東方鉄拳翔~Iron Shrine Maiden~ 作:水石Q
☆今回の登場人物☆
橙……霊夢たちが迷い込んだ謎の建物、マヨヒガを守護する化け猫の少女。美鈴と並ぶ予測変換の壁。「だいだい」って打ってます、ごめんね橙ちゃん。霊夢と身長が同じ。次いでにバストサイズも同じ。流石に巫女も幼女を殴り飛ばすのは躊躇があると思った。(対レミリア戦を見ながら)
####
咲夜とチルノの決着と、ほぼ同時刻。
「エイシャオラーッ!」
「シャアァコラーッ!」
霧の湖の付近では、ボロボロの雪女を痛めつける巫女と魔法使いの姿があった。
「やめてください! やめてください!」
半泣きで叫ぶレティの腕を、霊夢が掴む。
「あいででででで! お、折れるぅぅぅ!?」
鮮やかなV1アームロックが極まった。悲しい事に雪女、関節を極められた時の対処法が分からない。そのままギリギリと肘を破壊されそうになる。
滅茶苦茶に暴れ、すんでのところで振り払うが、立ち上がったレティの腰に何者かが組みつく。
「ひぃっ!」
それはまるで、雨上がりの空にかかる虹のよう(季節的に雪だが)。
魔理沙の得意技、ジャーマンスープレックスが新雪の飛沫を浴びて輝く一輻の絵画の如き鮮やかさで繰り出された。
「……さて」
パンパンと手を払い、魔理沙が咳払いした。
「話してもらおうか、全てを」
「……順序おかしくないですか!?」
凍った湖面に手をついて、レティが頭を引き抜いた。
「普通口割らない相手に対してこういう仕打ちしますよね!? 私ここに連れて来られてから秒でこのザマなんですけど!」
「うるせぇ今度はジャパニーズ・カラテ喰らわしてやろうかおぉん!?」
「ヒーッ!」と恐慌を来すレティ。両手の五指をワシワシ動かしながら歩み寄る魔理沙。あわや地獄の第二ラウンドかと思いきや、霊夢が手を上げて魔理沙を制した。
「落ち着きなさい魔理沙。暴力で屈するような相手じゃないわ」
「あなたもしれっと技かけてましたよね……まだ痛みますよこんちきしょう……」
「単刀直入に訊くわ。この異変、あんたが黒幕?」
レティは顎に人差し指を当てて考え込む仕草をして、首を横に振った。
「くろまく〜……? 違いますよ、春が来ないのは、私のせいじゃないです」
「じゃあ、この雪はどういう事だよ? こんなの十中八九雪女の仕業だろう? チルノを引き連れて私たちを邪魔したのも、異変が解決されるのを阻止する為なんじゃないのか?」
魔理沙が口を挟むと、レティは目に見えて狼狽えだした。
「ち、違いますよ、その、えぇと、実は……」
レティは束の間視線を逸らし、「これ話していいのかなぁ」と独り言を言っていたが、やがて決心したように霊夢たちに向き直った。
「実は……お三方を足止めしようとしたのは、誰かに頼まれたからなんです」
霊夢と魔理沙は目を瞠った。
「誰にだ? 誰に頼まれた?」
「名前は名乗ってもらえなかったんで分からなかったんですけど、そうだな、格好ぐらいは……
霊夢の脳から爪先までを、電撃の如き衝撃が駆け抜けた。
その姿に――まだ断片的な情報ではあるが――その姿に、霊夢は吐き気がするほど見覚えがあった。
「その人に、『もうすぐ人間たちがやって来るから、絶対にここを通してはいけない。お礼はたっぷりする』って言われたから……やっ、だって、欲しいじゃないですか、お礼。それで、私一人じゃ不安だから、あの氷精を唆して、私の妖力を分け与えて、皆さんを追い払ってもらおうと思って……って、どうかしました?」
「……霊夢?」
「……ッ、何でもない。行こう、魔理沙。レティ、その金髪の女は、どこに行った?」
「……あの空の穴の中に、飛んでいきました」
レティが指差した先を見て、二人は仰天した。
