『ノスタルジア』   作:宇宮 祐樹

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『灼熱の邂逅』

 

 日差しが肌を照り付けていた。

 

「おーい、カザミー! 早くこっち来いよー!」

「……なんであの人はあんなに元気なんだ………………」

「カザミがへなちょこなだけ」

「お前基準で話を進めるな……」

 

 片やラージャンとかイビルジョーとかの領域に片足を突っ込んでいる少女である。けれどカザミは腕を折られたくないので、それを口にすることはなかった。

 大蟻塚の荒地、初期キャンプから続くエリアの四にカザミとセレスは居た。セレスの装備は、昨日のオドガロンにレイギエナの皮膜を巻き付けた皮肉なものと、カザミに言われた通りのブルーチャリオット。その隣で肩をつくカザミの装備は、皮膜をはぎ取られたレイギエナの防具と、溶岩のような刃を持つコロナが腰に吊られていた。

 

「ほらカザミ君、しゃきっとしなよ。背中蹴ってあげようか?」

「蹴りながら言わないでください……」

 

 む、とセレスが睨む先に居たのは、キリンの防具に袖を通す、カザミよりも少し年上の女性であった。肩口で揃えられた髪は青みのかかった黒で、その大人びた体つきはキリン装備の露出度も相まって、どこか蠱惑的なものを感じさせた。

 

「ラミナ、カザミは嫌がってる」

「あらそう? ごめんね、カザミ君。カノジョさんに怒られちゃった」

 

 ぺろ、と舌を出して謝る彼女――ラミナに、カザミはきつい視線を向けた。

 

「ラミナ、違う。私はカザミのカノジョじゃない」

「まあ。てっきり二人はそう言う関係だと思ってたわ」

「全然違う。私はカザミの抱き枕」

「あらあらあらあら」

「………………無視してください」

 

 何も言い返せなかった。暑さのせいでもあるし、それが本当であることも。

 

「おーい、何そこで話してるんだー!? さっさと足動かせよなー!」

 

 暑さでぼうっとする頭に、再びそんな男の声が響いてくる。うなだれた頭をなんとかして前へ向けると、そこにはかの爆鱗竜――バゼルギウスの装備に身を包む男性が、こちらへ大きく手を振っていた。

 そんな彼――ガイラルと言う男に、どこか呆れたような、できれば関わりたくないような視線を向けながら、カザミが呟く。

 

「よくあんな声出ますね……ガイラルさん、クーラードリンクでも飲んでます?」

「別に飲んでないと思うわよ? ただ、一人が寂しいのよ、あの人。みんないないとすぐにイジけちゃうし。だからほら、早くいきましょ?」

「……うん、行こう。一人は寂しい」

 

 すたすたと前を行く二人に、カザミがふらつきながらもその後を追う。やがて沼地の際、細々とした木が並び立つエリア四の端に、カザミはへたりと座り込んだ。

 

「おうカザミ、大丈夫か?」

「逆に見えますかね?」

「ははは、そう返せるくらいの気力があるならいい。本番はこれからだからな」

「……そう、ですね。僕が折れては、いけませんから」

 

 自らを鼓舞させて、カザミが膝をついて立ち上がる。

 今回、カザミにあてがわれた役職は、沼地を調査する班のリーダーであった。何度もそういった役職に就いたことのあるカザミは、けれどここ最近の不穏な出来事に、少しだけ緊張している節があった。

 地図を開く一つ一つの動作にも、痺れるような感覚が走る。そうして彼は、自らを囲む三人に対して口を開いた。

 

「それでは、始めましょうか」

 

 狩る者から、識る者へ。知識の奔流が、カザミの脳へと流れ込む。

 

「まず、我々が担当する範囲は、地図における四、九、十番の地点です。調査報告書によれば大型モンスターの姿は確認されていませんが、飛竜種の活動が活発になっている、との情報もあります。十分に気を付けてください」

「もし大型モンスターを発見したら? 狩っちゃう?」

「いえ、出来れば様子を見るようにお願いします。ここ最近の大型モンスターの凶暴化についての試料になるかもしれませんから」

「りょーかい、じゃあコレ持ってこなくてもよかったかもね」

「……まあ、もし襲ってくるようでしたら止むをえません。その時は救難信号で合図を」

「ん、りょーかいっ」

 

 背中に吊った蒼い大剣を背負いなおして、ラミナがそう頷いた。

 

「それで調査ですが、二手に分かれて行うようにしたいと思います。ラミナさんとガイラルさんが十番、俺とセレスが四番。そこから調査を進めて、最終的に九番で合流する形で」

「問題は無いが……もし、目的のモンスターと鉢合わせたら? 狩猟しちまうか?」

「……はい。全力を持って、()()を」

「分かったよ、お前の指示に従う」

 

