剣と魔術とSFガジェット!   作:hige2902

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第六話 キルティ

「ちょうどおまえの話を聞いたところさ」 クロムはギレハを顎で指して言った。 「こいつ、おまえに殺されるって大慌てだぜ。本当なら警務沙汰だ」

「まさか、被害妄想だろ。おれは魔術が使えないんだ。逆立ちしたって機殻使いのこいつには勝てんよ」

「黙れ、てめえ、おれの部下を殺しやがったろ」 ギレハが額の汗を拭って続ける。 「クロムさん、こいつは<アズトリツカ>から機殻を借りたんです。セキュリティの掛かってない、セキュリティ・クリアランスはわからんが、機殻を」

「ギレハよお、おまえだって伊達に<チャーチス>仕切ってる訳じゃないし、【グリーン】の機殻持ってんだろ? 返り討ちにすりゃ済む話じゃねえか」

「殺してない。ボコっただけだ。もういいか?」 おれはクロムを見やる。 「用があるのはこいつだ」

 

「それはおれが決める事だ」

「あ? なに言ってんだ」 おれは眉をひそめた。

「いくら出す?」

 

 それを聞いてギレハは空笑いする。

「お、おいおいクロム、それじゃ話が違うだろ。ついさっきおれは二百万積んだんだぞ」

 

 クロムが熱の無い瞳だけをギレハに向けた。

 

「二百万キップ払ったんですよ……クロム、さん」 委縮して言い直した。

 

「そいつは<アズトリツカ>からガラ躱す為の金だろ。こいつが<アズトリツカ>のメンバーか? え? 違うだろ」

「金なんてねーよ。あんたの情けは滞納してた家賃に充てた、それでも足りねーんだ」 おれはポケットからラムス地区で女店主に払う用の物理通貨を取り出し、作業机に叩きつける。 「これでしまいだ……クロム」

 

 クロムが熱の無い瞳だけをおれに向ける。

 おい、口に気を付けろ! と外野からギレハがヤジを飛ばす。おれはクロムから視線を外さずに言った。

 

「いまさら敬意もクソもあるか? クロム。おれが決めるだと? 寝言は寝て言え。ギレハがおれの周りの人間に危害を加えようとするなら、おれの殺意は現実だ、こいつは夢じゃない」

「ガキが粋がるな」 クロムが底冷えする灰色の眼でおれを見据える。 「殺意は現実でも、殺害はまだ夢だ。こんな老いぼれが、ラムスのチンピラ相手にどうして金貸し出来ると思う? あそこはおれの仕切りだ。ラムスのギルドもその例外じゃ無い。ガタガタ抜かすな」

 

 おれは物理通貨を叩きつけた手のひらを作業机から離し、クロムを見下ろす。すぐ目の前で睨みあう老人の気配は堅気のそれじゃないが、バランタインさんの事で引く気はなかった。ちょっと前のおれなら、へーこらしてた。

 ポケットに手を突っ込み、機殻輪を握りしめる。普通の金属とは違っておれの体温が伝わってないのか、僅かに冷えた感触がある。頭を冷やせと言われているようで、手の力を緩めた。大丈夫、おれにはDmicDとKⅢ+がある。ビビるな、フィルスどもは克服した。ここまできて、うやむやにされてたまるか。

 

 おれの出した金額を覗きこんだボスが安心して吐息をつく。

 

「そりゃ、そうか。考えてみりゃこいつが大金を持ってるわけない。十万キップ追加で出しますよ、クロムさん」

 

 幻影財布を操作しているようだ。

 こいつ、部下には物理通貨しか寄越さないくせに、じぶんはちゃっかりと幻影通貨で蓄えてやがった。

 

「足りんだろ、これじゃあ」 と、クロム。幻影財布を眺めて言った。

「へ? じゃあいくら払えば……」

「こいつは有り金全部吐いたんだ。おまえもそうするのが筋だろ。それで対等というもんだ。金額の過多はその上での判断材料だ」

「有り金全部って、冗談でしょう?」

「眠たい事言うなよ、ギレハ。居眠りの間に、こいつが大人しくしてるとでも?」

 

