けものわーるど   作:Nyarlan

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第八話 純白からの招聘

「待て……よしっ!」

「いただきますっ!」

 

 勢いよく僕が持つおにぎりにかぶり付くシーザー。そのまま手渡して、もぐもぐと咀嚼する姿を眺める。

 いや、これは彼女が「やらないとなんかムズムズする」って言うから仕方なくだね?

 ……こほん。まあ、そんなこんなでシーザーへおにぎりを届けに来た訳である。

 お腹を空かせたシーザーは早くも二つ目に口をつける。

 四つほど平らげたところでお腹が落ち着いたらしい彼女に蓋を開けたペットボトルを手渡した。

 

「これがおにぎり……色々な味があって刺激的ですね、美味しかったです」

「最初が鮭、二つ目が昆布、三つ目が梅、最後のがツナだね。何が好きかわからないから同じ数だけ入れてみたけど、ちなみにどれが好き?」

「こんぶ、が甘くておいしかったです」

 

 昆布か、また渋いところを突いてきたな。次があったら多めに入れよう。

 2Lあった中身の三割程が無くなると、彼女は満足そうな吐息を漏らす。

 

「美味しいご飯を頂いた上、お掃除までしてくださるとは……本当に、くおんさまには感謝してもし足りません」

「気にしないで、三隅さんには何かとお世話になってるから。あ、残ったおにぎりは置いておくから小腹が空いたらどうぞ」

 

 おにぎりをビニール袋ごと手渡すと、彼女の尻尾が激しく左右に揺れる。

 事実として、三隅さんから受けた恩は計り知れないものである。

 父が死んだ時なんて、半ばパニックになって右往左往していたところを各種手配や手続など親身になって手伝ってくれた。

 頼れる親戚がいない僕にとっては、とても有難いことだった。

 

「――そうだ、くおんさま。一つお耳に入れたい事があります」

 

 庭を掃除していると、何やら真剣な表情をしたシーザーが急にそんな風に話し掛けてきた。

 

「今朝あたりから嗅いだ事のないにおいが町の中から漂ってきてるんです。はっきりとしたことは私にも分からないんですが……」

「嗅いだことのないにおい?」

「はい、ヒトやけものなどのにおいではないと思います。何に例えればいいか、ちょっと思い付かないんですが……なんとなく、胸がざわざわします」

 

 そう言って、不安そうにうつむくシーザー。その尻尾は脚に巻き付いており、何かに怯えているような様子が見えた。

 

「この後もお出かけを続けられるようですし、心配です」

「……うーん、よくわからないけどシーザーがそう言うなら気をつけるよ」

 

 人とも獣とも違う、嗅ぎ慣れないにおい……ね。擬人化動物達のことを指してるのかと思ったが、彼女は今朝からと言っていた。それに彼女らは姿こそ変われどにおいは同じだと聞いている。

 ……これは、後で調べてみた方がいいのかもしれない。

 

 

※※

「……あれっ?」

 

 カートを押してスーパーマーケットまで到着した僕は、すぐさま異変に気が付いた。

 昨日訪れた時には点いていた照明が全て消えている。自動ドアも半開きのまま止まっており、停止していることが伺えた。

 それらの事から、僕はようやく一つの事実にたどり着く。

 

「停電、してる……?」

 

 停止した炊飯器、動かない自動販売機、そしてスーパーの現状。

 どこからどこまでかは不明だが、大規模な停電が起こっているらしい。

 我が家は幸いにも太陽光発電システムが搭載されているため、日が昇ってからは自立運転機能が働いていたはずだ。

 昨日、僕が眠りについたのは23時過ぎ。

 それ以降に停電が起こって炊飯器が停止、日が昇って我が家の太陽光発電が開始されたのだろう。

 なぜ、そんなにも長時間に渡って停電している? そもそも、隕石の前後ではなく、一日置いてからこの大規模停電。

 ……一体、何が起こっているのだろう。

 それに、シーザーが言っていた「嗅ぎ覚えのないにおい」とやらも気になる。ひょっとして、何かが――

 