 何か含むような笑みを浮かべながら、ガイラルが右の腰に吊った導蟲をカザミへ突き出す。他のセレスとラミナも同じように腕を差し出し、それにこたえるようにカザミは左の腰に吊った痕跡を彼らへ向けた。

 青色がカザミの腕を包み込む。それは、夜空に映る一筋の星のようで。

 

「――導きの青い星が、輝かんことを」

 

 静かな呟きと共に、星空が宙へ溶けた。

 

 

「見て見てカザミ。シビレガスガエル」

「元いた場所に戻してきなさい」

 

 げえこ、と黄色い煙を吐くカエルと同じように、セレスがむ、と頰を膨らませた。

 

「いい子なのに……」

「いい子だったらよっぽど戻してこい。お前みたいな牙獣種一歩手前のヤツに掴まれたら生きた心地がしないだろ?」

「……わかった」

 

 ちゃぷ、と黄色いカエルを地面に置いて、セレスがばいばい、軽く手を振る。けれどそれに一瞥することもなく、セレスの手から解放されたシビレガスガエルは、一目散に岩場の影へと隠れていった。

 そうしてすぐ、何かに気づいたセレスが再び水場へ手を入れる。

 

「見て見てカザミ。テツカブトガニ」

「お前マジメに調査する気ある?」

 

 うねうねと動くいくつもの節足に、カザミは厳しい視線を向けた。

 

「大人しくて可愛いのに……」

「元いた場所に返して来なさい」

「ちえ」

「ちえじゃない」

 

 二つの足で大事そうに抱えている石をむしり取りながら、セレスがテツカブトガニを水場へ戻す。暴れ狂うように多脚を動かしていたテツカブトガニは、水に入ったとたんにすぅ、とどこかへ消えてしまった。

 

「それにしても」

「何だ?」

「あの二人と離れて、本当に良かったの?」

 

 首を傾げるセレスに、カザミは退屈そうに答えた。

 

「別に問題ねえよ。あの二人の心配ならいらない。たとえこの痕跡の持ち主が出てこようと、あの二人なら生き延びられる」

「……それだけ信用してるの?」

「ああ。ま、お前には少し難しいかもしれないがな。他人の力を信用する、っていうのは」

 

 片や古龍種の装備に身を包んだ大剣使い、片やあのバゼルギウスを一人で屠ったガンナーである。心配する方が無駄というものだ。

 けれどセレスは未だに不安が残っているらしく、何かを言いにくそうにしてうつむいたまま、カザミの後ろで立ち竦んでいる。そんな彼女の珍しい様子に、カザミは一つ息を吐いて彼女の方へと向き直った。

 

「それに、もしあの二人が危険になったとしても、お前なら助けられるだろ?」

「……良く分かってる」

「当たり前だ。だから、あの二人の事なら心配しなくてもいい。お前はただマジメに調査をすればいいんだ。分かった?」

「わかった」

 

 まったく、と呆れるカザミに、セレスは少しだけ笑みを浮かべて、再び水場へと入っていく。遠ざかる小刻みな足音を聴きながら、カザミはまた手帳へとペンを走らせる。

 そうして声をかけられたのは、そう時間の経たない頃だった。

 

「……ねえ、カザミ」

「何だ」

 

 また何か拾ってきたのだろうか。うんざりした様子でカザミはセレスの声のする方へ振り返り、そうして言葉を失った。

 

「これ、なに?」

 

 果たして、彼女の手に会ったのは、黒い外套のような痕跡であった。

 長さはセレスの手のひらが隠れるくらいで、そこからははらはらと、黒い鱗粉のようなものが落ちていく。水に溶けずに浮かんでいるその黒い粉を見て、カザミは全身が泡立つような感覚に襲われていた。

 そして、何よりもカザミが恐れているのは、セレスの持っている導蟲が、その外套へと一目散に向かっていることだった。青い星を纏う黒色は、まるで昨日見た夜空のようで、カザミは呆然としたまま、震えるように口を開いた。

 

「……それ、どこで?」

「あそこに落ちてた」

 

 セレスが示した岩場へ、カザミが水面を弾けさせながら駆け寄る。

 

「クソ……! なんでこういうところで俺は優秀なんだ……!」

「カザミ? どうしたの?」

「どうしたもこうしたも、あの痕跡とこの黒い痕跡が同じ反応を示してるんだ。これが焦らずにいられるか? こんな奇妙な痕跡を持つモンスターなんて、俺の知ってる限り、あいつしかいない。()()()()()()()()()!?」

「……まさか――――!」

 

 その声をかき消したのは、苦しみを吐き出すような慟哭だった。

 大地を震動させるその響きは、カザミとセレスの耳を容赦なく突き抜ける。思わず二人は耳を抑え、そうしてカザミは空に映る桜色をその瞳に映した。

 陸の女王。大地を総べる者。紫毒の乱舞。

 その名を。

 

「リオレイア亜種……」

 

 ぼんやりと呟くセレスに、桜色の雌火竜は今一度、哭いた。

 