 ボスは恐る恐るおれに視線をやってから、震える声を出す。

 

「本当に、本当に全財産を出せと」

「くどい。だいいちおまえにゃあ<チャーチス>があんだろ。隠遁生活でも裏で指示出してりゃ遺物の裏取引で儲けは続けられる。今回は<アズトリツカ>に手ぇ出した授業料だと思え。それとこいつの周りの人間に手を出さないのが条件だ……それに忠告はしたんだんだがな」 目でおれを指して面白そうに続けた。 「こいつの扱いには気を付けろって」

 

 それを聞くと、ボスは震える指で幻影財布を操作した。

 妙な事になったが、バランタイン家に迷惑がかからないのなら口を挟む必要は無い。

 

「送金、しました」

「……確認した。まあ安心しろよ、おれが」

『注、標的NDB内に電子通貨の残金百万――』

 

 おれは反射的に金槌を手に取りボスの右肩に振り下ろした。ぜい肉を打つ鈍い感触の奥で、ぱき、と骨が割れるのを感じた。ワンテンポ遅れてギレハが機殻を纏う。

 

「クロムさんっ! こいつ、クソ、あっああイッてえだろうが!」

「てめーおれの殺意をケチってんじゃねえよ」

「なんの事だよ!? ぁあ! ……おれはな……おれはおまえなんかよりクロムさんとの付き合いは長いんだよ! おまえと違って敬意ってもんが!」

「百万キップあんだろ」

「なに言っ、あるかよ!」

 

「ギレハ、おれの手下付き添わせて、おまえが王国銀行でNDBから全額預金したいと言った後に紙面で残高参照すればそれでわかる話だ。一度なら許す」

「そんな、おれがクロムさんを欺くなんて……」 とギレハは焦りながら機殻を格納し、落とした幻影財布を拾い上げて確認した。 「……あ、すみません、見落としてました。指が震えちまって、うまくタイルを操作できなくて」

 

 盛大に固唾を飲むギレハに、おれは釘を刺す。

 

「<チャーチス>だけじゃなく、部下使っておれの周りの人に害を加えたり、姿をチラつかせて怯えさせたらクロムを殺してから殺しに行くからな」

「その辺、わかってるよなギレハ。<チャーチス>の酒場の女にも気を付けろよ。こいつはこれで義理堅い。わかったか? わかったら行け」

 

 ボスは割られた右肩を左手で庇い、おれを視界に入れないようにして店を飛び出た。

 なんとも締まらない幕引きだが、【グリーン】の機殻使いとの戦闘を回避できたと考えれば悪くない。小さく嘆息し、扉に手を掛けると声が投げかけられる。

 

「わかってると思うが、あいつに手を出すなよ。おまえの大切なもんに手を出されたくなけりゃな。逆もまた然りだから安心しろ」

「それでギレハは財産と引き換えに安全を手に入れるわけだ」

「その通り。おまえにビビらず、返り討ちにしていればのギレハを別にして。小心者に感謝だ、大儲けさせてもらった」

「そうかい」

「そう邪険にするなよ。幻影財布出せ、最後の百万はおまえの取り分だ」

 

 黙って受領タイルを触る、六十五万の入金に。

 

「この手のも三割取るのか?」

「まあな。で、なんでギレハのNDBに残金があると知ってた、それも正確に。というより、わかったのか」

「カマかけただけだよ。あんただって薄薄気付いてたんだろ。なんで見逃そうとした」

「やつとはそれなりに長い。多少は目をつむるが、知ってしまえば回収しなきゃならん。メンツの問題さ。引っ掛けで肩をぶっ壊すかね。確信があったんだろ」

「無料のものは秘密じゃない。それに、知ったら後悔するぞ」

『警、非公開の戦術の露呈。情報取得者を即時殺害の場合は可』

 

 十万の送金があった。おれは答えを口にする。

 

