けものわーるど   作:Nyarlan

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変化した世界
第七話 違和感


――気付けば僕は暗い部屋の中で横たわっていた。全身はきつく縛り上げられてでもいるのか、身動きが取れない。

 

「お目覚めかな?」

 

 男の低い声が部屋に響く。視線だけで声の主を探すと、仰向けになった僕の頭の側に一人の男が立っていた。……不気味な男だ。

 彫りの深い顔をした男の目元はサングラスで隠されており、その表情は読み取れない。

 黒いスーツに身を包んだ男が、口元を歪めて笑う。

 

「早く吐いた方が身の為だぞ」

「絶対に、教えるもんか」

 

 僕の口をついて出たのは、そんな言葉だった。……はて、何を教えてはいけないのだろう。まるで現実感がない。

 男は僕の返答に不満らしく、顔を再び仏頂面に戻す。

 

「そうか、ならば吐きたくなるようにしてやらなくてはな。だがその前に、もう一度だけチャンスをやろう。猫の女はどこだ」

「……知らないね」

 

 猫の女……そうだ、クーの事だ。

 

「あとはアレさえ捕らえお前の記憶を消せば、今回の異変は無かったことにできる。人類はああいった存在を知らないほうがいい」

「黙れ!」

 

 男は大袈裟に肩を落とし、やれやれといった表情でため息をつく。

 ……いつの間にか、男の両手にはそれぞれ何かが握られている。

 一つは真っ白な()……枕?

 そして、もう一つは。

 

「や、やめろ! それで何をするつもりだ!」

「頭蓋骨を削る。何度か繰り返せば、お前もお話がしたくなるはすだ」

 

 そうやって僕の目の前で、金属の()()()を揺らす男。錆に覆われたそれは、見るからに恐ろしく、僕は全身の血の気が引いて行く思いだった。男は僕の顔にふわふわした枕を押し当てる。

 ……妙に柔らかくて心地がいい。だが、息ができない。

 

「さあ、まずは五回から行ってみるか。ひとーつ……」

「〜〜〜っ!」

 

 ザリザリザリ……脳内に皮膚を削る音が響く。最初だから加減しているのか、意外と痛くはない。皮膚がヒリヒリする。

 

「ふたーつ……」

「〜〜っ!!」

 

 同じ場所が擦られる。力加減は先程から変わらないが、先程よりも強い痛みが走り、思わず身悶えする。

 ――どこかから電子音が聞こえる。

 

「よーっつ」

「〜〜っ!! あ゛っ!」

 

 痛みは激痛へと変わり、体が痙攣する。呼吸ができない。

 ――甲高く耳障りな電子音が、脳を強く揺さぶる。

 

「いつ〜〜」

「〜〜〜〜〜ッッ!!!!」

「ひゃあ――!?」

 

 死に物狂いで体を強くよじると、どこか聞き覚えのある悲鳴が耳に入り。

 

Pi Pi Pi Pi Pi Pi――――カチャン。

 

「ううー、びっくりしたあ……」

 

 目を開けるとすぐ横の床でクーがひっくり返っている。ゆっくりと辺りを見回せば、見慣れた自室のベッドの上であった。

 

「……痛っ」

「どうしたの?」

 

 目覚ましに叩きつけていた手を頭頂部を触れると、そのあたりの髪の毛はぐっしょりと湿っており、頭皮はヒリヒリと痛んだ。

 ――ああ、つまりだ。夢だったらしい。

 

※※

「うう〜っ、ごめんねっ! 痛くするつもりなんてなかったの!」

「わかってるよ、でもやめてね……でないとまたハゲちゃうから」

 

 涙目で謝るクーの頭を撫で付け、シャワーの準備に取り掛かる。

 あの悪夢の原因は、なんてことはない。仰向けに寝る僕の上に寝そべったクーが僕の頭をホールド、毛づくろいを始めた事だ。

 ヤスリは彼女の舌で、顔を覆った枕は彼女の胸である。……小柄な割にはなかなかに。

 ただの猫だったときも枕元に座って頭を舐めてくれていた事があるが、それが原因で小さなハゲが一時期発生した。しばらくナイトキャップを被って寝ていたらスッパリやめてくれたので忘れていた……。

 言葉が通じる今ならば言えばやめてくれるので、やはり会話できるのは素晴らしい事だと改めて感じる。

 

 

「あれっ? 炊飯器が止まってる」

 

 シャワー上がりに炊飯器を確認すると、米が炊けていなかった。

 

「クー、炊飯器触ったー?」

「すいはんきってなーにー?」

 

