くっ殺系がよく集まってきます。
「ハァ……。今日は珍しく順調に進むと思ったんだが」
「グレイゴーストがやってきてから全てが崩れたな」
結局赤城とエンタープライズはキャットファイトが白熱しすぎてそのまま執務室を飛び出してしまった。だいたいいつも通りだ。
しかし時間を浪費しすぎたぞ。執務の遅れを取り戻さなくては。
「案ずるな。今日はこの加賀が秘書艦を変わるといっただろう。この程度の遅れはどうにかしてやる」
僕の表情から内心を察したのか、傍らに立つ加賀が自信有り気に言った。事実彼女の力を借りれば本当にどうにかできるだろう。そもそも今日は赤城と執務を推し進めていた分込み入った話をしていたので、実入りはともかくペースは悪い。
「加賀。お前は常に冷静で常識的で、頼りになる」
「当然だな」
加賀が誇らしげに腕を組んで鼻を鳴らした。普段から自信を感じさせる立ち振る舞いの加賀だが、それはそれとして認められるのは嬉しいようだ。ふわりと揺らいだ九尾の尻尾から見て間違いない。僕は別に嘘は言っていない。全て本心からの言葉だ。真実加賀は優秀である。そう──
「──戦場にさえ出なければ」
「……」
腕を組んだまま、加賀はしばらく静止したのち、一転して不服そうに眉を顰めた。僕を見下ろすじっとりとした視線から惜しみなくプレッシャーが注がれる。
「指揮官。戦場の私は頼りないとでも?」
「いや。別に僕はそういうつもりで言ってないからな」
「どうだか。指揮官、前々から思っていたがお前には一度しっかりと私の哲学を説いてやらねばならんな?」
加賀は執務机の上に手を添えて腰をかがめ、覗き込むようにして椅子に座る僕と目線の高さを合わせた。まるで聞き分けのない子供に言い聞かせる保母のような声色とともに眉をハの字に下げた加賀は、一種の慈愛すら感じさせる微笑みを浮かべていた。
「いいか指揮官。負け犬とは等しく無価値だ。例外はない。そも人は何のために争う? 思想のため信念のため、侵略のため防衛のため、故郷のため家族のため。色々あったんだろう。結構なことじゃあないか、好きなように掲げて好きなように謳えばいい。きっとそれは輝かしいものなのだろう。だが哀れかな、彼らの気高き矜持と誇りはその悉くがひと欠片の慈悲もなく微塵の躊躇もなく踏み潰されてしまった。ただひとえに、私よりも弱かったから。敗北とは、敗けるとはそういうことだ。素敵だろう?闘争は」
慈しむような加賀の瞳の奥に、歪んだ愉悦の炎が灯る。いつの間にか机にあった加賀の手は、ペンを握る僕の手を優しく包んでいた。
「狂っているよ。お前は」
「狂っている? 何を今更。だいたいそれの何が悪い。私が闘争を求め続けることが世のため人のため、そして私自身の名誉のためなる。誰も困らないだろう? 指揮官、お前は世の中には手段の為なら目的を選ばない人種がいることを知っておくべきだ。死と生の吊り橋に無性の悦びを見出すような、狂気と正気の上で舞わずにはいられないどうしようもない連中も確実に存在するのだ。とどのつまり、私のような」
ダメだ。これはダメな時の加賀だ。冷静で常識的な加賀はいなくなってしまった。しかも結局あれから執務が全く進んでいないぞ。なにかいつもよりも危険な雰囲気を放っている気がするし、何とかしてこの話題を切り上げなければ……。
「ハァ……。加賀、お前は心底優秀だよ。一騎当千、無双の駒、闘争のジョーカー。これで満足か? はっきり言って君は僕の手に余るぞ」
「寝言は寝て言え指揮官。観念して私を受け入れろ。私とお前が出会ったあの日から私はお前の物で、お前は私のものだ。長きに渡り追い求めていた勇者を取り逃がすような私ではない。恥や外聞など知ったことか。この狂った私を指揮していいのは、お前だけだ。恨むなら、貴様を駆り立てた運命を恨むことだな」