「勘だ」

「言うようになったじゃねえか」

「後悔すると言ったろ。だいたい、期待してねえくせによ」

「まあな。フィルスたちは殺したのか」

 

「だとしたら?」

「やけに落ち着いてるじゃねえか」

「いわゆる、初めて人を殺した時の葛藤とか、罪の意識による苦悩で吐きそうになったりするやつは迷宮の小部屋で済ました。誰も期待してないだろ、うじうじと後悔してるところ。見たかったか?」

「それもそうだな。おれを殺したいか」

「……ギレハを殺すと、ひょっとしたら<チャーチス>のメンバーが報復しに来るかもしれん。全員を殺すのが理想的だが現実的じゃない。だからあんたは渡りに船だった」

「そうか、わかってるならいい。軽率だったな、もうちょっと地盤を固めないとフロム・バレルに迷惑かかるぞ」

「わかってる」

 

 おれが今度こそ去ろうとすると、また呼び止められた。うんざりして言葉を吐く。

 

「なんだよ。なれ合いがしたいわけじゃないだろ」

「それ、おれの仕事道具」

 

 おれは固く握りしめていた金槌をすっかり忘れていた。元あった場所に戻す。

 

「いつもの検問所で<チャーチス>のメンバーが出てくるところ待っててみろ」

「何がある」

「おれからの餞別さ。これでおまえも、本当にいっぱしの冒険者って訳だろ? 違うか? また気が向いたら来いよ」

 

 食えない爺さんだ。

 「もう来ねえ」

 「前も似たようなこと言ってたな」

 

 店を後にして日の暮れた道を歩く。小声でKⅢ+に尋ねた。

「なんでボスのNDBに残金があるとわかった。あと仮想通貨って幻影通貨の事だよな」

『NDBで取引できる情報のみの通貨を仮想通貨と呼称します。今後は幻影通貨に統一します。仮想ルーターを構築し、標的NDBがそのスポットを自動検出した際に自動鍵を流して口座情報を盗み見しました』

「相変わらずわかりにくい。他人のNDBを操れるのか?」

『不可、ユーザーであるあなた以外のNDBの操作を行う為の法的根拠がありません』

「あーそう。しかし、ツいてる。七十五万キップか。得したな」

 

 予期せぬ蓄えは喜ばしいが、とにかくおれは疲れた。身体の節節も痛む。眠い。いつもの帰り道よりも酷い。

 だが気分だけは、すこぶるよかった。それは、だいたい若手の給料の三ヶ月分とちょい程度の金が手に入ったからだけではない。

 フロム・バレルに着き、なんとなしに夜空を見上げる。輝かしい星星がきらめいている。生まれてはじめて、慰めではなく祝福されている気分になった。

 ポケットから機殻輪を取り出す。それは手のひら上で確かに存在していた。

 淡い藤色と深い群青色の露で描いた、夜明け前の空のような機殻輪。金で買われた夢じゃない、それが叶ったおれの現実だ。すぐにポケットに戻して玄関を開く。

 

「あ」

 壁に寄りかかっていたイネスがおれに気付く。

「うおっ、なんだよビックリした。なんだそんなところで」 とおれ。誰も居ないと思っていただけに驚いた。 「家の鍵失くしたのか」

 

 フロム・バレルに入ってすぐは共同玄関のようなものだ。バランタイン家の玄関はまた別にある。店子は階段を登った先。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ばか、別に……」

「そっか。とにかくお互い無事でよかった。あと、きょうは助かったよ。うまい具合に話を付けてくれたんだろ? だよな? 確認するが、おれは<アズトリツカ>のお尋ね者じゃないよな? な? 後で口裏を合わ」

 

 イネスは開きかけた口を閉ざし、むすっとして自宅の玄関を開け、勢いよく閉めて消えた。

 なんだよ。まあいい、礼も兼ねて、あとで何かお菓子でも送ろう。

 

 気怠い身体を引きずるように自室へ戻った。隣人の部屋を通り過ぎた時、そういえばおれのNDBってどうなってるんだっけ? と不安と疑念の首がもたげたが、今から扉を叩くのは面倒だった。この時間帯では叩き返されるだろう。インプラントの振る舞いは奇妙と言えば奇妙だが、一刻を争う難病というわけではない。後日でいい。

