ディゴリー邸に帰ると、ダリアはセドリックに対する気遣いから、ずっと部屋の中で勉強したり、ドレスを作ったりしながらダラダラ過ごした。
部屋に籠りきりになるダリアを心配してか、サラやエイモスが頻繁にダイアゴン横丁に連れ出してくれたので、クリスマスプレゼントの調達に困ることもなく、すぐにマルフォイ邸へ行く日がやってきた。
「ダリア、無いとは思うが、危ないと思ったらすぐに帰ってくるんだぞ。あのマルフォイの屋敷だからな。どんな危険なものがあるかはわからん。むやみにあたりの物を触らん事だ。」
「わかってる。大丈夫よ、たった二日間だけなんだから。心配しないでおじさん。」
休暇中幾度となくされた忠告に、ダリアは苦笑した。
サラも当初は同じくらい心配していたが、ダリアが何度も泊まりに行くという友人と手紙のやり取りをしているのを見るうちに心配は薄れてきたので、今はダリアと一緒に苦笑している。手紙の返事のことで何回か相談したのがよかったようだ。
「大丈夫よ、エイモス。クリスマスには帰ってくるんだから。じゃあダリア、気を付けて行ってらっしゃいね。」
「ああそうなんだが―――――気を付けるんだぞ、ダリア。セド、見送りを頼んだぞ。」
今日、夫妻は生憎用事があったので、セドリックにダリアを待ち合わせ場所まで送るよう頼んでいた。
子供たちに別れのキスをすると、姿現しで出かけて行った。
「――――僕たちも行こうか。」
「うん。」
ダリアは着替えやら何やらが入ったカバンとトゥリリを抱え、セドリックと共にダイアゴン横丁へと出発した。
待ち合わせ場所は、グリンゴッツ銀行の前の広場だった。
ダリアはそこで、一緒にマルフォイ邸に泊まる予定のノットと待ち合わせをしていた。そこから煙突飛行でマルフォイ邸に向かう予定だ。
「彼じゃないかい?」
「あ、ノット。」
ノットは既に待ち合わせ場所に来ていた。品の良いベストを着ているくせに、行儀悪くローブのポケットに手を突っ込んでぼんやりしている。
ダリアが声をかけるとこちらへ気付いたが、横に居るセドリックに目を止め、眉を顰めた。
「じゃあ、僕はこれで。」
「―――――うん、じゃあね。」
セドリックはノットに目礼すると、振り返ることなく帰って行った。
ノットは眉を顰めたまま、ダリアに近づいた。
「あれ、ハッフルパフのディゴリーだろ。―――何かあったのか、あんな無愛想な性格じゃないと思ってたが。」
「―――――従兄なの。私今、ディゴリー家に住んでるから。まぁ、色々あって。」
「へぇ――――――」
ノットは少し驚いたような顔をした後、「似てないな」というような顔をした。どこが似ていないかはもうわかっていたので、思い切り足を踏んづけて不満を表した。
その後、ダリアはノットに連れられ、主流の通りから少し外れた、廃れた通りに来ていた。
どうやらマルフォイ邸に行くには、決められた暖炉からでないとつながらないらしい。
「なんで?それってかなり面倒くさくない?」
「あ?なんでって―――――そりゃあ、むやみやたらと客に来られるわけにはいかないからだろ。今から行く暖炉だって、俺たちが使った後はつながらなくなるはずだ。魔法界の貴族の家はそんなんばっかだぞ。―――――くそ、まだ足がいてえ。どんだけの力で踏みつけたんだよお前。」
「なによ、もう一回踏みつけて、教えて差し上げましょうか。」
「お前さ、本当にそういう所だぞきっと――――――さぁ、この店だ。」
そこは、この廃れた通りの中にあって違和感のない、歴史のありそうな(あるいはとてつもなく古ぼけた)建物だった。人気は無いが、暖炉だけが煌々と燃えている。
ノットは暖炉の横に置いてあった容器を持ち上げ、ダリアに差し出した。
「レディーファーストだ。先に行っていいぞ。――――――煙突飛行の使い方は分かるな?」
「さすがに分かるわよ!もう!」
容器に乱暴に手を入れ、一掴み粉を取る。
ディゴリー家でも煙突飛行をしたことは何度かある。今日だって煙突飛行でディゴリー家から漏れ鍋まで飛んできていた。
「怒るなって。いいか、行先は『マルフォイ邸』だ。飛ばされる可能性もあるから、ペットは鞄に一応入れておけ。」
『げ、やっと図書室での鞄生活から抜け出したのに、また鞄―――』
腕の中でトゥリリが不満げに鳴いたので、ダリアは無言で鞄を開け、トゥリリを押し込んだ。
フギャーという鳴き声を上げてトゥリリが抗議しているが、無視してダリアは暖炉へフルーパウダーを投げ入れた。
「――――――マルフォイ邸!」
煙突飛行というものがある以上、この世界の魔法族にとって暖炉は玄関に近い役割を果たす場所なのだろう。
マルフォイ邸に足を踏み入れたダリアは、暖炉のある部屋を見て「お城の正面玄関みたい。」という感想を持った。
