東方鉄拳翔~Iron Shrine Maiden~   作:水石Q

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よろしくお願いします。


第六話 鉄拳翔

 交わされる拳は、その柔肌に似合わぬ硬質な響きを轟かせた。

 片方は滾る龍気を、もう片方は今にも消え入りそうな霊気を纏っている。彼女等の拳を堅固なるものとしているのは、偏にそのような超常的エネルギーであった。

 

「……ッ!」

「シッ……!」

 

 静かな気合。されど気迫は行き場を求めてうねる。

 美鈴が繰り出した肘鉄を掌底にて受け、空いた脇腹へ手刀を捩じ込もうとする。だが寸前で美鈴の左手に止められ、ぐるりと身を翻させられる。

 腕を極められる、そう思った霊夢は力づくでその手を振り払うと、その勢いのまま脚を振り上げた。

 勢いをつけた上段回し蹴りは、美鈴が姿勢を低くした事で空を切ってしまった。

 

 ──まだだ!

 

 霊夢が回転の勢いをつけていたのは右足だけではない。右腕にもだ。

 捻った裏拳が美鈴の側頭部を捉えた。何かに(ひび)が入ったかのような怪音が響き、美鈴が体勢を崩した。すかさず霊夢は膝蹴りをその顔面に見舞う。血の尾を引きながら仰向けに倒れ込んだ美鈴。

 しかし霊夢が追撃に動いた瞬間、地面に手をつき、跳ね起きの要領で両足での蹴り。内臓が圧壊しそうな衝撃に、戻しそうになるのを堪えつつ距離を取る。

 霊夢が肩で息をしているというのに、門番は汗一つかいていない。急所の塊である頭部を積極的に狙ってもいるのに、まるで堪えた様子を見せない。力量差という次元ではない、『種族』という越えがたい壁が、帰芻を決しようとしていた。

 

「……見事、流石は異変解決の達人(エキスパート)。私とここまで渡り合った『人間』は初めてです」

 

 魔理沙が図書室にてパチュリー・ノーレッジと戦闘(?)を繰り広げている間じゅう、霊夢と美鈴はこうして打ち合っていたのだ。その時間は三十分を超えていた。

 

「人間相手にしてるんじゃないもの、伊達に鍛えてないわ」

有趣(面白い)ッ……!」

 

 美鈴を取り巻く龍気が、より一層増した。並の人間ならば気圧されて指一つ動かす事は出来ないだろう。

 だが霊夢は固まらなかった。退く事もしなかった。ただ構え、目を閉じ、静かに呼吸する。

 痛みが引いていく。千切れそうだった四肢も、ほぐれていく。博麗の体術にて脈々と受け継がれてきた基礎の呼吸法が、霊夢の傷を微々たる速度で癒していく。

 

「来なさいよ。そんな半端な拳じゃ、まだまだ倒れないわよ」

 

 次の瞬間繰り広げられた剣戟──もとい“拳”戟は、人間の挙動の範疇を越えていた。

 拳打を、掌底を、蹴撃を、お互いが全神経を注ぎ込んで受け、弾き、避け、そして繰り出す。美鈴の裏拳を霊夢が受け止め、その腕を掴んで極める。振りほどこうと思った時には背後に霊夢はおらず、腹に鋭い衝撃。先程の蹴りの意趣返しか、霊夢の肘が美鈴の腹に食い込んでいた。腹筋を割り裂いて食らいつくような痛みに、思わず顔をしかめる美鈴。

 こう思った。人間の膂力ではない、と。

 霊夢のうなじに拳を叩き込む。紅白の巫女は凄まじい速さで地面に叩きつけられた。そこへ間髪入れず美鈴の蹴りが入る。サッカーボールよろしく蹴り飛ばされた霊夢は門に激突し、鉄柵を歪ませて投げ出される。

 終わった。いかに屈強な人間と言えど、美鈴の渾身の蹴りをまともに喰らい、受け身も取れず叩きつけられてはとても生きていられない。少しは骨のある相手だと思ったが、所詮は人間か。

 爪先に何かが当たる。それは美鈴の帽子であった。埃を払ってそれを被り、死体を回収する為に巫女の亡骸へ歩み寄る。

 

 ──だが、しかし。

 

 嗚呼、何という僥倖。何という信念。何という無謀。

 霊夢は立ち上がった。ふらつく足を懸命に踏ん張り、ボタボタと落ちる鼻血を拭い、柵に掴まりながら立ち上がったのだ。

 

