東方鉄拳翔~Iron Shrine Maiden~ 作:水石Q
交わされる拳は、その柔肌に似合わぬ硬質な響きを轟かせた。
片方は滾る龍気を、もう片方は今にも消え入りそうな霊気を纏っている。彼女等の拳を堅固なるものとしているのは、偏にそのような超常的エネルギーであった。
「……ッ!」
「シッ……!」
静かな気合。されど気迫は行き場を求めてうねる。
美鈴が繰り出した肘鉄を掌底にて受け、空いた脇腹へ手刀を捩じ込もうとする。だが寸前で美鈴の左手に止められ、ぐるりと身を翻させられる。
腕を極められる、そう思った霊夢は力づくでその手を振り払うと、その勢いのまま脚を振り上げた。
勢いをつけた上段回し蹴りは、美鈴が姿勢を低くした事で空を切ってしまった。
──まだだ!
霊夢が回転の勢いをつけていたのは右足だけではない。右腕にもだ。
捻った裏拳が美鈴の側頭部を捉えた。何かに
しかし霊夢が追撃に動いた瞬間、地面に手をつき、跳ね起きの要領で両足での蹴り。内臓が圧壊しそうな衝撃に、戻しそうになるのを堪えつつ距離を取る。
霊夢が肩で息をしているというのに、門番は汗一つかいていない。急所の塊である頭部を積極的に狙ってもいるのに、まるで堪えた様子を見せない。力量差という次元ではない、『種族』という越えがたい壁が、帰芻を決しようとしていた。
「……見事、流石は異変解決の
魔理沙が図書室にてパチュリー・ノーレッジと戦闘(?)を繰り広げている間じゅう、霊夢と美鈴はこうして打ち合っていたのだ。その時間は三十分を超えていた。
「人間相手にしてるんじゃないもの、伊達に鍛えてないわ」
「
美鈴を取り巻く龍気が、より一層増した。並の人間ならば気圧されて指一つ動かす事は出来ないだろう。
だが霊夢は固まらなかった。退く事もしなかった。ただ構え、目を閉じ、静かに呼吸する。
痛みが引いていく。千切れそうだった四肢も、ほぐれていく。博麗の体術にて脈々と受け継がれてきた基礎の呼吸法が、霊夢の傷を微々たる速度で癒していく。
「来なさいよ。そんな半端な拳じゃ、まだまだ倒れないわよ」
次の瞬間繰り広げられた剣戟──もとい“拳”戟は、人間の挙動の範疇を越えていた。
拳打を、掌底を、蹴撃を、お互いが全神経を注ぎ込んで受け、弾き、避け、そして繰り出す。美鈴の裏拳を霊夢が受け止め、その腕を掴んで極める。振りほどこうと思った時には背後に霊夢はおらず、腹に鋭い衝撃。先程の蹴りの意趣返しか、霊夢の肘が美鈴の腹に食い込んでいた。腹筋を割り裂いて食らいつくような痛みに、思わず顔をしかめる美鈴。
こう思った。人間の膂力ではない、と。
霊夢のうなじに拳を叩き込む。紅白の巫女は凄まじい速さで地面に叩きつけられた。そこへ間髪入れず美鈴の蹴りが入る。サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた霊夢は門に激突し、鉄柵を歪ませて投げ出される。
終わった。いかに屈強な人間と言えど、美鈴の渾身の蹴りをまともに喰らい、受け身も取れず叩きつけられてはとても生きていられない。少しは骨のある相手だと思ったが、所詮は人間か。
爪先に何かが当たる。それは美鈴の帽子であった。埃を払ってそれを被り、死体を回収する為に巫女の亡骸へ歩み寄る。
──だが、しかし。
嗚呼、何という僥倖。何という信念。何という無謀。
霊夢は立ち上がった。ふらつく足を懸命に踏ん張り、ボタボタと落ちる鼻血を拭い、柵に掴まりながら立ち上がったのだ。
「……決着はつきました。今のあなたでは、私には勝てない」
「……いや」
霊夢は構えた。その眼には、太陽を思わせる強き光が宿っていた。
「勝つさ。何があっても、誰が相手でも。例えこの身がどうなろうと。私は勝たなければならない。この背中に背負っているのは、私独りの命ではない」
「死にますよ」
「死ぬならお前を倒してからよ」
美鈴は駆け出した。
諦めの悪い人間だ、いっそ綺麗さっぱり息の根を止めてやろう。
拳を握り込む。虹色の龍気が凝集し、甲高い唸りを上げて霊夢に襲い掛かる。
転瞬、霊夢は姿勢を低くする。美鈴の腕を首と腕で固定する。
しまった、そう思った時には腕をへし折られていた。
「ぐッあ……!」
刹那に美鈴を襲ったのは、彼女の目でも捉え切れない神速の
肘打ちが顎を粉砕する。そこへ追い討ちの掌打、仰け反って隙が生まれた瞬間、胸部を破砕する十二連撃。
しかし未だ冴え渡る美鈴の意識。
それ故に次の瞬間、己の髪を鷲掴んできた霊夢の顔を、間近にて鮮明に見てしまった。
凄絶、それでいて剛毅。それでいて、可憐極まるその顔に、美鈴は一瞬のうちに心を動かされた。
顔面に膝がめり込んだ。そう知覚した時には、美鈴は鉄柵を突き破り、中庭を飛翔し、紅魔館の壁に叩きつけられていた。煉瓦がクレーターのように凹む。体が埋まって動けない。
霊夢は跳躍。一瞬にして美鈴へと肉薄すると、拳を振りかぶった。
纏う七色。渦巻く霊気は、霊夢の渾身の力を体現するかの如く、熱く熱く燃え盛る。
鉄拳は翔る。無限の高みへ羽ばたかんとするその力は無敵。その拳に打ち砕けぬものも、祓えぬ魔道も、切り拓けぬ明日もない。
煌めく烈光は、
故に人は、其の霊撃を斯く讃えたり。
「『夢想封印・──
爆裂音ののち、辺り一帯を衝撃波が叩いた。美鈴の体は壁を突き破り
地面に降り立った霊夢は、呼吸によって体を癒し、静かに残心。ふらふらと、館の中へ踏み入った。
館の中は薄暗く、正面の階段の真上にあるステンドグラスから投げられる光だけが、視界を確保してくれている。
「異変の元凶はここの主人かしら? 主人は上にいるもんよね」
そう言って霊夢は階段を登り始めた。エントランスに、コツコツという霊夢の靴音だけが反響する。静寂に包まれている。
故に、刹那紛れ込んだ異音に、霊夢はいち早く反応できた。
金属が、それも鋭利な刃物のようなものが、空気を切る高音。
大幣を振りかぶり、音がする方へ払う。キンッ! という金属音。大幣が何かを弾き、階段の手摺へ突き刺さらせる。
それは大振りのナイフだった。白銀の刀身が光を放つ。
「あら、防ぐのね。面白い人間」
いつの間にか、階段の踊り場に人が立っていた。メイド服姿の少女。氷のような美貌に、静かな殺意が垣間見える。
なんだこいつ、いつの間にそこに。霊夢は様々な疑問を巡らせながら、一歩を踏み出した。
「……あんた、何?」
少女は懐から金色の懐中時計を取り出すと、スカートの裾を摘まんで、慇懃に頭を下げた。
「
ありがとうございました。
なんか今回薄味です。3000字弱です。だって推敲したらバチバチに削れちゃったもの。仕方ないね。ひとくちサイズって素晴らしい。おつまみ万歳。
見苦しい自己正当化もこのへんで、では、また次回。