「あっ、にんげんさん!」

「――うおあっ!?」

 

 思考を巡らせている最中に大声で呼びかけられ、心臓が飛び跳ねる。

 激しい動悸に思わず胸に手を当てていると、暗がりからひたひたと小さなシルエットが駆け寄ってきた。

 入り口で差し込んだ陽によって嬉しそうな顔をしたアライグマ少女の姿が照らし出されたのを認識し、僕は胸を撫で下ろす。

 

「びっくりした……君かぁ」

「ふはは、わたしなのだ! にんげんさんはわたしに何か用なのか?」

「いや、ちょっとカートを返しにね」

「……ん? それはわたしのじゃないのだ」

 

 そう言ってきょとんとする少女に、思わず苦笑がこぼれた。うん、まあ君にじゃなくてスーパーに返しに来た訳だからね。

 

「そうだ、ちょっと聞きたいんだけど、今朝までずっとこの中にいた?」

 

 一応、停電がいつ起こったのかわかる範囲で把握しておきたい。

 

「昨日ここへ帰ってきてからはずっとナワバリ内で食べ物を集めていたのだ! ただ、急に中が夜になったからびっくりして少しの間外に出てたけど……」

「それだ、その”中が夜になった”時、お月様はどの辺りにあった?」

 

 得意げな顔で語っていた少女だが、そう尋ねると少し虚を突かれたような表情をした。

 

「うぇ? うーん……たぶん、てっぺん辺りだった、かなあ? よく覚えてなくてごめんなさいなのだ……」

「ああいや、大体のことが分かればいいから。どうもありがとう」

「そうなのか? お役に立てたなら、わたしも嬉しいのだ!」

 

 どうやら、昨日の件で恩義を感じてくれているらしい。彼女はなんだかキラキラとした表情でこちらを見つめていた。

 ……せっかくだし、もう少し色々と聞いてみようか。

 

「もう一つ聞いてもいいかな?」

「なんだ? 何でも聞いてほしいのだ!」

「うん、今朝からなんだけど、この辺りで”人間でも獣でもない、初めて嗅いだにおい”とか感じたりしてないかな?」

 

 シーザーが感じ取ったという、人でも獣でもないにおい。それについて少しでも情報が欲しかった。しかし、少女は首を傾げる。

 

「うーん、今朝はほとんどナワバリの中に居たから外のことはちょっとわからないのだ。少なくとも、この中では変なニオイはしてないなぁ」

「そっか……うん、ありがとう」

 

 これについての情報は得られなかったか。

 あとは猫たちに聞くか、そこらの鳥に声をかけて尋ねるか……。

 そんなふうに思案していると。

 

「ふうん、なにか変なものでもこの辺りに来てるのか? そんなに気になるなら、わたしも探してみるのだ」

「え、いいの?」

「まかせるのだ! わたしも、結構鼻には自信があるのだ!」

 

 そう言って自信に満ちた表情で胸を張る彼女は、小柄ながらも頼もしく見えた。

 ここは厚意に甘えて、頼んでみようか。

 

「それじゃあ、お願いしようかな。もしかしたら危険なものかも知れないし、十分に注意して。もし見つけても、無闇に近寄らないよう――」

「そうと決まれば、さっそく調査開始なのだ!」

 

 言うが早いか、少女は近くにあった袋を引っ掴んで走り出す。

 

「あっ、ちょ……」

「きっと見つけてくるから、にんげんさんは楽しみに待ってるのだー!」

 

 慌てて注意を促そうとするも、その声は出入り口で振り向いた彼女の元気一杯な声にかき消されてしまった。

 矢のような速さで飛び出した彼女を追いかける術は僕にはなく、急速に小さくなって行く背中を見送るしかない。

 

「危ないことにならなければいいけど……」

 