「……決着はつきました。今のあなたでは、私には勝てない」

「……いや」

 

 霊夢は構えた。その眼には、太陽を思わせる強き光が宿っていた。

 

「勝つさ。何があっても、誰が相手でも。例えこの身がどうなろうと。私は勝たなければならない。この背中に背負っているのは、私独りの命ではない」

「死にますよ」

「死ぬならお前を倒してからよ」

 

 美鈴は駆け出した。

 諦めの悪い人間だ、いっそ綺麗さっぱり息の根を止めてやろう。

 拳を握り込む。虹色の龍気が凝集し、甲高い唸りを上げて霊夢に襲い掛かる。

 転瞬、霊夢は姿勢を低くする。美鈴の腕を首と腕で固定する。

 しまった、そう思った時には腕をへし折られていた。

 

「ぐッあ……!」

 

 刹那に美鈴を襲ったのは、彼女の目でも捉え切れない神速の連撃(ラッシュ)

 肘打ちが顎を粉砕する。そこへ追い討ちの掌打、仰け反って隙が生まれた瞬間、胸部を破砕する十二連撃。

 しかし未だ冴え渡る美鈴の意識。

 それ故に次の瞬間、己の髪を鷲掴んできた霊夢の顔を、間近にて鮮明に見てしまった。

 凄絶、それでいて剛毅。それでいて、可憐極まるその顔に、美鈴は一瞬のうちに心を動かされた。

 顔面に膝がめり込んだ。そう知覚した時には、美鈴は鉄柵を突き破り、中庭を飛翔し、紅魔館の壁に叩きつけられていた。煉瓦がクレーターのように凹む。体が埋まって動けない。

 

 霊夢は跳躍。一瞬にして美鈴へと肉薄すると、拳を振りかぶった。

 纏う七色。渦巻く霊気は、霊夢の渾身の力を体現するかの如く、熱く熱く燃え盛る。

 

 鉄拳は翔る。無限の高みへ羽ばたかんとするその力は無敵。その拳に打ち砕けぬものも、祓えぬ魔道も、切り拓けぬ明日もない。

 

 煌めく烈光は、(あまね)く妖魔を焼き穿ち、(あまね)く夢想を封ずるものなり。

 

 故に人は、其の霊撃を斯く讃えたり。

 

「『夢想封印・──鉄拳翔(てっけんしょう)』ッッ!!!!!」

 

 爆裂音ののち、辺り一帯を衝撃波が叩いた。美鈴の体は壁を突き破り()()()()。裏手の森へ一直線に落ちていき、見えなくなった。

 地面に降り立った霊夢は、呼吸によって体を癒し、静かに残心。ふらふらと、館の中へ踏み入った。

 館の中は薄暗く、正面の階段の真上にあるステンドグラスから投げられる光だけが、視界を確保してくれている。

 

「異変の元凶はここの主人かしら? 主人は上にいるもんよね」

 

 そう言って霊夢は階段を登り始めた。エントランスに、コツコツという霊夢の靴音だけが反響する。静寂に包まれている。

 故に、刹那紛れ込んだ異音に、霊夢はいち早く反応できた。

 金属が、それも鋭利な刃物のようなものが、空気を切る高音。

 大幣を振りかぶり、音がする方へ払う。キンッ! という金属音。大幣が何かを弾き、階段の手摺へ突き刺さらせる。

 それは大振りのナイフだった。白銀の刀身が光を放つ。

 

「あら、防ぐのね。面白い人間」

 

 いつの間にか、階段の踊り場に人が立っていた。メイド服姿の少女。氷のような美貌に、静かな殺意が垣間見える。

 なんだこいつ、いつの間にそこに。霊夢は様々な疑問を巡らせながら、一歩を踏み出した。

 

「……あんた、何?」

 

 少女は懐から金色の懐中時計を取り出すと、スカートの裾を摘まんで、慇懃に頭を下げた。

 

十六夜(いざよい)咲夜(さくや)。貴女の時を奪う者です」

 

 

 

 




ありがとうございました。
なんか今回薄味です。3000字弱です。だって推敲したらバチバチに削れちゃったもの。仕方ないね。ひとくちサイズって素晴らしい。おつまみ万歳。

見苦しい自己正当化もこのへんで、では、また次回。

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