 今はとにかく、寝たかった。

 汗や血でどろどろの衣類を脱ぎ捨て、身体を拭くとさらさらと砂煙が落ちる。傷を塞いでいたナノ機だろうか。まあいい、朦朧としながら寝間着に着替える途中でベッドに倒れ込む。

 

 

 

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 翌朝おれは意外にも早起き出来た。というか、あまりの空腹で目が覚めた。

 そういえば、昨日はいろいろあってから何も口にしていない。戸棚には当然なにもないので外出しようと窓を跨ぎかけ、もういいんだったとドアを使った。

 せっかくなのでクロムの餞別を受け取りに、いつもの検問所の簡易食堂でまあまあの早すぎる朝食を取った。迷宮の出入り口が見える位置を陣取って、のんびりとコーヒーを啜る。薄い。

 そこそこの時間居座っているので、不良検査官に何か言われるかと思ったら目すら合わせてこない。もともと仲がいいわけでも悪いわけでもなかったが。

 

 ほどなくしてバタバタと迷宮から帰還した<チャーチス>のメンバーがハッチから出てくる。

 

「おう、ご苦労さん」 と、にこやかに不良検査官。

「まいどどうも」 と、<チャーチス>のメンバー。 「いやー今日は大量だった」

「たまにおたくらが羨ましくなるよ。いつも同じ場所で番なんてやってたら気が滅入るというか、嫌になる」

「そんなもんかね、迷宮の方が息が詰まる」

 

 いつものように不良検査官に袖の下を渡していた。頬杖を付いてその様子を眺める。レーティング・クリアランスのチェックの間、おれに気付いたメンバーが忌忌しげに言った。

 

「よおクズ野郎。どうやったか知らねえが、ボスに取り入ったらしいじゃねえか」

 

 メンツの問題なのか、どうやらボスはメンバーにハリボテを建てたらしい。あまり丈夫そうではないが。

 

「二、三日前にフィルスから聞いたぞ。おまえと仲いい女のガキがいるらしいな。ヤらせたんだろ」

 

 おれはまあまあのコーヒーを一口やって尋ねる。

 

「きょう、フィルスを見たか?」

「さあな」

「だろうなぁ」

「てめえそりゃどういう」

 

 どうせ直接手は出して来ない。煽るだけ煽ってやろう。というところで不良検査官が口を挟んだ。

 

「ほら、終わったぞ」 戦利品の入った袋と書類を丸めて手渡した。 「揉め事なら外でやってくれよ」

「わかってるよ」 メンバーの一人は愛想笑いで受け取っておれに言う。 「ちょっとツラ貸せよ」

「いいのか? ギレハに泣かされるぞ」

「話しするだけだろ? なに? もうボコボコにされるってじぶんでも思ってるわけ?」

 

 ギレハのホラ話には、どうやらクロムが出てこなかったらしい。これはちょっとマズい気がする。このアホどもは、本当におれがギレハに尻尾を振ったと思ってんのか? もし手を出されたら、おれはクロムにケジメをつけさせなきゃならん。出来るかどうかは別にして。

 朝食で使ったナイフとフォークを視界の端で確認する。

 

「ちょっといいか」

 

 剣呑な空気の中、不良検査官の一人がメンバーの肩を掴んだ。

 

「ここに迷惑はかけねえって、冗談だよ」

「それはどうでもいいんだけど、戦利品と書類を確認させてくれるか?」

「は? なんで」

「確認されちゃマズいのか」

「いやそういうわけじゃ……」

 

 ごろがら、と机の上に回収した遺物が袋からひっくり返された。検査官が、つい先ほど手渡した書類と照らし合わせて確認する。

 

「書類上の数と合わない」

「おいおい、冗談はよせよ」 メンバーは固い作り笑いで言う。 「確認したのはあんただろ。サインだってある」

「そうだな、おたくらが持ち帰った戦利品は遺物が二個。だが現実におたくは八個持ってる。てことは六個隠し持って検査を抜けたって事だ」

「きちっと渡すもん渡したろうがよ」

 

