ダリアの歌わない魔法   作:あんぬ

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授業でのこと

 ダリアが目覚めたのは、同室の女の子達がみんな身支度を終えてしまった後だった。

 朝食が終わる時間までそう猶予は無く、ダリアは半泣きになりながらネグリジェから制服に着替え、髪を整えた。

 

「どうして起こしてくれなかったの!」

 

 中々取れてくれない寝ぐせと格闘しつつ、ダリアは叫んだ。

 

「一言くらい声をかけてくれたっていいのに!ここの人たちって人を思いやる気持ちを持っていないのかしら!」

 

「お言葉ですけどね。」もうすっかり身支度を済ませた女の子(顔がパグ犬に似ている)が、呆れたように言った。「私たち、一言だけじゃなくって、何度も!あなたに声をかけたのよ。そこのところを、誤解しないで欲しいわね。」

 

 確かに、ベッドの外から声をかけられて(それも何度も)その度に「まだ大丈夫よ、放っておいて。」と答えた記憶が朧気ながらある。

 

 ―――――もっとしつこく声をかけてくれたっていいのに!こっちの人たちはどうして「頭から水をかける」とかそういう方法をとってくれないの!

 

 寝汚いダリアは、城ではいつも「頭から水をあびせ」られたり、「ネグリジェに氷の塊を入れ」られたりして、強制的に覚醒させられていた。

 こちらに来てからというもの、ディゴリー家の面々はもちろんのこと、同室の少女達もそんな乱暴な方法は思いつきもしないようで、ダリアはいつも忙しい朝を過ごすハメになっていた。

 

「いいわよ、先に行っておいて!どうにかするわ!」

 

 ダリアがヒステリックに叫ぶと、女の子達は肩をすくめて出ていった。

 同室の女子達―――パンジー、ダフネ、ミリセントとお互いに呼びあっていた――――は元々知り合いだったようだ。

 その3人の中に突如放り込まれたぽっと出のダリアは、割とキツめな性格も相まって、今のところ悪口や嫌みを言われることは無いものの、少し浮いていた。

 

 浮いていることに気付いてはいるものの、性格を直す気もないダリアは、全員が出ていったのを確認して、急いで身支度の呪文を唱えた。

 

 ホグワーツで困ったことと言えば、なによりもまずこの寮生活だった。

 複数人で一つの部屋を使うと聞いていた時から、ある程度「そう自由に魔法は使えないのね。」と覚悟はしていたが、実際に経験してみると、不便極まりない。

 

 ダリアはまず、今までなんでも魔法で行っていた身の周りの事を、手作業で行うことから覚えなければならなかった。―――それでも、こうして一人の時にはこっそり魔法を使っているのだが。

 

 きちんとした身なりになったダリアが慌てて大広間へ行くと、生徒たちはほとんど朝食を終え、授業の準備にいったん寮へ帰っていくところだった。

 ひとまず間に合ったことに安心して、ダリアは適当な席に座り、ようやく朝食にありつくことができたのだった。

 

「なんだ、慌ただしいな。スリザリン生たるもの、もっと落ち着きを持って行動したまえ。」

「余計なお世話よ!!」

 

 同じ一年生のくせに、上級生からもちやほやされている金髪の男子生徒が、去り際に一言残して出ていった。

 頭に来たダリアはそちらをギロリと睨んでヒステリックに叫び、急いでオートミールをかき込んだ。

 

 

 

 朝食を食べ終え、始業ギリギリに教室に滑り込む。

 ほとんど席は埋まっていたので、ダリアは入り口近くに一人で座っていたセオドール・ノットの横の席を素早く確保した。

 ノットは横目でちらりとダリアを見て、揶揄うように口元を歪ませた。

 

「なんだモンターナ、お前また寝坊したのかよ。」

「お言葉ですけどね。」ダリアは今朝パグ顔の女の子に言われた言葉を思い出しながら、隣を睨んだ。「寝すごしてはいないわよ。こうしてちゃんと授業には間に合ってます!」

 

 どんなに高飛車で自分勝手でも、ダリアは基本的に真面目な性格だったので、寝坊はしても何とかして授業に遅れないよう気を付けていた。

 遅刻などもっての外と考えていたし、それにホグワーツの授業は中々興味深かったのだ。

 

 今まで薬草学、呪文学、変身術などの授業が行われていたが、どれもダリアの知っている魔法とは毛色の違うものだった。

 決められた手順に沿って行えば誰でもある程度の効果を発揮することができる、どちらかと言えばダリアの得意な「魔術」に近いのだろう。

 入学前に全ての教科書を読み込み、予習もしっかりしていたダリアは、全ての授業で教授の質問に完璧に答え、呪文も一番に成功させていた。他に成功させていたのは、グリフィンドールの女の子だけらしい。