大理石でできた床の上に、魔法でできた雪が降り積もっている。すぐそばに巨大なクリスマスツリーが飾られており、これまた魔法で美しく飾り付けられ、キラキラと輝いていた。
どうやらすっかりクリスマスパーティーのための装飾がされているようだ。
「ふう、やっとついたか―――――おい誰か、ドラコを呼んでくれ。」
後から来たノットが、誰にというわけでもなく言った。姿は見えないが、魔力が動いた感じがあったので、おそらく何者かが魔法を使ったのだろう。
それからすぐに、ドラコが父親らしき人物に連れられてやってきた。ドラコをそのまま成長させたような男性だ。おそらく彼が、エイモスが散々危険だと言い聞かせてきたルシウス・マルフォイだろう。
「お久しぶりです、ルシウス様。ドラコも、久しぶりだな。」
「ああ、セオもダリアも、よく来てくれたな。――――父上、彼女がお話していた、ダリアです。」
ドラコの紹介に、ルシウスの目がダリアに向けられた。この目は相手を見定めている目だ。おそらく、マルフォイ邸にふさわしいものかどうかということを。
それを察したダリアはすぐさま猫を被り、お城仕込みの可憐なカーテシーをした。
「始めまして、ミスター・マルフォイ。ダリア・モンターナと申します。この度はお招きいただき、ありがとうございます。」
「―――ああ、ドラコから話は聞いているよ、とても優秀な魔女だとね。ゆっくりしていってくれたまえ。ドラコ、部屋を案内して差し上げなさい。」
ダリアの完璧なお辞儀を見て、ルシウス氏はダリアの事を良家の子女だと完全に信じ込んだようだ(真実ダリアは「良家の子女」なので間違いではない)。
氏は鷹揚に頷いてダリアを歓迎する言葉を口にした。
ルシウス氏が部屋を出ていくと、ドラコが珍しいものを見たような顔で近づいてきた。
「驚いたな、君があんな振る舞いができるとは思ってもみなかったよ。」
「――――――もしかして私、喧嘩売られてるのかしら?買うわよ?」
「ち、ちがう!感心しただけじゃないか―――そういう所だぞ、まったく―――――さあ、部屋はこっちだ、案内するよ。」
見れば見るほど、マルフォイ邸は立派な屋敷だった。
廊下にかかる燭台一つ一つに古い歴史があり、窓から見える庭は広大で、話に聞いていた通りたくさんの白い孔雀が歩き回っていた。
―――――ダリアは後で庭を散策する約束を取り付けた。今回のマルフォイ邸訪問で一番楽しみにしていたのが、白い孔雀を見ることだったからだ。
案内された部屋は、日当たりの良さそうな角部屋だった。窓からはマルフォイ邸の庭が見え、孔雀たちが闊歩しているのがよく見える。
トゥリリがもぞもぞと鞄から這い出て、すぐさまベッドに飛び移って丸くなった。
『ああ、やっと出れた。もう体中がバキバキだよぉ。』
そのままベッドを占領してしまった。どうやらひと眠り決め込むらしい。
「もうだいぶ遅い時間だからな――――荷物を整理したら、食堂に降りて来てくれ、ディナーにしよう。セオが隣の部屋だから、一緒に来ればいい。」
「わかったわ。」
ひとまずダリアはトランクの中から着替えを取り出し、皺にならないようクローゼットに収納した。
その中から落ち着いた服を選び、着替えて鏡の前で髪を整えた。
元の世界で来ていた服はクラシカルな意匠で、古風なマルフォイ邸の雰囲気によく合っていた。
マルフォイ一家とノットとのディナーは、終始和やかな空気で進んでいった。屋敷しもべ妖精が作ったという食事はとてもおいしく、その上使用されている食器はどれも高級品だ。ダリアはテーブルに用意されたシルバーのナイフとフォークを見て、冷や汗を掻いた。クレストマンシー城も毎日立派なディナーが用意されていたが、使われていたのは全てステンレス製だ。
ノットは幼い頃からマルフォイ邸に出入りしているらしく、夫妻とも親し気に会話している。(普段より随分溌溂とした上品な少年らしく振舞っていた)
何枚も猫を被ったダリアも勿論完璧なテーブルマナーを披露し、如才なく会話に加わっていた。
マルフォイ夫人はお行儀がよく、華奢で、人形のように可愛らしいダリアがすっかり気に入ってしまったようで、「あとで部屋へいらっしゃい。」との言葉をもらった。
ダリアに似合うような装飾品を、いくらか見繕ってくれるらしい。
この「見繕い」が思いの外重労働で、ダリアは幾度となくドレスを着替える羽目になり、与えられた部屋に帰るころにはくたくたになってしまっていた。
『どうしたの!?なにがあったの!?』
「また明日説明するわ――――――」
吃驚して騒ぐトゥリリの言葉におざなりに答え、ダリアは何とかネグリジェに着替え、シーツの中に潜り込んだ。
マルフォイ邸での最初の夜が更けていった。