蛮勇カイン・ザ・バーバリアンヒーロー   作:キンメリア人

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野生児カイン5

カインは朽ちた霊廟を静かに進んでいった。ゴブリンの若者達の安否を確かめるためだ。

あの洞窟内には年老いたゴブリンと女子供しか残されておらず、この種族の若い男達の姿はほとんど確認することができなかった。

その原因はこの廃墟と化した霊廟にあった。

 

ほの暗い森林地帯の奥深くに静寂に包まれ、眠っていたはずの霊廟が突如として目を覚ましたのだ。

そして永き眠りから目覚めたこの霊廟は、その堅く閉ざされていた門扉を開いたのだった。

まるでゴブリン達を誘うように。するとゴブリン達は誘蛾灯に引き込まれるかの如く、この霊廟内に姿を消していった。

 

そして彼らは廃墟に足を踏み入れたまま、洞窟に戻ってくることはなかった。そう、二度とだ。

一晩の宿を借り受け、そして水色のサラマンダーの生息地を老いたゴブリンから聞き出したカインは、

彼らの恩義に報いるべく、霊廟を調べることにしたのだ。

 

半ばまで亀裂の入った花崗岩の円柱を過ぎ、カインは渡り廊下へと出た。

真っ直ぐに伸びた廊下の壁際には不気味な石像が並んで佇んでおり、無言でカインを見下ろしている。

 

節くれだった六本の長い指先を突き出し、太い牙を剥いてこちらを威嚇するグロテスクな猿や、

顔の下半分を触手で覆っている半魚人を象った奇怪な石像群に向かって、カインが睨み返す。

カインには知る由もなかったが、森に建築されたこの霊廟はかつて存在した邪教徒達が築いたものだった。

 

その邪教も二千年ほど前に地方の豪族たちの手によって討ち滅ぼされたのだが、それでも未だに過去の遺物として、

悠久の年月に晒されながらも霊廟だけはこうして残っているのだった。

人々の記憶からはとっくに忘れられ、信徒や主人である教祖の血筋も既に途絶えて久しいというのに。

 

通路の安全を確認し終えると、カインはマリアンにここまでは安全だと呼びかけた。

すると蛮族の若者から百歩ほど後方に居た魔術師見習いの少女は、急いでカインの元に駆け寄ってきた。

洞窟内で待っていろと言い聞かせたのだが、こんな場所にひとりで置いていかれるのは嫌だと駄々をこねるので、

それならば仕方がないとカインはマリアンを連れ出したのだ。

 

T字路を右へと曲がると、カインは床の異変に気がついた。

タイル状になった通路の床は、材質こそ変わらぬものの、よくよく見れば所々に僅かな段差が出来上がっていたからだ。

「少し待っていろ、マリアン」

 

カインがそう告げると、マリアンは黙って頷いてみせた。

霊廟の壁の前に立ち、カインがその凄まじい膂力りょりょくを持って長剣を振るった。

途端にひび割れた壁が剥がれ落ち、いくつかの石片が地面に転がり落ちた。

 

拾い上げた石片をカインが段差のあるタイルに投げつける。

すると通路の脇から風を切る鋭い矢が飛来した。

カインは細心の注意を払いつつ、黒豹のような俊敏さを持って目印をつけながら、罠が仕掛けられた廊下を渡っていった。

それから一旦引き返すとマリアンを背負い、再び戻ったのだった。

 

廊下の奥には頑丈な鋼鉄の扉が待ち構えていた。面白いことに扉は錆一つ浮いてはいなかった。

恐らくは何かの魔術を施してあるのだろう。蛮人の若者は渾身の力で鉄の扉を押しやった。

だが、扉はギシギシと軋みあげるものの鍵を掛けられているせいで開く様子はなかった。

 

「ねえ、カイン、その扉を開けたいの?」

マリアンがカインに問いかけると、このバーバリアンは首を縦に振った。

「ああ、そうだ。何か良い知恵があるのか?」

 

「それならこれを使うといいわ」

腰にぶら下げた革の道具袋から取り出した包をカインに見せ、魔術師の少女は頬を緩ませた。

「これはなんだ?」

 

「魔法に使う粉の一種よ」

カインは包に鼻先を寄せ、その匂いを動物のように嗅いだ。カインの鼻腔は酸化鉄の匂いを嗅ぎとった。

「なるほど。テルミット反応を使って、あの鉄の扉を溶かそうというわけだな。よし、ありがたく使わせてもらうぞ」

「そういうことよ。それにこれは本当に魔法の粉も混ぜてあるわ。威力を高める為にね」

 

扉に包を貼り付け、後ろへ下がるとカインは構えた弓から火の矢を放った。

火矢に貫かれた包が激しく発光し、周囲に火花を飛び散らせる。

それからカインは鉄の扉に空いた穴に手をいれ、内側から掛かった鍵を開けた。

 

カインが扉を押しやると、鉄板は案外すんなりと開いた。

部屋の内部は円形状をしていて、その中心に置かれた黒曜石の台座には一本の剣が突き刺さっていた。

それ以外は特に目につくものは見当たらない。

 

その刀身が放つ眩いばかりの不思議な輝きに誘われたのか、無意識の内にカインは台座に突き刺さった剣の柄を握り締めた。

そしてカインが気が付くと既に剣は台座から引き抜かれていたのだった。

ムスペルヘイムのこの野生児は、己が引き抜いた剣を飽きることなく見つめた。

 

台座から引き抜いた剣が素晴らしい業物であることは素人目にも明らかだったのだ。

嬉しさのあまり満面の笑みを称えると、カインはその剣を革鞘に収めて己の背に担ぎ、部屋を後にした。

再びT字路に出るとカインとマリアンは真っ直ぐに突き進んだ。

 

次にふたりがたどり着いた場所もやはり扉が待ち構えていた。

ただ、床に罠はなく、扉にも鍵は掛けられてはいなかった。

「嫌な気配がする。それに血の匂いも……」

 

カインは野生の獣が持つような鋭い感覚で、扉の向こう側から渦巻く邪悪な気配を捉えた。

「マリアン、お前はここで待っていろ」

後ろを振り返らずに告げ、カインはマリアンをその場に残すと、獲物を狙う虎か狼のような足取りで残りの部屋へと入っていた。

 

室内には腐臭が漂い、壁には黒ずんだ鮮血の跡が張り付いていた。

朽ちた人骨に混ざって、無造作に打ち捨てられているのは、変わり果てたゴブリン達の骸だった。

背中から引き抜いた剣を構え、カインは敵が何処に潜んでいるのかを探った。天井や部屋の隅にくまなく視線を巡らす。

 

だが、敵の姿はどこにも見当たらなかった。あるのは三ヤード(約三メートル)を優に超す一体の石像のみだ。

その石像は醜いコウモリの顔と狒々の身体を持ち、カインの方へ向かって鋭い爪を突き出している。

カインは何気なく視線を石像から別の方角へと移した。

 

刹那、石像が長腕を薙ぎ払い、その爪でカインの身体を思う存分に引き裂こうとした。

だが、カインのほうが石像よりも一拍子早く動いた。

俊敏な身のこなしだ。

素早く身を屈め、石像が繰り出した凶手を掻い潜ると、カインが返す刀で石像の肘の辺りを斬りつける。

 

キンと何かが響くと同時に石像の右腕は見事に両断され、重苦しい音を立てて転がった。

「ふん、ストーンゴーレムか……前に一度、お前よりでかいのと相対したことがあるぞ」

石像は何も答えず、表情も変えぬままカインに再び襲いかかった。

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