 

 ほとんどの生徒がつまらないという魔法史も、ダリアにとってはとても興味深い授業だった。何しろ別世界の歴史についての講義なのだ。

 自分の知っている世界の歴史との違いを探すことに夢中になっていた。

 

 結果、入学して一週間もたたない内に、ダリアは、寮の点数をよく稼ぐ優等生として、スリザリン内でそれなりに一目置かれるようになっていた。

 

 先生達に褒められたことなどを手紙に書いてディゴリー家に送ると、夫妻はとても喜んで、ダリアにお菓子の詰め合わせを送ってくれた。(エイモスは「さすがはサラの姪っこだ!セドに似てとても優秀だ!」と大喜びだった。)

 スリザリンに組み分けされて、周りからいじめられていないか不安に思っていたようだ。

 未だに「ダリアが他の人に危害を加えるのではないか」と不安そうにしているセドリックを含め、つくづく人の良い一家だとダリアは思った。

 

 今日の授業は、スリザリンの寮監が教授をしている魔法薬学だ。

 グリフィンドールとの合同授業で、二つの寮はとても仲が悪く、こういう時には授業中でも嫌みが飛び交うことがよくある。

 

 それに―――ダリアはグリフィンドールの眼鏡の生徒にいちゃもんをつけるスネイプ教授を見て思った――――この陰気で粘着質な寮監も、敵対する寮を快く思っていないようだ。

 

 答えられない男子生徒を詰るスネイプをじっと観察していると、顔を上げたスネイプと目が合ったので、ダリアはびっくりした。

 

「ふむ――――――――ではモンターナ。今の問いに答えられるかね?」

 

 グリフィンドールの女の子が高々と手を上げているにも関わらず、教授はダリアを指名した。

 何が何でもグリフィンドールに嫌がらせをしたいらしい。

 その執念に感心しながらも、答えを当然知っていたダリアは何でもないように答えた。

 スネイプはダリアの答えを満足気に聞くと、スリザリンに得点を与えた。

 

 スリザリンの生徒は歓声を上げたが、グリフィンドールの生徒(特にずっと手を上げていた女子生徒)は憎々し気にダリアを睨んでいた。

 基本的に他人の嫉妬の視線が大好きなダリアはとてもいい気分になり、気取った様子で鼻をツンと上に向けた。

 

 

 

 

「―――――それで、あのグリフィンドールの連中の悔し気な表情!トゥリリにも見せてあげたかった!」

『別にいいよぉ。人間の表情の違いなんて、僕にはよく分かんないしぃ。』

 

 全ての授業を終えたダリアは、図書室で今日の復習と宿題、明日の予習に取り組んでいた。常に一番にこだわる性格故か、いかに簡単な内容であったとしても驕って手を抜くことは決して無いのがダリアの美点だった。

 

 鞄の中に隠してトゥリリをこっそり連れ込み、防音の呪文をかけて今日の武勇伝を話して聞かせていると、ダリアたちの居る所へ向かってくる足音がした。

 

 あわててトゥリリを鞄の中に押し込み(『いたい!なにするのさ!』)何食わぬ顔でレポートの続きを書いていると、そこに顔を見せたのはセドリックだった。

 

「あっ――――――――」

 

 どうやらあちらもダリアに気付いたらしい。思わず、といった様子で声をあげ、視線を彷徨わせている。

 

「おーい、セド、よさそうな本あったか?」

「!!―――――いや、こっちにはないみたいだ、向こうを探そう。」

 

 しばらく固まっていたセドリックだったが、友人から声をかけられると、途端に動き出した。友人がダリアの姿に気付く前に、その場を後にした。

 

 

『―――あいつ、学校に居る間は何としてもダリアを避けるつもりだね。自分の友達も明らかに遠ざけてるし。まぁ、気持ちは分からなくもないけど。』

 

 トゥリリが鞄から這い出しながら言った。

 

 トゥリリの言う通り、セドリックはホグワーツで徹底的にダリアを避けていた。

 ダリアがスリザリンに組み分けされてから特に顕著で、家以外では得体のしれないダリアに関わり合いになりたくないという思いが透けて見えるほどだ。

 今のように友人がダリアに近づくことの無いよう、それとなく遠ざけることもある。

 

 ダリアとしては行動を詮索されるよりはマシなので、今のところどうこうする気を無いのだが、ああもあからさまに避けられるのも目障りだ。

 ――――それに、こちらを見るたびに、戸惑ったような複雑そうな顔をされるのも。

 

 ダリアはなんとなくむかむかした気分になって、トゥリリをまた鞄に押し込んだ。

 


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