 それを受けて他の検査官たちがメンバーを取り囲んで矢継ぎ早に言う。

「なんだその口の利き方は」

「検査逃れは犯罪って知らないのか、おい」

「渡したって、なに渡したんだよ。言ってみろよ!」

「検査官を買収したのか、え? 誰を買収したんだよ。言えよ。証拠出してみろ」

 

 先程までの談笑が打って変わっての詰めだ。おれは簡易食堂の店主のおっちゃんを呼んで、薄いエールと薄切りの肉を奢って二人で観戦した。

 精一杯の虚勢でメンバーの一人が答える。

 

「てめえら汚えぞ! うちのボスとは話が通ってるはずだろ!」

 

「はあ? だったら連れてこいよ。直接聞いてやる」

「連れてこれるわけ、ないでしょ」

「こんな小汚い検問所にゃ来たくねえってか」

「そうは言ってねえ、ただ、どうせもう知ってんだろ。他のギルドと揉めちまって」

「ん? ギルド間でイザコザがあったのか。言ってみろ言ってみろ」

 

「言えねえよ……」

「なんで言えねえんだ。まさかおまえらに非があるのか。ん? 余罪があんのか」

「もう勘弁してくださいよ」

「じゃ検査逃れを認めるんだな」

「それは……」

 

 そこからは<チャーチス>は防戦一方の尻すぼみで幕が下りた。

 

「じゃ調書取るから隣の部屋に行くぞ」 と不良検査官。一段落着いたからか、大あくびをして続けた。書類にペンを走らせようとして止まる。 「で、なんだっけ。おまえらのギルド名」

 

 その場に居た<チャーチス>のメンバーはみな連行された。怒るべきなのか、みずからのギルドの転落を嘆くべきなのか、その判断すらつかない表情で。

 だが賄賂で解放されるだろう。検査官にしてみても、お上に報告して藪蛇はごめんだろうから。

 

 なるほどね、とおれは薄いエールを一口やって思索する。

 確かにクロムはギレハを<アズトリツカ>とおれから守ると言ったし、その契約は破られていない。だが<チャーチス>はお終いだろう。まだ発見されてない迷宮の入口を見つけない限りは生き残れない。

 例えラムス地区でまっとうに冒険者業をやろうにも、不良検査官どもは何かと理由を付けて金をせびるに違いない。

 となるとウーフツ地区に出てくるしかない。だが不正を行うなら、新たに気の合う検査官を見つけて信頼を得るまでには相応のリスクと時間が掛かる。

 ま、どのみちもともと実力の無いボンクラを集めて闇取引で運営していたギルドだ、今更まっとうな稼ぎでは成り立たつまい。

 

 ラムス地区がクロムの仕切りってのはマジのようだ。

 

「敵に回すとこうなるって事ね」 とおれ。肉をエールで流し込む。 「いやな釘の刺し方だ」

「何がです?」 と簡易食堂のおっちゃん。ほろ酔い加減、いい気分。 「しかし薄いなこのエール。こんなもんに金だすバカがいるとは……」

 

 おれはおっちゃんを見やって、まあいいか肴を齧る。どうせもう、ここの検問所は使わない。背伸びと欠伸で腰を上げる。

 

「ちょっとお客さん、お代」

「さっき取り締まられたマヌケどもにツケといてくれ」

 

 外に出ると気持ちのいい朝日に目を細める。痩せすぎた犬は、おれを見ても吠えなくなった。

 恩を返しに<チャーチス>に向かう。

 

「おいババア、さっさと酒持って来、い……よ」

 

 ボスの隠遁で自棄になっているのか、もともと暴飲しているやつだったのか。すでに出来上がっていたメンバー含め、おれに気が付くと黙りこくって視界に入れないようにうつむいた。テーブルの年輪を視線で追っているのだろう。

