蛮勇カイン・ザ・バーバリアンヒーロー   作:キンメリア人

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野生児カイン7

 

サラマンダーはカインを振り下ろそうと必死でもがいた。

だが、万力の如く首骨をギリギリと締め付けるカインの豪腕を振りほどくことは叶わず、結局は身体を痙攣させながら絶命した。

それから蛮人は仕留めた水色のサラマンダーの鱗を手早く剥ぎ取ると、すっかり赤身を露呈させた獲物の死骸をそのまま打ち捨てるに任せた。

 

あとは沼地の大鰐どもが死骸の肉を一片残さず、全て綺麗に平らげるだろう。

仕事をやり終えたカインはマリアンが待つ洞窟へと急いだ。

残るはザンボラへと引き返し、研究室で首を長くして鱗を待ち侘びているであろうグリニー老人の元に目当てのこの品を送り届けるだけだ。

それからカインとマリアンはその帰る道のりで、一週間ばかし馬の上で揺られるのだった。

 

 

 

暗雲が夜空の上で青白く光っていた三日月を覆い隠した。そこへ九つの人影が横切る。

フードで顔を隠した黒装束姿の盗賊一味が、人通りの途絶えた道をひたすら突き進んでいく。

盗賊達が向かっている先はグランシャンの裏通りだった。そこにこの盗賊団の隠れ家があるのだ。

 

猿轡を噛まされ、革紐で手足を縛られている少女を担いでいた盗賊の一人が、舌なめずりをすると下卑た笑みを浮かべた。

「へへ、隠れ家でたっぷりと楽しませてもらうからな」

その言葉に盗賊に囚われた少女が猿轡の間からくぐもった悲鳴を漏らす。

 

この少女は、ワラギア貴族の一人であるヒズラドの一粒種で、名をエレナといった。

少女は護衛を連れて外出している最中にこの盗賊の一団に捕まったのだ。

護衛役のふたりの男は、エレナの目の前で盗賊団にナマス切りにされた。

 

そして生きたまま捕らえられた少女はこうして、盗賊の一味の隠れ家へと運ばれているのだった。

エレナは絶望の淵に佇んでいた。

まともに悲鳴を上げることもできず、誰も助けに来てはくれず、

ただ盗賊達に自由の利かぬ自らの身を任せるしかないこの状況に少女は悲しむ事しか出来なかった。

 

丁度そんな時だ。

グランシャンの薄暗い路地裏から気高きホワイトナイトならぬ、火酒で酔っ払ったバーバリアンが現れたのは。

だが、どちらにしても少女にとっては助け舟だ。

それが白馬に跨った優雅な騎士だろうが、雄叫びを上げて戦斧を振り回す蛮人だろうが。

 

路地裏から現れた長身で筋骨が隆々とした男が一団の存在を認めると足を止めた。

脇に小さな酒樽を抱えたまま、若者が盗賊の一団をじっと見下ろす。

 

その視線が気に障ったのか、盗賊の一人が短槍で男の抱いていた酒樽を貫いた。

丸い木蓋が割れ、飛び散った蒸留酒が男の腕を濡らした。酒精の臭気が濡れた腕から立ち上る。

 

盗賊の無法に男が両眼をぎらつかせ、怒りに眉間を歪めて怒鳴った。

「何をするんだっ、よくも俺の酒をっっ」

グリニーと一杯やるために購った折角の火酒を台無しにされ、カインは怒り心頭に発した。

 

有無を言わさず盗賊のこめかみにその鉄槌のような拳を叩き込む。

脳みそごと頭骨を叩き砕かれた盗賊は、首をおかしな方向に捻じ曲げたまま吹っ飛んでいき、壁に激突する。

あとにはバーバリアンに頭を潰され、飛び出した左右の眼球を頬にぶらつかせたままの死体が残った。

 

腰に吊るした鞘から長剣を引き抜いたカインが、野の獣じみた唸り声を上げ、盗賊一味を睥睨へいげいする。

酒に酔って理性が麻痺していたカインは、盗賊達に対してその獣性を剥き出しにした。

それからは戦い、というよりもバーバリアンの一方的とも言えるような殺戮が路地裏で巻き起こった。

 

