『ノスタルジア』   作:宇宮 祐樹

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『セレス』

 

「それで」

 

 こんがりと焼けた魚を呑みこみながら、セレスがカザミへ問いかける。

 

「私のいないところで何を話していたの?」

「語弊がある言い方をするな」

「でも事実。私が気になってる、っていうことも含めて」

 

 小動物のように両手で魚を掴みながら、セレスが視線だけをカザミへ向ける。おそらく今何を言っても聞かないであろうあの所にカザミは一つ息を吐き、木のカップに注いだ水を口に含んで、語り始めた。

 

「三つある」

「ん」

 

 立てられた三本の指を、セレスの黒い瞳が見つめていた。

 

「一つ。ここ最近、妙にモンスターの活動が激しくなってるのは知ってるか?」

「……知らない。私が狩ってる時は、いつも通りだった」

「なるほどな。ってことは、まだ範囲的には小さいのか」

 

 首を傾げるセレスに、カザミが顎に手を当てる。

 

「なんでも、手当たり次第に小型のモンスターを襲ったり、通常なら争わないモンスター同士が激突したりしているらしくてな。けれど発見は稀だ。見方を変えれば、珍しい生態、ってだけなのかもしれない」

「……この前のプケプケみたいなこと?」

「いや、そういった生態系の変化は見られない。あくまで自分の縄張りの中でそう言った行動をしているらしくてな。おそらくだが、歴戦個体のような自然な変化じゃなくて、何等かの原因が存在する、と思う」

「原因って?」

「……それを調査するのが俺達の仕事だ」

 

 肩をすくめるカザミのテーブルから、セレスが木の実を奪い取って口に放り込んだ。それを気にするでもなく、カザミが指を一つ折って、話を続けていく。

 

「二つ。調査に行ったハンターが、奇妙な症状にかかって帰ってきた」

「症状? 状態異常じゃなくて?」

「ああ。何でも、傷が自然に治らねえんだと」

「……裂傷? オドガロンのような?」

「かもな。俺も実際には見たことがないから何ともいえないが、傷が自然に治らない、ってことは確かだ。ウチケシの実も効かないらしい。今、学者先生たちが調査中だ」

「面倒」

「そんな感想で済むのはお前だけだ」

 

 不満げに呟くセレスが、どんどんカザミのテーブルの上に乗っている干し肉を奪っていく。しかしカザミはそれを目で追うだけで何か口にすることもなく、二つ目の指を折った。

 

「最後。明日の朝、調査へ行く」

「あの白い痕跡について?」

「そうだ。場所は大蟻塚の荒地。俺たち以外にも数班用意しているらしいが」

「関係ない。私はカザミと一緒に行くから」

「言っても聴かないんだろうな、お前は」

 

 椅子に大きくもたれかかりながら、カザミが空を仰ぐ。塗りたくったような夜空には、青い星が散りばめられたように輝いていた。

 そうしてカザミが体を起こし、野菜だけが残った自らのテーブルへと視線を落とす。肉汁だけが乗っている葉をフォークで突き刺すと、それを口に含みながら、がつがつと肉へかじりついているセレスへ声をかけた。

 

「明日持っていく装備だが」

「……む?」

「ブルーチャリオットにしろ」

 

 語られたその単語に、セレスがぽかん、と顔を上げた。

 ブルーチャリオット。リオレウス亜種の素材から生産されるガンランスで、その特徴は強力な火属性が付与されていることだった。

 

「……どうして? あそこに火が弱点のモンスターは少ないはず」

「いや、一応それを持っていけ。何があるかわからん」

「でも非効率。ボルボロスくらいにしか有効じゃない」

「これだけ俺のメシ食ってんだから少しは言うこと聞け」

「…………」

 

 自分が口に運ぼうとしていた肉を見つめ、セレスがじっと考える。そうして彼女は何を思ったのかフォークをくるりと対面へ回し、その先の香ばしい匂いを放つ肉を、カザミの方へ向けて、

 

「あーん」

「……」

 

 かなり迷ったけれど、カザミはセレスの圧のある視線を受けながら、フォークの肉にかぶりつく。正直味は良く分からなかったけれど、セレスがどこか満足そうに笑っているのだけは理解できた。

 

「おいしい?」

「…………美味い」

「なら良かった」

「良くねえよ」

 

 てれてれと笑うセレスに、カザミが無表情になって野菜を口の中へ詰め入れる。何がそんなに嬉しいのかは分からないけれど、セレスは満足そうな笑みを浮かべたまま、フォークに大量の肉を突き刺して、それを再びカザミの方へと差し出した。

 

「ほらカザミ、あー、して」

「…………」

 

 調子に乗っているらしい。口が軽くなったのが何よりの証拠である。

 けれどカザミはそれに抗うでもなく、むしろそれに流されるように、再び野菜で寂しくなった口を開くのだった。

 

 

 カザミは編纂者であった。

 遠きかの地を巡る者。未知を紐解く勇士。知識の守り人――大業な名前は様々であるが、カザミという男からすれば、編纂者である自分を表す言葉が「セレスの付き人」というもの以外、存在しないように思えた。

 そう在る事でしか、自らを顕すことができなかった。彼女と共に在ることでしか、自分を見つけられなかった。曖昧な自分を、彼女が確たるものにしてくれた。

 だから、彼はセレスと共に歩む。そこにどれだけの苦難が待ち受けようと、その道が自らを殺すものであろうとも、彼がその道を進むことを諦めたりはしない。

 そう、誓ったのだ。かの、禁足の地で。求められぬ彼女を拾ったその地で。

 

 しかし。

 

「テメー邪魔だ」

「むぐ」

 