 先客がカウンター席に居たので隣に座ると、どこかに消えた。女店主はいつものように、とはいかず、どこかぎこちなくいらっしゃいとおれに言う。

 快活とした口調ではない。どこか探っているような雰囲気。露骨ささえあった。ボスの隠遁に、まだ<チャーチス>全体が戸惑っている。その根本的な原因が目の前にいては戸惑うのも無理はない。

 

「いらっしゃい、それともおめでとう?」

「両方ですかね」 あるいは、ありがとうの一言を望むのはずうずうしいか。言ってほしかった。 「いつものをシングルで二杯ください」

「まだ明朝よ」

「後ろで飲んでる連中は? ちょっとくらい付き合ってくださいよ」

 

 おれは目の前に出されたウィスキーを黙って干した。寝起きにキツいが、酔ってしまいたかった。

 女店主はちびりとやって言った。

 

「あんたがちょっぴり、羨ましい」

「そうですか? 根無し草の冒険者もどきですよ」

「でも自由じゃない。それもじぶんの力で手に入れたやつ。それとも<チャーチス>の首輪が気に入ってた?」

「ツいてただけです」

 

「そう? じゃ、あんたのツキが羨ましい」

「それはここを辞めたいって事ですか」

 

 んー、と女店主は少し黙ってから口を開く。

 

「ホントはね、もうここを辞めて、どこかまともな所で働きたいんだけどね。パン屋とか、小っちゃい頃は憧れてた」

「あ、そー、なんですか」 おれはグラスを呷ってから空である事に気付く。

「でもおばさんだしさ。飛び出そうにも貯金もないし、仕事がすぐ決まらなかったら住むところとか、当面の生活費とか、どーすんだろ、って考えると不安なのよね。でもあんた……」 しばらくグラスの琥珀色の液体を眺め、口にしかけた言葉ごと飲み込むように空にした。 「……みたいに冒険者やれたら、たぶん楽しいんだろうなって考える時はある。けど飛んだり跳ねたり苦手だし、魔術だって戦えるほどじゃない」

 

 おれにはその気持ちが痛感できた。このままじゃダメだとわかっていても抗えない、抗い方を知らない。そうする事よりも、いまを耐えている方が楽だから。

 要するに何でもいいから足掛かりとする物がいる。おれの場合は機殻と、とにかくフィルスどもと手を切りたかった。

 目の前で黄昏る女店主をなんとかしてあげたかった。切っ掛けと、金が要る。ストレートに金を渡しても決して受け取らないだろうし、そんな露骨にいやらしい真似はしたくない。

 

 おれは一つ思いついて、クロムから貰った幻影財布を餞別に渡した。うまく行くだろうか。慣れない事をした手の震えを隠そうと、両手をぺたりとテーブルの上に乗せる。

「幸運のお守りみたいなもんです。なんだかんだ、それを使ってからツいてました。実際、おれは数十万手に入れましたし」

「じゃ、わたしもそれにあやかろうかな」

「効果はあると思いますよ、あなたにも、それも割とすぐに」

 

 女店主の視線を盗み見るに、新規に登録しているようだった。すぐに、え、と口元を手で覆う。

 

「あんた……なんで? わたしの番号知ってるの?」

「まさか。知りません」 小さく肩を竦めてみせた。

 

 一拍置いて女店主が固い口調で言った。

「受け取れない」

「ただの財布ですよ」

「違う。振り込んだでしょ、お金。こんな事されても困る」

 

 黙ってテーブルの上の両手に視線をやる。何でも幻影財布に登録できるとはいえ、タイルは動かさなければならない。この状態では無理だ。

 

「言ったじゃないですか、幸運のお守りだって。羨ましいと言っていた、おれのツキが回ったんじゃないですか」

 

 女店主はどうすればいいのかわからず、カウンターに手をつき、顔を伏せた。

 

「ほんとにあんたじゃないって言い張るわけ」

「店への支払いではなく、タイルを動かさずに知らない個人の番号に振り込みなんて無理ですよ。少なくともおれには」

「じゃあ誰だっての」

「ギレハじゃないんですか? 餞別かなにかの」

 