 虚しく空を切った手をおろし、僕は小さくため息をついた。

 とりあえず、ここに来た目的は果たしたし「停電が起きている」という現状も知ることができた。

 ……アライグマの少女だけに任しておくのも申し訳ないので、僕自身も少しだけ町内を探索してみようか。

 

 

※※

 水のペットボトルを持てるだけ持った僕は(セルフレジが動かなかったので小銭は適当に置いてきた)重くなったリュックを背負いながら思い足取りで道を歩いていた。

 水道局の発電機がいつまで持つかは分からないので、帰ったら水道が止まる前に水をできるだけ確保しなければ……。

 

 町内は昨日と変わらず静まり返っており、人の気配は感じられない。

 古いスニーカーが地面を踏む音だけが辺りに響く様は、妙なもの寂しさを感じずにはいられない。こんな時に限って辺りには擬人化動物たちはおろか、普通の動物の姿すら見えないときた。

 

 ……しかし、よくよく考えてみれば「人でも獣でもないにおい」とは何なのか。

 何らかの物質が撒き散らされたのか、それとも未知なるなにかがいたりするのか。

 どちらにせよ、嗅覚に優れているわけでもない人間(ぼく)が探し回ったところで見つかるわけが無い。

 急に自分のトンチンカンな行動を自覚した僕は、一つため息を漏らして踵を返す。さっさと帰って水を貯めなければ。

 そう、思った瞬間。不意に、強い風が体に吹き付け、僕はたまらず目を瞑る。

 

――ざあっ。

 

「………っ!?」

 

 風が凪いだので目を開けてみると、僕は竹林の中に立っていた。風になびいた葉の擦れ合う音がやけに大きく聞こえる。

 足元は粗雑な石畳で舗装されており、目の前には小ぶりな()()が立っていた。

 

「――突然、呼びつけてしまって申し訳ありません」

 

 突然の事態に硬直していた僕の背へ鈴を転がすような澄んだ声が届いた。

――聞く者を落ち着かせるような、そんな女性の声だった。

 その声にどこか()()()()を感じた僕は、意を決してゆっくりと振り返る。

 

「あ……」

 

 ……振り返った先にあった光景に、僕は声を、体の自由を失った。

 見覚えのある、小さな社とこぢんまりとした狐の像。……そうだ、もう随分と訪れていないけど、ここは幼い時分に僕がよく遊び場にしていた場所。

 そして、苔生した二匹の狐の間には女性が立っている。

 

――白。白い女性だ。

 

 足元まで届きそうなほどに長く美しい白髪は、風を受け穏やかに揺れており。

 その髪の隙間から白く大きな獣耳がピンと空を指していた。

 首元にファーのついたブレザーやその下から覗くシャツ、そして膝上までのやや短いスカートや足袋、下駄やその鼻緒に至るまで、全てが純白。

 左腿には白い紐が結わえられており、胸元を飾る赤いリボンとともに強い存在感を放っている。

 

「あの……あなたは……」

 

 絞り出すように声を出すと、こちらを射抜いていた女性の金色の目が揺れる。

 女性の背後に見える、これまた白く、巨大な尻尾が地面に垂れた。

 尾に巻き付いた飾りであろうか、金色の輪が、陽を受けて煌めいている。

 次の瞬間、僕の身体は自由となった。どっと汗が噴き出す。

 

「――重ね重ね申し訳ありません、力の抑えが足りていなかったようです」

 

 そう言って、彼女は自らの失態を悔いるように目を伏せる。

 目の前の強い気配を放つ擬人化動物は――いや、違うな。

 

()()()()()……いえ、貴方にとっては()()()()()()でしょうか」

 

――それは人ではなく、また獣でもない者。

 

(わたくし)は稲荷神。イナリ、とでもお呼び下さい」

 

 正真正銘の神様が、微笑んでいた――。




(これってもしかして……神隠し!?)

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