「我もそう思う」
「……ツェッペリン。まだ私が指揮官を口説いてる途中だろうが」
不意に声のした方向、天井に視線をやると天板の一枚をずらし、鉄血所属の空母、グラーフ・ツェッペリンが顔を出していた。その出現方法に思うところはあるが今回はその間の良さに免じて不問としよう。
「そう邪険にするな、何も水を差す為に出しゃばったわけではない。これは警告だ。攻め続けるのみが勝利への方程式でもあるまい。得意の戦略眼は曇ったか一航戦?」
そのままツェッペリンはその腰より長く伸ばした銀の癖毛を翻し、音もなく天井から床へと着地した。
「お前はもっと姉を見習え、貴様の姉はあれで存外に賢しい女だ。過信や増長もなく、指揮官が警戒せずに心を許す間合いを弁えている。貴様の優秀さを疑うものは誰もいないだろうが、そう独り善がりではグレイゴーストと同じ末路を辿ることになるぞ」
「それは……困るな。指揮官、悪いが姉さまの元に行ってくる。私には姉さまから学ばなくてはならないことがまだ沢山あるようだ」
ひとしきり難しい顔をしたのち、加賀はそれだけ言い残して執務室から出て行ってしまった。ちなみに机の下の穴ではなく、しっかり正規の扉を使った。いや、それも当然か。またあの穴を使ったらもう一度ハマるしな。
「……よし、行ったな。さて指揮官。軟着陸に興味はないか?」
ツェッペリンが腕を組んでその豊かな胸部を強調する。僕はその挑発的な笑みを見てどっと疲れが押し寄せてきた。しかしそんな僕の様子を見てツェッペリンはその妖艶な雰囲気をフっと霧散させた。
「冗談だ。執務を手伝ってやる。どれ、見せてみろ……。ほう、7-2海域の設計図収集か」
「それは先ほどエンタープライズが持ち込んだ報告書だな。貸してくれ」
「本人不在で構わないのか」
「ああ、エンタープライズの報告書は明瞭で出来がいい。軽く目を通すだけで全容が掴める。他にないか」
「ならこっちはどうだ。tire3装備箱の開封報告」
「聞かせてくれ」
tier3装備箱の開封は僕の少ない楽しみの一つだ。これに関しては何度やってもいい意味で慣れない。このひょっとしたらというワクワク感がたまらないのだ。入手できた希少な装備を誰に持たせるかを考えるのも楽しい。
「開封した装備箱は陣営混合で全五箱だ。まずは533mm三連磁気魚雷tire3がひとつ」
「なに? そいつは幸先がいい。心が躍る。もう他がどんなガラクタでも今回は当たりで決まりだ」
「ほう? こいつはそんなに高性能なのか」
「べらぼうに強いぞその魚雷は。拡散が控えめで正面に集中する。磁気性能も相まって距離があっても全弾直撃が見込めるが、更に装填が独特かつハイペースで他の魚雷持ちと交互に撃てると至れり尽くせりだ。僕は最強の一角だと思っているぞ」
惜しむらくはその入手難易度の高さ。設計図が入手できる海域の目処が立っておらず、装備箱からしか入手の伝手が無いのだ。
「卿にそこまで言わせるとは相当だな。で。誰に積む?」
「先日着任した摩耶は確か魚雷型だったはずだ。彼女に任せてみよう」
「卿が絶賛するほどの装備を、ぽっと出の新顔に与えるのか」
「彼女はあの高雄の同型艦だ。期待もするさ」
「高雄……卿の懐刀と名高いあの重巡洋艦だな。卿が最も信を置く存在であるとも。ここの最古参と聞いているが」
「彼女とは1-1海域からの付き合いになる。僕の艦運用に重巡洋艦が多いのも、彼女がその最初期に重巡洋艦の可能性を僕に示したからだ」
「ふむ、そういうものか」
僕の管轄に高雄の姉妹艦である愛宕はいないので、実質的に摩耶が高雄型の二隻目となる。高雄ほどのポテンシャルを秘めた者が着任して期待しないというならそれこそ嘘だ。
「では次。127mm連装砲のtier3だ」
