ。

人間は目を開けたまま、夢を見る生き物ということなのだろうな」

 

カインのこれまでの説明にタッソーは、このバーバリアンがとても聡明であることを悟った。

 

いや、それはタッソーだけではなかった。

 

頭のキレるビッカーもまた、カインが力だけではなく、知恵もある男だと理解したのである。

 

ブロブ退治の時や先ほどの説明から見ても、この蛮人の状況判断能力とその知識はかなりのものと言えるだろう。

 

「なあ、おっちゃん達も小難しい話はここらで切り上げて楽しもうぜ」

 

踊り子の豊満な胸に顔を埋めていたアルムが一同に声をかける。

 

柔らかな肉の谷間の感触に、アルムはご満悦といった表情を浮かべていた。

 

「そうですね、金の話は後日にして、今日はひとつ楽しみましょうか」

 

立ち上がったタッソーが、踊り子達の引き締まった尻に股間を押し付けていく。

 

そこからは乱痴気騒ぎが始まった。


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