けものわーるど   作:Nyarlan

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第十六話 ヤタガラスの使者

 おねーさんが見せてきた石は、出発するときにシーザーが持たせてくれたおまもりにそっくりだった。

 

「石の反応を追ってきた場所であの怪物に襲われていたあなた方のどちらかはこれと同じものを持っていると思うのですが」

「えーと、ひょっとしてこれ、かなあ?」

 

 首からかけてた小さな袋を毛皮の隙間から取り出して、中身を見せるとおねーさんはぱあっと顔を明るくなった。

 

「そう、それです! 私達は先程あなた方を襲っていた怪物を排除するためその石を集めているのです、それで……」

 

 この石でどうやってあのオバケを退治するんだろう、そう思っていると、カラスの子に支えられてジョンがこっちにやってきた。

 

「いてて……悪い、助かった」

「構わない、物の怪を調伏するのもまた我々の役目だからな」

 

 ジョンは怪我してるみたいで、片足を引きずってる。石のことは一旦置いておいて、ジョンに駆け寄る。

 

「ジョン! 大丈夫だった!?」

「ああ、ちょっとばかり足を挫いちまったが大体無事だ……そっちもどうやら平気みたいだな」

「怪我したの!? ちょっと見せて、えっとね……」

 

 慌てて確認するとジョンの足首が赤く腫れ上がっていた。

怪我した足におまもりを近づけると、きらきらした物がおまもりから溢れ出してジョンの足首に吸い込まれていった。すると見る見るうちに腫れは引いて、あっという間に治ってしまった。

シーザーの言ってた通りだ、すごい。

 

「うぇっ!? なんだこれ、痛みが引いた……?」

「これはね、お守りなんだって。怪我を治せるの! 凄いでしょ!」

 

 そう言って胸を張ると、ジョンはしげしげと石を眺めたあと、おねーさんの方に向き直った。

 

「へぇ、便利なもんがあるんだな……ところで、そっちの人間のねーちゃんは誰なんだ? このカラスの飼い主か?」

「あ、そうだ。このおねーさんはえーと、くない……?」

 

 くない、なんだっけ。そう思って顔を見上げると、おねーさんはまだ苦笑いを浮かべた。

 

「宮内庁という所で働いている賀茂 涼子と申します。そちらの式神――カラスはキン。私達は訳あってこういう石を集めているのですが、あなたは持っていませんか?」

 

 目の前に出されたそれの匂いを嗅いだジョンは、首を横に振る。

 

「ほーん……いや、オレは持ってねぇな。あー、そこのカラスがちっこいの拾ってたのならさっき見たが」

「ほう、見ていたか。いかにも、あの怪物共が落とす石こそ我々が集めている物だ……尤も、適切に処理しなければたった数時間で跡形もなく空気に溶け消えてしまうのが困り物だが」

 

 カラスの子はため息をつくと、こっちに手を差し出してきた。

 

「という訳でだ、その石を渡して貰えないか? その石からは稲荷神の力を感じる。君があの御方が仰っていた運び手だろう?」

 

 そう言って伸びてくる手から、とっさに石を抱き込んで守る。

 

「えっ、だ、だめだよ。これはにーちゃのだもん!」

「む? どういう事だ?」

「これはにーちゃの持ち物なのっ、持ってたらケガが治るからってシーザーがおまもりに持たせてくれてるだけなの」

 

 そう言うと、ふたりは困ったように顔を見合わせて、おねーさんが一歩進み出て膝をかがめて目線を合わせてくる。

 

「うーん、そのお兄さん? は人間の男性ですよね?」

「え、そうだけど……なんで?」

「私達はとある神様――お稲荷さまから人間の男性にその石を預けたと伺っているんです。私達“八咫烏”へ受け渡すように頼んだと」

「そしてその石からは確かに稲荷神の力を感じる。それは君の兄が我々に届けるため所持していた物だとこちらは思っている」

 

 二人の言葉にどうしようと迷っていると、二人との間にジョンが割り込むように立った。

 

「まあまあ、それならコイツの飼い主に直接聞けばいいだろう? それでその飼い主はちょっと雨で体調崩してるらしくてさ、クスリ探しに来てんだけど、どれが必要か教えてやってくれねえか」

 

 ……そうだ、お薬を探しに来てたんだった! すっかり忘れてた。

 ヒトのおねーさんならにーちゃに必要な薬も分かるだろうし、一緒に探してもらえばいいんだ!