「あのケチが? わたしの給料だってロクに払いもせずあの女に突っ込むのに?」 女店主は怒声を孕んだ口調の後、諦めの溜息まじりに頭を掻いた。 「 わかった。わたしの負けね。そんな天変地異が起きた事にしとく。あんたがどーやって振り込んだのか、説明できない」

 

 新たに二人のグラスにウィスキーが注がれた。小さな乾杯で干すと、おれはようやく緊張が解けて気が楽になった。

 

「もう朝食は食べました?」

「ううん。軽くで、まだだけど」

「実はおれもなんですよ。一緒にどうです?」

 

 検問所のまあまあの朝食なんて食べるんじゃなかった。

 

「今から?」

「昼に朝食は食べられませんよ」

 

 その一言で女店主は吹っ切れたのか、軽口に乗る。

 

「うーん、でもお店があるし。そろそろ引きこもりのギルド長にお酒とか持って行かなくちゃ」

「ギレハが飲んでた酒、あります?」

 

 カウンター奥の棚から取り出されたボトルのキャップを開け、女店主をババア呼ばわりしたチンピラの席まで行って逆さにする。黙ってされるがままだった。彼女がババアなら、おれやおまえは墓の下でもおかしくない。

 

「オーダーは済んだし、ギレハの酒も切れた。買い出しついでに行きましょうよ。ウーフツなんで、ちょっと歩きますけど」

「うーん、どうしよっかな」

 

 何か足りん事あるっけ? 逡巡すると助け舟が流される。

 

「ちょっとだけ、迷ってます」

 

 ああ、と合点がいった。

 

「ウーフツだから、ちょっと歩くけど」

「五分待って」

 

 それだけ言うと女店主はバタバタと地下室や二階を行き来して、バッグをまんぱんにさせた。最後に、これとっておきのやつ、と言ってカウンターの棚から一本のウィスキーを追加した。

 

「覚えてろよ」 と去り際に酒まみれのメンバーが言った。 「いつか返してやる」

 おれは鼻で小ばかにして笑う。

「その時はすぐに忘れてくれと言いたくなる」

 

 

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 女店主の希望でウーフツ地区の朝市に寄り道した。

 

「ほんとに買い出し?」

「まさか。家、どのへん」

「近くだけど」

「サンドイッチ、作ったげよっか。お礼もしたいしさ」

 

 おれは飾り気のないエプロンドレスから浮かび上がる、抱き心地の良さそうな身体を見ないように逡巡する。イネスは学校、バランタインさんは仕事だが、しかし。

 

「だいじょぶだって、迷惑かけないからさ」

 

 顔に出てたか。思わず頬を撫でて、いやーその、と誤魔化す。 「じゃあ、めちゃくちゃにおいしいサンドイッチ、ご馳走になろうかな」

 

「わかった、まかせといて」 と女店主。露店や屋台で新鮮な野菜や果実、食欲を駆り立てる香りの燻製肉や焼きたてのパンを買ってゆく。

 

 荷物持ちをしながらその横顔をちらと覗くと、心なしか口元が緩んでいた。

「そんなに鼻の下伸ばしてたかなあ」

「いや、ふふ。」 と女店主。口元に手をやって上品に微笑む。 「こんな朝食なら、ウィスキーじゃなくてワインにすればよかったかなって」

 

 そんなこんなでおれは、おれと女店主はラムス地区からようやく抜け出した。

 抜け出したのだ。

 

 

 

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 昼頃には自宅を出て、女店主が当面住まう宿屋を案内し、そこで別れた。クソみたいなギルドを切り盛りできていたのだ、どこでだって上手くやれるだろう。

 しかしKⅢ+はあれだけの会話でよくおれの意図を汲んでくれた。ギレハのNDBの残高を教えてくれた事からある程度は忖度してくれると理解していたが、それ以上だ。ただの遺物とは思えない。やはりレア。だが少しでも会話できていればもっと楽だったかも。