「セレス!」

「――――ッ!」

 

 小さな体を抱えて水場へ飛び込むカザミの後ろを、獄炎が吹き抜けた。浴びるほどの水を口に含みながら、仰向けになったセレスがそのまま背負ったガンランスへ手を伸ばす。

 

「カザミ、援護」

「任せろ」

 

 腰に吊った片手剣を握り、カザミがセレスにそう応える。空に佇むリオレイア亜種は、まるでもがき苦しむように頭を振り回しながら、セレスへとその燃え盛る牙を向けて飛んだ。

 青鋼の盾と、桜色の甲殻ががりがりと音を立てる。リオレイアの突進を片手で受け流しながら、セレスはガンランスの柄を地面へ突きたて、そのトリガーへ指を掛けた。

 胸の奥を鳴らすような砲撃音がカザミの体を揺らす。放たれた砲弾がリオレイアの翼を貫き、その躰を地面へと引きずり落とした。

 倒れ込むリオレイアへ、カザミが溶岩の剣を右手に持ち帰る。そうして逆の手でスリンガーを操作すると、その杭がリオレイアの背中を穿った。それにつられるようにして、カザミの体がリオレイアへと吸い込まれてゆく。

 

「セレス、信号!」

「大型モンスターは狩猟しないんじゃ!?」

「事情が変わった! こいつは調査する必要がある!」

「……わかった!」

 

 ひゅぼ、と淡い光が視界の端に映る。それを確認すると、カザミはハンターナイフを強く握り締め、その背中へと深く突き刺した。

 鉄にも似た鼻につく匂いと、苦しむような咆哮がカザミの五感を支配する。

 

「こんのッ……! いい加減にしろよな!」

 

 背中に穿ったスリンガーの先をハンターナイフの柄へ巻き付けて、カザミがリオレイアの背中から飛び降りる。ぴん、と這ったロープが全身を振り回し、カザミは勢いをつけたまま逆手に持った片手剣へ力を込める。

 流れていく視界に、リオレイアの苦しむような頭部が映る。そうしてカザミは炎熱の切っ先をその瞳へ向けて――

 

「らあッ!」

 

 肉の焦げる音がした。

 リオレイア亜種の青い瞳はコロナの幅の広い刀身によって穿たれ、その体を大きく跳ねさせる。血を撒き散らしながらカザミがリオレイアの頭部から離れ、宙を舞うハンターナイフがひゅるひゅると血を飛ばしてカザミの手へと戻っていく。

 強く地面に足を付けたカザミの前に、セレスが駆け付けて盾を構える。

 

「曲芸師」

「これくらいじゃねえと有効打にならねえんだよ」

「でも危険だからやめて……ほ……しい?」

 

 続く会話に不穏感を覚えたセレスが、ふと構えた盾を下ろす。

 果たして二人の視線の先に映っているのは、まるで眠りこけたように動かなくなった、リオレイア亜種の姿だった。

 

「……死んだ、のか?」

「分からない……けれど、嫌な予感がする。どこか懐かしいような」

「ああ……俺も、どこかで……」

 

「おい! 何かあったのか!?」

 

 背中からかかるガイラルの声に、二人が思わずそちらへ目を向ける。

 

「……リオレイア亜種? 狩猟しないんじゃなかったの?」

「事情が変わりました。先程、新しい痕跡を見つけて」

「それでこれか……しっかし、やけに綺麗な死体だな。外傷は頭部のものだけか?」

「まだ分かりません。だから、もっと調査を進めないと――」

 

 流れる川に、リオレイア亜種の血が流れていく。

 どくどくと溢れ出すその色は――まるで禍々しさを現したような、紫色だった。

 

「――ッ! ガイラルさん、早く離れて!」

「え?」

 

 間の抜けた声を上げるガイラルの体を、尻尾が薙ぎ払う。吹き飛ばされたガイラルは、水面で何度も跳ねながら、背後にある岩場へとその体を撃ちつけた。

 

「っ、ガイラル!」

「……何、だぁ……? いったい……!」

 

 けれどまだ瀕死には至っていないようで、ふらふらと手をつきながら、何とか立ち上がろうとしているのが、カザミの眼に映っていた。

 

「ラミナさん、ガイラルさんを避難させて! あいつの対処は俺たちでやります!」

「けど、あなた達だけで……」

「大丈夫。寧ろ、得意分野」

 

 ウチケシの実を手の内で遊ばせながら、セレスがそう返す。

 

「ああ、畜生……なんでまた、こいつがやって来た? もっと他に居なかったのか? どうしてここに辿り着いた?」

「それを調べるのが、私たちの仕事」

「……そうだったな。ありがとよ」

 

 けっ、とカザミ唾を吐き捨て、セレスがガンランスを握りなおす。

 二人の視線の先には――漆黒に染まる桜色の火竜が、狂ったように吼えていた。

 

 

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