 キッチンまで来たクーに見てもらったが、彼女は触っていないという。……押し忘れたかな? 一応後でチビ助にも聞いてみようと思いながらもお急ぎのスイッチを押す。

 次はチビ助の服だ。

 ずくずくに濡れたチビ助の黒いセーラー服その他は、洗剤で洗って大丈夫なものか分からなかったので脱水だけした後ベランダに干していた。

 

「――よし、しっかり乾いてるな。あとはもとの性質を取り戻してるかだけど」

 

 脱ごうとした瞬間に撥水性が消えたので、着直したところで性質が戻るかは分からない。まあ、駄目ならこちらにはどうもできないけど。

 

「チビ助、起きてるか?」

「起きてるわ」

 

 彼女を泊めた父の部屋を軽くノックすると、返事があったのでゆっくりと扉を開ける。ダサいジャージ姿のチビ助が父の机に座っている。

 よく見ると、置きっぱなしにしていたアルバムが開いてあった。

 

「アルバムを見てたのか」

「うん? ええ、ニンゲンがよく持ってるものが置いてあったから気になって。ニンゲンは景色を切り取ってしまっておけるのね」

「写真、っていうんだ。思い出を残すためのものだよ」

 

 ペラペラとめくれば、何枚もの懐かしい写真が目に入る。

 

「これ、あなたの親かしら? なんとなく似てる気がするわ」

 

 彼女が指さしたのは子供の頃に父と並んで撮った写真だった。

 

「これが昔の僕で、こっちが父さん。……死んじゃったけど」

「そうなの? ニンゲンって長生きだって聞いたけど」

「数年前に事故でね……それよりほら、乾いたから着替えなよ」

「あ、あたしの羽毛! 乾かしてくれたのね、ありがとう」

 

 洗濯籠を渡すと、チビ助は嬉しそうに顔をほころばせる。やはり着慣れた……着て生まれた? 服の方が良いのだろう。

 

「それじゃ、僕は下降りてるから着替えたら降りてきて。ご飯にするから」

「ごはん! わかったわ!」

 

 いうが早いかジャージを脱ぎ捨てるチビ助に、僕は慌てて背を向ける。これだから彼女らは心臓に悪い……。

 なおチビ助は服の着方が分からなかったらしく、数分後に辛うじて着れたらしいインナー+パンツのみの姿で泣きついて来た。僕もセーラー服の着方なんて知らないよ!!

 

 

「なんか最初と違う気がするわね……」

「うん、スカーフがなんか変になってるのは僕にもわかるけど、どう付けるのが正しいのかよく知らないんだよね」

 

 なんか絶妙にだらしない着方になってしまい、ちょっと不良っぽい姿に。これに関してはもう人間の女性に出会ったときに聞くしかない。

 

「とりあえず、朝ご飯にするか。用意してくるからクー起こしといて」

「まかせて! ほらクー、起きなさい」

「うにゃー?」

 

 ソファで寝ているクーを揺り起こすチビ助を後目に、キッチンへ向かう。まあ、朝だし簡単なものでいいだろう。

 

 

「お魚だ、おいしー!」

「甘くておいしい……」

 

 ご飯としじみの味噌汁(インスタント)、そしてサバの味噌煮(缶詰)。ちょっと手を抜いたけど、普通に好評な様子。美味しいよね、サバの味噌煮。

 サバの身をほぐし、タレに漬け込んでから口に含んでご飯を一口。咀嚼、嚥下。……うまい。

 

「あ、そうだ。昨日のオムライスとサバの味噌煮、どっちが好き?」

「お魚かなー!」

「……そっかー」

 

 ニッコリと答えるクーに、内心崩れ落ちる。調子に乗って余計な事を聞かなけりゃ良かった……!

 クーはどちらかというと味が濃いものが好みらしい。そういえば、鶏ガラスープのラーメンも美味しい美味しいと食べていた。

 

「あたしはオムライスかなー、あのトロトロした卵が好き!」

 

 頬に手を当てて答えるチビ助に、グッ、と心の中でガッツポーズを取る。

 メンタルへのダメージは最低限に抑えられた……チビ助、グッジョブ。

 

 お行儀は悪いが、やいのやいのと喋りながら取る食事がこんなに楽しいものだとは、久しく忘れていた感覚だった。

 テレビを見ながら、おかずをねだりにくるクーを押し留めながら食べる食事も悪いものではなかったが。

 そうこうしているうちに、皆食べ終わり、後片付けの時間となる。

 チビ助は昨日と同じく手伝いを申し出てくれたので、ありがたく受ける。そうしてやってきたキッチンで、チビ助がある物を目ざとく見つけた。

 