 そうだ、これを機にKⅢ+は言いにくいという本音を隠して、別の名を提案してみよう。少なくとも人名であれば、人に聞かれるだけならまだ誰かと話していると思われる。

 

 帰り道でそんな事を考えながら、納める家賃と生活費を計算すべく幻影財布を操作する。歩き幻影財布はもちろん危険だ。やめた方がいい。だから足を止めた訳ではない。

 

「あー、KⅢ+。昨日クロムから支払われた七十五万キップがまるまる無いんだが」

『自動鍵を流して盗み見した口座番号:9784-2571-7336-6へ送金しました』

「七十五万全部?」

『文脈から判断し、あなたがツいていると評価した取得金額を振り込みました』

 

 それは、確かに言った気がする、けど、おれの中のでの数十万とはその半分くらいのつもりで、いやそうかもしれんが、それって……あまりにも、その、あれだ。

 

「そっかー。あと忘れないうちに言うけど、KⅢ+って言いにくいからなんか別の名で呼びたいんだけど、なんかない?」

「KⅢ+以前のプロトタイプのコードはKilltyです」

「よろしく、キルティ。良い名前、ハグしたい」

 

 ぶつぶつと独り言を口にするおれに不審な視線をやる通行人を無視し、溜息で腰に手を当て空を仰いだ。輝く陽の青い青い空がある。思わず目を細めて呆然とする。

 

 まいったな、家賃が払えん。

 

 とりあえず、イネスから催促されてもいいように身体のコンディションを完全回復させておく必要があるのは間違いなさそうだ。

 

 

 

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 閉店間もないのクロムの店に、一人の男が訪ねてきた。石を投げれば当たるような、どこにでもいる容貌。しかし見れば見るほどそれが突き詰められているような気がして、かえって胡散臭い。嘘のような存在感があった。

 

「久しぶりだな」 とクロム。闖入者に驚きもせず言った。 「どうしてた。なんか噂じゃどこぞの権力者から逃げ回ってるらしいじゃねえか」

「悪気はなかったんですが、いろいろあって」 男は頬をかいて続けた。「金欠でね。買ってほしい情報があるんですよ、とりあえず百万キップで」

「大きく出たな、面白そうだ」

「先日、<アズトリツカ>の迷宮にコソ泥が入ったんですよ」

 

「それは知ってる。その内の逃げ帰ったやつはおれの知り合いだ、素性はおまえで止めといてくれ……とはいかねえか」

「まー有名人ですし。わたしが言いたのはそいつじゃなくて、最初にそいつにノされたやつなんですよね」

「ほー、というと」

「そいつ、気を取り戻したんですけど逃げた二人を追わずに補給拠点でずっと待機してたんですよ。事が終わって、<アズトリツカ>が荒らされた補給拠点を整備しようとやって来るまで。マヌケでしょ。【レス】だが機殻を纏ってるんだから追えばよかった。相手は<アズトリツカ>のメンバーとはいえまだガキと、有名人、二人とも生身。数的有利は作るべきだったが、しなかった」

 

「なんで」

「そいつ、非戦闘職のクラッカーだったんですよ。派遣を自称してます」

「上層の補給拠点を漁るのに、セキュリティ破りの専門屋ねえ」

「そんな大層なセキュリティがあるとは、常識では考えられない。根深そうですよ。まだ<アズトリツカ>でも内部情報が漏れた件は解決されてませんし」

 

「ケチな窃盗が、大事だな」 クロムは幻影財布を操作し、登録済みの番号へ色を付けて送金した。 「またなんか面白いネタがあったら頼むよ」

「どうも。こんど一杯やりましょうよ」

「おまえとツルんでると、大抵誰かに追っかけ回されるから嫌だ」

「でも逃げられるでしょ?」

「そういう問題じゃない。もう行きなよ。年寄りは朝夜が早いんだ」

 

 嘘くさい男の背を眺め、クロムは軽く笑った。あの魔術ひとつロクに使えない男が、今では大ギルドが抱える問題の中心にいる。

 笑える話だ。もちろん他人事だから。

 

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