「127mm連装砲……あの緑色の戦車の上半身みたいなやつか」
「この砲はどうなんだ?」
「可もなく不可もなくといったところだな。最前線の精鋭に持たせるには一歩及ばないが、器用でなんでもできる榴弾砲だ。育成半ばの繋ぎ装備としては持って来いの一品だが、流石に余ってきたな……」
「近頃倉庫の方も余裕が少なくなってきたと報告が上がってきているぞ。少し考えておけ」
倉庫の圧迫は死活問題だな。整理するか、それとも拡張するか。どちらを選択するにしても余裕がないのが本音だ。赤城が復活したら相談してみるか。
「次、100mm二連装九八式高角砲tier2」
「む、珍しいのが出たな。しかしtier2とは惜しい」
「tier2では使い物にならんのか?」
「いや、十分実用レベルだ。tier2ですら先ほどの127mm連装砲tier3を上回っている。駆逐砲は競争率が高くて困っていたんだ。ありがたい」
駆逐艦の主砲は基本的に威力よりも装填速度の方が重要視されるが、この砲はその両方が高いラインで維持されている。76mm砲など装填特化の砲には流石に劣るものの、これでさらにもう一段階上があるというのだから恐ろしい。
「最後の二箱は同じものが二つだ。120mm連装砲tier3が二基」
「120mm連装砲、か。しかも二基……」
「どうした? こいつは外れか?」
「いや、悪くない。軽・中装甲が相手であれば十分選択肢に入る。ただ、どうしても弾薬が通常弾という色眼鏡で見てしまってな……。重装甲が相手だと手も足も出なくなるのが欠点だ。編成で重装甲相手に対策を取っておく必要があるが、強い部類だな」
「今回の開封は大当たりだな」
「ああ。いつもこうなら嬉しいんだが」
と、ここでノックの音がした。ちなみに当艦隊における扉の使用率はおおよそ七割といったところだ。これが高いのか低いのかについては考えるだけ不毛なのでよそう。
「指揮官、約束していた軽食を作ってきたぞ。ひと段落したら食堂に来い」
加賀が珍しく扉を開けてやってきた。いつもそうならいいのに。先ほどまでは無かったエプロンを掛けている。
「我の分は?」
「無論用意してある」
「ほう。意外だな。てっきり雑にあしらわれるものかと思っていたが」
「先ほどの警告の礼だ。私は狂人かもしれないが、恩知らずではない」
「結局赤城の元へは行かなかったのか」
ツェッペリンに言いくるめられて姉さまに学ばなくてはならないことがどうと言っていなかったか。途中で正気に戻ったか? 加賀の頼もしい所は熱しやすいが冷めやすいところだ。
「どうもグレイゴーストとの小競り合いがヒートアップしすぎたようでな。今までくすねた指揮官の私物を互いに並べて品評会を始めていたので、そっとしておいて先に指揮官に飯を作ってやることにした」
「戦いの行方は?」
おいツェッペリン余計なことを聞くんじゃないまた何か爆弾が飛び出してきたらどうする。
「痛み分けといったところだな」
だめだ全貌が掴めないせいでかえって恐怖心を煽られる。僕は彼女に何を盗られたんだ。そして赤城がそれと渡り合っているというのがショックだ。
「有意義な時間だったぞ!」
バァーン! と勢いよく扉を開け放ちエンタープライズが現れた。加賀を見習えエンタープライズ、扉が壊れたらどうするつもりだ。だが別に床下から現れるところは真似しなくていいぞ。お前はいまだに扉を愛用する稀有な存在だからな。
「何しに戻ってきたエンタープライズ。姉さまはどうした?」
「まだ私の報告が半ばだからな。務めを果たしに来た。赤城の奴は何か仕事を思い出したといってどこかに行った」
「必要ないぞ」
意気揚々とやってきたエンタープライズに対し、ツェッペリンが無慈悲に告げる。
「なっ!? 訳を聞かせろ指揮官!」