山の上の空に、雪雲を巻き込んで渦巻く渦潮のような穴が空いていたのだ。そしてその穴は、山から細長い竜巻を巻き上げていく。
「クソッ……まだ搾り取ろうってのかよ……!」
「魔理沙……!」
「わーってるよ! おい、レティ!」
「ヒィッ! は、はい!」
「悪い、ソイツの言ってたお礼はなしだ! 私らは今すぐあの暴挙をしでかしてる野郎をぶちのめさなきゃならん!」
レティは座り込んだ姿勢のまま、力なく笑った。
「いやー、お気になさらず。あの人、全然ほんとのこと言ってるように見えなかったし」
#####
森の中を駆け抜ける霊夢と魔理沙。幹を蹴り、根を飛び越えて、一心に山を目指す。
「……ん?」
ふと、魔理沙が足を止めた。それにつられて、霊夢も立ち止まる。
「……どうしたの?」
「家だ」
魔理沙が指さした先には、広々とした空き地と、そこに建つ一軒家があった。人がいる気配はない。だが、人ならざるものの気配ならば、先程から噎せ返るほどに臭ってきている、隠す気のない敵意と殺意の臭いだ。
何かを感じ取った霊夢は、地面に落ちていた手頃な石を拾い上げると、前方に向かって放った。石は放物線を描いて飛んでいき、空中で爆ぜた。
霊夢はその瞬間、横の茂みから石を射抜くレーザーを見た。
「な!?」
「やっぱりね。動体感知式の迎撃術式が張られている。──『夢想封印・散』!」
霊夢が気を集中し、撃ち出す。散弾のような軌道の夢想封印は木陰や茂みからこちらを狙っていた迎撃術式を跡形もなく破壊した。
魔理沙は構えながら、改めて霊夢の勘の良さに舌を巻いていた。いとも容易く敵の罠を見抜き、あまつさえその全てを破壊せしめた。つくづく人間離れしている。これが幻想郷最強の
緩みかけた気を引き締める。いくら霊夢がずば抜けているからといって、それは魔理沙も同じ事だ。魔理沙は血の滲むような努力の果てに霊夢と同じステージまで登り詰めた。魔理沙は霊夢と肩を並べて戦うべきだ。それが魔理沙自身の使命であるように思われた。
「どこにいるの! 出てきなさい!」
霊夢が叫ぶと、何も無い空間から突然、一人の少女が飛び出してきた。
「あの術式を破るとは、流石博麗の巫女というだけはあるね。紫様が入れ込むわけだ」
「あんた……紫のとこの式か。確か……」
「
そう言うと、橙は屈伸運動を始めた。何気ない所作さえ軽やかだ。よく見ると頭からは猫耳が生え、腰の辺りから二股に分かれた尻尾が揺れている。
「それで、何の用? 生憎と、あんたと遊んでやる時間はないのよ。丁度、あんたのご主人様に用があってね」
「藍さま……いや、紫様に? 奇遇だね、私はあんたに用があるんだよ」
言うなり橙はすっくと立ち上がる。一切の気負いがなく、それでいて踏み込むに踏み込めない威圧感を携えた雰囲気だった。
「お二人さんをここで倒せってお達しがあってね。本当は陰からこっそりやる予定だったけど、気づかれちゃったからね。悪いけど、少し痛い目見て眠っていてもらおうか」
やる気だ。魔理沙は身構える。霊夢は平手を構えた。
やはり紫が一枚噛んでいるのか。今回の異変は彼女が主犯なのか。ならば何の目的で。
気になる事、考えるべき事は沢山あった。しかし今は、そのどれよりも、目の前の障害を乗り越える事に全力を注ぐべきだ。
「そう簡単にやられはしないし、やられるつもりもないわ。全力でぶち破る」
「あーあ、バカやるねぇ。立ち向かうんだ。立ち向かっちゃうんだ──ま、いいや。覚悟しな。
橙、腰を屈める。
闘気が迸った。
ほぼ静止した状態から放たれた飛び蹴りが、霊夢の鼻先を掠めた。霊夢は既にカウンター狙いの右ストレートを打っていた。が、両足でその右腕をホールドされる。
「そうら!」