 何もベッドを占拠していい、などと言った覚えはなかった。

 オドガロンの装備である、黒いインナーだけになったセレスを、同じようにインナーだけになったカザミが布団から引き剥がす。

 

「カザミ、乱暴」

「そうでもしねえとお前どかねえだろ」

「……別に、言ってくれたらちょっとはしっこ寄る」

「はしっこ寄るじゃねえ出てけっつってんだ」

 

 枕を抱えながら少しだけ体を動かすセレスに、カザミが重く息を吐く。

 

「あのな、俺疲れてるんだ。今日ずっと書類整理してたんだ」

「私も疲れた。あの装備作るのに、オドガロン八匹くらい狩ってきた」

「イビルジョーでもそこまでしねえぞ」

「でもカザミは嫌いだった……私、いまとても悲しい……」

 

 ぐすん、と口に出すセレスに、カザミが溜め息を吐いた。

 オドガロンを八匹。普通の人間ならそれをホラ話か、それとも英雄譚だと思うだろう。あの凶暴な牙竜を一日で八匹も狩るなど、正気の沙汰ではない。いくら頑張ったとしても、三、四匹が関の山である。

 けれど、それが嘘ではないことを、カザミは誰よりも知っていた。昨日はセレスが「おそろいだから」とレイギエナの装備を着ていたことも、一昨日には「もこもこだから」とパオウルムーの装備を着ていたことも。

 おそらく彼女は装備をファッションか何かと勘違いしている節がある。編纂者から見ても、そろそろ彼女を拘束しなければならないような気がした。

 

「とにかく知らないが出ていけ。狭い。幾らお前がチビだろうと邪魔だ」

「……今日はカザミと離れ離れだった」

「そりゃそうだ。お前ずっと瘴気の谷に籠ってたからな」

「……悲しかった」

 

 ぽつりと呟く彼女に、カザミが吐こうとした毒を止める。

 

「私はカザミしか見ていない」

「……ああ」

「私を見てくれるのも、カザミしかいない」 

「そう、だな」

「……カザミがいなくなったら、私はどうすればいいの?」

 

 うつむいてそう紡ぐ彼女へ、カザミは少しだけ困った顔をしながら、彼女の傍へ座り込んだ。

 少しの静寂。そして、彼女がそれを破る。

 

「拾ってくれた時のこと、覚えてる?」

「……禁足地だったな。今でも覚えてる」

「あそこに捨てられてた私を、カザミは拾ってくれた。そうでしょ?」

 

 追憶にて想起されたのは、彼女の灰色の景色だった。

 雲の上にある突き抜けるような青空に、金の揺らめきが靡く岩場。天空山のある一角に存在するそこは、禁足地と呼ばれる処だった。

 読んで字の如く、そこに足を踏み入れることは能わず、またそこに封じられているのは、廻り来る災厄。誰も存在することの叶わない、そびえ立つ天上の地。

 そんな場所が、セレスの故郷であった。

 

「今考えたらよく生きてたよな、お前」

「……天空山には行けたから、食べ物には困らなかったの。ウチケシの実だったり、アオキノコだったり……たまに、ジンオウガの食べ残しとか食べたりした」

「野生児め。ラージャンに進化しなかったのが奇跡だ」

「でも、カザミに会えたのは良かった。あのままだったら、殺されてたかもしれないから」

 

 現地の住民ですら足を踏み入れない禁足地に棲む少女。それがどんな扱いを受けているかなど、すぐに分かった。それこそ、手を伸ばしたくなるほどに儚く、壊れてしまいそうなものだという事は。

 だから、彼女はここに居る。彼は、彼女の側に居る。

 

「カザミは私を救ってくれた」

「……気の迷いかもしれない」

「たとえそうだとしても、私はカザミに助けられた。カザミは私を受け入れてくれてくれた。それだけで、私はよかった」

 

 だから――、と。

 

「側に居させて」

 

 縋るような言葉が、カザミの胸にまるで杭の様に残っていた。

 

「カザミが言ってくれるなら、私は何でもする。それがカザミの為になるなら、私は全てを捧げられるから」

「……じゃあ、お前に今ここで死ねって言っても?」

「構わない。カザミがそう言うのなら」

 

 その瞳に迷いは無く、ただ虚ろにカザミの像を映している。食事場の喧噪が遠くに聞こえ、カザミとセレスがそこから隔絶されていることを示していた。

 カザミの手が、セレスの頬を撫でる。長い白の髪は骨づいた指へと絡み、それはだんだんと頬をなぞって、首元へと辿り着く。白い首はそれこそ、握ってしまえば折れそうな程で、カザミは顔色一つ変えないセレスを見て、また一つ息を吐いた。

 

「……お前、そう言う鈍い所は変わらないんだな」

「…………?」

「いまさらお前を手放すと思うか? これだけの付き合いで?」

 

 首元へ伸びた手は、彼女の柔らかな髪を梳く。頭を撫でられるその感触に、セレスは無意識のうちに目を細めていた。

 くしゃくしゃと彼女のさらついた髪を撫でながら、カザミがその場から立ち上がる。

 

「お前を離したりしない。どこまでいっても、お前の側に居てやる」

 

 ――灰色の景色に、色が戻る。

 あの時に感じた暖かさを、孤独の彼女は思い出した。

 

「しかし、だ。それとコレとは話が別。ここ(アステラ)の拠点のベッドは狭い。だから、大人しく出ていけ。もしくは」

「もしくは?」

「俺の抱き枕になれ。アレが無いと寝られない」

「……任せて」

 

 頷くセレスの顔には、とても満足したような笑みが浮かんでいた。

 

 

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