「ああ、お前の報告書はよくできている。いつも助かっているぞ」
「書類だけで済んで助かると言っていたぞ」
「ぅあ゛ぁ゛-ッ! 気合入れて全力で作ったのが完全に裏目に出たッ!」
ツェッペリンの援護射撃が直撃、エンタープライズが頭を抱えたまま大きく仰け反った。彼女も着任当初は真面目で勇ましく、揺らぎない冷静さが頼りになる女性だったはずなのに。あれは泡沫の夢だったのだろうか。
というかエンタープライズに加賀や高雄もそうだが、僕の元にはなにかと意志の強い女性がよく着任する。ここでいう意志の強い女性というのは粗暴、ガサツな女を指すわけではない。まず自らの根幹に確固たる信念を抱き、それに由来する物怖じしない果敢さがあり、それでいて女性としての気品や教養を備えた気高い人物を言う。
通常であればそんな高潔な女性、一生に一度お目に掛かれるかという領域。しかし、僕の何がお気に召したのかそういう気質の艦船がよく集まってくれている。それは至極ありがたいことで、真面目な彼女らは執務や戦闘においても大変頼りになる……のだが、だいたいの場合その高根の花のようなイメージは時間とともに崩れ去ってしまう。いや、彼女たちのその振る舞いが上辺だけのまやかしというわけではない。
なんというか、こう、目を離すとすぐ道を踏み間違えるというか……。同じ系統でいえば、直近に着任した摩耶とサン・ルイが最後の砦だ。前のティルピッツはダメだった。
と、ここでツェッペリンと加賀から憐みの視線を一身に受けていたエンタープライズが復活、類まれなる腹筋力で仰け反った状態から一気に体を起こし、執務机の正面に両手をダンッと音を立て叩きつけ言った。
「まだだッ!確か装備箱の開封報告書が──」
「それなら我がやっておいたぞ」
「勝ったと思うなよぉぉぉぉぉぉ!」
捨て台詞を残し、エンタープライズは夜を駆ける車のテールランプさながらその長い白髪で尾を引きながら執務室の外へ駆け抜けていった。
「グレイゴースト、鮮やかな退き際だな」
加賀が感心したようにぽつりと呟いた。前触れなくやってきては間髪入れず退場するのがエンタープライズの持ちネタなのだろうか。いや、あれで日頃の職務を全うしているので問題ないといえば問題ないのか。
「指揮官様~9-1斥候部隊が帰還しましたわ~。グレイゴーストはポルターガイストか何かにジョブチェンジしたのかしら……。」
「やっほー指揮官。今回は流石にしんどかったよ」
エンタープライズと入れ違うように赤城とクリーブランドが入室してきた。赤城の思い出した仕事というのは9-1へ偵察に向かっていた艦隊の出迎えだったようだ。そういえば確かにもう予定時間だ。エンタープライズと一緒に出ていったときはどうなるかと思ったが自分の務めは果たしていたようだ。
クリーブランドは当艦隊におけるエースだ。そのオールマイティな性能面から、未開の地への偵察として最高の人材だった。またその人好きする性格から編成において緩衝材ないし潤滑油としての働きも期待できる。彼女の恐ろしいところはそのオールラウンドな性能の悉くが平均を上回っていること。
そのクリーブランドが傷を負い、くたびれている。その衣服も各所が破れ、痛々しい様相だった。これは信じがたいことだ。
やはり新海域への進出は危険が伴う。こと戦闘面において無類の万能性を誇るクリーブランドでもこの有様だ。大きな怪我もなく帰還してくれて嬉しい。攻めるか様子見に徹するか、どちらにせよ早急に手を打たねばなるまい。
「ああ、ご苦労。無茶をさせたな。当分はゆっくり休んでくれて構わない。それでどうだった、敵の規模は?」
「ゼロにしてきた」
もう全部君一人でいいんじゃないかな。
赤城のキャラストでツェッペリンさんから大人びた常識人ムーブを感じた。
貴重だ。