「……あら、これは何? おコメの匂いがするけど」

「おにぎりだよ、外で主人の帰りを待ってる犬の子がいてね。お腹を空かせてるから持っていってあげるんだ」

「へぇ、おにぎりかぁ……」

 

 話を聞きながらも、チビ助の視線はおにぎりに注がれている。

 

「……多めに作ったし、ひとつ食べるか?」

「いいの? ありがとう!」

「洗い物終わってからね」

 

 はーいと元気に返事する食いしん坊に苦笑をこぼしながら洗い物を進める。まあ、お駄賃代わりだ。

 溜め込んでいるわけでもないので、皿洗いはすぐに終わった。

 

※※

「それじゃあ、僕は外出するけど……」

「お昼寝してるね!」

「あー、仲間がまだ怒ってるかもしれないから、あたしもちょっと……」

 

 ……けものなのに出不精なやつらである。

 おにぎりと水筒、その他を詰めたリュックをスーパーのカートに載せ、二人に見送られながら出発する。

 さあ、まずはシーザーにおにぎりのデリバリーだ。

 

 朝の静かな道を、ガラガラと金属音を立てながらカートが進んでゆく。

 空を見上げれば、擬人化した鳥と見られるシルエットが遠巻きにこちらを見ているのが見えた。音が気になったのだろう。

 気まぐれに手を振ってみると、ちょっと間を置いて振り返してくれた。思ったより好意的な反応が帰ってきて嬉しくなる。

 しかし、今日もまだ人の姿は見えない。いかに交通機関が動いてなかろうと、車なりなんなりで帰ってくる事は可能だとは思うが……。

 そんなことを考えていると、近くでガシャガシャという妙な音が響くのが耳に入ってきた。何事かと思って見に行くと、一人の少女が自販機の取り出し口から必死な様子で手を突っ込んでいた。

 すわ自販機泥棒かと焦るが、少女の頭には翼がある。彼女も擬人化した鳥らしく、おそらく悪気はないのだろう。

 

「あのー」

「わっ、びっくりした……なに?」

 

 余程夢中になっていたのか、こちらの接近に気づいていなかったらしい。声をかけると少女は酷く驚いた様子で振り向いた。

 その風体はチビ助のそれと同じであり、彼女もまたカラスであろうことがわかる。

 二人を並べれば「同じ高校の学生さんかな?」と思うだろう。

 猫たちを見て察してはいたが、種族ごとに服装が決まっているのは確定らしい。

 怪訝な顔をする彼女に改めて話しかける。

 

「驚かせてごめん。それはお金を入れないと中身を取り出せないよ」

「それは知ってる。今まで集めたキラキラを入れたのに出てこないの……」

 

 そう言ってカラスの少女は握り締めていた物をこちらに見せつける。

 どこかから拾い集めたであろう、ひどく汚れた小銭だった。一円玉や十円玉がほとんどだが、百円玉や五百円玉まで見える。

 

「この大きいのはレアなのに、もうみっつも入れちゃった……それなのに何も出てこないし……わたしのキラキラ返してよぉ!」

 

 そう言って自販機を揺する少女。ホントにガタガタ揺れてるから驚きだ。

 しかしそれだけ入れて出てこないとは、ボタンを押してないのだろうか。

 そう思って自販機に目をやると。

 

「あれ、自販機の電源が落ちてる……?」

 

 目の前の自販機は消灯されており、どうやら電源が入っていない様子。

 もしやと思って釣り銭口を漁ってみると、ジャラジャラと大量の小銭が入っていた。

 

「あっ、それわたしのキラキラ! どうやって出したの?」

「ここから出てきてたよ。今はこれ、使えないみたいだね」

「ええーっ、これ使えないの? まあ、キラキラ戻ってきたならいいか」

 

 彼女はがっかりした様子で小銭を受け取ると、隣にあるもう一台の自販機に小銭をジャラジャラと入れ始める。

 しかし、やはりそちらも電源が入っておらず、釣り銭口から出てくる。

 小銭を取り出すと、彼女はため息をついて項垂れた。

 

「うーん、こっちも駄目みたい……。あ、キラキラの取り出し方教えてくれてありがとね! 他に使える箱がないか探してくる!」

「あ、うん」

 

 そう言って、彼女は飛び去ってしまった。……白、いや何でもない。

 しかし、自販機が停止しているのは何故だろう。壊れたのか?

 ……いつまでもここにいても仕方がない早くシーザーの所へ行くか。




ガチャリ
「にーちゃおはよー……あり?」
「んふふ、ぐっすり。よい、しょっと」ノシッ
「かみのけボサボサだよー」ザリザリ
「むぐぐぐ……!」
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