橙が体を回転させると、腕を掴まえられた霊夢も一緒に回転する。地面に手をつこうにもその片方が塞がっている霊夢は、なす術なく地面に顔面から叩きつけられた。
一方橙は逆立ちの体勢から大きく足を開き、今度はコマのように回転。刃の如く振るわれた蹴撃は立ち上がりかけた霊夢の足を払う。
瞬時に橙は両足をたたみ、身をたわめ、引き絞る。
低姿勢からのドロップキックが霊夢を吹き飛ばした。
「霊夢ッ!」
魔理沙が駆け寄ってくる。その肩越しに、跳躍して横蹴りを放つ橙が見えた。
「危ない!」
魔理沙の服を掴んで無造作に後ろへ投げる。魔理沙の声が遠ざかっていくのを確認した瞬間、恐ろしいほどの衝撃が横殴りに襲ってくる。
咄嗟に地面を転がり衝撃を殺す。篭手でガードしていなければ骨一本枯れ枝よろしく折られていた。
(ヤバいな、あいつの蹴り……音からして違うもん)
攻撃の“脚”は緩められない。突き込まれた鋭い蹴りをがっちり掴み、力を振り絞って投げ上げる。空中を一回転して仰向けになった橙の背中に、渾身のアッパー。
「ケハッ!」
肺から空気が漏れた声。化け猫の矮躯は軽々吹き飛ぶ。
しかし橙は空中で姿勢を変え、踵を振り下ろす。
両腕を交差させてそれを防ぐ。またもや足首を掴み、振り子の要領で投げ飛ばす。橙はマヨヒガ縁側の障子をぶち破って消える。霊夢はそれを追った。
具足のまま縁側に上がり、もうもうと立ち上る土煙の中ここと見当をつけて拳を突き入れると、防がれる手応え。橙が拳を受け止めていた。
ここで霊夢、受け止められた右腕に更に力を込め、押し込む。橙が歯を食い縛り、霊夢の横面を蹴りつけた。堪らず怯む霊夢。その隙に立ち上がる橙。
「……人んちに土足で入っちゃいけないんだー。紫様に言いつけてやる」
「構わないけど、『人肌恋しい』とか吐かして私の寝込みを襲ってくるような奴に、私を説教出来る立場があるのかね」
じわじわと間合いを測る。緊張の刹那、同時に繰り出されたハイキックが中空で交錯した。
間髪入れず、熾烈なる
頸を狙った蹴りを受け止め、殴りつけ叩き落とす。
肘打ちを躱し、がら空きになった脇に膝蹴りを叩き込む。
一瞬怯むが、後ろ回し蹴りが襲い掛かってきた。即座に身を屈めて回避し、ラリアットを見舞った。
しかし手応えがあった事による一瞬の安堵を突き、橙は仰向けに倒れ込むと同時に振り上げた脚で霊夢の後頭部を打った。死角からの攻撃に霊夢もつんのめる。橙は畳に手をついて跳ね起きると、霊夢が体勢を立て直すのを見計らってターン。回転の勢いを乗せた蹴りを鳩尾にぶち込んだ。
橙渾身の蹴撃をもろに喰らった霊夢は
開け放った障子から追撃を見舞わんと橙が駆け寄ってくるのを見て、霊夢は顔面を狙った右ストレート。しかし橙は跳躍。前方宙返りにてこれを難なく躱すと、後方にある霊夢の背中に蹴りを打ち込んだ。
「ぐ……!」
──強い!
今更ながらに、霊夢は目の前の化け猫を脅威に感じ始めていた。流石は紫の式と言ったところか。相応の実力はあるようだ。
──嗚呼、強い。実に強い。油断すれば負けそうだ。気を緩めれば殺されそうだ。
だからこそ──霊夢は、
昂る。壁が、害が、あらゆる強者が、霊夢を阻み、滾らせる。
「面白い……久し振りに、
「うわー、戦闘狂ってやつ? 怖いわー、ひくわー。でも、そうだよね。本気で来なくっちゃあ面白くも何ともない。それは分かる。だから──本気で来てやるよ!」
霊夢と橙の間で、あらゆる気力が綯い交ぜになった何かが渦巻いた。
次の瞬間──それこそ、何人も捉えられぬ須臾を縫って、初撃が、
お読みくださりありがとうございました。
蹴り主体のファイティングスタイルってすごいかっこよくないですかってのを、橙を通して伝えたかった(伝われ)。
では、また次回。