ふたりの護衛をナマス斬りにした八人の盗賊は、この荒野の蛮人の手によって次は自分達がブツ切りにされていくのだった。

湧き上がる叫喚と剣戟、人間の骨肉を切断する音が夜空に響く。

殺戮が終わると、そこには静けさが戻った。

 

道に転がった盗賊の手足や胴体、生首には目もくれず、カインは返り血で染まった自らの頬を手の甲で拭った。

そして盗賊達の血で染まる地面に転がった少女ににじり寄った。

「おい、大丈夫か、お前?」

 

カインがエレナの噛まされていた猿轡をはずし、手足を縛っていた革紐を引き千切る。

だが、少女は噛み合わぬ歯茎から言葉にならぬような呻き声をあげ、体をガタガタと震わせるだけだった。

「安心しろ。お前を取って食う気はない」

 

カインが無表情のままで、本気とも冗談とも取れないような言葉をエレナに投げる。

「怯えているようだな、まあ、いい。近くの酒場で少し休めば落ち着くだろう」

その逞しい両腕で少女の華奢な身体を抱き上げると、カインは適当な酒場へと入った。

 

少女はカインから渡された蜂蜜酒を飲んでいる内に徐々に落ち着きを取り戻し、喋れるまでには戻っていた。

エレナはまず、カインに助け出してくれた事への礼を述べた。そして自分が貴族の娘であることを明かした。

この少女の父親であるヒズラドは生まれついての貴族ではなく、元は豪商で知られる商人の息子だった。

 

そしてヒズラドの父、エレナの祖父に当たるこの商人は、巨万の財宝を築くといつしか地位へと憧れを抱くようになった。

そこで大金をはたいて貴族の地位を買うと息子のヒズラドに渡したのだ。

要するにこの少女は、典型的な金持ち貴族の娘だった。

 

「あの差し出がましい話ですが、私を父の元まで送ってはいただけないでしょうか、謝礼もお支払いしたいので」

「それなら美味い酒が欲しいんだが、お前の家には美味そうな酒は置いてあるか?」

それからカインはエレナを連れ立って、少女の邸宅へと向かった。

 

屋敷の門扉にいた門番に話をすると、カインはすぐに中へと通された。

庭を横切り、屋敷に入るとカインはそれから半刻(約一時間)ほど客間で待たされた。

その頃になると酔いもすっかり覚めていた。カインは召使いが運んできた茶を無言で啜った。

 

「お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」

そういって客間にやってきたのはこの屋敷の年老いた執事だ。執事は革袋を両手に持っていた。

「これは些少ではありますが、お嬢様をお救いいただいた謝礼でございます」

 

カインは執事に頷くと無言で革袋を受け取った。

革袋はずしりと重く、中には大量の金貨が詰まってるようだった。

「有り難く頂いておこう」

 

カインが革袋を懐にしまうのを見届けると、執事が盗賊の一件は他言無用で願いますと告げた。

謝礼にはどうやら口止め料も含まれているようだった。

「お嬢様は年頃でございますゆえ、変な噂を立てられたくはないのですよ。盗賊に傷物にされたなどということは……」

 

「安心しろ。このことは誰にも言わぬ。俺も今夜のことは忘れるとしよう。お互いにそれが一番良さそうだ」

カインはそれ以上は何も言わずに屋敷を辞すると、グラニーへの土産の酒を購いにとっくに閉まっている酒屋の戸を叩いた。

 

その翌日になるとカインはエンリケと朝食を共にし、大学の研究室で思いつくままに合成実験を繰り返していた。

何を作るかはカインの気分次第だ。ほとんど無秩序といっても良かった。

それにも飽きると大学を出て街へと繰り出した。

 

四階建て、五階建ての建造物に囲まれた大通りを通り過ぎ、石塀に囲まれた小道に入ってみる。

すると突然、この野生児は自分の首筋がチクチクと痛み出すのを感じた。殺気だ。

殺気を感じると、この蛮人は決まって首筋の辺りがチクチクと痛んだ。

物取りが近づいているのかと思い、カインは身構えた。

 

 

 


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