「さぁ起きてダリア!今日はクディッチの試合よ、私たちも応援に行くわよ!」
突然シーツを引っぺがされ、秋の終わりの冷たい空気に晒されたダリアは、目を白黒させて飛び起きた。
目の前では「してやったり。」という表情のパンジーが、シーツを持ったまま仁王立ちをしている。
ハロウィンの日から少しずつ会話をするようになったパンジー、ダフネ、ミリセントは、このころになるとすっかりダリアに対して遠慮がなくなっていた。
ダリアの寝汚なさに対しても容赦がなくなり、今日のように無理やり起床を促すことも最近は多い。
朝食に遅れることは少なくなったので迷惑なばかりでもないのだが、今日叩き起こされたことに関しては、ダリアは不満の声を上げた。
「やだ、まだ寝てる。―――――行かないって言ったじゃない、クディッチの観戦なんて。」
この3人は、ダリアをクディッチの観戦に連れていくつもりなのだ。
ダリアの運動嫌いはもはやスリザリン中に知れ渡っており、3人はどうにかダリアのクディッチ嫌いを矯正しようとあの手この手で頑張っていた。
今日の試合の観戦も、「実際に試合を見てしまえば、ダリアの食わず嫌いも改善されるのではないか。」ということで、事前に計画されていたことだった。
問題は、ダリアに全くクディッチ嫌いを直す気が無いことだった。
「だってほぼ全校生徒が観戦しに来るんでしょ?絶対うるさいじゃない。グリフィンドールが相手だから、絶対喧嘩になるだろうし。他の2寮も一位のスリザリンを引きずり落としたいから圧倒的アウェーだろうし。ていうか、見てても全然分かんないから楽しくないもん。」
寮対抗では現在、スリザリンがトップを独走している状態だ。それ故他寮の生徒は全員グリフィンドールが勝って点差が縮まることを望んでいる。
その上、スリザリンチームの特徴として、どんな手段を使っても相手に勝てさえすればいい―――つまり、卑怯な戦法を使うことも多々あるため、余計に風当たりが強いのだ。
そんな空気の中へわざわざ行く気になれないダリアは、もう一度ベッドの中に潜り込もうとするが、それを許すような3人ではなかった。
無理やりダリアを寝台から引きずり下ろし、身支度を整えさせ、引きずるように観客席へ連れてくることに成功したのだった。
「横暴だわ―――こんな理不尽許していいのかしら―――大体私はクディッチなんて―――」
「まだぶつぶつ言ってるの?ダリア。ここまで来たからには観念して観戦しなさいよ。」
観客席に来て、なおぶつぶつと文句を言っているダリアを、ダフネがあきれたように諭した。
メガホンとオペラグラスを両手に抱えて、すっかりクディッチ少女になってしまっている。
ダフネ・グリーングラスは金髪に碧の瞳の、いかにもスリザリンの貴族らしい美少女である。
同じ「聖28一族」であるパンジーやミリセントとは違い、積極的にグリフィンドールの生徒たちに絡みに行くことのない大人しめの令嬢という印象だったが、ことクディッチに関してはそうでもないらしい。
周りを見れば、パンジーやミリセントも応援旗を振ってキャイキャイしているし、ドラコやノット、ザビニといった男子生徒達もクディッチの戦略について興奮したように議論を交わしている。
これは逃げ道はなさそうだぞ、とダリアが観念し始めたころ、競技場に選手たちが入場してきた。
スリザリンの選手は全員、キャプテンのマーカス・フリントを始め体格のいい選手たちばかりが集まっているようだ。(ダリアはクディッチのチームと知らずにこの集団を見かけたら、レスリングクラブの連中と勘違いしてもおかしくないと思った。)
対してグリフィンドールの選手たちはシーカーで小柄なハリー・ポッターはもちろんのこと、女子選手も多数在籍しているようだ。
スリザリンがパワーを生かした戦法をとるとしたら、グリフィンドールは機動力を生かした作戦を考えているのではないか―――とノットが分析していた。
もちろんそんな作戦はちんぷんかんぷんなダリアは、ドラコ達のクディッチ談義からは早々に離脱し、選手たちの様子を眺めた。
どちらの選手も、相手が親の仇であるかのようにお互い睨みあっている。
キャプテンのオリバー・ウッドとマーカス・フリントは特にそれが顕著だ。試合開始前の握手など、相手の手を握りつぶそうとしているようにしか見えなかった。