 

「雨……ふむ、石を運ばせておいてそれを助けないというのは忍びない。ここは助けるのが筋だと思うが、どうかなご主人」

 

 キンちゃんが聞くとおねーさんは少し考えてから頷いた。

 

「そう、ですね。この事態とはいえ、わざわざ危険を冒してまで石を運んでくれた方に礼の一つもしないまま受け取って去るのは良くないですね。兄弟子達には少し待ってて貰うことにしましょう」

 

 やった! これでにーちゃを治すおくすりが探せる!

 

「それで、そのお兄さんの症状を教えていただけますか?」

「えっとね……」

 

 雨に濡れたこと、体が冷たくなっていたこと、激しく震えていたからみんなで服を脱がして毛皮で包んで温めたことを伝える。

 

「聞いた限りでは軽度の低体温症でしょう。クーさんたちの対処も的確で問題ありません、安静にしていれば元気になるはずですよ。となると、必要なのはまず乾いた着替えと雨具、温かい食事といったところでしょうか?」

 

 おねーさんの言葉で、肩の力が抜ける。

 よかったぁ、にーちゃは大丈夫みたい。やっぱり寒いときはあっためるのが正解だよね。

 

「この気温の中濡れた服を脱がずに過ごすとはなんとも浅はかな。大方周りが女だらけで気後れしたのだろうが、中身は獣なのだから気にする事もなかろうに……」

 

 呆れたようなキンちゃんに、おねーさんは苦笑いする。

 

「まあ、こうもかわいい女の子に囲まれてちゃ緊張もするでしょ。幸いにもここは商店街だし必要なものはすぐに揃うわ、手早く集めちゃいましょう。……さて、クーさんはそのお兄さんが着ていたものと同じくらいの大きさの服と、下着も忘れずに探して下さいね。ジョンさんは雨具をお願いします。『傘』は分かりますか?」

 

 おねーさんがそう聞くと、ジョンは頷いた。

 

「雨の日にニンゲンが持ってるやつだろ? それならわかるぞ」

「ではお願いします。私達は温かい食事を作るためのものを集めてきますので、各自確保できたらここに集まりましょう」

「わかった!」「ちゃっちゃと探してくるか」

 

 さっきの服があった場所に急ごう、はやくにーちゃを元気にしてあげなきゃ!

 

 

 

「……はい、とりあえずこれでひと揃えありますね。サイズが合うかは分かりませんが、とりあえず凌ぐ事はできるでしょう」

「よかったぁ!」

 

 持ってきた服をおねーさんに見てもらったけど、問題はなさそうでよかった。

 何本か傘を抱えたジョンは自分でも頭の上に傘を広げていて、かなり弱くなった雨粒が跳ねる小さな音を立てている。

 そういえば、かみなりももう鳴ってないね。

 

「必要なものは揃ったな、とっとと向かおう。場所はどこだ?」

 

 キンちゃんが袋を抱えながらそう言うと……。

 あれ、そういえばどっちから来たんだっけ……?

 

「ど、どうしよう、どっちから来たかわかんなくなっちゃった!」

「ええっ!?」

 

 おねーさんはあんぐりと口を開けて、キンちゃんは手のひらで目を覆う。だって、だって、必死に走ってきたから……。

 どうしようどうしようとあわてていると、ジョンが苦笑いを浮かべながら近づいてきた。

 

「たしか、クーの仲間の中に犬のやつがいるって言ってたよな? この姿になる前、どんな大きさの犬だった?」

「え? えーと、すごく大きかったよ」

「大型な。ちょっと、これ持っててくれ」

 

 差し出された傘を受け取ると、ジョンは深く息を吸う。そして暗い空へ向けて力強い遠吠えを上げた。長い声が響き渡ると、しばらくして遠くからいくつかの遠吠えが返ってくる。

 ジョンはその声に耳を傾けて、しばらくすると頷いた。

 

「……よし、多分あっちの方だ」

「えっ、今のでわかるの!? すっごい!」

 

 びっくりしてそう言うと、ジョンはほっぺたを掻きながら顔をそらした。……あれ?