話題の最年少シーカー、ハリー・ポッターの様子はどうかというと、初試合を前にそれなりに緊張した表情を見せているものの、グリフィンドールの観客席(「ポッターを大統領に」という旗は、ダリアにはあまりよさを理解できなかったが、本人はお気に召したらしい)を見て手を振ったりしている。
全員が箒に跨ると、マダム・フーチが試合開始の笛を鋭く吹いた。
試合はスリザリン優勢で進んでいった。というのも、マーカス達スリザリンチームは、グリフィンドールが点を入れそうになると、反則すれすれの妨害行為をしてゴールを阻んでいるからで、その度に他寮の応援席からは激しいブーイングが巻き起こった。
このアウェーの空気の中、スタンスを曲げることなく着実に点数を積み重ねるスリザリンチームの鋼の心は称賛に値すると思ったが、それにしても会場の空気がひどい。
スニッチを取りかけたハリーをすんでのところでフリントが妨害した時は、これまでで最大級のブーイングが起こっていた。
スニッチは再び姿を消し、試合の中心はクアッフルの行方に戻っていった。
ボールを目で追うことにすっかり疲れていたダリアは、ぼんやりと上空を眺めていたが、ふと目の端で不審な動きをするものに気が付いた。
ハリー・ポッターの動きが、おかしい。
先ほどまで自由自在に箒を操っていたのに、今は思い通りに動かない箒に手を焼いているようだった。
ぼんやりと上を見つめるダリアを不審に思ったドラコが、箒にしがみ付くハリーにも気づいた。
「みろよ!あのザマを!グリフィンドールの英雄サマは箒でお馬さんごっこをするのがお好きらしい!」
スリザリン生は大笑いしたが、事態は笑えるような状況ではなくなってきた。
ハリーの箒がいよいよ、乗り手を振り落とそうとしているとしか思えない動きを始めたのだ。何者かが魔法をかけている。
競技場に不安げな空気が広がった。(そんな空気の中でも、スリザリンチームは着々と得点を重ねていた。ぶれない。)
ダリアは箒を辿って、どこから魔法が飛ばされているのか探った。
―――――二つの魔法が、箒にはかかっているようだ。二つの魔力を辿っていくと、正体は意外な人物だった。
呪いをかけていたのは、クィレル教授だった。
クィレルは闇の魔術に対する防衛術の教授で、正直言って授業がつまらないのでダリアはあまり好きではない。
頭にいつもターバンを巻いていて、その中から漂うニンニク臭がきつく、ダリアはあまり近づかないようにしていた。
そういえば、とダリアは思った。ハロウィンの夜も、彼は不審な動きを見せていた。もしかすると、何か良からぬことでも企んでいるのだろうか。
対して、もう一方の魔力の先―――おそらく、呪いに対抗する魔法をかけていたであろう人物―――は、なんとスネイプ教授だった。
これにはダリアも驚いた。普段ポッターを嫌いに嫌いぬいている教授が、まさか彼を助けるような真似をするだなんて。
スネイプ教授も教職員なのだから、生徒を守るという使命はあるのかもしれないが、今までの態度からして、ポッターが呪い殺されても見て見ぬふりをするのではないかと思っていた。
意外な一面を知った気がして、ダリアはスネイプをまじまじと見つめた。一心不乱に呪文を唱えつつ、真剣な表情でポッターを見て(睨んで)いる。
はたから見る分には、まるで彼の方が呪いをかける側に見えかねない表情だった。
不意に、スネイプ教授の真っ黒なローブがパッと燃え上がった。魔法に集中していた教授は気付くのに遅れ、慌てて火を消している。
思わず身を乗り出して教授の近くを探ると、教職員用の観客席から、グリフィンドールの真紅のローブを身に着けた女子生徒が、こそこそと走り去っていくのが見えた。
―――――あの子がやったの?何のために?
「どうしたんだモンターナ。突然立ち上がって。」
「―――スネイプ先生のローブが燃えてるから、びっくりして。」
ずっとつまらなそうに腰かけていたダリアが急に血相を変えて身を乗り出したのを不審に思い、ノットが声をかけた。
寮監の異常事態に、スリザリン席にもざわめきが広がったが、教授はすぐに火を消し、むっつりとした表情で座り込んでいた。
その後ポッターは何事もなかったかのように箒を操り、「スニッチを飲み込む」という前代未聞の方法で試合を終わらせた。
試合に負けたスリザリン生はその勝ち方にカンカンになっており、ダリアは「これでしばらくはクディッチには誘われないでしょ!」と内心喜んだ。