 

「まあ、確実かって言われるとちょっと自信ないけどな」

「えー」

「そんなハッキリと意思疎通できるわけじゃないからなぁ。まあ、なんの宛もなく駆け回るよりはマシだろ」

 

 たしかにそうだけど……うー、大丈夫かなぁ。少し不安に思っていると、キンちゃんがこほんと咳払いする。

 

「まあ、空から探せば見覚えのある場所くらい見つかるかもしれん。ご主人とキミの二人くらいなら同時に運べるが……」

 

「オレはここでお別れだな。ついていってやりたいのは山々だが、オレには家で家族を待つという仕事がある。家主の留守に家を守るのも番犬の役目だからな」

 

 そう言って、ジョンは笑顔を浮かべた。

 ……寂しいけど、仕方ないよね。短い間だったけど、ジョンにはこれまでたくさん助けてもらっちゃったもん。

ジョンに向けてこっちも精一杯の笑顔を返した。

 

「……わかった。ここまでたくさんありがとうね、おくすりの場所も、オバケから守ってくれたのも、傘を探してくれたのも!」

 

「困ったときはお互い様さ。オレも隕石とやらの事を知らなきゃ、アイたちを疑ったまま不安な日々を過ごすハメになってたからな。こっちこそ、ありがとうだ」

 

 ジョンが笑顔で差し出してきた手を、ぎゅっと握る。

 

「落ち着いたら、また会おうね!」

「ああ。その時はアイを紹介してやるから、お前も飼い主さんたちを紹介してくれよ、きっと仲良くなれるさ」

「うん! じゃあ、またね!」

 

 おねーさんたちの側に駆け寄ると、後ろを振り返ってジョンへ大きく手を振る。ジョンも笑って振り返してくれた。

 

「もういいんですか?」

「うん! にーちゃたちも待ってるから!」

「わかった。それじゃあ、私の背中に掴まってくれ」

 

 服を入れた袋と傘をしっかりと背中にくくりつけて、キンちゃんにしっかりとしがみつく。それを確認したキンちゃんはおねーさんを抱えると、頭の翼を羽ばたかせてゆっくりと上昇し始めた。

 

「あまり速度を出すつもりはないが、落ちないようにな」

「うん! ……あれ?」

 

 変なことに気づいた。まだ少しだけ雨が降っているのに、全然体に当たらない。それに、風も全然ないみたい。

 ちーちゃんの背中につかまって飛んだときはすごく冷たい風が吹いていたのになんでだろう。

 

「……あ、雨風が避けていくことが不思議なんですね?」

 

 首を傾げていると、おねーさんがキンちゃんの肩越しに覗き込んできた。その表情はなんだか得意そう。

 

「雨風を避ける術を使っていますので、こうして空を飛んでいても濡れないし寒くもないんですよ」

 

 だからおねーさんは雨の中でも濡れてなかったんだ。こんな高さを雨の中移動してたらすごく寒そうだし、すごくいいな!

 

「これ無しでこんな移動をすれば、人間など凍えてしまうからな。なかなか使えるだろう? 流星の力抜きでは五分と持たないが」

「……キン〜、余計なことは言わないの。むしろ、五分でも使えるだけ褒めてほしいくらいだわ」

 

 おねーさんは拗ねたようにそう言う。

 

「ほんの数百年前まではこの程度の術を使えた程度で威張れるものではなかったんだがなぁ。やれやれ、陰陽師も落ちたものだな」

「まだ妖怪がその辺を歩いてたような時代と比較しないでよ……あ。ご、ごめんなさいね、目の前でごちゃごちゃと……」

 

 そう言って謝るおねーさん。でも、なんだか二人とも楽しそう。

 

「二人ともとっても仲良しなんだね!」

「ふっ、ご主人がまだオムツをしていた頃から知っているからな、気持ち的には親戚の子のようなものだ。あの頃は――」

「やめやめ! 初対面の子にまで私のおもしろエピソードとか語らなくていいから!」

 

 顔を真っ赤にしてそう言うおねーさんに、キンちゃんが笑う。

 

「いや、クー殿を退屈させてはいけないと思ってな。……おっと、下はちゃんと見ているか? 飛び始めてしばらく経つが」

 

 あっ、そうだった、にーちゃたちの待ってる場所を探さなきゃ!

 

「えーと、えーと……あっ! あの橋の下に見えるやつだよ!」

 

 周りを見渡すと、少し先に探していた場所がちょうど見えた。

 すごい、ジョンはちゃんと合ってたんだ!

 

「わかりました、高速道路の高架下に見えるあのコンビニですね。キン、あそこへ降下して」

「あいよ、ご主人」

 

 キンちゃんがゆっくりと下へ降りていく。まっててねにーちゃ、もうすぐあったかいもの持っていくからね!

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